2002年3月26日より4月5日まで、医療経済件機構の嘉屋研究員とともにロンドン、チューリッヒ、バーゼルへ出張、アナリスト5社、ベンチャー・キャピタリスト1社、製薬企業5社を往訪し、欧州製薬業界の動向を、その課題と対日戦略を主体に調査して参りました。
その調査結果を、①医薬品世界市場の現況・最近の動向をグローバルに捉えた後、②欧州製薬企業を取り巻く状況を3分野につき検証、③欧州製薬企業が直面している今後の課題につき考察、④今後の医薬品企業の一般的な海外戦略動向と対日戦略を三つの類型にとりまとめ下掲のスライドにとり纏めました。(スライド2)
2000年時点で世界の医薬品市場は3兆ドルを超えており、そのうち米国市場が43%を占めております。国民の高い薬の消費量に加え、薬価につき政府の直接規制がないため価格も高止まりで、今後も14-16%程の高い成長率を維持するものと考えられます。(スライド3、表1)
欧州市場が占める割合は24%。過去数年の年間成長率は8-9%で、成長の若干の低迷が見られます。その背景と致しましては、欧州各国政府が高齢化社会に伴い医療費負担が増大していく傾向にあるため、医療費のうち比較的安価な薬剤投与の推進で医療費増をできるだけ抑制しようとする中、単価の低いジェネリック薬品を医師に勧める傾向にあるため、総売上高に見られる市場全体の成長が抑えられていることが指摘されます。
最後に日本市場を大まかに見ますと、市場規模は16%と国単位で見た場合、世界第2位のポジションを保持しています。国民の薬剤消費量は依然として高レベルであるものの、過去10年以上に及ぶ薬価引き下げの影響を受け市場成長率はほぼ横ばい状態にあります。
Ⅰ.医薬品世界市場の動向
世界の製薬業界を取り巻く現況として以下の3点が挙げられます。(スライド4)
(1)医薬品メーカーの第一の懸念としては、薬価の下落が挙げられます。政府の医療費に対する方針の影響もあり、後発品や大衆薬の売上が製薬市場に占める割合は今後も増大していくと考えられます。従って、薬の平均単価は低下傾向にあり、その影響を受けて大手医薬品メーカーの総売上高は下方プレッシャーを受けています。
(2)大手メーカーは特許や新薬申請を国際的に同時に実施する傾向にあり、コストは嵩む傾向にあります。一方で、知的財産権の有効な保護が可能になってきています。とくに欧州では1996年に発足したEMEA(欧州医薬品審査局)によるEU域内超の法体制整備が行われていることが、域内・外のプレーヤーにとってポジティブな動きです。また、日本では海外での臨床試験データのブリッジングが活用できるようになり、日本市場での新薬承認が短期化されてきています。
(3)研究開発費負担の増大傾向が挙げられます。先述の知的財産権の国際化な保護動向に加え、特に米国のFDAで新薬審査が厳格化しております。そのため臨床試験もグローバルに拡大する必要があり、副作用の検証のためかなり充実した臨床試験データの提出が要求されています。
また、ブロックバスターの基本特許失効に伴い、延命措置として用途特許や改良新薬の申請を行うため大手の中では既存製品の応用研究開発も同時進行で行われています。この研究開発費の増大と表裏一体に、副作用関連の訴訟や威勢を増すジェネリックメーカーとの効力を巡る法廷争議も増えており、訴訟コストの負担も大手間では深刻な現象となっていると言えます。
次に、ざっと世界のトッププレヤーを確認させて頂きます。(スライド5、表2)
2000年売上高をドル換算した上で上位20社を比較しています。
ご覧のように欧州勢を赤色で示していますが、買収・合併を経て、特にGlaxoSmithKline、Astra Zenceca、 Aventisが上位に食い込んできており、20社の中では中位にNovartis、Roche、かなり離れてSanofi-Synthelabo が位置しています。
この6社にBayer、Boehringer-Ingelheim、Schering AGの3社を加えた9社が欧州勢で、日本企業は16位の武田薬品1社のみです。残りの10社はすべて米国勢です。
