昨年11月21日付けの日本経済新聞最終頁の文化欄に、私の随想が「地球の滴、神秘さ永遠に」という華麗な見出しで登場した。私自身の個人的な鉱物収集遍歴を振り返るとともに、これまでは主に欧米人の間で普及して来た鉱物収集の趣味の輪が、国際化の波に乗って日本でも急速に拡がりつつある実情などを紹介した小文である。趣味の石集めが「文化」として、300万人の購読者を擁する大新聞で採り上げられたのは初めてのことであるうえ、私の経歴が銀行勤め36年ということも手伝ってか、幸いにしてこのエッセーは結構注目を集めたようで、多くの方々からお便りを頂戴した。
中でも驚いたのは、文化放送の「吉田照美のやる気まんまん~午後2時の興味津々」というラジオ番組から舞い込んで来た出演の依頼であった。ラジオ放送で石の趣味が語れるものか、一寸戸惑ったが、折角の機会と思い直して、ぶっつけ本番でインタビューに応じた。以下はそのテープを巻き戻して、1月30日に放送された一部を誌上再録したものである。「水晶」の紙面をお借りして、同好の諸氏のご批判を仰ぎたい。
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照美; それでは「午後2時の興味津々」、今日のテーマは「石」、「石を集める」という「謎の趣味」についてです。世の中には様々なコレクターがいて、皆さんそれぞれいろんな物を集めていらっしゃいますが、そうした中に「石のコレクター、鉱物の収集家」がいらっしゃいます。この方は、「自然の鉱物をありのままの形で鑑賞する」という趣味で、なかなか奥行きが深かそうです。私も子供の頃にきれいな石を拾って家に持ち帰ったりして、「石を愛でる」という感覚は何となくは判りますが。それが、「ハンマー片手に40年、石を探して世界中を飛び回っている」なんてところまで行ってしまうと、スケールが大き過ぎて門外漢にはとても不思議。「どうしてそこまでやるのか?」とか、「何で石なのか?」と、やはり思ってしまいます。本日のゲストは、そのものズバリの超マニアの方、明光証券会長の岡部陽二さんです。
私; はじめまして。宜しくお願いします。
照美; きっかけというのは、人それぞれ様々なのでしょうけど、岡部さんの場合はどんなきっかけで鉱物収集を始められたわけですか?
私; 大学を卒業するまで、主に京都に住んでいたのですが、通っていた中学の近くの烏丸鞍馬口というところに当時としては珍しい鉱物標本館があったのです。そこで益富壽之助とおっしゃるアマチュアー収集家で、この世界では東京の桜井欽一さんと並ぶ熱心な指導者に出会ったのがそもそもの始まりです。益富先生は3年前に91歳で亡くなられたのですが、学校の行き帰りに標本館に立ち寄って、先生の説明を聞きながら石を眺めている内に何となく好きになってしまった次第です。
照美; そうですか。そんな立派な方がいられると自然にそうなっていきますよね。
私; そうです。熱心に通っている内に益富先生が主宰しておられた「日本鉱物趣味の会」という研究会へ入門を許されまして。
照美; それはいくつの時ですか?
私; まだ中学2年の時でしたね。この研究会には京大理学部地質鉱物学教室の学生さんなんかも何人か参加しておられ、結構レベルの高い会でした。
照美; 中学生で専門家の中に紛れ込んだ訳ですね。
私; ただ、専門家になると顕微鏡を覗いて結晶の形を調べたり、化学分析をしたりして鉱物の種類を特定するのですが、私ども子供にとって鑑定の武器は肉眼だけでした。それだけに沢山の鉱物標本をじっくりと眺めて、名前を当てる勉強を必死にやりました。
照美; その頃に、鉱物のことを勉強するだけじゃなく、実際に集めるということも、可成りやっていたのですか。
私; 採集会があって東は岐阜県赤坂の辺りから西は秋吉台まで、ルックサックを担いで、両手にハンマー・タガネ、首からルーペをぶら下げて、週末には一・二泊の採集旅行にもよく出かけました。大学に入ってからも、時々は参加していましたが、社会人になってからは途切れてしまいました。
照美; 時間がないから仕方ないですね。ところで、宝石や庭石でない自然の石でも、きれいなものや珍しい形に魅力を感じるというのは判るのですが、日本各地というのはまだいいですよ、しかし世界中を回ってまで集めるというのは、どうしてなのです。
私; それはですね。十数年のブランクがあったのですが、その後住友銀行の駐在で都合13年間ロンドンに住んで、仕事で一年の三分の一は国外へ出張していました。ところが、ヨーロッパの街を訪ねますと必ずミネラル・ショップとかロック・ショップとかいう店があるのですね。私がよく通いましたスイスのルガノという小さな町にもそういう趣味の店が、二・三軒あったのです。
照美; そうすると、石を集めるというのはヨーロッパでは結構一般的なのですね。それにしても、何で世界中?
私; 仕事も結構忙しかったのですが、はじめは寸暇を盗んで出張のついでにそういった趣味の店や博物館を回っていたのです。ところが、病膏肓に入るで、そのうちに休暇をとってブラジルや南アフリカへも石を求めて足を伸ばすようになり、ロンドンに住んでいた間にコレクションが相当増えました。
照美; 集め出すと際限なく欲しくなるものですか?
