個別記事

機能していない病床規制の全廃を ~既得権益を保護する競争制限政策<医療分野で創造的破壊を>

140220CreativeDestructionLgoimages.jpg

 

→ PDFファイルを見る

元広島国際大学教授 岡部陽二

 医療分野における岩盤規制には、株式会社形態の病院の新規参入禁止、混合診療の原則禁止、民間保険による現物給付の禁止などに加えて、「病床規制」がある。
 これは、全国を348に分けた地域ごとに必要病床数の総量を定め、地域内の病院に割り振る制度で、当初は増嵩する医療費の抑制を目的として導入されたものであるが、現実には現存する病院の既得権益を保護し、新規参入を排除する競争制限政策と化している。その結果、日本は世界でもっとも人口比の病床数が多く、平均在院日数が長い国として、国際社会での顰蹙をかっている。
 このような競争制約的な規制を全廃する医療産業分野における創造的破壊こそが、アベノミクスで期待されている成長戦略の鍵を握っている。

世界一の病床・平均在院日数

2013年版のOECDヘルス・データによれば、世界主要国40カ国(OECD加盟34カ国とBRICSほか新興6カ国)の中で、日本の「人口千人当たりの病床数」は13.4床と群を抜いて多い(図1)。日本に次いで多いのは、韓国(9.6)、ロシア(9.1床)、ドイツ(8.3床)である。フランスは6.4床、米国は3.1床と少ない。これは、日本の国民一人当りの病床数は、フランスの約2倍、米国の約4倍も多いということである。日本の病床数が多いのは、いわゆる「社会的入院」によるものと観念的に説明されているが、必ずしもそれだけではない。「病床規制」に起因する長い「平均在院日数」や医療保険制度の歪み、長期入院志向の病院と患者の意識などの要因が複合的に絡んでいる。

140220KinoushiteinaiZu1.jpg

 病床数を病床種別に分けて比較すると、日本はフランス、米国に比し精神科病床と長期療養病床の数が極端に多いが、急性期の一般病床もフランスの1.6倍、米国の3倍と多い(図2)。一般病床が多い理由としては、①長期療養は諸外国では専らナーシング・ホームなどの介護施設が担っているが、日本ではかなりの部分を病院が分担している、②諸外国では診療報酬の支払方式がかつての出来高払いから包括払いへの転換に対応して早期退院が図られたが、日本は依然として出来高払い方式が多いといった点が指摘されている。また、③米国では入院費用が高いので、大病院の周辺には宿泊用のホテルが林立しているが、入院費用が安い日本では、病院がホテル代わりに使われているといった事情も影響している。これに加えて、④日本特有の「病床規制」の存在が世界一多い病床数の大きな要因となっている。

 

140220KinoushiteinaiZu2.jpg

 

病床規制は民間病院が医療サービスの提供主体となっている一部の国では医療計画の一環として行なわれていたが、近年は規制撤廃の方向に進んでいる。米国には以前から病床数の規制は存在せず、高額医療機器購入などの資本投資に関して、病院に対しその必要性を証明させるCON(Certificate of Need)規制という制度が大多数の州で採用されている。州によりCON規制の内容は異なるものの、高額医療機器導入に際し住民の意向をも反映させて病院の無駄な投資を抑制させるチェック機能を果たしている。ドイツやフランスでも、病床数に対する規制は廃して、CON規制同様の高額医療機器の購入をはじめ多額の資金を要する設備投資についての州政府許可制を採用している。

  日本の病床規制が当初意図された医療費抑制とは逆に、病床数・医療費ともに高止まりの要因として働いているメカニズムを解明した研究は見当たらないが、医療同様に規制業種であった銀行の例が参考となる。日本では「銀行行政の歴史は店舗行政の歴史である」とも言われたほど、1980年代までの銀行は店舗数、設置場所、職員数や営業時間に至るまで厳しく規制されてきた。この間、全国銀行の店舗数は増え続けたが、90年代に入って自由化されるや一転して減少し、ピークであった95年の16,954店から11年の13,487店まで20.4%も減少している。店舗数まで厳しく規制した護送船団行政が非効率を助長した典型例である。 

病院入院時の平均在院日数は、他の条件が等しければ、入院日数が短いほど、治療費も低く抑えられるので、医療の効率性を示す指標として国際的に用いられている。2011年のOECD加盟33カ国の平均在院日数は約8日のところ、日本は18日と世界で最長、5日を下回るメキシコ、トルコや米国の4倍近く長い(図3)。しかも、脚注にあるように、この平均在院日数は原則として全病床を対象としているが、日本ほか3カ国については例外的に急性期の一般病院のみを対象としており、過小表示となっている。日本の精神科・長期療養型を含む全病院についての日数は30日超で長過ぎてグラフに収まらないため、一般病床のみの日数が掲げられたからである。


