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<特集>高齢者医療・福祉の新しい展開 -危機を乗り越える各国の新しい戦略― エビデンスに基づいて医療の質向上を進めるオーストラリア

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医療経済研究機構 専務理事 岡部 陽二

 EBM(Evidence based medicine)とは、臨床医学上の手法で、直訳すれば「実証に基づく医療」となるが、「現時点で最良の証拠を用いて、良心的、明示的、そして妥当性のある分別をもって、個々の患者の臨床決断を下すこと」と定義されている。要するに、治療の実効性を向上させるために、治療方法の選択をより客観的に行なうことが、その本来の目的である。オーストラリアにおいては、この手法が臨床医学の現場だけではなく、広く医療・介護システムや制度を構築するに当たっても活用されている。具体的には、医療行政の面でも、システム改善に向けての制度の改廃が盛んに行なわれて、実効性が検証されたシステムがより精緻化され、その結果として、医療そのものの質も向上している。
 オーストラリアは医療・介護の分野での全国民を対象とした普遍的な制度は1984年のメディケアの実施までは貧困者向けの限定的な保障しか行なわれていなかった。第二次大戦後に「揺りかごから墓場まで」を旗印に福祉国家を目指した英国など先進西欧諸国には大きく遅れをとっていたといえる。ところが、メディケア創設による医療の国民皆保険に実現に続いて、高齢者介護の分野においても施設介護の充実と並行して1985年には在宅・地域ケア(HACC)プログラムを発足、介護者年金も創設するなど急速に医療・介護両分野での諸制度が整備され、その後政権が変わっても矢継ぎ早に改革が進められている。本稿では、民間医療保険の活用、高齢者の施設介護、医療と介護を繋いでいるACATに絞って紹介したい。

1、オーストラリアにおける民間医療保険 
 
 オーストラリアの年間総医療費は2002会計年度(2002年7月から翌年6月まで)で722億ドル(約7/7兆円)、一人当り約39万円、対GDP比では9.5%となっている。近年、毎年3%程度の増加ペースである。
 財源別では、表1の通り、連邦政府が46.2%、州政府が21.6%と税金による公的負担が7割弱、残余の3割強が民間医療保険料を含む自己負担となっている。使途別では薬剤費の比率が他の先進諸国に比して低い。これは、外資系の製薬会社との薬価交渉を政府が一括して行なっている成果と言われている。
 オーストラリアの医療保障は、1984年2月に発足したメディケア(Medicare)と称する国民皆保障制度によって、連邦政府により全国一律に運営されている。その制度運用に要する連邦政府負担分の財源は、ほぼ3/4が一般財源、残余が“Medicare Levy”(メディケア特別税)により賄われている。この制度による給付対象と償還率ならびに民間保険でのカバーを含む患者負担の概要を表2にとりまとめた。
 オーストラリアの公的医療保障の特徴は、公的病院での治療を全国民に無料で提供することを原則とする一方で、「公的病院におけるプライベート患者」という一見矛盾した概念を導入して、差額ベッドなどのアメニティー部分だけではなく医療の中核である医師への技術料支払いについて公的保険と自己負担ないしは民間保険でのカバーの併用(混合診療)を認めている点である。この措置により、公的病院の医師も患者からの指名があれば公定の診療報酬に上乗せしたドクター・フィーを自由に設定することができる制度となっている。
 機能が充実し公平な公民混合システムを維持するために、政策当局は民間保険市場に強力な介入を行なってきた。消費者の利益を保護し、加入者のリスクの程度にかかわらず加入希望者に民間保険への公平なアクセスを促進するための規制もなされている。その結果、民間医療保険による医療費のカバー率が12.4%と高くなっている。

2、高齢者の施設介護
 
 オーストラリアにおいても、他の先進諸国同様に、1960年代までは施設対策が中心で、ナーシング・ホームのベッド数が急速に増加した。これは、連邦政府がナーシング・ホーム建設費用の補助を積極的に行なったため、民間の非営利・営利団体がこの制度を活用して開設が進んだ結果であった。
 1983年に政権をとった労働党は1985年から高齢者ケア改革に乗り出し、ナーシング・ホーム入所者に対するアセスメント・サービスの充実などで一定の成果は収めたが、この改革が本格化したのは1995年に自由党の現ハワード首相の政権になってからである。
 過去数年間に多くの改革が行なわれたが、その最たるものは1997年に決定された重度障害者に対するハイ・ケア中心のナーシング・ホームと軽度障害者用のホステルを廃して、同一の施設で人生の最期まで暮らせるように改めた高齢者介護施設の統合政策であった。
 第二の大きな改革は施設介護を抑制して、在宅介護(Community Care)に大きく比重を移す政策であった。この政策は1985年に発足したHACC(Home Community Care)プログラムの拡充を一段と強力に進めることが柱となっている。具体的には、通所介護や短期入所のプログラムの拡充と併せて90年代に入って「在宅ケア・パッケッジ」という新しい方式の導入により促進が図られている。
 この結果、施設サービスの増加ペースは鈍化し、介護を必要とする高齢に対する施設入所者数の割合は1996年には70歳以上人口千人につき90.6人が施設介護を受けていたが、2001年には82.4人に一割近く減少している。それでも、わが国との対比で見ると表3のとおり高齢者人口比でわが国のほぼ二倍の施設介護病床が存在し、その開設主体も多様である。
  
