1983年8月に英国の代表的な庭園を建設年代別に採り上げた"British Gardens"4枚の記念切手が発行された(上掲)。左から順に次の通り。
1、20世紀代表、シシングハースト(SissingHurst);英国南部のケント州にある1930年代に詩人のヴィダ・サックヴィル=ウェストが作った私邸の庭、現在はナショナル・トラストの管理で公開されている。英国全土において最も愛されている庭園の一つで世界中から観光客を集めている。
2、19世紀代表、ビダルフ・グランジェ(Biddulph Grange);英国中部のストーク・オン・トレントにある世界中からの草木を蒐めて作られたヴィクトリア朝期の庭園。世界一のバラ園とも称されている。
3、18世紀代表、ブレナム(Blenheim);ウィンストン・チャーチルの生家としても有名なブレナム宮殿の庭。オクスフォード近郊のウッドストックにあり、庭園の総面積は4,600ヘクタールと広大。1722年に完成した当時はロマン主義的な英国式庭園の典型であったが、1925年から32年にかけてル・ノー トル様式のフランス庭園に改造された。世界遺産に登録されている。
4、17世紀代表、ピットメデン(Pitmedden);スコットランドのアバディーン北方にある夏場には百花繚乱する4万株の花壇と小路を幾何装飾的に配置した庭。1675年創設と歴史は古いが、1950年代に大幅に改造された。
切手には採用されていないものの、筆者にとって最も印象的であった英国の庭園は英仏海峡の入り江に面したサウサンプトンに近いロスチャイルド家所有のエクスベリー(Exbury)の庭園である(下掲)。1970年代にロンドンのN・M・ロスチャイルド銀行会長をしていたエドマンド・ロスチャイルド氏(2009年に93歳で逝去)と知り合い、当時は非公開のこの庭園に何回か招かれた。氏は資金提供を通じて日本の戦後復興に貢献したとして勲一等瑞宝章を受章している。
エクスベリー庭園は父親のライオネル氏が1919年に200ヘクタールに及ぶ土地を購入、数キロ離れた鉄道路線からわざわ支線を引いて資材を運び込み、22年をかけて手造りで完成させた。ライオネル氏は「趣味で銀行家をやっているが、本業は庭師だ」と自ら語るほどの力の入れようで、この庭園にはエリザベス女王もしばしば訪れた。現在は一般公開されて鉄道の支線を走るレトロな蒸気機関車も走っている。
この庭園にはシャクナゲやランなどヒマラヤやチベット、南米各地などから集めた四季を通じて花を咲かせる巨木が群生している。その中の白眉は何といっても優に樹高10米を超える巨大なシャクナゲ(Rhododendoron)の群生である。色とりどりのシャクナゲが5月ごろに満開となった艶やかさは壮観である。椿もたくさんあるが、真冬に深紅の大輪の花を咲かせる純日本種の椿を欠いていた。
この椿が皇居の庭にあることを知ったエドマンド氏は、宮内庁に苗木を譲ってほしいと申し入れた。ところが、官僚的な対応でこれを断られた氏は、皇居に招かれた際に椿の一枝を手折って服の内側に隠して持ち帰り、それを接ぎ木して数年後には立派な花を咲かせるまでに育て上げた。これはやむにやまれず働いた一世一代の窃盗であったという自慢話には心底驚いた。
英国の春を代表するポピュラーな野草の花4種"Spring Wild Flowers"の記念切手が1979年3月に発行されている(下掲)。
左から順に、Primrose(淡黄色の可憐な花を開くサクラソウ)、Daffodil(ラッパ状でカナリア色の花をつけるラッパ水仙)、Bluebell(青い釣鐘型の花を咲かせるブルーベル)、Swowdrop(雪の消え残る初春に下に垂れた一輪の白い花をつけるスノードロップ)である。
ロンドンでは3月になると、ダフォディルをあちこちに見かけたが、典型的な英国の野花ということになると、やはりスノードロップであろうか。
「ロンドンの冬の低い鈍色の空
冷たい大気の中で
凍りついた車のウィンドーと白い息
重い大地を破って
ある日突然あらわれた
可憐なスノードロップ
春が来ることの本当の意味が
初めてわかった気がした
終わらない冬はないのだと」
ロンドン在勤中の同僚ご令室・高原綾子さんのエッセー集「すのーどろっぷMy London Story」(2014年刊)のプロローグを引用させていただいた。
英国を代表するポピュラーな樹木としてOak Quercus robur(オーク、欧州楢)とHorse Chesnut(チェスナット、西洋栃の木)の記念切手が1973年に発行されている(下掲)。
いずれも大きなものは、樹齢数百年で高さ30米を超える落葉樹である。秋にはドングリのような実をつける。