140220KinoushiteinaiZu3.jpg


 遡って検証すると、1960年当時の全病院についての平均在院日数は日本28日に対し、フランス・米国も21日と3ヵ国間に大差はなかった。その後、欧米諸国では医療技術の進歩と医療保険にかかる診療報酬の包括払い方式の拡大に伴って一貫して在院日数が縮小したのに対し、日本では逆に1985年の40日にまで伸長した。その後は、日本も縮小に転じ、2000年以降は縮小幅が加速しているものの、依然として高止まりしている(図4)。この高止まりは、病院が収益減に繋がる病床数の削減を嫌って、病床数を維持しながら病床稼働率の向上を図り続けてきた結果であり、病床規制の齎した逆効果と判断される。

140220KinoushiteinaiZu4.jpg


 もっとも、国際比較では、在院日数が長くなれば、医療費が嵩む、といった相関は認められない。現に、平均在院日数が5日を下回っている米国の一人当り医療費8,508ドルは世界一高く、平均在院日数が15日と米国の3倍長いロシアの一人当り医療費は1,316ドルと米国の1/7に過ぎない。平均在院日数が18日で、一人当り医療費が3,213ドルの日本も、米国との対比では、ロシアに近い(いずれも2011)

規制導入の経緯

 病院の病床数を規制する措置は、「病床過剰地域から非過剰地域へ誘導することを通じて、病床の地域的偏在を是正し、全国的に一定水準以上の医療を確保すること」を目的として1986年に導入された。各都道府県が5ないし13の地域に分割された348の二次医療圏で必要とされる総「基準病床数」を厚労省が定めた全国統一の算定式により算定し、「既存病床数」が「基準病床数」を超える地域では、病院の開設を許可しないという規制である。この規制は当初、行政指導の形で行われていたが、1985年に創設された「医療計画制度」の中核として位置づけられ、現在では医療法に基づく法的規制となっている。

 さらに、病床規制に従わなかった場合には、健康保険法により保険医療機関の指定権限を持っている厚労大臣が保険医療病床としての指定を除外することができると定められた。保険医療機関の指定は、医療機関にとっての死活問題であるから、病床規制は保険医指定権限によりきわめて強力に実効性が担保された制度となっている。

 2000年には、精神科病床などを除く「その他の病床」が「一般病床」と「療養病床」区分され、その後はそれぞれの病床数が規制されている。1986年の規制導入時の総病床数は1,100千床であったが、規制導入を見越した駆け込み増床が大きく、1993年のピーク時には1,274千床に達し、その後20年間はほぼ横ばいで推移、20126月末現在では、一般病床898千床、療養病床329千床、合計1,227千床となっている。療養病床については、介護施設への転換を図るべく、介護保険適用型120千床を廃止し、医療保険適用型も漸減の方針が2006年に打ち出されてが、その後この方針は撤回された。

 病床数の増減を都道府県別に見ると、2005年のピーク時を起点として、上位10道県の病床数総数は減少し、下位10道県の病床数総数は増加した。一方、人口10万人当りの病床数は、上位10道県と下位10道県いずれも減少した。この事実から、病床規制は一定の効果を挙げたとの評価もなされている。しかしながら、増減数は僅かであり、国際的に異常に多い総病床数は高止まりを続け、都道府県間の大きな格差も一向に解消していない。

医療現場からの批判

「病床規制が新規参入規制としてしか機能しない」理由を明快に分析した亀田総合病院の小松秀樹医師の見解を、以下に引用する。

 「医療計画では、基準病床数が二次医療圏ごとに決められている。一般病床と療養病床については、両者を合わせた形で、基準病床数が提示される。一般病床には独自の計算式があるが、療養病床だけのための独自の計算式はない。二次医療圏は、医療法では「病院の病床及び診療所の病床の整備を図るべき地域単位として区分できる地域」と規定されているだけであり、性格付けは、行政の判断に任されてきた。行政は、医療水準の向上より、統制を正当化しやすい行政単位や住民の生活圏に基づく論理を優先し、小さめの二次医療圏ごとに設定された。

