日本個人投資家協会副理事長 岡部 陽二
日本取引所グループ(JPX)の運営のあり方について、個人投資家の立場から、下記の5項目に絞って問題提起を行いたい。
【五つの問題提起】
◆指数先物の海外複数市場上場の禁止
◆高速取引システムの廃止
◆外国株式の上場推進
◆市場区分の見直し
◆ガバナンス機能の実効化
指数先物の海外複数市場上場の禁止
ここ一両年、世界的に株価変動が激しくなり、日本株相場の乱高下はことのほか大きくなってきた。2018年12月の変動率はリーマン・ショック直前の2008年8月を超えている。個人投資家、ことに長期保有によって資産形成を図っている投資家にとっては、株式の流動性よりも相場の安定性の方がはるかに重要である。企業業績や財務内容とは関係のない思惑要因で日々の相場が大きく変動し、株価の乱高下に振り廻されるのは、ご免蒙りたいという人々が大半である。
日本株の外国人持ち株比率は、従来一貫して高まってきたものの、昨年度は一転して減少に転じ、29.1%(2019年3月末)となっている。ところが、日本株市場における外国人投資家の売買シェアは、現物で約6割、先物では7~8割を占めている。2018年の株式売買動向によると、外国人投資家の売越額は5.7兆円に上り、ブラックマンデーが起こった1987年以来、31年ぶりの大きさとなった。一方で日経225とTOPIXを合計した指数先物の売越額は、過去最高の7.4兆円となり、これが株価の足を大きく引っ張った。このように現物株の保有比率の2倍を超えるような活発な売買、ことに株価への影響度の高い指数先物取引における外国人投資家の恒常的に高い売買シェアを、看過するわけにはいかない。
ヘッジファンドを始めとする外国人投機家の一部は、日本株を保有するのが目的ではなく、日本株の株価を故意に操り、短期的な相場変動を掴んで荒稼ぎをしていることは明らかである。高名なファンドマネジャーの岡山憲史氏(マーケットバンク代表取締役)は、日経225先物がシカゴ(CME)とシンガポール証取(SGX)に上場されていることが大問題であり、JPXが大証で扱う指数先物は海外市場への重複上場を認めるべきではないと強く主張している。
大手の外国人投機家は、日経225の指数先物をCMEで買い、東証で現物を売るといった裁定取引を繰り返し、時差を利用して着実に利益を上げていると見られる。これを防ぐには、「日経225先物」の海外複数市場での同時上場を禁止する以外に、有効な手立ては見当たらない。ところが、JPXは昨年2月に「TOPIX先物」のCME重複上場を許しており、理解に苦しむところである。
高速取引システムの廃止
上述のとおり、外国人投資家は日本株売買の約75%を握っている。その約80%がコンピューターによるHFT (ハイ・フリケンシー・トレーディング) と呼ばれる、高速取引専業の業者による短期取引である。最近では売買の判断をAIに任せきりの業者も出現している。
このHFT取引は、東証が2010年に1ミリ秒単位で株式を売買できる超高速・高頻度のアローヘッド・システムによるサービスを開始、さらに2015年には0.5ミリ秒に速度を高めたことによって可能となった。
ところが、このシステムを利用しているのは、もっぱらヘッジファンドが顧客のトレーダーや商品投資顧問会社など外国人投機筋である。HFTをこなせるシステムを持ち得ず、ミリ秒速での判断や発注はできない個人投資家は、これらの取引には参入できず、短期売買市場での勝ち目は無くなった。この結果、短期売買で稼いできた個人のいわゆるデイトレーダーも減少し、これが引いては一般の個人投資家の株離れにも拍車を掛けている。
