東京証券取引所運営のあり方について、個人投資家の立場から4項目に絞って問題の提起を行いたい。
1、市場区分より新TOPIX構成銘柄の絞り込みがポイント
肥大化した東証1部上場社数の絞り込みに焦点を絞った市場区分の見直しは、既得権益を主張する1部上場企業からの激しい反発に遇って頓挫している。そこで、東証は方向を転換し、社数の絞り込みは諦めて、TOPIX対象銘柄数の絞り込みに切り替えた。今年は、新TOPIXの導入が金融庁主導で議論される。
そもそも市場区分見直しの議論の出発点は、同一市場に大企業と低収益で小粒な企業が混在している実態への疑問であった。時価総額20.9兆円のトヨタから26億円の小林洋行まで格差8千倍の「玉石混交」状態には問題が多い。
東証1部上場というだけで、TOPIXの対象銘柄に含まれるため、すべての銘柄が公的年金の投資や日銀の金融操作時の対象となる。この結果、小粒企業の株価は不当に引上げられることとなり、投資家に不利益を被らせている。これは個人投資家にとっても看過できない致命的な欠陥である。
市場改革の出直し素案では、東証1部など5市場を「プライム」ほか3市場に再編、東証一部銘柄は、流動性が極端に低い銘柄を除き、ほぼそのままプライムへ移行する。その代わり、現在のTOPIXには東証1部上場の全銘柄が採用されているのに対し、見直し後は時価総額や流動性、コーポレイト・ガバナンスなどで対象銘柄数を厳格に絞り込んだ「超プライム銘柄」を中心に構成される。この新TOPIX案は改革の方向としては的を射ている。
そもそも、先進国市場の市場別の株価指数で、その市場に上場されている全銘柄を対象としたものは存在しない。ニューヨーク・ダウは30銘柄、フランクフルト市場のDAXも30銘柄、ロンドン市場では100銘柄で構成されるFTSE100、香港市場では流動性の高い上位数十銘柄で構成されるハンセン指数が用いられている。
市場区分の見直しよりもTOPIX構成銘柄数の絞り込みが必須であるとの指摘は多くの識者から寄せられていたが、それを一貫して無視してきた東証の罪は大きい。
2、新TOPIX先物の海外複数市場上場は禁止すべき
個人投資家、ことに長期保有によって資産作りを図っている個人投資家にとっては、株式の流動性よりも相場の安定性の方がはるかに重要である。企業の財務内容とは関係のない思惑要因で日々の相場が大きく変動する株価の乱高下に振り廻されるのはご免蒙りたい。
日本株の外国人持ち株比率は、従来一貫して高まって来たものの、一昨年には一転して減少に転じて29.1%(2019年3月末)となり、昨年も若干の減少したものと見込まれる。ところが、日本株取引市場における外国人投資家の売買シェアは現物で約6割、先物では7~8割を占め、減ることはない。
このように現物株の保有比率の2倍を超えるような活発な売買、さらには指数先物取引における外国人投資家の恒常的に高い売買シェアを看過するわけにはいかない。
ヘッジファンドをはじめとする外国人投機家は、日本株を保有するのが目的ではなく、日本株の株価を操って短期的な相場変動を掴んで荒稼ぎをしていることは、きわめて高い売買回転率から明らかである。
公平性が疑われる異常値に不感症となり、有効な是正策を講じようとしない金融庁や東証の姿勢には、疑問を呈せざるを得ない。
これを防ぐには、一昨年2月にシカゴCMEに上場したTOPIX先物や日経225先物の海外複数市場での同時上場を禁止するのが有効である。 新TOPIX導入を機に、新TOPIXと日経225の海外先物市場への上場は廃止すべきである。
3、高速取引システムの廃止を
日本株売買の約75%を握っている外国人投資家の取引の約80%はコンピュータによる高速売買専業のHFT (ハイ・フフリケンシー・トレーディング) と呼ばれる取引業者による短期値幅取り取引である。最近では売買の判断をAIに任せきりの業者も出現している。
このHFT取引は、東証が2010年に1ミリ秒単位で株式を売買できる超高速・高頻度のアローヘッド・システムによるサービスを開始、さらに2015年には0.5ミリ秒に速度を高めたことによって可能となった。