 一方で、医療の進歩によって、病院には、多数の高価な医療機器が必要になった。医師の専門分化が進み、専門医の診療範囲が狭まった。病院の安全対策に、多様な専門家チームを必要とするようになった。結果として、世界的に、先端医療を担う基幹病院の診療規模は巨大化した。その結果、二次医療圏の多くは、本格的な基幹病院を維持するには、相対的に小さすぎるようになった。日本の基幹病院の診療規模は、二次医療圏の枠に縛られたため、世界的に見て小さい。病院ごとの疾患別手術件数が少ないのも、二次医療圏のサイズが影響している。

 近年、交通手段、通信手段、そしてなにより情報技術の進歩によって、良質な医療を求めて、患者が簡単に移動するようになった。小松秀樹医師の勤務する亀田総合病院は房総半島の南端の安房医療圏にあるが、
2011年度の入院患者の55%は安房医療圏外から、7.4%は千葉県外からの患者である。患者が移動するのを止められないとすれば、二次医療圏のコンセプトそのものの見直しが必要ではないか。

医療の質とサービスの向上、効率化のためには、各病院が工夫して競争しなければならない。工夫し、競争するには、自由な活動の領域が競争可能な程度に大きくなければならない。10年ほど前、公正取引委員会や総合規制改革会議で、病床規制が各病院の自由度を阻害し、サービス向上と効率化を妨げていること、特に、許可病床が既得権になっており、新規参入を阻害していることが問題にされた。(中略)

 病床規制は、制度疲労が目立つ。医療提供体制整備、医療サービスの向上、医療の進歩の阻害要因になっている。少なくとも、首都圏の一般病床の総量規制は、メリットよりデメリットが大きい。厚労省の病床規制継続の論理には無理がある。

 厚労省は、各県の基準病床数の計算で使われた各種数値、基準病床数算定における一般病床、療養病床の内訳、入所施設定員、許可病床数、実際に使用されている病床数など、重要情報を分かりやすく検証可能な形で提示してこなかった。意図して分かりにくくしたり、非開示にしたりしたと思われても仕方がない。これでは、病床規制継続の目的が、日本の医療を良くすることではなく、厚労官僚の権力の維持強化にあるとしか理解されないのではないか。医療提供体制整備と医療サービス向上のためには、地域ごとの実情の応じた対策が必要である。行政への要望や期待は、統制を強めることにしかならない。財政状況の悪化も、行政にできることを小さくしている。

 かつての全体主義国家のように、無理な理念と幻想に基づいて、社会活動の量を細かく統制しようとすれば、失敗するだけにとどまらず、その弊害は拡大し続ける。統制が官僚の権力を増大させ、権力が失敗の認識を抑圧して、実態に基づいた修正がなされないからである。

 それぞれの地域の問題を、多くの主体が自主的に解決しようと試みる必要がある。医療の特殊性からは、民による経済合理性を踏まえた公益活動としての対応が望ましい。成功例を、多様性を認めつつ、地域ごとに真似すればよい。こうした活動を可能にする自由度の拡大を求めたい」
小松秀樹病床規制の問題 2 厚労省の矛盾」2012.0.12、)。

競争政策上の問題

 公正取引委員会は200211月「社会規制分野における競争促進の在り方について」の報告書を取りまとめ、「医療機関に対して実効性のある参入規制手段として機能している医療計画に基づく病床の総量規制の見直し」を求めた。さらに、同時期に総合規制改革会議第二次答申は「病床規制が地域の既存の病院の既得権となっており、病院間の競争を妨げていること、基準病床数の算定方式が現状追認型であり、対人口比の地域間格差があること、地域の実情。ニーズを踏まえた適切な機能別の病床数が確保されていないこと」を指摘し、政府に早期是正を迫った。

 このような動きに対し、厚労省も検討会を設けて、現行制度の評価を行なったが、医療費増の抑制に一定の効果があったこと、公平性の視点からは実効を挙げていることなどを積極評価し、結論としては「基準病床数を廃止する場合の諸条件が未整備である」として、規制維持の政策を堅持している。近年、フランス、ドイツ、オランダなどの医療計画では病床規制を廃止していることも認識はしているが、これらの国では平均在院日数が短縮された結果、規制の必要性が低下したことによるものとの判断から、厚労省は日本でも同様の道筋を辿ることを期待している。これは、「百年河清を待つ」の発想にほかならず、政治の決断に期するしかない。