欧州の大手6社の本社所在地は英国2社、フランス2社、スイス2社となっており、ドイツ勢の凋落が顕著です。かつてはドイツの総合化学会社バイエル・ヘキスト・バスフの3社が製薬にも強く、世界に君臨しておりましたが、総合化学会社としての成功が製薬分野の分離を遅らせた結果と言えましょう。ヘキストはフランスのローヌプーランと合体して大製薬会社に脱皮しましたが、バスフは昨年製薬部門から完全に撤退しました。バイエルは依然として一部門のまま頑張っておリます。
欧州の大手6社が英国、フランス、スイスに所在する事実は教訓的です。
3ヵ国ともに国内市場は小さく、薬価統制も強いため、国内での成長が見込めない環境に置かれている点、米国や日本とは対照的です。政府による保護も育成も期待できないために、おのずからグローバルな展開を意図せざるを得なかった環境が、この6社を国際競争力に優れた世界企業に成長させたものと見ることができます。
表2で言及致しました欧州の上位6社を今回の調査の主な対象としております。
2つのスライドに分けて図示致しますように、各社とも19世紀後半に端を発し、過去5年間ほどに1-2度の合併を経た上で国際的にも遜色のない企業規模に成長しております(その過程は皆さんご存知かと存じますので、後のご確認材料として系統図をご利用下さい)。個社別にみた場合、財務的には6社とも収益力、財務基盤ともに他産業に比べても格段に優れております。財務以外のデータに見られる医薬品メーカーとしての実力については次に検討して参ります。(スライド6&7、表3)
この変遷図から読取るべき重要な点は合併・統合の経緯だけではなく、分離・特化(De-merge)の決断が発展の鍵となっている事実です。たとえば、ICIからのZenecaの分離(1993年)、ヘキスト・ローヌプーラン両社からの非医薬部門の分離などです。
最近ではロッシュがかつては中核であったビタミン部門をスピン・アウトさせる動きなども、経営資源の投入を研究開発型の医療用医薬品に絞り込む動きとして注目されます。
Ⅱ。欧州の製薬企業をとりまく環境
1、欧州医薬品企業の現状
これより欧州製薬企業をとりまく環境を3つの側面から検証していきます。まず、はじめに、(1)欧・米・日の三大市場においてプレゼンスはどうか、次に(2)各社の現行の製品ポートフォリオはどうであるか、最後に(3)研究開発能力・新薬パイプラインは健全であるか、という観点で検討致します。(スライド8)
まず、最初に各主要拠点におけるプレゼンスですが、欧州大手メーカーについては地元欧州で堅調、米国市場で好調に成長していると言えます。
日本でのマーケット・シェアはまだ小規模ながら、早くより進出しており市場地位はそれなりに確立していると言えます。
比較的規模について劣る準大手メーカーについては、地元欧州市場で最大の売上をあげており、日本のみならず米国でもまだ成長の余地があると言えます。
この各地域での基盤を測る指標とし次の2つのスライドをご覧下さい。
2、欧州医薬品企業の地域別シェア
表4のグラフは主要6社の地域別2001年の売上高を比較したものですが、各社とも最近の米国市場での売上高の伸長には目覚しいものがあります。(スライド9&10、表4)
Sanofiについてはまだ米国でも今後の高成長が期待されます。この棒グラフでも日本における売上は全社売上高の5~8%と極わずかの水準に留まっていることが分かります。(参考)欄に示しましたように、製薬業全体における日本の全世界でのシェアは16%であるに対し、各社の日本のシェア平均は7.5%と1/2以下に留まっております。
3、欧州医薬品企業の製品ポートフォリオ
次に大手6社の製品ポートフォリオを見て参ります。一般的には、欧州の大手メーカーについては製品の多様化が進んでおり、総じて現時点で売上高が高くかつ将来的に見ても成長見込みの高い分野に注力できています。一方、準大手メーカーについては一部の特定疾病分野に特化する傾向にあるといえます。(スライド11)
ここで、グローバル・ニッチについて考察します。
4月9日に出された厚生労働省の「医薬品産業ビジョン」のなかでも、将来像として①メガ・ファーマ、②スペシャリティファーマ(グローバル・ニッチ)、③ジェネリック・ファーマ、④OTCファーマへの分化が指摘されております。③と④は研究開発を主眼とする製薬産業の範疇に入れられておりませんが、②の特定分野での研究開発型企業の成否について今回の出張でも質問をぶつけてきました。
