民主党政権誕生から1年半余が経過したが、2009年7月総選挙時の民主党マニフェストが破綻しているのは明らかである。医療分野でも廃止を決定した高齢者医療制度の見直し作業一つ遅々として進んでいない。その一方で、混合診療全面解禁論の復活、医療ツーリズムの推進など、当初のマニフェストには盛り込まれていなかった市場原理導入の動きが出ている。
2月に出版された「民主党政権の医療施策」は政権交代後の民主党の医療政策を時系列的にリアルタイムで追跡して、医療経済学の立場からの評価を行なった貴重な分析である。その結論は「政権交代そのもの歴史的意義は高く評価され、医療分野以外では評価すべき政策もあるが、医療に関する限り評価すべき点がまったく見当たらない」という手厳しいものである。
一般には2010年4月の診療報酬プラス改定が民主党政権の成果と喧伝されている。しかし、これは自民党の約束でもあり、薬価の隠れ引下げを勘案すると実質ゼロ改定であった。また2010年度以降の社会保障費の自然増2,200億円の抑制廃止も自民党時代に事実上すでに棚上げされていた。いずれも、民主党の手腕によるものではない。
逆に、手続き民主主義を無視した乱暴な「政治主導」と混合診療原則解禁論の蒸し返しは、マイナスの評価しかできない。さらには、公的医療費増加のための財源を見いだせなかったことに政権行き詰まりの主因がある。
この背景には、二大政党の一翼を担うべく1998年に成立した「オリジナル民主党」の政策が、当時与党であった自民党よりもはるかに「構造改革」志向であったという事実がある。当時の民主党「基本方針」には「医療・医療保険制度は、市場原理を活用しながら、情報公開を徹底し、基本的な制度改革を行なう」と宣言されていた。小泉政権よりも医療費抑制志向が強かったのである。この方針では選挙に勝てないとの「政策より選挙」を持論とする小沢一郎党首の鶴の一声で、医療費増額へ180度方針を転換するに至った経緯が、本書では具に検証されている。
菅政権では、この「オリジナル民主党」幹部が主導権を握った結果、「新成長戦略」にメディカル・ツーリズムの振興など幻想に過ぎない「公的保険制度の枠外」での医療産業育成をぶち上げたのである。
政治家や官僚、利害関係者の思惑が絡み合う具体的な政策に関わる意思決定のプロセスを、どこで誰がどういう舞台で演じたのか、それぞれの役割と政策選択のメカニズムを学問的に解明する作業は、緻密な分析力と根気が続かなければ為し得ない。
二木立教授の講演は、論旨明快、立て板に水。紙芝居のようなパワーポイントなどは使われないので、スーと頭に入って聴衆の気分を爽快にさせる。毎回中身が変わっているので、何回お聞きしても飽きない。本書「民主党政権の医療政策」も、ご講演同様にことの次第を緻密に分析されながら、文体は「2009年の政権交代の意味を考えます」「民主党の医療政策は底が浅いことを指摘します」といった「です・ます」調でじつに懇切丁寧、しかも「仕える相手に合わせて主張を平気で変える研究者を『曲学阿世』と呼ぶのではないでしょうか」と小気味よい。学術論文の常である文意が分からなくて読むのに骨の折れるような箇所は一つもない。読み返すほどに味わい深い達意の文章である。
(評者; 医療経済研究機構副所長 岡部 陽二)
(2010年6月10日、医療経済研究機構発行「医療経済研究機構レター"Monthly IHEP"」 No.198 p56 所収)