このような一部の参加者だけが参加できる不公平に加えて、瞬間的な株価の急変を誘発したり、大量の誤発注が発生した重大な事故も起こっている。加えて、HFTに対する国際的な批判も高まっている。そこで、遅まきながら、金融庁は昨年4月に改正金商法に基づいて高速取引業者の登録申請を義務付けた。2019年7月4日現在、44社が登録しているが、ほとんどすべての業者が外国籍である。登録制度の導入は、HFT取引の実態解明に役立ち、事故防止などの効果が期待されるものの、高速取引自体の問題の解決にはつながらない。
「神経伝達速度より速い金融取引に社会的意義はない」と元静岡大学准教授でデザインルール代表取締役の佐藤哲也氏は批判している。同氏はさらに「HFTにより利益を得られるのは参加証券会社とその親玉である取引所であり、一方、損をするのは個人を含む一般投資家である。しかし、長い目で見たときの本当の敗者は金融システムに対する公平感や信頼を持てなくなる人類全体だろう」と将来を見据えた否定的なコメントを表明している(2018年10月18日付けYAHOOニュース)。
高速取引システムの導入に多額の投資をしても、利用者からの注文件数増による手数料で東証の採算はとれているのかも知れないが、個人投資家の利益が軽視されているのであれば、由々しい問題である。民営化により営利企業化したとはいえ、資本市場の健全な育成という公益性の高い使命を果たすべき東証が、利用者間の公平性を欠き、社会的な意義の見いだせない高速取引を拡大していくことはいかがなものか。東証は利用者から徴求する手数料を大幅に引き上げて高速取引の利用を抑制し、将来的には高速取引サービスから完全撤退の方向を明確に打ち出すべきである。
外国株式の上場推進
個人金融資産1,830兆円(2018年末)に占める株式と株式投信の合算額は166兆円に過ぎず、個人金融資産に占める比率は10%にも満たない。さらに、個人の外国証券の保有額は 24.6兆円と、資産残高の1.3%程度を占めているに過ぎない。ところが、1988年末の日経225平均を100として、日経平均を米ダウ平均と比較すると、日経平均は、翌1989年末にピークをつけ、30年を経ても74と低迷しているのに対し、米ダウ平均は、リーマン・ショック時を除きほぼ一貫して上昇を続けて、30年後には1,177と約12倍に高騰している。この開きから見て、個人金融資産が増えなかった主因は、投資対象が日本株に偏っていたことにあったのは明白である。
1989年末まで戦後一貫して上昇を続けてきた日本株への執着もあり、失われた30年間への経済情勢の転換を予測できなかった個人投資家の勉強不足は間違いない。しかしながら、証券リテラシーの低い個人投資家を善導すべき立場にある東証や証券会社が、外国株の売買に消極姿勢で臨んできたことが、それ以上に大きかったと言える。
外国株への個人の投資を支援する方策としては、外国株の東証上場銘柄数を増やすことが効果的である。東証に上場された外国株を円対価で時差を気にすることもなく自由に売買できれば、個人投資家への刺激となるはずである。ところが、東証上場の外国株銘柄数は1991年の127をピークとして一貫して減少を続け、昨年末には5銘柄(うち東証1部は2銘柄)と壊滅状況にある。この間、東証は手を拱いているだけで、新規の上場勧誘はほとんど行なっていない。ニューヨーク証取やロンドン証取では、50~60国からの外国株銘柄が全上場銘柄の2割程度を占めている。また、時価総額では東証の5分の1に過ぎない新興のシンガポール証取では、上場766銘柄のうち外国株が288銘柄と4割弱を占めている。
情報伝達技術の進歩や経費節減のための本国回帰の動きを踏まえて諦めるのではなく、東証もシンガポールに見習って、上場銘柄の新陳代謝を促すために、新規外国株上場誘致の具体策を打ち出す必要がある。外国株上場は個人投資家へのサービス業務と割り切って、上場手数料を免除したり、開示請求の全文日本語翻訳の義務付けを省くといった抜本策も採るべきではないだろうか。
市場区分の見直し
市場区分見直しの論点は、肥大化した東証1部上場社数の絞り込みに尽きる。
