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1997年8月に次男の徹が開設してくれ、2007年8月にノーブルウエブ社に依頼して全面改訂したものです。17歳の時の作品が一番下に入れてあります。ジャンル別最下段に「両親と妹たちのページ」も作りました。
2018年2月に、自分史「国際金融人・岡部陽二の軌跡~好奇心に生きる」を上梓しました。アマゾンのKindle版の電子書籍も刊行、このホームページにも全文をアップしました。ジャンル別では左欄の一番上に「目次」順に33編に別けて入れてあります。
銀行勤務36年のうち、13年半を英国ロンドンで過ごしました。時あたかも、金融ビッグ・バンと民営化を柱とするサッチャー改革やベルリンの壁崩壊に始まる東西冷戦の終結、EU統合の進展を背景とした政治経済の転換期でした。そのような時期に、ロンドンに駐在して欧州のみならず、中東からアフリカまでをカバーして、国際金融の真髄を垣間見ることもでき、得がたい経験を積むことができました。
銀行退職後に、思いがけずフルタイムの大学・大学院教授として医療経営論などを担当、これまでの経験とはまったく分野の異なる医療経済・経営の教育・研究を手掛けることになりましたのは、私にとっては人生を二倍に生きることが出来たような幸せでした。
自分史には、生い立ちに遡って、記憶に残っている主な出来事を網羅した積りですが、読み返して見るとまだまだ書き足らないところもあり、これから補足して参ります。
自分史にひらく一輪梅の花 陽二
2018年2月吉日
略歴
1997年12月20日付けで広島国際大学教授就任資格審査のために文部科学省へ提出した書類のPDFファイルを添付します。
新設大学の教授については、文部科学省が大学に代わって資格審査を行なうことなっており、そのために提出を求められたものです。
医療経済や医療経営についての経験や知見はまったくなく、教育の素養も持ち合わせていなかったにもかかわらず、この提出書類に対して一点の疑義も指摘されることなく、資格審査にパスしたのは驚きです。
2025年12月02日
投資の羅針盤 個人投資家だけが損をする国、日本──オルツ問題で露呈した東証の構造的欠陥を正せ
2024年10月11日、人工知能開発のスタートアップ企業「株式会社オルツ」が東京証券取引所グロース市場に華々しく上場を果たした。初値は570円と公開価格の540円を18.74%上回り、時流に乗ったAI議事録作成サービス「AI GIJIROKU」の急成長ストーリーで個人投資家の注目を集めた。
しかしながら、その栄光はわずか10ヶ月弱で終焉を迎えた。2025年7月、第三者委員会の調査により売上高の最大91%が架空計上であったという衝撃の事実が発覚したのである。8月31日、同社は上場廃止となり、株価は5円に暴落した。
さらに、10月9日には同社元社長の米倉千貴や前社長の日置友輔容疑者ら4名が金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載など)の容疑で東京地検特捜部に逮捕され、10月末には会社清算という結末になった。
どうして、このような不祥事が起こったのか、東証グロース市場の構造的な欠陥について考察したい。
4年間の売上;119億円の虚構に気づかなかった関係者の怠慢
オルツが開発した「AI GIJIROKU」は、AIによる自動議事録作成・文字起こしツールで、顧客ターゲットは企業・法人である。会議の音声をリアルタイムでテキスト化して議事録作成の負担を軽減するというもので、月額1,500円程度の低料金に設定されていた。もう一つ、2023年に開発された「Alt Brain」という研究開発業者向けスキームもあるが、これは16億円程度の売上高にとどまっていたから、同社事業は実質的に「AI GIJIROKU」だけを中堅から大企業に大量に売り込むというきわめて単純なビジネス・モデルであった。
このツールの売上高と純損益の5年間の推移を見ると、売上はコンスタントに増加し、2024年には年間60憶円にまで達している。その一方で利益は売上に逆比例して毎年減少、2024年の年間「損失」は25億円を超えていた。(図表1)
ところがこの間、損失がこれほど拡大していながら、同社はベンチャー・キャピタルなどから累計113億円もの資金調達に成功していた。連結売上高は4年累計で119憶円を計上していたにもかかわらず、開発業務の外注費やサービス開発・人材投資などの費用が嵩んで、図表1のとおり赤字決算が続いていたと米倉社長は説明していた。「このような期初赤字計上はAIソフト開発のような開発型ベンチャーには不可避で、売上規模がさらに増加すれば、損益も一挙に好転する」と主張して、まんまと東証グロース市場への上場を果たしたのである。
