米国の医療技術は間違いなく世界の最高水準にあり、多数の外国人医師が最先端の医療技術を学ぶために競って渡米している。米国民もこの高い医療技術水準を誇りにしており、国家戦略として医療や医薬・バイオ産業に資金を重点投入する政策を支持している。医師や薬剤師に対する信頼感も篤い。
ところが、一方でGNPの伸びを大きく上回る医療費の高騰には、医療保険料の過半を負担している企業が悲鳴を上げており、4000万人を超える無保険者の医療費負担をどうするかがが常に政治課題となっている。また、医療に金をかけている割には、米国民の健康レベルは高くなく、肥満対策が焦眉の急となっている。
とりわけ、1990年代に跋扈した「マネジドケア」と呼ばれる民間保険団体による医療サービス内容への過度の介入への国民の反発には根強いものがあった。マネジドケアの過剰介入で必要な医療サービスが受けられず、悲劇的な目に逢った患者の恐怖物語を一時は連日マスコミがとり上げた。命よりも金を優先するのかという純朴な疑問から発した市場原理主義への批判が消費者運動として燃え上がり、その規制強化を求めての動きが全米に拡がった。
一方、米国の医薬品産業はファイザー社一社の株式時価総額がわが国の製薬会社全社の時価総額を上回るといった巨大な産業である。このような巨大産業への成長を可能にした最大の牽引役は、自由薬価制度であるが、それを支えてきたのは米国の医療政策とマネジドケアといった市場原理で動く市場慣行にほかならない。政策やマネジドケアの実態を理解しないと、製薬・バイオ産業の実像を掴むこともできない所以である。
本書「揺れ動く米国の医療」は、このように不可解な米国医療の実態を素人にもよく分かるように、制度・政策、マネジドケア、医薬品産業の戦略の切り口で分析し、懇切丁寧にわが国との対比を踏まえて解説してくれている。
共著者の一人は厚生労働省で医療政策の立案に携わってきた行政官であり、もう一人は証券系シンクタンクのアナリストであるが、両人が同時期にニューヨークに勤務した縁から論議を重ね、息の合ったユニークな共同執筆が実現した労作である。
米国の医療を理解するキーワードであるマネジドケアは、最近では消費者の選択肢を増やし、医師の自由裁量を尊重する方式の保険に変質してしまったが、その結果、再び医療費の上昇に歯止めが掛からなくなっている。
本書では、このマネジドケア出現の背景について、雇用主企業からの医療費抑制のプレッシャーが普及の契機となったものの、これに拍車をかけた原動力は、医療の標準化がIT化の進展と相俟って、医師・病院側の医療情報独占が崩れ、医療内容のコントロール権が保険団体に移ったことにあったと考察している。豊富な情報を得た消費者の反発が、さらにこれを覆しつつある。
このような事情は、制度は異なっても、わが国にもそのまま当てはまる時代背景であり、将来の医療改革を消費者の視点で考えるうえで大いに参考となる。ぜひ一読をお勧めしたい。
(伊原 和人,荒木 謙 共著 「揺れ動く米国の医療~政策・マネジドケア・医薬品企業~」(じほう・定価4,500円)
(評者;広島国際大学教授 岡部陽二)
(2004年12月/2005年1月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.127 p28 所収)