古代から現代に至る465ページに及ぶ日本で初めての本格的な病院の通史である。日本に病院が設立された史実を的確に把握・理解することで、視野が広がり、今日の医療制度や病院が抱える問題を深く知ることができる。近代病院ができて150年、ようやく日本人は病院史の大著を持つこととなった。人口比では病院数・病床数ともに世界一多い我が国の医療供給体制を形作ってきた過程とその歴史的背景を的確に指摘くれるまさに目から鱗の快著である。
明治までの日本にもハンセン病患者を隔離して収容する施設などはあったものの、欧米で教会などが付設した治療のためのホスピタルは存在せず、医師が患者宅に往診して漢方薬を処方するのが一般的であった。
日本最初の病院は鎌倉時代に鎌倉極楽寺に設置された「桑谷(くわがや)病舎」で、最初の西洋式病院は室町時代にアルメイダというポルトガル人外科医が大分で創業した「府内病院」、現存する病院でもっとも古いのは、長崎にオランダ人軍医・ポンペを招聘して幕末に開設された幕府立の「長崎療養所」(現長崎大学病院)とされている。
著者は病院史研究の過程で、このアルメイダとポンペ、それに戦後日本の医療保健制度の基礎を築いたアメリカ人軍医のサムス准将の影響力に特に注目している。この3人の外国人医師は日本人よりも強い日本の医療に対する使命感と情熱をもって、日本人が考えもつかなかった新しいシステムを日本に導入してくれたのである。
対象を病院に絞り込んで歴史考証の細部に拘った本書のような専門書は、どうしても無味乾燥となりがちであるが、著者は外国との対比だけではなく、自身が足を運んだ遺跡の写真や医療史を彩る挿話などを随所に鏤めて読者を飽きさせない。これは、国際経験豊かな著者のグローバルな視点と時系列での双方の分析が織りなした瞠目の成果であり、交響曲のような響きを実感する。
たとえば、ジェンナーが発見した天然痘予防の牛痘は、1849年に日本に輸入され、九州や関西では半年もかからずに普及したが、種痘の効能を認めない漢方医勢力が強い江戸では採用が9年も遅れた。この史実が詳細に紹介されている。
また、戦前の日本は中国大陸、台湾、東南アジア、南洋から南米にいたるまで多くの病院網を海外に展開、現在よりもはるかにグローバルであった。その実績を具に叙述しているのも著者ならではの思い入れである。さらに、GHQのサムス准将が戦後の日本に導入した制度は、当時のアメリカ本国の制度よりも進歩的、近代的なものであったとの観察も炯眼である。
今後の医療改革の方向を考えるに当っても、このような歴史から学ぶところが多い。
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(評者;元広島国際大学教授 岡部陽二)
(2014年3月17日、㈱法研発行「週刊社会保障」No.2768号 p36 所収)