わが国の医療改革の進むべき方向性
広島国際大学教授 岡部 陽二さん
報告・大野善三
2004年11月の例会で、「財政面からみた医療の日米比較」をテーマに、広島国際大学教授の岡部陽二氏に講演して頂いた。元は、住友銀行で専務取締役を勤めた金融の専門家である。タイトルは、講演に際しての岡部講師の演題。
混合診療の論議は、特定療養費の拡大で一応の決着をみたが、少子高齢社会が本格化する将来を考えれば、混合診療の議論はまだ著に着いたばかり。医療ジャーナリストも、これからの議論に加わって、何らかの提案をして欲しいというのが、岡部氏の講演最後の結びであった。
アメリカはもともと自由を最大に尊重する国で、「自由に選択する余地」のないものを批判する。医療の一部を市場の動向に任せ、医療サービス市場のあり方が重視される。マネジドケア(管理医療)も医療費削減をもっぱらにし始めたことを、筆者(彼女)はマネジドケアの失敗と烙印をおす。
●2冊の要約
監訳をした2冊の要約をすることから、講演は始まった。1冊目は、フォーカス・ファクトリー(専門病院)への奨めがテーマである。内容を要約すれば、下記のようになる。医療サービス市場は、元来医療機関と患者との二者間の交渉で成立するもので、そこに、医療保険団体や政府などの第三者機関が介在したことによって、この関係は総て歪められている。
市場原理を導入したマネジドケアは自由市場で強制指導を行うという論理矛盾を起こしている。よく、医療は情報の非対称性の世界だと言われるが、それは医療に限らない。消費者は、自動車やパソコンの詳しい知識を有しない。むしろ、小売・金融の分野では、消費者重視の競争により、生産性向上に努力している。
医療の世界で、なぜそれが欠けてきたのか?生産性を向上させようという視点が抜けている。その中で一つの解決法は、医療機関のフォーカスト・ファクトリーを目指すべきである。彼女は、そう述べている.
2冊目は、保険方式に関する提言が中心である。現在の医療給付は、『確定給付型医療保険』である。本人の意思とは無関係に一律に保険料を納めさせているが、これを、保険会社が幾つかの保険料プランを顧客に示して、その中から顧客が選択できる『確定拠出型医療保険』に変えるべきだと、彼女は主張する。
マネジドケアの質を左右する6つのCを、他の教授が提言している。成功の鍵となるものは、Customer(顧客)、Competition(競争)、Change(変革)であり、失敗の共通要因は、Complacency(自己満足)、Conservation(保守的)、Conceit(思い上がり)である。
●数字による各国比較
数字を見れば、その国の医療政策の狙いが概略分かる。
①を見ても、医療体制が欧米と異なることを感じる。病床数は日本が飛びぬけて多いが、医療に当たる職員の数は極端に少ないのに驚く。事実、ヘルツリンガー教授が日本の医療体制を見て、少ない人数でよくやっていると評価したが、同時に無駄な点が目に付くとも言っている。
アメリカには無保険者が4,000万人いると言われるが、どんな人が4,000万人を構成しているか?4,000万人が常に同じ人とは限らない。
第一は、転職者である。アメリカは転職の多い国であることはご存知の通り。企業単位で健康保険に入っていることが多く、企業を退職して次の企業に入るまで、無保険者になる。そういう人が一時的に無保険者になる。
第二は子供である。日本では、家族単位で健康保険に加入し、所帯主が子供の面倒をみているが、アメリカの健康保険は個人単位である。従って、保険に加入していない子供は多い。
第三は、米国籍を持たない無保険者である。アメリカには、不法滞在者が1,000万人いるといわれているが、その人たちも緊急の医療は受けている。第四は、「健康保険なんて馬鹿馬鹿しい」と言って、加入していない人である。
では、この人たちは医療を受けていないのか?そんなことはない。その証拠が、米国病院協会の医業収入の決算数字から見られる。1998年に公的ならびに民間病院が患者に請求はしたが、支払われなかったいわゆる慈善医療の額は、約6,096臆ドル(7兆円強)で、これだけの医療費を患者から取りっぱぐれた訳である。
この慈善医療費の一部は税金で、一部は寄付や保健医療での収益によって賄われている。
