オバマ大統領が最重点施策として進めてきた医療改革は、去る3月25日に上下両院で可決され、3月30日に大統領が署名して最終的に成立した。
大統領は署名に際し「改革の核心はすべての人に医療保険に関する基本的な保障をもたらすことである」と述べ、国民皆保険に向けて大きく前進したことを強調した。この法案がこの数十年で立法されたもののなかで、もっとも広範な社会立法となったことは間違いない。
先進国の中で唯一皆保険が実現していなかった米国の医療改革の柱は、4,700万人の無保険者を救うために、大多数の国民に税金や保険料負担増を求める広範な所得移転政策である。したがって、格差是正のための社会正義には適うものの、大多数の国民にとっては不人気であり、与党民主党内の反対にも根強いものがあった。このような大改革を両院議員と協調を軸に不退転の決意で断行したオバマ大統領の力量には驚嘆すべきものがある。
この医療改革法は全文2、600ページにわたる膨大なものであるが、そのなかで、とりわけ重要な要点のみを絞り込むと次の三点が指摘できよう。
第一点は、改革に要する総費用は十年間で約一兆ドル弱と見積もられているが、増税や高齢者向け公的保険メディケアの効率化、関連業界からの拠出を中心に財源確保を図り、この間に連邦政府の関連財政赤字は一ドルたりとも増やさない財政規律重視の姿勢である。財政赤字を増やさない法案でなければ、民主党内の財政重視派が賛成せず、可決が難しかったうえ、政府の債務増を懸念する市場の理解も得にくかったためである。
第二点は、国民が医療保険に加入しなければ罰金を科す仕組みを導入し、従業員数50人以上の企業は医療保険を提供するかペナルティーを支払うかの選択が可能、従業員200名以上の企業に対しては医療保険の提供を義務付けたことである。保険に加入しない個人へのペナルティーとして、世帯ごとに年間695ドルから2,085ドル(約20万円)または世帯所得の2.5%の税金を支払うことが義務付けられた。個人への保険加入義務化は憲法で保障された個人の自由を奪うとして14の州知事から違憲訴訟が提起されているほどの厳しい義務化である。
第三点目は、民間の医療保険会社に対する規制強化が図られたことである。既往症による保険加入拒否を禁止、保険料の設定や給付内容にかかる規制強化、年間給付上限設定の禁止、予防や検査などの追加保険料の負担増なしでの提供など、医療の質向上へ向けての施策が盛り込まれた。公的保険オプションの後退で、改革が骨抜きにされたといった論評も見受けられるが、これは当っていない。オバマ大統領は、公的規制を強化する一方で、民間保険の競争を活用する市場機能重視の考え方で一貫している。
(医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二)
(2010年6月21日、㈱法研発行「週刊・社会保障」No.2584「ひろば」欄p32~33所収)