医師だけではなく多数の看護師やコメディカルを会員にしておられる、ユニークな組織の安芸地区医師会の記念すべき20周年大会にお招き頂き感激している。
私は永年銀行に勤務しており、医療経済の専門家ではない。その私が本学会の講師として招かれたのは、略歴にもあるように,レジナ・E・ヘノレツリンガー教授の「医療サービス市場の勝者」と近刊である「消費者が動かす医療サービス市場」(いずれも岡部陽二監訳、シュプリンガー・フェアラーク東京㈱刊)の出版に関わったことにあると思う。
これらの本の中で、著者は医療サービス市場の現状分析をし、良い医療サービス市場の実現について、様々な提唱をしている。後者はこの六年間で米国の医療市場がどう変わったかを述べているものである。本講演では、医療サービス市場の現状分析および消費者が動かす医療サービス市場の実現へ向けての著者ヘルツリンガーの考えを紹介しながら、本日は主として混合診療に関する私の意見を述べたい。
米国では壮年層は民間の保険に加入し、貧困者層と60歳以上の高齢者はメディケアとい公的保険でカバーされている。メディケアは当初の予想をはるかに上回る費用がかかり、この費用を少なくする目的でメディケアにマネジドケアが導入された。マネジドケアは医療費を疾患別に標準化し、疾患別の包括定額払い(DRG/PPS)、ゲートキーパー医などを使い、医療保険団体と医療機関が提携して、患者へのサービス提供を「とにかくノーという方針」で出し渋るシステムである。本来、医療サービス市場は医療機関と消費者である患者の二者問の交渉により成立すべきものであるとして、著者は当初よりこのマネジドケアは誤った方法であると非難してきた。現在、米国ではマネジドケアは形のみが残り、実体はなくなっている。
最近、わが国の大学病院などでマネジドケアを模した疾患別の包括定額払い(DPC)が導入されたが、米国の実例を見る限りは、反対すべき制度と私は考えている。医療についても、消費者のために良いサービス市場を形成するために重要なことは、消費者に的確な情報提供を行い、豊富な選択肢を与えることである。
欧米の医療制度がすべて優れているわけではないが、日本の医療制度にもとり入れる方向で検討すべき面もある。まず、わが国では混合医療は原則禁止されている。欧米では英国以外の国では、皆保険の国でも保険診療と自由診療の併用は原則的に自由となっている。わが国では株式会杜病院の新規設立が禁止されているが、これは混合診療に比べると小さな問題である。医療法人を株式会杜にしても大きな変化はないと思うが、国公立病院や大学病院を民営の株式会杜に転換すれば実効があがると思う。また、医療機関へのフリーアクセスを容認しているのは、わが国だけである。フリーアクセスは良いことかもしれないが、他国がやらないのはそれ相応の理由がある筈であり、その理由を考えるべきであろう。
在宅医療のシステムが出来ていないのも、わが国の特異性であろう。これまでは家族で支え合うのが慣行となっており、今は変化の最中かもしれないが、欧米で見られるナーシングホームなどの施設がシステムとして確立していない。私が実際に米国で見学したホスピスでは,入院患者は20名で、2,000名の在宅利用者を看護していた。このように在宅看護が中心という施設もある。
混合診療については、所得格差による医療アクセスの不平等などが拡大するとの意見があるが、この意見については本当にそうなのか検討すべき余地がある。私も医療制度を良いものにするには、消費者に豊富な情報を与え、選択肢を充実させることが必要と考えている。混合診療を進めるのが、この趣旨に合致した優れた方法であろう。
企業や金融機関などの信用リスク評価のように、医療機関にも評価をとり入れる、あるいは、不正チェックのシステムを構築することも医療サービスの生産性向上のためには必要であろう。生産性向上といえば、建設業界のゼネコンは潰れ、百貨店も衰退の方向にあるのに対し、医療界は依然として総合病院にこだわっているように見える。教育機関としての要請から大学病院は総合病院である意味はあろうが、それ以外の一般病院ではどうなのか。国立ガン・センターだけではなく、ガンならガンの治療に特化した民間の病院が増える方が望ましいのではなかろうか。
また、医療全体を一つの保険でまかなうのは無理があろう。たとえば,救命救急は保険の対象から外した公的な負担を考え、また、急性疾患と慢性疾患とでは別の保険を考えるのは如何であろうか。私は混合診療や医療特区の設立などが、医療システム改革のきっかけになるのではと考えている。ただし,前述したように医療費の抑制が目的の制度改革には反対するものである。
医療費の原資は保険料、税金、自己負担の三つである。増える医療費を賄うためには、この三つのいずれかを増やすしかない。保険料が上がるのも自己負担が増えるのも嫌であれば、税金を増やすしかない。
わが国では、医療よりも年金に社会保障の重点が置かれている。また、税金が公共投資に多く使われているのも事実であるが、医療費の公的負担増を求めて、医療制度について提案するときは、医師会が何を良い医療とするのかを明確に示し、国民の世論を味方につけるべく努力することが大切であろう。
最後に、私の属する広島国際大学と医療経済研究機構の宣伝をさせて頂きたい。広島国際大学は開設後6年目の新しい大学であるが、充実した学部構成、施設を誇る。広島県出身者の割合の低い、全国に開かれた大学である。定員割れの大学もある昨今、本大学の入学者数は広島県の15私学中第二位である。就職率も昨年は800を超える全国の大学のランキングで11位と健闘している。来年からは薬学部薬学科が新設される。既存の医療福祉学部,看護学部,保健医療学部も含め卒業生の採用をお願いしたい。
一方、医療経済研究機構は厚生労働省のシンクタンクである。ただし、研究員はすべて民間からの採用で、わが国における医療・介護保険制度、医療経済に関する研究促進を目的とした研究機関である。
(文責;酒井利忠、水野正晴)
(2003年12月に開催の「第20回安芸地区医学会」での広島国際大学医療福祉学部医療経営学科教授岡部陽二特別講演「消費者が動かす医療サービス市場~わが国医療改革の進むべき方向性~」の要旨 )
(2004年1月安芸地区医師会発行、「安芸地区医師会月報・2004.1、No.361 p7-8所収」