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英国における個人株主優遇税制


 英国における株式保有構造の推移をみると、19990年代に入って個人株主の減少に歯止めがかかり、同時に株式投信が着実に伸びている。その理由として、個人株式投資計画(PEP)の人気が1992年以降急速に高まってきたことと、国営企業の民営化に伴って放出株を低価格で個人に割り当てた政策の二点が指摘されている。
 また、英国の株価が米国に劣らず堅調を続け、新規株式公開市場が活況を呈しているのも、この個人株主優遇政策によるところが大きいものと見られる。
 本稿では、個人の株式投資優遇を目的とした3税制について、その概要を紹介したい。

1、Personal Equity Plans(略称PEP、個人株式投資計画)

 この制度は1987年、サッチャー政権時代に導入されたもので、18歳以下の子供を除く全個人の株式投資奨励を目的として、PEP口座を通して購入した株式・株式投信にかかる配当金への課税・売却時のキャピタルゲイン課税等を全面的に免除する制度である。当初は投資限度枠が小さく、余り活用されなかったが、徐々に枠が拡大され、1992年以降は次の通りとなっている。

(1)「一般PEP枠」として、一人年間6,000ポンド(約1.2百万円)まで。この枠内での株式投資又は株式投資信託の購入については、配当にかかる所得税、キャピタルゲイン税共に全免される。

(2)「単一銘柄投資PEP枠」として、単一の株式に投資する場合には一人年間9,000ポンド(約1.8 百万円)まで枠が拡大される。(一般枠では株式投信の購入が多いので、個別銘柄への投資を奨励するための追加枠)

 この優遇税制の特徴は、残高ではなく年間投資額の枠を定めている点で、残高は毎年累増される。PEP口座で株式を購入しても一旦売却すれば、その枠は再利用出来ないので、この制度は株式の長期保有を促す効果も絶大である。たとえば、この制度をフルに利用して株式投資を行い、中途売却せずに保有し続けた場合、10年間では夫婦二人で当初投資額180千ポンド(約36百万円)につき全額免税となる。

 この優遇税制による過去10年間のPEP口座開設数は累計で12百万口座、昨年4月末の投資残高は341億ポンド、本年4月末では約460億ポンド(9兆円強)と推定される。投資残高の70%強が投資信託で、現物株式への投資比率は低い。
 英国の株式時価総額に占めるPEP残高の比重は3%見当であるが、この制度が政府からの株式投資勧奨のメッセージとなって、個人株主層が格段に厚くなった点は注目される。PEP口座保有者数12百万人はわが国の個人株主数推定10百万人よりも多く、人口比では我が国の2倍以上の個人株主が既に存在している。

2、Enterprise Investment Scheme(略称EIS)とVenture Capital Trusts(略称VCT)

 英国政府はPEPの成功を踏まえて、1994年にEIS、1995年にVCTの二優遇税制を発足させた。PEPが上場株式・投信を対象としているのに対し、EIS、VCTともに未上場・非公開株式へのハイリスク・ハイリターンの個人投資に税制上の優遇を行って、新規ベンチャー企業を個人の投資資金によって育成することを狙いとしている。
 それぞれの制度の概要は次の通り。

(1) EIS(未上場株式投資スキーム); 個人が未上場株式に100千ポンド(約20百万円)までの投資をした場合、投資額の20%が所得税から税額控除される。その株式を5年間以上保有して売却した場合、売却益についてのキャピタルゲイン税は免除され、売却損については所得控除が受けられる。制度発足後、本年7月までの約3年間で950社に対し、総額1億ポンド(約200億円)のEIS投資が行われた。

(2) VCT(ベンチャーキャピタル投資信託); この制度は投資対象として適当な未公開会社を個人の判断能力で選ぶのは難しいので、未公開株式への投資を専門とする投資信託をロンドン証券取引所に上場させ、この適格上場投信への投資につき、税制上前記EISへの投資同様の優遇を行うものである。この制度に基づく適格投信は制度発足来既に18社が上場され、総額350百万ポンド(約700億円)の資金が個人から集められた。

 翻って、我が国には個人の株式投資を税制面で優遇する制度は一切存在しない。小口での個人株式投資を容易にする目的で創設された「株式累積投資制度(株式累投)」や「ミニ株投資」の制度も、小口化によるコスト・アップが負担増となるだけで、個人投資家にとってのメリットは皆無であるから、一向に伸びない。
 個人株主の増加を狙いとした制度を創設するには、政府からのメッセージとして税制上の優遇措置が不可欠であることを英国の実例から学びたい。

(岡部 陽二)

 (1997年10月25日発行、日本個人投資家協会情報誌‘きらめき'No.10秋号所収)

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