これに対する回答は総じて否定的であって、ベンチャー企業段階での急成長は見込めるものの、ベンチャーの志向するところは製品ないしは会社全体の売却であって、ニッチのまま全世界的に販売するのは、他社に委託するにしても、極めて困難であるとの見方が大方です。ロッシュに買収されたジェネンティック社のように、研究開発に専念すべく販売は一体化するのが理想と考えられております。
インシュリンに特化しているノボ・ノルディスカはグローバル・ニッチの成功例とされていますが、同社の場合には薬剤開発に加えて、注入デバイス開発の電子機器メーカーの色彩も強く、たまたま糖尿病患者の急増にうまく乗ることが出来たとの評価で、これを一般化するのは困難と思われております。
各社の製品の売上高を、医薬品に一般的に適用するカテゴリー別に分けたものが表5です。(スライド12、表5)
左よりグローバル・ベースでの現行の売上順となっていますが、大手メーカー5社は幅広く製品を手掛ける 一方で、Sanofiのプロダクツは限定的であることが目立っています。因みに、Rocheに欠ける関節炎・骨そしょう症関連で買収した中外製薬が強いことは注目される点であります。
この表で気がつくのは、欧州で1位と2位(世界でも1位と4位)のGSKとAZを見ても、AZが強い心疾患系と栄養/代謝系ではGSKが弱く、その他の疾病領域では逆にGSKが強くAZが弱いという相互補完関係がはっきりと見られるという事実です。
これ以上規模を大きくしても意味がなかろうとの見解もありますが、将来の投資規模拡大面からの要請は別としても、まだまだ大手同士の合併によるシナジー効果発揮の余地は残っていると見るべきでしょう。
Sonofiは過去10年間の時価総額の伸びが14倍と全世界の製薬企業中最大ですが、現状では心疾患系と中枢神経系疾患に特化したグローバル・ニッチに近いメーカーと見ることが出来、将来戦略としての製品多角化は当然の課題かと考えられます。
このSanofiにしても表3で見ましたようにいくつかの分離と合併を経て成長してきた点は注目に値します。
4、主要6大企業の研究開発力
欧州6大製薬メーカーの実力を測る次の観点として、3点目の研究開発能力・パイプラインを見て参ります。(スライド13)
一般的に欧州メーカーは潤沢なキャッシュ・フローに支えられて十分な研究開発費を確保しています。
トップメーカー6社の平均研究開発費や新薬開発件数は米・日メーカーとの対比では、最高レベルにあると言われています。
しかしながら、将来的にはブロックバスター製品の相次ぐ特許失効に加え、今後上市が見込まれる大型新薬の数では、米国の大手製薬に劣るとも言われています。
表6は現行の主要製品数と現在開発ないしは発売準備中の新薬数、その中で年間販売額10億ドル以上のいわゆるブロックバスター数を示しております。(スライド14、表6)
さらに、最右欄に向こうにここ数年間に特許期限切れとなるブロックバスターの数を掲げてあります。
本表のとおり、開発中または発売準備中の新薬数は各社とも豊富で、ことに最大手のGSKとSanofiの開発件数の多さが目立ちますが、年間販売額10億ドル以上のいわゆるブロックバスターに限ってみると、AZとSanofi以外の4社については向こう2年間では新規上市数よりも期限切れ数の方が多いというあまり明るくない見通しです。
GSKはPaxilなどのブロックバスターの基本特許失効を3件抱えており、それを補うだけの新ブロックバスター数は今ひとつと言えそうです。
Ⅲ.欧州6大製薬企業が直面する問題
今回の往訪先から問題提起のあった欧州6大製薬企業が直面している課題について、DTC広告解禁問題、薬理ゲノミクスの発達に伴う研究効率化の要請、日本における販売力強化の三点に絞って次にとりまとめました。(スライド15)
1、欧州でのDTC広告解禁問題
欧州におけるDTC広告(医療用医薬品の消費者向け直接広告)は目下EU委員会で検討中の段階ですが、年内にも喘息、リューマチなどの疾病領域に限定して条件付きで解禁される方向と見られています。この問題を巡って、欧州ではすでに1997年にDTC広告が解禁された米国の轍は踏むべきでないといった議論が高まっています。
