■東信堂刊、定価;本体2,600円+税
「オバマ政権はアメリカをどのように変えたのか」
評者;医療経済研究機構専務理事 岡部陽二
"Change"と"Yes,we can"を掲げて圧勝したオバマ大統領は、いまや政権失速の声が高まる中、いかなる政策と手法で問題解決に挑もうとしているのであろうか。本書は、中間選挙を目前に、8人の専門家が分野ごとにオバマ政権初動の昨年1年間の政治運営と政策成果を分析し、今後を展望した的確な中間評価である。
オバマの強力なイニシィアティブが奏功して、本年3月25日に医療改革法案は上下両院を通過、7月15日には金融改革法案が上院を通過して成立した。この2つの法案はいずれも2,000ページを超える多岐にわたる大部の条項から成り、数十年に一度の本格的な改革を多数盛り込んでいる。この2立法の偉業だけでも、2期8年の任期を全うした過去の大統領を優に上回る実績である。
オバマ改革の中核である医療制度改革については、厚生労働省の武田俊彦氏(保険局総務課長)が執筆、なぜ今医療保険改革なのかという原点に遡って解説、クリトン改革失敗の要因についても分析している。選挙期間中の公約に基づくオバマ=バイデン・プランと対立候補マケインの改革案を詳述し、政権発足後の法案成立へ向けての戦略と具体的な動きを丹念にフォローしている。法案提出後の議会との駆け引きも詳細にわたり分かり易く記述している。オバマの医療改革についてのバイブルとも言える貴重な文献である。
ところで、オバマ大統領は、本年1月19日に行われたマサチューセッツ州補欠選挙で故エドワード・ケネディー上院議員が保持してきた議席を失うや、その翌々日に金融改革法案にボルカー・ルールを盛り込む方針を打ち出している。その狙いは、医療改革法案に抵抗する与党議員を説得する方策でもあった。
3月21日の下院での法案可決は、予定されていたアジア歴訪を再度延期して民主党内の国民負担増や人工中絶への保険適用に抵抗する反対派の説得にオバマ自ら乗り出した結果、賛成219対反対212の7票差というきわどい僅差ではあったが、最終段階での説得努力が医療改革法案通過の鍵となった。まさに歴史に残るオバマ大統領の巧みな議会操縦の勝利であった。
医療改革1つをとっても、連邦議会との駆け引きは他の案件とも複雑に絡まっており、本書の冒頭に「オバマ政権と連邦議会」の1章が設けられたのは、親切である。担当の松本俊太名城大学准教授によれば、両者の関係は「悪くない」ものの、議会での中道勢力が減退し、民主党リベラル派と共和党右派の両極端への分極化が進んでいる。オバマ大統領が主張している人種や宗派、階層を超えた「1つのアメリカ」を形成する方向ではなく、左右の対立激化が鮮明となりつつある。これを宥和するのには、大変な努力を要しよう。
本書は、早稲田大学の吉野孝教授を中心に纏められた、研究者とジャーナリスト、実務家のコラボレーションの所産であり、オバマ政権の下での政策の流れとその背景を生き生きと描き出すことに成功している。
(2010年9月6日、㈱法研発行「週刊・社会保障」No.2594(第64完2594号)p36「この一冊」所収)