③に示されているように、各国とも公的医療費(税金ならびに社会保険料)は6%内外である。これをみると、公的医療費は6%が普通なのかなと考える。将来設計をする場合には、6パーセントが一つの目途になる。
④が示唆する通り、結局、高齢者医療が医療費問題を現出させている。その高齢者には、同時にかなりの貯蓄があることを表している。混合診療解禁の一資料となろう。
●医療保険への提言
医療の社会保障制度に対しては、幾多の議論がある。特に、規制改革に対しては、賛成・反対などの議論が出ている。今後も続くことだろう。その中で、2~3の視点を提供しておきたい。
(1) 皆保険の必要条件は何か?その判定基準は、「必要な医療を受けることを可能にする保険に国民全員が加入する」ことである。それなら、わが国にも健康保険証を持たない資格証明書世帯数が22万に達しており、既に皆保険ではないという見方もできる。逆に、仮に民間保険であっても、国民全員が保険料を支払い加入すれば皆保険になる。
(2) 規制緩和をすれば、医療機関は財政的に追い込まれると思い込んでいる人がいるかもしれない。
しかし、日本経済研究センターでは、こんな経済効果を試算している。 ①混合診療の解禁により医療需要は、約3.8兆円増加する
②特別養護老人ホームの待機人員11.3万人が解消され、約0.7兆円の需要創出効果を産む。
(3)富士通総研の松山幸弘氏の論点を紹介したい。
「医療技術進歩に伴う公的保険の給付範囲拡充を抑制し、混合診療市場拡大を促せば、国民は保険適用外(自由診療)の高度先進医療費用を確保するために民間保険に加入する必要が生じる。この民間保険に加入できない低所得者は、高度先進医療部分について無保険者となり、生命・健康の維持という基本的人権で国民の間に不平等が発生する。この問題提起は正しい。従って、単純に民間保険活用による混合診療市場拡大に走るのは知恵不足である。もっと工夫すべきである。
そこで、2点を提案する。
①公的保険を2階建てにし、1階部分を誰もが加入する基礎保険とし、2階部分をオプション保険とすることで、全ての国民に高度先進医療へのアクセス選択権を与える。
②自由診療部分に課税して、弱者救済財源を確保する。
●オーストラリアの医療保険制度
最近オーストラリアを訪ね、この国の医療保険制度を知った。わが国に大いに参考になるので、それを紹介して講演を終わる。世界的に医療費は医療機関への支払いと医師への支払いが截然と分けられている。オーストラリアでは、おおむね次のような方式で民間医療保険を奨励しながら、公的医療保険が全国民をカバーしている。この国が国民皆保険制度を取り入れたのは、1985年のことであった。
(1) 入院医療費は、公的病院での公的治療・急性期に限り全面的に保険がカバー。ただし、急性期に限定(平均在院日数:4.6日)。公的・民間病院での私的治療を、私的保険がカバー。
(2)入院中の医師への医療費は、(1)に順ずる。ただし、公的・民間病院での私的治療についても、MBSレートの75%をカバー(MBS=Medical Benefit Schedule{政府が診療行為ごとに定めた公的保険からの償還額})。民間保険は、MBSレートの25%をカバー。あるいは、MBSと実際の支払い額との差額をカバー。
(3) 診療所・外来での医師医療費は、MBSレートの85%をカバー。超過額は個人負担。民間保険は不適用。
(4) ACAT=Aged Care Assessment Team(高齢者ケア判定チーム)という、医師、看護師、地域の人などのよる公的評価組織がある。このグループが、病院にまで出向いて、要介護度を判定し、退院後の受け入れ先などを決定する。
(5) 施設介護を希望する人には、厳しいミーンズ・テストを実施する。年金の85%を拠出。手元に残せる資産は3万㌦まで。これだけの義務を果たせば、国が一生の面倒をみる。 オーストラリアの人たちにこの制度の感想を聞くと、誰もが満足していると言う。日本の皆保険制度を改革しなければならないのなら、この国の制度がもっとも参考になると思った、と岡部陽二氏は講演を結んだ。
(日本医学ジャーナリスト協会、2005年4月発行“Medical Journalist”Vol.16 No.1 (通巻45号) p6~7 所収)