米国ではDTCにより患者の自己啓発が進みました結果、効き目の高い薬剤の処方要求が高まり、主に慢性疾患のアンダー・トリートメントが解消の方向にあるというメリット面の評価も高いとされています。米国で過少投薬が問題視されるのは、マネジドケアによる出し渋りや高齢者の医療をカバーしているメディケアが処方薬には適用されないといった事情が背景にあります。
しかしながら、一方ではこの表7のとおり、テレビを主体とした広告費用が年々累増し、2000年には25億ドルにも達しています。この費用は間違いなく、薬価の上昇に跳ね返りますので、消費者の購入価格が上昇するといったデメリットが生じています。(スライド16、表7)
ところが、それよりも大きな問題は、表8に見られますように患者の要求に応じて効果の強い薬剤の処方や処方する薬剤の数が増えました結果、副作用の報告件数が広告費増に比例して増加している事態です。(スライド17、表8)
このような副作用報告増加の事態を重視したFDAの動きを反映した製薬医業の反応が表9に示されています。(スライド18、表9)
「新薬承認件数対比での上市取下げ件数」の推移をグラフ化した表9によれば、副作用報告増加の事態を重視したFDAのモニター強化が影響して1997年まで3%以下に留まっていた「新薬承認件数対比での上市取下げ件数」が、2000年には一挙に倍増しています。同時にFDAの新薬承認段階での副作用についての審査も大幅に強化され、治験のやり直し要求や審査期間の長期化が見られます。
欧州でDTCを解禁するに当たっては、これらの問題点を踏まえての議論が必須との見解が聞かれました。
2、薬理ゲノミクスの発達に伴う研究効率化の要請
近年、ヒトゲノムの構造がほぼ明らかとなり、世界の研究者の関心はゲノム構造からゲノムに記されている情報の読解へとすでにポスト・ゲノム時代へ突入しつつあると言われています。ヒトゲノム計画の成果により、使用する薬剤の製造過程も大きく影響を受け、近い将来には「ありふれた病気」に対しても個々の患者の遺伝的体質に合わせた処方、治療計画がなされる、いわゆるテーラーメイド医療が提供されるようになります。このゲノム情報・技術をもとに患者各人に個別至適化されたテーラーメイド医療を現実化するために、薬理ゲノミクス(Pharmacogenomics)という新しいコンセプトが登場し、ゲノム創薬科学という学問領域が作られつつあります。(スライド19)
この薬理ゲノミクスの発達は従来の疾病群の細分化を促し、少ない患者数のサブ疾病群ごとに有効な薬剤開発が進むとされています。この結果、ブロックバスターは姿を消し、これが製薬企業の収益性を脅かす懸念があります。一方、薬理ゲノミクスの発達は研究段階でのプラットフォーム共通化を可能にしますので、研究段階での費用節減に繋がります。したがって、薬理ゲノミクスの発達によるブロックバスターの時代終焉後には、研究段階でのコスト削減の成否が業績に大きく影響する時代の到来が予想されています。このようなシナリオは世界最大規模のGSKのように広い市場を対象とした品揃え豊富なメガ・ファームに有利に働く可能性が大きいものとする見方も強いようです。
3、販売力の強化
欧州製薬メーカーにとっての3番目の課題として、日本市場での販売力の強化が挙げられます。表10に見られるように、欧州6大企業は米国市場では米国の大手企業に比肩する数のMRを擁し、つれて販売額・収益ともに米国勢に拮抗しています。(スライド20&21、表10)
一方、表11のとおり日本市場では自社の販売網を持っていないSanofiを別にすれば、各社ともにわが国最大手の武田薬品に並ぶ数のMRを擁しているにもかかわらず、販売シェアでは各社ともに1~2%台で大手日本企業の1/2程度に留まっています。(スライド23、表11)
このMR一人当たりの低生産性が日本における営業収益の足を引っ張り、各社ともに欧米市場に比して低収益を余儀なくされているのが実情です。この理由として、①日本市場での販売ブランド数が少ないこと、②労働市場の流動性が乏しいため、優秀なMR確保が困難であること、③医薬品卸との販売協力に消極的な営業方針に問題があるのではないか、といった点が指摘されています。
もっとも、①および②の指摘は過去の問題であって、最近では外資系にとって不利な点とは言えなくなって来ているものと思われます。
