新しい時代を担う企業群の台頭の遅れ
3年を超える平成不況からようやく抜け出しつつあるが、わが国縫済の次の時代を担う新しい企業群の芽はみえて来ない。こうした事態は次のような点からも裏付けられよう。
第1は新規に設立される企業数が伸び悩んでいることである。総務庁の調査によると、新規事業所年間開設数は1980年頃の約36万件をピークに最近では平均約26万件に落ち込み、特に製造業では廃業数が開設数を上回っている。この原因の一つに、要求される技術水準が高度化し、創業資金の負担が膨らんでいることがある。
既存の中小・中堅企業の財務バランスをみても、銀行借入比率は40%を超え、さらに上昇傾向にある一方、自己資本比率は10%を若干下回る水準で改善していない。成長性の高い中小企業への投資を業務とするベンチャー・キャピタルも総じて安全志向で、機動性に欠け、起業家を積極支援する姿勢はみられない。
一方、米国では、第三者が始める事業に出資する「エンジェル」と呼ばれる個人投資家が多数(84年堆定72万人)存在し、その投資残高は90年末で約3,500億ドルといわれている。
また、ベンチャー・キャピタルも活況を呈し、1990年末の総資金量は約360億ドルに達した(日本の約9倍)。日米のベンチャー・キャピタルの大きな違いは、米国では創業間もない企業に投資するのに対し、日本では経営基盤が確立した社歴の長い企業に投資するという点である。
第2は中小・中堅企業の資本調達の場として株式店頭市場が必ずしも十分に機能していないことである。確かに、同市場の登録企業数は本年5月末には500社、時価総額も同14兆円に達し、取引所市場に比べると活況を呈しているが、店頭市場のお手本となった米国のNASDAQには及びもつかない。
NASDAQは最近15年間で取引規摸が40倍に拡大し、今や公開企業数4,600社、時価総額79兆円で、売買代金ランキングでニューヨーク証券取引所(NYSE)に次ぐ世界第2位の市場に成長している。NASDAQの成長要因を整理すると、
①NYSEをはじめとする取引所市場と競争し、投資家のためにハイリスク・ハイリターンの市場としての整備に注カしてきた、
②過去10年間累計で新規登録と廃止の社数が略々同数の6,000社に達するなど新陳代謝が激しい、
③多くの中小・中堅証券会社が業種毎、地域毎のスペシャリティーを発揮してベンチャー企業の活発な株式公開を支えている、などが挙げられる。
ちなみに、NASDAQでの売上高増加率ベスト20社の平均売上高は過去4年間で22.5倍に達し、日本の同2.3倍とは隔絶した高成長を実現している。
新産業振興のための施策
わが国において21世紀に向けての経済活性化の原動力となる新産業を育成するためには、リスクに挑戦する起業家及びこれに出資する投資家への支後、両者を仲介するベンチャー・キャピタルや証券会社の機能充実が望まれる。そのための施策として、次の3点が重要であろう。
1.ベンチャー企業への支援税制の強化
創業当初から出資と経営の機能分離を徹底するなどの創業者の意識変革に加え、ベンチャー・キャピタルやエンジェルに対する起業支援税制の創設が不可欠である。 具体的には、①創業間もない企業に投資する個人・法人に対し、投資額の一定割合(例えば 1/2)につき所得控除を行う、②ベンチャー・キャピタルに対する無税の投資損失準備金制度を創設する、などである。
2.店頭登録基準の緩和
証券業協会の定める店頭登録基準には、形式基準と実質審査基準の二つがある。形式基準は83年以降、順次緩和されているが、実質的な審査基準は依然厳しく、企業サイドからの不満は強い。その一例は利益額である。形式基準では直前期税引前利益一株当たり10円以上、登録時発行済株式は数最低200万株であるので、税引前利益は2,000万円で基準をクリアする筈であるが、最近、新規登録された企業の税引前利益の水準をみると、実際にはいずれも3億円以上となっている。
NASDAQでは適正なディスクロージャーを前提に将来性豊かな創業期の企業に対しては、赤字決算でも登録を認めるなど柔軟に対応しており、わが国においても実質審査基準の即時全廃・定量化による形式基準への一本化が必要である。
3.自己責任に徹した健全な投資家の育成
店頭市場は元来、フロンティア精神の旺盛な起業家が未知の分野に挑戦するための資本調達の場であり、当然にハイリスク・ハイリターンである。一方、投資家が店頭市場に託する夢は、成熟企業からの安定配当ではなく、将来の急成長企業からの大きなキャピタル・ゲインである。
証券界としてはこうした店頭市場の特性を投資家に十分に知らしめ、ディスクロージャーの徹底を前提に投資家の自己責任原則の確立に尽力すべきである。
このような三つの施策を早急に打出し、店頭市場を投資家にとって夢のある健全なマーケットにすることにより、新しい時代を担う企業群の育成という証券界の使命を果たすことができよう。
(明光証券株式会社 代表取締役会長 岡部陽二)
(1994年7月発行「明光レポート」第70号所収)