私; そうですね。コレクションというのは、そもそもは分類学なのですね。ですから、どうしても世の中にある全部の種類を収集するのが究極の目的となります。ただ、対象を余り拡げ過ぎますと、それこそ収拾がつかなくなって困ります。
照美; ある程度自分なりの考えで、この程度まで集めたいという範囲ができてくる訳ですね。で鉱物にはどの位種類があるものですか。
私; そうですね。鉱物は一定の化学組成を持っているので、種類そのものはそう多くはありません。精々3,000から4,000種位ですか。しかし一般に知られている鉱物は百種類にもならないですね。
照美; それで、岡部さんの集めた石の数はどの位? 全部並べると重いでしょうね。
私; まあ、五・六百点はありますかね。我が家は小さいのですが、幸い大きなガレヂが二つありまして、車が一台もないので、この写真にあるようにガレヂに雛段のようになった特製の標本棚を設えて何とか展示しております。
照美; 写真を見せて頂きましょうか。いや、色々な形や色の石があるのですね。紫がかっているのもあれば、緑もあれば、青いのや白いのも、縞模様のもあるし。何か、バウムクーヘンみたいに切った石もあって。これが、また模様が綺麗、まるで縞馬みたいな、しかし人工的な感じもしますよ。
私; いや、ところが、それが人工ではないのですね。しかも面白いことにこの石がオーストラリアで採れるのですね。ゼブラ・ストーンと呼ぶのですけどね。
照美; 何でこんなにきれいなのですか?二つの違った色の層が規則的に揃っていて。
私; まあ、その辺が造化の妙というのですかね。地球の営みの素晴らしさでして。
照美; 半透明のものや、オレンジ色のものもあったりして、正にアートしていますね。これは何とアート・フラワーのようですね。
私; これはブラジル産の石灰石なのですけどね。水に溶け易いので、花のような形になったのでしょうね。
照美; このお団子みたいなのは?
私; オケナイトといって綿菓子のようなふっわりとした細かい結晶で出来ているのです。
照美; オケナイトと云って、そこにオイテあるじゃないですか? あと、この緑色の石は等高線のグラヂュエーションのようになっていて素晴らしいですね。
私; それはタンザニアへ行って、サファリの帰りに求めたマラカイト、孔雀石です。
照美; 高いのですか?
私; 重さは10キロ程あるので、日本で買えば高いというか、値段も付けられない位でしょうね。しかし、私は分類学で種類を揃えるのが主眼ですから、高いお金は出さないという主義でやって来たのです。でも、最近は円が強くなって輸入品がどんどん入って来るので、フェアなんかも盛大になり、値段も下がって来ました。
照美; 岡部さんみたいな石の愛好家はどの位いらっしゃるのですか?
私; 愛好家の人口は判りませんが、グループは全国に20や30はあるのではないですかね。
照美; グループの中に何人位?
私; 私の入っている堀秀道先生主宰の鉱物同志会は200人余りの会員を擁し、毎月の例会に加えて、二ヶ月に一度は採集会にも連れていって貰えるのです。
照美; それも楽しみなのですね。ここに写っているのは、奥さんですか? この化石はどこで採集なさったのですか?
私; いや、この一枚だけは私の収集品ではなく、箱根湯本に昨年開館したばかりの地球博物館に展示してある壁面一杯のアンモナイトの化石なのです。これはロンドンに住んでいた当時よく訪ねたドーセット海岸のライム・リギスという有名な化石産地で採れたものですが、これだけ立派に揃っている標本は本家のイギリスでは見られません。
照美; このご趣味に関して奥さんのご理解もあるのですか?
私; いや、全然整理能力がなくて、収集に理解はないのですが、門前の小僧経を習うで、私に附いてくる間に大分鑑識眼がつき、鉱物の英文名はかなり沢山憶えてしまったようですね。
照美; そうですか。見る目が肥えれば、だんだん趣味になっちゃったりして。ガレヂを潰されて文句がでなけりゃ、結構ですね。ところで、石を手に入れても、持って帰るのは大変でしょうね。
私; そう、重いですからね。ただ、石は蝶々や切手なんかに比べると、保存には比較的手間が掛かりません。埃を被っても、一寸水を掛けて歯ブラシで磨いてやると、生き返るのですから。
照美; 下世話な話ながらやはり僕は値段に拘るのですが、手で持てる石で高いのはどの位?
私; それは数千万円するものも、あるにはありますね。
照美; では高いものだけを集めているという人も中にはいるでしょうね。
私; それは、外国にはいらっしゃっても、日本では難しいでしょうね。
照美; 見に行こうと思えばあるのですか?
私; それも欧米の自然博物館ではスミソニアンをはじめ素晴らしいコレクションがどこでも見られます。日本では、以前は大学の標本室位しかなかったのですが、最近では先程申し上げた地球博物館とか、糸魚川市のフォッサ・マグナ博物館など鉱物専門の展示が大分増えてまいりました。やはり、地球の不思議を勉強しようという人が増えて来たのでしょうね。糸魚川の博物館は、糸魚川~静岡構造線という大きな断層の始点に建っていて、4億円の予算で世界中の石を集めて最新の展示技術を駆使して並べているのです。
照美; あと、珍しい石がよくあるというのは、世界ではどの辺りなのですか?
私; 宝石や珍しい石が出るところは不思議なことに皆南半球にあって遠いのですね。ブラジルだとか、南アフリカ、マダカスカルとか。
照美; マダガスカルにはどんな石があるのですか?
私; マダガスカルや南アには、地球の他のところに存在しないような種類の石があるのですね。
照美; この間もあった隕石騒ぎのように、月へも行けるようになったら、地球の外の石も集めたいということになるでしょうね。
私; それはありますね。隕石というのは、これまた磁力があるということもあって、お金の話になると高いですね。
照美; まだまだ、話は際限なく拡がりますが、なかなか奥が深くて、本当に判るというところにまでは行きませんね。ただ、素敵な石がいっぱいあるということだけは、よく判りました。
私; それだけ判って頂ければ充分です。
照美; そういうところで、午後2時の興味津々、今日は石について、岡部陽二様からお話を伺いました。有難うございました。
(1997年2月28日付け鉱物同志会発行「水晶」第10巻第1号所収)