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ウェールズ(Wales)~英国切手の魅力シリーズ(26)~ 



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 2009
2月にはウェールズ(Wales)を慶祝した記念切手シートが発行された(上掲)。

左上;赤い竜(Y Ddraig Goch)と呼ばれるウェールズの紋章。世界最古とも言われるこの紋章の旗がウェールズの国旗として公認されたのは1959年のことである。

右上;ウェールズの守護神(Dewi Sant、紀元500~589年)、聖デイヴィッド。

左下;カーディフ湾に面した国会議事堂。

右下;国の紋章の原型となった竜のイメージ図

 さらに、2009年発行のInternational Postcard(国際郵便はがき)の図案シリーズの中でウェールズの絵はがきが売り出されている(下掲)。右側には赤い竜の一部が描かれ、左側にはウェールズの下記風物5ヶ所が描かれている。上部には英語とウェールズ語が併記されている。
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1、 Mt.Snowdon,Yr.Wyddfa

スノードン山、イングランドとウェールズでの最高峰。歩いても簡単に登れる小高い丘といった感じであるが、標高1,085米の山頂まで登山鉄道が運行されている。平地が多い英国では、数少ない山岳地帯として観光地になっている。

2、 Pembrokeshire Coast, Parc Cenedlaethol Arfordir Benfro

ペンブロックシャー海岸国立公園、ウェールズ南西の海岸沿いに広がっている620平方キロに及ぶ自然公園。

3、 Millennium Centre,Conolfan Mileniwm Cymru

ウェールズ・ミレニアム・センター、2004年にカーディフに建設されたオペラからロック・コンサートまで広範な芸能を演奏できる近代的な総合芸術文化施設。

4、 Cardiff Castle, Castell Caerdydd

カーディフ城、1世紀にローマ人によって建てられた砦に起源し、その後ノルマン人の城塞となり、19世紀には石炭の輸出で財を得た第三代ビュート候が意匠をこらした部屋を増設した。

5、 National Coal Museum, Amgueddfa Lofaol Genedlaethol

Big Pit英国国立石炭博物館、ウェールズ南部のロンダ渓谷一帯は良質の瀝青炭を大量に産出し、英国の産業革命を支えた。この渓谷全体が世界遺産に登録されており、往時の石炭採掘や運搬施設などを保存展示している博物館。
ロンダ渓谷は1870年代の南ウェールズの炭鉱で働くモルガン一家を描いたジョン・フォード監督の不朽の名作「わが谷は緑なりき」(1941年作)の舞台となり、広く知られている。

5億年前の生物化石で形成されたこの辺りの地層には、石炭に加え赤鉄鉱など良質の酸化鉄を主体とする堆積鉱床が形造られた。この地質時代は、ウェールズの古名であるカンブリアはに因んで、カンブリア紀と命名されている。

ウェールズとの表記はないものの、1958年にはウェールズの首都カーディフで開催された第6回大英帝国ならびに英連邦競技大会(British Empire and Commonwealth Games)に際して発行された記念切手がある(下掲)。この大会には35の国と地域から1,122人が参加し、9競技94種目が行われた。

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 ウェールズもローマ帝国の侵攻を受けたが、アングロ・サクソン民族には征服されなかった。5世紀末にサクソン人を撃退したといわれるアーサー王の物語は、ウェールズ人の間で古くから英雄伝説として語り継がれている。

1258年にはウェールズ公国が成立、13世紀末にはイングランドの支配下に入ったものの、ウェールズ大公の血統から出たヘンりー7世がチューダー朝に入り、1536年、ヘンリー8世のときにイングランドに併合された。

この時以降、次期イングランド王となるべき最年長の王子がプリンス・オブ・ウェールズ(ウェールズ大公)として戴冠する慣わしが確立した。

ウェールズではイングランドとの社会的統合が進み、ロンドンへの反発も強くはなく、スコットランドに比べると目立った独立機運の動きもない。独自議会設置の可否を問うた1997年の住民投票でも賛成50.3%でぎりぎりの承認であった。

併合後も民族の独自性は保たれ、現在でも人口の約2割はケルト語系のウェールズ語を話し、道路やホテルなどの標示にはすべて英語とウェールズ語が併記されている。1993年には「ウェールズ言語法」が制定され、BBCにはウェールズ語放送もある。

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