ところが、このシステムを利用しているのはもっぱらヘッジファンドが利用しているトレーダーやCTAと呼ばれる商品投資顧問会社など外国人投機筋である。
HFTをこなせるシステムを持ち得なず、ミリ秒速での判断や発注はできない、個人投資家は高速のHFT取引には参入できず、短期売買市場での勝ち目はまったく無くなった。この結果、短期売買で稼いできたいわゆるデイトレーダーの個人取引は姿を消してしまい、これが引いては一般の個人投資家の株離れにも拍車を掛けている。
このような一部の参加業者だけが参加できる不公平に加えて、瞬間的な株価の急変を誘発している。さらに、大量の誤発注が発生した重大な事故も現に起こっている。
そこで、遅まきながら、金融庁は昨年4月に改正金商法に基づいて高速取引業者の登録申請を義務付けた。2020年1月末現在、54社が登録しているが、ほとんどすべての業者の本社は外国籍である。
登録制度の導入は、HFT取引の実態解明に役立ち、事故防止などの効果は期待されるものの、高速取引自体の問題の解決には繋がらない。
高速取引システムの導入に多額の投資をしても利用者からの注文件数増による手数料で東証の採算はとれているのかも知れないが、個人投資家の利益が完全に無視されているのは由々しい問題である。
民営化により営利企業化したとはいえ、資本市場の健全な育成という公益性の高い使命を果たすべき東証が、利用者間の公平性を欠き、社会的な意義はまったくない高速取引を拡大していくのは適切ではない。
東証は利用者から徴求する手数料を大幅に引き上げて高速取引の利用を抑制し、将来的には高速取引サービスから完全撤退の方向を明確に打ち出すべきである。
4、外国株式の上場推進を
1988年末の日経225平均を100として、日経平均を米ダウ平均と比較すると日経平均は、30年を経ても74と低迷している。これに対し、米ダウ平均は、リーマンショック時を除きほぼ一貫して上昇を続けて30年後には1,177と約12倍に高騰している。
ところが、日本では個人の外国証券の保有額は2.3兆円(2017年度末)と、株式投資残高のわずか2%程度を占めているに過ぎない。個人の証券投資残高が伸びない主因の一つが投資対象の日本株偏重にあったことにあったことは明らかである。
外国株への個人の投資を支援する方策としては、外国株の東証上場銘柄を増やすことが効果的である。東証に上場された外国株を円対価で時差を気にすることもなく自由に売買できれば、個人投資家への大きな投資支援となろう。
しかるに、東証上場の外国株銘柄数は1991年の127をピークとして一貫して減少を続け、本年2月末には4銘柄(うち東証1部は1銘柄)と壊滅状況にある。この間、東証は手を拱いているだけで、新規の上場勧誘はほとんど行なっていない。
ニューヨーク証取やロンドン証取では、50~60国からの外国株銘柄が全体の2割程度を占めている。また、時価総額では東証の1/5に過ぎない新興のシンガポール証券取引所では上場766銘柄のうち外国株が288銘柄と4割弱を占めている。
情報伝達技術の進歩や経費節減のための本国回帰の動きを踏まえると手の打ちようがないと諦めるのではなく、東証もシンガポールに見習って上場銘柄の激しい新陳代謝に対応する新規外国株上場誘致の具体策を打ち出すべきである。
外国株上場は個人投資家へのサービス業務と割り切って、上場手数料を免除したり、重複上場には追加の手間をすべて省くといった抜本策も採るべきではなかろうか。
サウジアラビア国営の石油企業は「アラムコ」は昨年11月に自国の株式市場に上場、次いで外国市場にも上場の方針であり、東証も熱心に誘致活動を展開していると聞く。
ただ、アラムコ1社が外国株として東証に上場されても個人投資家にとってのメリットはほとんどない。GAFAのようなIT企業とか新興のベンチャー企業の株式が東証に多く上場されて自由に購入できるようになるのは夢のまた夢にしか過ぎないのであろうか。
(元住友銀行専務取締役、元明光証券代表取締役会長、元広島国際大学教授)
(2020年5月1日発行、東証ペンクラブ機関誌「PEN」(ペン2020、令和2年)p87~91所収)