オルツ上場時の初値は570円で時価総額190.1億円、上場廃止日の終値は5円で時価総額1.8億円であった。オルツに投資をしてきたベンチャー・キャピタルのほとんどはこの間に売り抜けて、利益を上げたところも多い。190億円を優に超える損失はもっぱら個人投資家が蒙った。
同社上場後の2025年7月28日に設けられた第三者委員会の調査報告書で明らかになったところ、オルツ不正会計の実態は、日本の会計不正史上でも類を見ない規模と巧妙さであった。2020~2024年(12月期決算)の売上高119億円のうち、多い年では売上高のおよそ9割が架空取引に依っていた。"9割"の数字は、同社の事業実態がいかに虚構に満ちていたかを如実に物語っている。
オルツ経営者が役員を巻き込んで組織的な詐欺行為を働いていたことは明らかであるが、それにしてもこの不正を知って退職した経理担当者も存在し、適正意見は出せないとして監査を辞退した大手監査法人があったにもかかわらず、これらの事実には目を瞑って上場を積極支援した社内外の監査役、主幹事証券会社の大和証券、監査法人、ベンチャー・キャピタル、東証、さらにはこのような不正をまかり通らせた金融庁のIPO規制体制の無能ぶりには呆れるほかない。
売上高の約9割が架空という巧妙な循環取引:「SPスキーム」
オルツの不正の中核をなしていたのは「SPスキーム」と呼ばれる循環取引の仕組みであった。(図表2)
オルツは「スーパーパートナー(SP)」と呼ぶ販売パートナーに対して「AI GIJIROKU」のライセンスを販売し、売上を計上していたが、SPの多くは実際にはエンドユーザーに販売していなかった。図2の点線が示すように、繰り返されていたのはSPと広告代理店の間で実体のない取引である。その架空の売上を積み上げた結果が、2万アカウントのうち9割という「架空のアカウント」であった。ただし資金だけは実際回っていたため、この手口は「循環取引」と呼ばれる古典的な手法である。
この架空売上を実体のあるものと見せかけるために、オルツは巧妙な資金循環システムを構築していた。具体的な資金の流れは以下の通りであった:
- オルツが広告代理店(A社、Q社、O社、N社)に対して広告宣伝費として資金を支出、または研究開発業者(X社、Y社)に対して研究開発費として資金を支出
- これらの資金は広告代理店を経由してSPに支払われる
- 最終的にSPからオルツへの売上代金として回収される
この不正スキームの実行管理には、「代理店事務フロー」というGoogleスプレッドシートが使用され、資金の移動状況や時期が詳細に管理されていた。それによると、不正な循環取引が見られた期間は2021年6月~2024年12月。不正に計上された売上高は119億円で、同時に広告宣伝費も115億円という異常値を示していた。つまりこの循環取引は単発的な不正ではなく、組織的かつ継続的に行われた大規模な会計操作であった。
マスコミも指摘しない「税金依存型ビジネスモデル」の深刻な危険性
オルツ不正事件は単なる会計不正の枠をはるかに超えている。同社のAIツール販売には政府補助金が支払われるスキームとなっていて、その仕組みが架空取引にも適用された結果、本来イノベーションのために使われるべき税金が、架空売上を支える"資金源"として流用されていたのである。この、税金詐取の構造を見逃してはならない。具体的には、企業がAIツールを導入した際に補助金を受け取るスキームを悪用し、架空の企業にツールを販売したことにして補助金を受け取り、その資金が再びオルツに戻るーーという「補助金前提の循環取引」が成立していたのである。
補助金の正確な支給額は公表されていないが、同種制度の上限である1件450万円が2万件の架空取引に支払われたと仮定すると、15億円規模の税金が失われた計算になる。本来は企業の競争力強化やイノベーション促進を目的として導入された支援制度が、架空売上を支える資金源として悪用されていたのである。
にもかかわらず、主要メディアはこの"補助金依存型の危険なビジネスモデル"の問題をほとんど報じていない。日本経済新聞の特集「迫真・オルツ不正会計の波紋」(2025年11月3日から4回連載)でも、オルツの不正会計処理がいかに巧妙であったかを強調するのみで、補助金に依存した販売モデルで税金がどれだけ無駄に浪費されたかは一切指摘されていない。
監査・上場審査システムの根本的欠陥を糺す好機
オルツの不正が長期間発覚しなかった背景には、監査制度と上場審査制度そのものに内在する構造的欠陥がある。組織ぐるみの欺罔行為が堂々と行われていたにもかかわらず、IPO関係者のいずれもが上場後もしばらくは気づかなかったというのは信じ難い。
問題発覚後に設けられた第三者委員会は、
・監査プロセスや上場審査で虚偽説明が行われていたこと
・資料の改ざんが行われていたこと
