左上;1215にジョン王により制定されたマグナ・カルタは、イングランド国王の権限の制限を内容とする前文と63カ条から成る長大な文書である。そのうちの教会の自由やロンドン市などの自治を保証する条項などの前文と4カ条が廃止されずに現在まで残っている。その中でも最も重要な条項として「何人も国法に因らなければ、逮捕・拘禁されたり、財産を奪われたりしない」という権利宣言が切手に掲げられている。現代に続く法の支配の原型となったものである。
中央上;1265年にヘンリ3世がマグナ・カルタを無視して戦費を徴収しようとしたことに反発した貴族のシモン・ド・モンフォールに率いられた反乱団が国王を幽閉し、貴族・聖職者や都市の代表者で構成される議会を招集した。これが英国下院の源流となった。切手には、この代表者の招集文言が記されている。
右上;1689年にオランダから迎えられたウイリアム3世とメアリー2世との交渉で、上下両院の奏上により「Bill of Rights(権利の章典)」が成文化された。これは現在も有効な英国不文憲法の根本法となっている。切手には議会の同意なき課税の禁止と残酷な刑罰の禁止が重要な権利として例示されている。
左下;1791年の米国憲法改正で信教、言論、出版、集会の自由や請願権などが法定された(American Bill of Rights)。これは英国の「権利の章典」に倣ったものとされている。
中央下;1948年には第3回国連総会において「世界人権宣言」が採択された。切手には人権の基本としての法の下で差別されない平等を掲げている。
右下;2013年には54ヵ国で構成されている英連邦の人権憲章が制定され、男女の平等と女性の権利尊重が人類の発展と基本的人権にとっての根幹であることなどが宣言された。
マグナ・カルタの原本は4点現存し、1998年にロンドン郊外のセント・パンクラスに新築された大英図書館に2点、リンカン大聖堂とソールスベリー大聖堂にそれぞれ1点づつ保管・展示されている。昨年には、800年の歴史の中で初めて、この4点を大英図書館に集めて限定公開された。大英図書館は以前は大英博物館内にあり、筆者の在英中にはしばしばマグナ・カルタを観る機会があったが、今は大英博物館にはなく、鑑賞は不便になったようである。
マグナ・カルタの調印が行われたラニーミードの地もよく訪れた。ロンドンの西方32キロ、ウインザー城のすぐ近くのテームズ河畔に拡がる青々とした草原に記念碑がひっそりと建っている。この場所自体には格別の意味はなく、1215年の調印当時、ジョン王の居城であったウンザー城と25人の諸侯が集まって野営をしていたその西方のステインズという町とのちょうど中間地点にある草原が選ばれたものと説明されている。