 医療経済学では、情報の非対称性が大きい医療の分野においては、医療サービスの供給が需要を喚起すると説かれている。病床規制の動機には、この供給者(医師)誘発需要仮説が大きく影響している。これは医療現場の実感とも符合しているため、病床規制に供給量の抑制効果が期待された面が大きいが、医療需給に影響する要因は病床数だけではない。むしろ、医師数や診療報酬体系、患者の所得水準、医師と患者の意識などほかの要因の方が遥かに大きく影響しているとの見方の方が説得的である。官製市場である以上、診療報酬だけではなく、病床数、医師数など医療費に影響するすべての要因を規制すべきという発想では、病院間の競争は阻害され、それが結果として既得権益の強力な保護に働き、医療費の高止まり、非効率、さらには医療の質の低下に繋がる懸念の方が遥かに大きいのではなかろうか。こういった観点からの実証的研究は存在しないのも問題である。

市場機能の活用を

 都市部への人口集中が続くなか、2000年代初には総人口減少時代を迎えた結果、大半の二次医療圏で病床過剰となっている。このため、当初は地域間の過不足を調整する目的で発足した病床規制は、最近では専ら医療費抑制の見地から過剰病床を計画的に削減し、縮小均衡を目指す方向へと転換してきている。しかしながら、病床過剰地域であっても、行政による病床削減には住民の不安から来る抵抗もあり、抜本的な削減は行なえない。その結果、病床規制は非効率の温存と病院の既得権益保護としか機能しなくなっているのが現実の姿である。

 地域によって人口動態が異なることも、病床規制の弊害を大きくする。地方は高齢化が既に進んでいるのに対し、首都圏では、猛スピードで高齢化が進行しつつある。このように人口動態の地域差が大きすぎる一方で、地域の実態に基づいた対応を盛り込もうとしても、医療計画の策定方法ががんじがらめで都道府県には裁量権がないため、行政側も対応に苦慮している。要するに、全国一律の病床規制にはもともと無理があり、少なくとも首都圏では、現行の病床規制が医療提供体制整備を著しく妨げている。2012.08.14小松秀樹厚労省の矛盾病床規制の問題 ② 」)。

 首都圏は格別としても、病床整備の地域間格差、ことに西日本での病床過剰を如実に示したいわゆる西高東低問題は一向に改善せず、むしろ悪化する一方である。2012年現在の病床数分布をグラフ化した「都道府県別にみた人口10万人対病院病床数」(図5)を10年前、20年前のグラフと重ねても、ほとんど変化が認められない。病床規制が限られた医療資源の効率的な配分を可能にし、地域間格差解消に寄与したといった評価はこの図からはまったく読みとれない。同一人口当りの全病床数で見ると最高の高知県は最低の神奈川県の3倍となっており、一般病床でも高知県は神奈川県の約2倍、療養病床に至っては6倍以上となっている。この事実は病床規制導入後25年を経てもほとんど変わっていない。地方圏と大都市圏の人口密度や交通事情の差などを勘案しても、このように大きな地域格差の正当化は困難であり、基準病床数の算定自体が現状肯定的としか評しようがない。

140220KinoushiteinaiZu5.jpg

 
 病床規制の存在は、病床不足地域において競願状況が発生した場合には、その地域で特に不足している診療科病床を優先許可するなど点で、かつては一定の成果を挙げてきたが、病床過剰地域での削減への誘導は不可能である。このような状況変化から「今日、全国的に見て、病床規制によって医療体制整備が進むことは期待困難な状況となっている。弊害等も考えると、病床規制は医療体制整備という本来目的は有名無実化しており、医療費削減という財政上の目的のために維持されているに過ぎない
(井上従子「病床規制の今日的意義について」横浜国際経済法学第18館第3号、20103月)」という分析は首肯できる。もっとも、競争が制約されれば、市場でのコストアップは不可避であるから、規制の目的である医療費削減にも寄与せず、むしろ医療費の無駄遣いを助長している面の方が大きい。

 要するに、地域で必要とされる病床数は医療ニーズの変化や人口動態といった需要側の要因と技術進歩や診療報酬償還方式の変更といった供給側の事情が絡み合った市場の働きにより増減するものであって、第三者があらかじめ予測して定めることは不可能であり、そもそも病床規制が既得権益の保護としてしか機能しないのは自明の理である。はやっているレストランは増床し、お客が来なくなったレストランは閉店せざるを得ないのと同様に、自由な医療サービス競争を促進する市場機能の活用こそが、医療産業の活性化に役立つのではなかろうか。

2014220日、時事通信社発行「金融財政ビジネス」第10392p1217所収)

 

 

コメント

※コメントは表示されません。

コメント:

ページトップへ戻る