そもそもこの議論の出発点は、同一上場区分に世界的大企業と低収益で小粒な企業が混在している現状への疑問であった。この「玉石混交」の状態には問題が多い。東証1部上場というだけでTOPIXの対象銘柄に含まれるため、すべての銘柄が公的年金の投資や日銀の金融操作時の対象となる。この結果、内容の悪い企業の株価は実態よりも引き上げられることとなり、投資家に不利益を被らせている、という見解である。これは個人投資家にとっても看過できない点である。
東証1部の上場社数は平成に入ってから30年でほぼ倍増したが、平成30年(2018年)末の時価総額562兆円は、平成元年(1989年)末の590兆円をいまだに回復していない。この結果、1社当たりの平均時価総額は半分以下に減少した。これを海外市場と比較すると、東証と同様に階層別市場構成を採っている世界主要5市場の中で、東証1部の上場社数が圧倒的に多い。他方、1社当たりの時価総額の中央値では520億円と最低であり、Euronext(ユーロネクスト)の約1割に過ぎない。
市場区分の見直しで時価総額500億円以上に絞ると、上場社数はほぼ半減するものの、合計時価総額ベースでは96%が「新1部(プレミア市場)」に残ってしまう。このため、運用会社のプロの間では「時価総額1,000億円以上に絞り込まないと、取引の活性化は望めず、思うように売買ができない」という声が根強い。個人投資家の立場からも、大型銘柄の取引活性化は望ましく、この1,000億円以上への引き上げ案を強く支持したい。
時価総額に加えて、コーポレートガバナンス要件の厳格化も盛り込むべきである。なかでも、重要なガバナンス基準は「社外取締役比率」である。新1部に残るには3分の1以上の社外取締役選任を義務づけるべきとの主張は妥当である。東証が示している「改定ガバナンス・コード(企業統治指針)」では当面の目標として「社外取締役比率3分の1以上」を掲げているが、東証1部上場の大企業でも社外取締役を1~2人しか選任していないケースが多い。このような現状打破に資するような、新1部での適格基準を設けるべきである。
ガバナンス機能の実効化
2001年に株式会社に転換して民営化し、2004年に上場して以来、東証を中核とするJPXは、コーポレートガバナンスについても他の上場企業の範となるような体制をとっている。
取締役会メンバー14人のうち3分の2を占める8人を社外取締役とし、クリスティーナ・アメジャン(経済学者)、幸田真音(作家)といった女性を起用、弁護士・検事出身などの有名プロを揃えている。指名委員会5人も委員長を始め4人を社外取締役で構成している。
しかしながら、経営陣の首脳は大手証券会社OBの回り持ちであり、この8人の社外取締役が真剣に議論をして人選を行なったものとは到底思えない。この実態は委員会設置会社の嚆矢として注目された、東芝の先例をほうふつとさせるものである。
JPXは信条として、お客さま第一主義(Customer First)、社会からの信頼確保(Credibility)、創造性の追求(Creativity)、社員の能力発揮(Competency)といった優れた4Cの標語を掲げている。だが、お客さまの第一は外国人投資家ではなく、国内の個人投資家であることを肝に銘じて業務に当たっていただきたいと強く願う。
〔プロフィル〕
岡部 陽二(おかべ ようじ)
1934年生、1957年京大法卒、同年住友銀行(現ん三井住友銀行)入行、1983年同行専務取締役(国際部門担当)、1993年同行退職、明光証券(現SMBC日興証券)代表取締役会長、1996年より7年間広島国際大学医療福祉学部医療経営学科教授、2003年より12年間医療経済研究機構副所長、http://www.y-okabe.org
(2019年10月1日、金融ジャーナル社発行「月刊・金融ジャーナル」2019年10月号、No.763,第Ⅰ特集「再編・証券取引所」「投資家の視点」p18~21所収)