本年前半に、次の各所で「未来の病院経営像」「日本の医療~現状と課題」と題する講演を4回行ないました。内容は重複しておりますので、6月13日に使用したスライドを添付します。
1、2012年1月7日(土)、静岡県立大学 現代社会福祉経営研究室 医療経営人材養成講座「未来の病院経営像」
2、2012年4月23日(月)、医療ビジネス研究会、文京シビックセンター「未来の病院経営像」
3、2012年4月27日(金)、エルエフ会、霞会館「日本の医療~現状と課題」
4、2012年6月13日(水)、日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク自主研究会、世界貿易センター、「日本の医療~現状と課題」
スライドの「目次」は、次のとおりです。
1、医療ビジネスの特質と対応
2、わが国社会保障の持続可能性
3、20世紀日本の医療供給システムの特徴
4、病院の世紀の終焉 ~医学モデルから生活モデルへ~
5、ヘルスケアの目標転換
6、21世紀の病院像
「1、医療ビジネスの特質と対応」では、医療は急速な技術進歩と高齢者増により顧客の増え続ける成長産業であり、強い経営力があれば、収益確保は容易です。ただ、そのためには経営と財務・労務管理のプロが必須であることを強調しました。(スライドの図表1~4)
医療ビジネスは労働集約的で、雇用創出効果にも大きなものがありますが、医師・看護師・コンメディカルの役割分担を明確にし、病院全体の労働生産性を向上させることが鍵となります。
また、医療は制度ビジネスですから、医療保険の将来見通し、診療報酬詳細の細部まで理解することが必須です。医療サービスの価格は公定されていますので、サービスの質で競争するしかありません。一方で予防、先端医療など規制外の自由診療分野の拡大指向も重要です。
日本の医療は伝統的にオーナー・シップの強い産業として発展してきましたが、地域との共存などその公共性に鑑み、永続するには「持ち分のない社会医療法人」への転換を促進し、地域密着の経営姿勢を貫徹することが肝要です。
「2、わが国社会保障の持続可能性」では、多様な年齢構成・職業構成の保険集団間で財政調整を行ない、保険料収入の不足額約10兆円を公費で補給している現行の医療保険制度はいずれ破綻します。公費が税金の投入であれば問題ありませんが、現状は次世代に負担を先送りする国債による調達が公費投入額の1/2を占めている点に欠陥があります。(図表5~9)
本来、所得移転は高所得者から低所得者へ行なわれるべきですが、実際には生産人口層から高齢者層への移転となっています。その結果、働かない高齢者の平均所得が生産年齢人口の平均所得を上回っているのは、どう見ても異常です。(図表10~11)
国民皆保険を持続させるには、保険料の賦課は全国民共通の所得ベースとし、医療給付は保険料収入の範囲内で賄うように給付範囲を限定するしかありません。逆に、増え続ける年金・医療費を現行の公的制度で賄うには、現在43%の国民負担率(総所得に対する税金+社会保険料の割合)を70%にまで引上げなければなりません。
「3、20世紀日本の医療供給システムの特徴」では、次のような現行国民皆保険制度の問題点を指摘しました。
①有効な医療サービスはすべて保険給付の対象として、その治療費財源は保険料の引上げ、増税で無限に増やしていくのが妥当でしょうか(薬剤についても、製造販売が承認された新薬のすべてを公的保険の対象として保険収載しているのは日本だけです)。
②技術進歩により高度先進医療にかかる医療費はますます増大しますが、健康管理を怠ってきた生活習慣病の患者についても、全額保険適用することに国民は不公平感を抱かないでしょうか。
③高度先進医療の発達と一般医療需要の増大のバランスがとれず、保険財政が共倒れする危険性はないのでしょうか。今のうちに、①軽医療についての免責制、②費用対効果の経済性評価導入、③混合診療の全面自由化などの対応が必要ではないでしょうか。
「4、病院の世紀の終焉~医学モデルから生活モデルへ~」では、20世紀には有効に機能していました病院中心の医療システム自体が変わらなければならないことを力説しました。その背景としては、①治療面では医学モデルでの対応に限界のある高齢者の増大(図表13,15)、②生活習慣病中心の疾病構造への変化、③障害者福祉や介護分野で発達した諸概念の浸透、④消費者(患者)ニーズへの包括的・一元的に対処する必要性が強く認識されるようになってきたことなどが挙げられます。
「生活モデル」の医療体制では、
①保健(予防)・医療・介護・生活支援の機能が人々の生活の質(QOL)を高めるという一つの目標の下に統合され、
②医療や病院の機能は、従来の特権的な位置づけから生活を支援するための多様な社会サービスの一要素へと後退、他の機能との連携が重視されます。
「5、ヘルスケアの目標転換」では、上記の背景を踏まえての「地域包括ケア」体制の重要性を指摘しました。具体的には、
①ヘルスケアシステムの包括化(図表16);高齢者の生活支援は医療だけでは対応できませんので、保健・医療・福祉が生活の質向上という目標を共有することが必然的に重要となります。
②ヘルスケアシステムの地域化;患者の生活環境を引き継ぐためには、サービス主体も地域的に展開する方式が有効です。
③結果的に、病院は救命救急・高度先進治療を中心とした急性期医療に特化することになります。
地域包括ケアの問題点としては、次の諸点が挙げられます。
①異職種間の分業・スムーズな連携をいかにして実現するのか。中間施設(特養・老健・社会的入院など)の存在が弊害となる懸念があります。
②治療と生活支援の混合化・一体化をいかに進めるのか
③連携の中核となる機関の決定とその役割・責任体制の明確化
④医療を担う職種の多様化など
が必須となりますが、その実現の過程では、医師の権限縮小への抵抗感にどう対処するのか、などの難問が山積しています。
「6、21世紀の病院像」では、病院はその機能を急性期医療、ことに救命救急、高度先進医療に特化し、慢性期、高齢者医療は介護施設などへ分散することが不可避です。地域の事情によっては、保健・医療・福祉を一体化した「地域包括ケアシステム」連系の一つの核として調整機能を病院が担うのが理想的です。
そのための具体策として、次のような点が大事です。
①病床数の大幅削減
②医師の生産性向上(図表17~19)
③経営のプロによるマネジメント
④地域に根差した医療福祉事業複合体の形成
⑤一般医(かかりつけ医)と専門医の機能分化
⑦患者中心の医療体制確立