アメリカでは、消費税率が州によって0から10%まで差があり、死刑を廃止した州が全州のほぼ1/3、残りの州では存続しているなど、州の主権が強い。これに対し、医療システム、ことに医療保険や医療保障については、全米共通の画一的な制度・慣行が普遍的に行われているものと、アメリカにおいても一般的に認識されている。
アメリカの医療保障システムの主軸は民間の医療保険であるが、この業界では寡占化が進んで、全国展開をしている大手5社が市場のほぼ75%を抑え、患者の選択余地は限られている。また、高齢者向けの公的医療保険メディケアは連邦政府が全国一律にカバー、低所得者向けの公的医療保障メディケイドとCHIP(子ども医療保険加入支援制度)は州との共管ながら、適用基準は連邦政府が一律に定めているからである。
ところが、現実には地域レベルで、医療機関などによって提供されている割引診療とフリーケアが存在していることを前提として、これらのシステムは運営されており、5,000万人にも上る無保険者に対する最低限の医療も地域共助で維持されている。
筆者は民間部門のイニシアティブが強いアメリカの医療保障システムの本質を具体的に明らかにするための第一歩として、1990年代以降におけるメディケアと医療扶助システム全体が地域市場によって強く規定されていたという特質にまず着目した。その再編が地域市場の構造変化に即して行われたことを、サンフランシスコ市やニューヨーク市の実態を具に分析して、見事に実証している。
1990年代以降におけるメディケアと医療扶助の再編も、システムの主軸である雇用主提供医療保険の改革が先導した地域市場の構造変化に即して行われた。それは、地域市場を基盤として医療費の抑制と十分で確実な医療保障の実現を目指すという医療保障政策のアメリカ的な特質を象徴的に示すものであった。
本書では、アメリカの医療保障システムを地域市場とコミュニティ組織と政府部門の相互関係として捉え、このような分析視角に基づいてメディケアと医療扶助の再編の意義を明らかにしている。これまでに国内外で行われてきた研究は、これらの構成要素のいずれかに焦点を当てて検討したものであり、地域市場というシステムの最も重要な規定要因とその相互関係に着目した研究は存在しない。
「はじめに地域市場ありき」。筆者によれば、これがアメリカの医療保障システムの本質を明らかにするためのキーワードである。違憲訴訟を乗り越えて大きく前進したオバマ政権の国民皆保険計画の目玉は、無理なく支払える範囲の質の高い医療保険の選択肢を全国民に提供することであり、これは州ごとに設立される民間の医療保険団体に公的補助を加えることによって実現される。無保険者に保険加入を義務付けるオバマ改革は、まさに地域市場を基盤として構想されているのである。
この事実からも、本書が明らかにした地域市場の重要性は明白であり、今後の動向からも目を離せない。
■日本経済評論社刊、定価;本体3,600円+税
(評者;医療経済研究機構副所長 岡部陽二)
(2012年7月30日、㈱法研発行「週刊・社会保障」No.2688、p34所収)