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<書評・Book Review>菊池馨実 編著『自立支援と社会保障~主体性を尊重する福祉、医療、所得保障を求めて~』

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A5版374頁 定価 3,600円(税別)
[ISBN978-4-8178-1351-0] 
日本加除出版㈱ 2008年5月刊

 社会保障とは、本来は個人的リスクである疾病・障害・加齢・失業などの生活上の問題について、貧困者を救い、生活を安定させるために、政府または社会が所得移転によって所得を保障し、医療や介護などの社会サービスを給付する法制度を指している。この制度の根幹は、元々、あくまでも疾病・失業などがもたらした貧者の父権的救済から出発しており、1883年にドイツで初めて制定された疾病保険はもとより、1942年に英国で提言された「ベバリッジ報告」においても、「尊厳ある個人の自立支援」といったコンセプトは明確には見られない。

 「支え合い」「助け合い」といった共助の概念は、つとにとり入れられてきたが、「自立」はむしろ共助や公助とは異なる個人の内的問題とされてきた。1950年に制定された生活保護法の目的に「自立を助長すること」が明記されていることなどはあるものの、「自立支援」という理念が、社会保障制度に本格的に持ち込まれたのは、比較的最近のことである。

 わが国においては、2000年の社会福祉法改正で、福祉サービスの基本的理念として、その利用者の「有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように支援するもの」(同法3条)と規定されたのを嚆矢として、2005年には「障害者自立支援法」が制定された。介護保険の目的に「自立した日常生活を営むこと」が明記されていることもこの一連の流れの中で捉えられる。また、生活保護制度においても2005年度以降「自立支援プログラム」が導入・推進されている。「自立支援」が、まさにキーワードとなってきた感がある。

 本書は、このような法整備や政策転換の動きを受けて、「自立」とは何か、「自立支援」のための有効な方策・手法はどうあるべきかといった視点から、制度改革を評価し、将来へ向けての課題を提示している。執筆は、主に社会保障法学専攻の法学者と社会保障政策の立案に携わっている実務家15氏が分担、全体の構成は早稲田大学の菊池馨実教授が監修されている。

 内容的には、当医療経済研究機構の自主研究事業として、2006年6月から月一回のペースで14ヵ月にわたって開催された研究会の議論の成果がとりまとめられたものである。この研究会の発足には当機構の前研究主幹の西村淳氏が、その後の研究会の事務には現研究主幹の本田達郎氏が尽力している。当機構の研究会にこれだけ多くの社会保障法学者が参画され、合宿形式での二日間の集中討論を含め、「自立論」に焦点を絞った熱い議論を一年余にわたって闘わされたのは、敬服に値する画期的なことであった。

 新しい「自立支援」という理念とそのあり方に光を当てた本書の分析は、実務界でもすぐに活用できる理論的支柱を提供してくれている。本書に凝縮されたその成果が、現場での実践を支える理論的根拠となるものと言える。また、社会保障に携わる研究者・行政職・学生の方々にとっての格好のテキストブックとなっている。

 それにしても、元来は結果であるはずの「自立」が法の目的として強調されるようになった背景は、どこにあるのか。逆説的であるが、社会保障が自立を阻害するケースもある。1970年代の英国では社会保障が充実しすぎて、シティーで働く若者が、その会社で働き続けるのと、6ヵ月間の失業保険を貰って遊んでいるのと、どちらが得か、真剣に検討していた。わが国の老人医療無料化にも同様の行きすぎであったのかも知れない。「自立支援」が有効適切に機能して、真に国民一人ひとりが社会保障のありがたさを実感できるような法的基盤と政策の確立が望まれる次第である。本書がその一助となれば幸いである。

[評者] 岡部 陽二 医療経済研究機構 専務理事

(2008年9月10日、医療経済研究機構発行「医療経済研究機構レター(Monthly IHEP)」No.168 p31所収)

 


 

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