③の点については、医薬品卸の機能が配送業務中心の欧米とは異なり、MSによる販売力が大きい日本における欧州製薬企業の販売戦略に問題が残っていると言えましょう。わが国の医薬品卸は総じて製品評価の高い外資系ブランド品の取扱増を望んでいます。それにもかかわらず、外資メーカー側に販売協力面での安定的かつ総合的な支援姿勢が見られないのが問題とわが国の卸は指摘しています。
わが国大手薬品卸の分析では、新薬発売時にはメーカーMRの販売力がものをいうものの、医療機関からの継続反復注文を取付けるには卸MSの協力が不可欠であることが実証されております。双方にとっての今後の検討課題でありましょう。
Ⅳ.欧州製薬企業の将来戦略
1、欧州6大企業の将来戦略
欧州企業にとっての世界戦略は米国やわが国の大手企業と異なる格別の戦略はなく、
(1)世界全地域の販売展開と副作用等安全性に関するリスクの極小化努力、
(2)一疾病領域への集中を回避する為の製品の多様化、
(3)多様な新薬開発に向けての開発型ベンチャー企業とのR&D段階での連携強化といった共通の方向に向かうしかないと見られています。(スライド22)
ことに、ベンチャー企業とのR&D段階での協力強化が大手企業にとっても最重要課題と考えられています。今回往訪したスイスのベンチャー・ファンド社長のマティエ氏からは、「ベンチャー・キャピタリストの役目は起業家の出現を座して待っていることではなく、自ら製薬企業の中にネットを張って優秀な研究者を探し出し、その研究者に資金を出して独立させることである」との信念の披露がありました。
また、RocheのCFOであったマイヤー氏が独立してバイオ・ベンチャー・ファンドを設立するなど、米国同様の動きが欧州にも波及しつつあります。ベンチャー企業が新薬の開発に成功すれば、大手に売りつけて、また新しいベンチャーを始める循環が製薬産業の発展に貢献するものと信じられているのです。
2、欧州製薬企業の対日戦略
欧州6大製薬企業の日本でのプレゼンスについて、表11のとおり大手6社のうち5社はすでに自社での販売体制を構築しています。自社のMRを持たないSanofiは日本メーカーとの複数の現行合弁事業を推進する一方、販売支援網確立のための買収等に踏み切る可能性も否定できないものと見られます。また右の欄に示しました日本メーカーとの技術提携の契約数から明らかなように、各社とも日本メーカーとの技術提携、ライセンス・イン・アウトに積極的に取組んでいます。(スライド23、表11)
このようなトレンドを考慮した上で、具体的に欧州メーカーがどのように海外、ことに日本での拡大策をとってきたのか、さらには今後どのような戦略で臨むであろうかという方向を3つのパターンに分けて分析してみます。
まず、第1のケースとして欧州・米国市場での基盤は確固としている、対日でもある程度まで進出過程が進んでいる、製品ポートフォリオの多様化はすでにできている、しかしながら安定したキャッシュ・フローを維持するため新薬・新技術に対する導入意欲は旺盛である、といった大手メーカーにとってはさらに他社をまるごと吸収するようなM&A戦略は不必要と考えられます。(スライド24)
もっとも、プロダクトごとでの提携に加えて、GSKが複数のプロダクツを対象とした共同販売と新薬開発契約を塩野義製薬と締結した例にみられるように、強固な技術力をもつ他のメーカーとの共同開発、共同販売に注力していくといった提携は今後とも活発に行われるものと思われます。
最近、Aventisが発表した藤沢薬品に抗生物質「シナシッド」の販売委託を行う方式は、自社の営業戦力はグローバル戦略製品に振向け、それ以外の製品はその領域に強い日本企業に販売委託して、結果的に自社製品のシェアを増加させるという戦略でした。このように単にコ・プロモーションやコ・マーケティングといった形式だけではなく、状況に応じて柔軟な戦略をとれるところが欧州企業の強みといえましょう。
2番目のケースとして、欧州・米国市場での売上成長は順調である、しかし日本での基盤は脆弱である、現行の製品ポートフォリオに不足があり、新薬パイプラインにも懸念が残る、というような大手・中堅の欧州メーカーについては、時間やコスト面での効率性から見ても、プロダクトの補完ができるような日本メーカーの買収や資本参加を図ることが当然予測されます。(スライド25)