を指摘し、「監査制度や上場審査制度の根幹を揺るがしかねない、強い非難に値する行為である」と厳しく批判している。
さらに同報告書は、①財務面の異常性 ②事業面の矛盾において、見ようとすれば見えたはずの警告サイン"が多数存在していたと指摘している。それぞれについて敷衍すれば、
① 財務面の異常性:
- 売上が急成長しているにもかかわらず赤字が縮小せず、むしろ拡大(図表1)
- 売上高とほぼ同額の広告宣伝費という異常な支出構造
- 利益とキャッシュフローが極端に乖離
② 事業面の矛盾:
- AI技術の先進性を謳いながら実際のサービス利用実態が不透明
- 顧客アカウント数の検証が行われず、実在性を確認していない
- 急激な事業拡大に見合わない組織体制の脆弱さ
である。
要するに、監査役・監査法人・主幹事証券会社・東証のすべてが、オルツ経営者が作り上げた「100%うそ」の説明を鵜呑みにし、帳簿の数字だけを眺めていたに過ぎない。誰一人、取引の現場に一歩も踏み込んでいなかったのは明らかである。
9割もの取引が架空であれば、
・顧客リストから10社程度に電話を掛けて、取引の存否を確認する
・広告代理店に「どこでどのような広告を出したのか」を尋ねる
といった、ごく基本的な確認作業をおこなえばすぐに暴露する不正である。さらに、不正を知った経理担当者が退職した事実や、適正意見が出せないとして辞退した大手監査法人の存在をも無視したのは異常としか言えない。
15年前に起きたエフオーアイ社の架空取引粉飾事件から何一つ学んでいない
オルツの粉飾事件は、2009年に東証マザーズに上場し、僅か8カ月で上場廃止となったエフオーアイ粉飾事件と酷似している。エフオーアイは2009年3月期の売上高を118億円と開示していたが、実際の売上はわずか2億円――実に98%が架空であった。
手口は、出資ファンド出資金を簿外に移したうえでそれを製品の売上に見せかける"資金の付け替え"、架空の売却先から受注があったように装う"架空受注"など、オルツ事件よりは単純な粉飾であった。それでも、上場後に短期間で破綻し、多くの個人投資家が甚大な損失を蒙った。
この事件では元社長に懲役5年(金商法違反)、元営業担当役員に懲役4年の実刑判決が下された。また、上場時の主幹事だったみずほ証券は株主代表訴訟を起こされ、最高裁まで争った。最高裁は「たとえ監査法人のチェックがおこなわれていても、上場会社の財務について重大な疑義を生じさせる情報を得た場合には自ら調査確認することが必要で、それを怠った場合には免責されない。同社はこの確認を怠った」として金商法違反に断じられた。最終的に、みずほ証券は株主およそ130人に合わせて3800万円余りを支払うことで和解が成立した。東証の責任についても最高裁まで争われたが、何故か無罪とされた。
そして今回のオルツ事件である。大規模な不正が、上場前の審査でも、上場後の監視でも、誰一人として見抜けずに罷り通ってしまった。その経緯を見る限り、新興企業IPOの関係当事者はエフオーアイの粉飾事件から何一つの教訓も学んでいない。
今後オルツ事件についても株主代表訴訟などが提起されるものと予想されるが、IPO関係者の怠慢を指弾する証拠固めは難しく、個人株主の損失が救済される可能性は極めて低い。
危機を転機とするには
オルツ事件は、スタートアップ業界にとっては深刻な危機であるが、同時に業界全体の転機ともなり得る。この事件を単なる個別企業の不祥事と片付けるのではなく、業界全体の構造問題と捉えて、抜本的な新興企業育成に向けての改革を進めなければならない。
そもそも日本では、新興企業の目標がIPOとなっている。上場すればあとはどうにかなるという「上場ゴール」である。これを捨てなければいけない。「小さい企業でもまず上場」という考えはもはや通用しない。
2024年のIPO件数は86社で、そのうち64社がグロース市場に上場したが、上場時の時価総額中央値は約83億円であった。東証は「上場後5年以内に時価総額100億円以上を維持しなければ、上場廃止を求める」という上場維持基準を打ち出したが、スタートアップ企業には早期に時価総額500億円規模を目指す成長モデルを求めたい。
米国をはじめとする先進諸国では、過去10年間でIPO件数が激減し、未上場のまま10億ドル(約1,500億円)を超えるユニコーン企業に育ててから大型のIPOを行うのが主流である。その間の資金提供はプライベート・エクイティー専門のファンドなどが担い、企業は成熟した状態で市場に登場する。日本にはこのような"育てる資金"を担うファンドが圧倒的に不足している。これが大問題であり、大型ファンドの育成を国家レベルの政策課題として位置づける必要がある。
(日本個人投資家協会 監事 岡部陽二)
(2025年12月2日、日本個人投資家協会機関誌「ジャイコミ」2025年12月号「投資の羅針盤」所収)