3、要介護度の審査体制(ACAT)

 要介護度の判定を迅速かつ公平に行なうために、1987年に初めて設けられたアセスメント(Assessment)の仕組みがACAT(Aged Care Assessment Team)である。ACATチームは地域ごとに置かれ、看護師、老年科医、理学療法士、ソーシャル・ワーカーなど数人のメンバーから成る。病院からの退院時や施設入所時などに、病院や施設へ出向いて要介護者の医学的・社会的ニーズを判定して要介護度を決定し、施設入所や在宅ケアのメニューを具体的に処方する。
 ACATは高齢者介護において不可欠な決定的に重要な役割を果たしている。ACATチームが在宅介護のパッケッジや施設入居の可否、介護の必要度などを独自に最終的に認定するからである。また、ACATチームは在宅介護サービスの受け方についてアドバイスを行なったり、介護サービス機関の紹介を行なったりもしている。
 現在、全国に121のACATチームが設けられており、年間に約17万件の認定審査を行なっている。この制度が制定されてから15年間にACATによって介護の必要度を測定するに当たっての基礎的なデータも豊富に蓄積されている。
 介護施設における介護の質の評価は、政府系ではあるが独立した機関である介護評価機構が定期、不定期の審査を実施し、認定する方式がとられている。評価項目は45項目からなり、スタッフの教育もその中に含まれている。このように、高齢者を病院から介護施設でのケアや在宅ケアへスムーズに移行させる役割をACATチームは効率的に果たしている。医療サービスと介護サービスとが一体として切れ目なく提供されているオーストラリアのシステムから学ぶべき点は多い。

表1、オーストラリアの総医療費とその財源別・使途別内訳
(単位;億豪ドル、2002~2003年度)

  連邦政府 州政府 自己負担 民間保険 合計
病院 106 79 7 42 234
在宅ケア 36 5 8 0 49
医師等のサービス 99 0 28 19 146
薬剤費 51 0 10 0 61
その他及び設備投資 40 72 91 28 231
総医療費 334 156 142 89 722
(分担割合) (46.2%) (21.6%) (19.7%) (12.4%) (100%)

注; 2003年の円/豪ドル購買力平価は;107円/1豪ドル、総医療費722億豪ドルは約7.7兆円
出所; Australian Health and Ageing, Concise Factbook 2002~2003

表2、メディケアの給付対象と償還率・患者負担

サービス内容 メディケアによる償還額、患者負担(民間保険カバーを含む)
開業医(家庭医・専門医とも) 所定レートの85%を償還(民間保険でのカバーは原則不可)
公的病院 保険診療患者 入院 無料サービスの提供
外来 無料サービスの提供(薬剤費を除く)
プライベート患者 入院 専門医のサービスにつき所定レートの75%を償還(入院料などは給付外で患者負担)
外来 所定レートの85%を償還
民間病院 入院 専門医のサービスにつき所定レートの75%を償還(入院料などは給付外で患者負担)
外来 所定レートの85%を償還

注; ①入院には日帰り手術を含む
   ②プライベート患者は公的病院での受診時に医師を指名する患者
   ③専門医は所定レートとして定められた診療報酬に拘束されず、これを超える額を患者に請求できる

表3、介護施設数とその開設主体別構成割合の日豪比較

  オーストラリア 日本
介護ケア施設数 3005施設 11,645施設
介護ケア病床数 142千床 723千床
 一施設当りの平均病床数 47床 62床
 65歳以上人口千人当りの病床数 60床 31床
開設主体別 国・地方自治体 17.1%  7.7%
非営利団体 58.9% 92.3%
営利企業 24.0%   0%

注;病床数はオーストラリア2001年、日本2002年の調査結果
日本の施設・病床数は介護老人福祉施設(特養など)、介護老人保健施設、介護療養型医療施設の合計
出所;オーストラリア;ABS ”Community Services, Australia 1999-2000“
日本;厚生労働省「平成14年介護サービス施設・事業所調査、表2開設主体別施設数の構成割合」

 (2006年6月10日、メディカルレビュー社刊行「ジェンエントロジー-ニューホライズン」2006-7 Vol18  No.3、p30~33 所収)

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