Rocheと中外製薬の包括的アライアンスがこの典型であります。日本での販売体制を持っていないSanofi-Synthelaboにとっても魅力のある戦略かと推測されます。
3番目のケースとして、地元欧州市場ではしっかりとした基盤を持つものの、日本のみならず米国市場でも進出レベルが不足している、製品ポートフォリオに偏りがある、今後期待成長分野をカバーしきれていない、しかし現状維持するだけのR&D能力はある、というような欧州メーカーについては、まず成長が最も期待できる世界最大の米国市場でのプレゼンス補強を優先することが、投資効率の最適化につながると考えられます(スライド26&27)。もっとも、R&D・販売のグローバル化が進むなかで、日本市場に対してプレゼンスの強化を同時に図る可能性もあります。
昨年12月に発表されましたRocheと中外製薬の包括的アライアンスにつきましては、今回往訪したアナリストの評価は高く、ライバル企業からも極めて高い評価を受けてります。発表直後から株価が下げ始めたわが国株式市場での評価とは対照的といえます。欧州でこのアライアンスが高く評価されているポイントは次の諸点に要約されます。(スライド28)
(1)日本ロシュを合併し、Rocheが50.1%の株式を保有する新中外製薬に経営判断の独自性が残されているユニークな方式であることです。Rocheにとっては同社が60%以上の株式を獲得した米ジェネンティック社と同様のアライアンス関係にあり、経験済みの提携関係である点も安心感があります。
(2)現在の日本ロシュ600名、中外製薬800名のMRが、合併後は1400名となり、日本での販売体制が現状より大幅に強化されます。ことにジェネンティック社開発品の日本への導入後には、その成果が期待されています。
(3)R&Dは引続き両社独自で行う点は、一本化するよりもむしろ相乗効果が期待できるとの見方が強いのが印象的でした。
しかしながら一方で、このような包括的な提携や合併を他の大手欧州製薬企業が対日戦略の目標となり得るかという点では、極めて否定的でした。少なくとも大手の4社はすでに自社独自の販売支援網を構築済みであり、R&Dで包括的な提携を行う必要性も乏しいと見られています。逆に、Rocheと中外製薬の提携はRocheのフーマー会長と中外の永山会長の個人的な信頼関係に大きく依存している点に懸念を示す向きもありました。
Ⅴ.結び
今回の聞取り調査の印象を欧州製薬企業の対日戦略に絞って纏めますと、次の三点に要約できます。(スライド29)
(1)欧-日間の大型M&A実現の可能性についてはむしろ否定的で、今後は日本国内での内-内の合併が主体となろうとの見方が一般的でした。少なくとも、欧州の大手企業がプロ・アクティブな合併や提携を日本企業に働きかけてくる必然性はRocheと中外製薬のケース以外には考え難いということかと判断されます。
(2)一方、日本市場は当面成長が期待できないとの前提に立ちながらも、外資系のマーケット・シェアが欧米などに比して低すぎるので、販売力の強化により欧州企業が他社のマーケット・シェアを奪取できる機会は大きいものと見ています。また、日本企業の研究開発力には一目置いており、プロダクトごとやいくつかのプロダクトを包括したR&Dでの提携関係強化には各社ともに積極的に取組んでいく姿勢を示しています。
(3)このような対日積極姿勢の背景には、日本には高齢化の急進展に伴いこれまで開拓されていない潜在的な治療分野がいまだ多く残されているとの見方が根底にあります。このような疾病治療のニーズを満たす新薬が、近年行われた新薬承認審査期間の3~4年から1~2年への短縮や海外治験のブリッジング・データ使用を認めるといった措置で日本市場への導入が可能となった点は、とりわけ外資系にとっての大きなメリットと認識されています。薬価の算定や新薬承認のプロセスや透明性などについてのさらなる改善注文はありますものの、欧州企業にとっては欧州各国の薬価算定基準が大きく異なることや、最近では米国FDAの審査強化の方が問題であり、日本の制度にはむしろ満足しているとの感を深くしました次第です。
(医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二)