円高による製造業の空洞化に加えて、金融・資本市場の空洞化を懸念する声が俄かに高まってきた。そもそも、格別の努力もせずに、東京市場が日本経済の拡大につれてニューヨーク、ロンドンと並ぶ国際金融センターに成長し得るものと速断したとすれば、的外れも甚だしく、まさにバブル時代の幻想に過ぎない。
東京市場は規模だけは拡大していても、①市場コストの高さ、②使い勝手の悪さ、③規制・縄張り意識などに起因する商品開発力の欠如など、国際レベルには程遠いローカル市場である現実を認めなければなるまい。
製造業の空洞化が進展する下で、今後、わが国は通信・情報・流通といった高付加価値で成長性の高いサービス部門を発展させなければならず、金融サービスもその一環として育成・強化すべき時期に来ている。
そこで、金融・資本市場の空洞化の実態、及び打ち出すべき対応策について、私見をとりまとめてみたい。
空洞化の実態
従来、金融・資本市場の空洞化論議は専ら社債の発行市場であった。 現に、本邦企業の社債発行は93年度までの5年間平均で一般事業債の74%、転換社債・ワラント債の 61%が海外で発行されてきた。外債発行は以前は外資導入の手段として、その後は外国人投資家の開拓が目的であったが、最近では国内の繁雑な規制や手続きを回避するために、発行体・投資家共に本邦企業で発行手続きのみ海外、という形態が一般化している。
また、外国の政府や国際機関は東京市場での起債(所謂サムライ債)を避けて、ユーロ円債市場に殺到している(本年1~8月のユーロ円債発行額は過去最高の昨年年間実績4兆6,000億円とほぼ同水準)。これは、日本では発行体の信用度が発行条件に的確に反映されているとはいえず、したがって世銀をはじめとする優良発行体にとって発行条件が不利になることに加え、サムライ債の各種手数料合計水準がユーロ債に比べて3倍程度高いことに起因している。
ところが、最近、注目を集め始めた空洞化は、日本株、円資金、円・ドル為替、デリバテイブなど多岐にわたる流通市場での取引の海外への大量流出という事態である。すなわち、
①日本株では、昨年、ロンドンの外国株市場SEAQインターナショナルで東証出来高の22%相当の日本株売買が行われ、銘柄によっては70%を超すケースも出現した(片道計算で修正すると各々その半分)、
②円資金では、日本で借りた国債をユーロ市場で現先運用し、低利の円資金を調達する所謂レポ市場の規模が10兆円に達した、
③円・ドル為替では、東京のコスト高や情報漏洩の忌避などの動機からディーラーが香港やシンガポールへ流出し、東京での取引量が減って相場形成の主導権が海外へ移った、④デリバテイブでは、90年来の証拠金率の引き上げ・値幅制限など一連の日本側規制強化の結果、シンガポールが日経225先物の売買高で、本年上半期に同先物生みの親の大証に肩を並べた。
空洞化回避のための方策
このような危機的状況を解消するには、東京市場の魅力を高めるために次の3つの方策を打ち出す必要があろう。
1.税負担の軽減
東京市場のコスト高を招いている税制の最たるものは、欧米では廃止に向かっている有価証券取引税や主要国では例をみない取引所税である。また、優秀なディーラーやアナリストを東京に集めるには最高65%の所得税・住民税の軽減が急務である。サッチャー政権誕生に伴い最高税率を40%に引下げる以前の英国では、優秀な外国人をシティに繋ぎとめるために、外国人の所得税を2分の1に軽減していた事例は教訓的であろう。
2.効率的で魅力的な市場作り
わが国には欧米に比べると著しく非効率な制度・慣行が多い。たとえば、①英ポンド安に悩む英国ですら1979年に全廃した為替管理法が依然存在する不条理、②ユーロクリアのような社債の一元的決済システムがなく、社債の流通性が阻害されている不便さ、③先物などを含めた損益評価の時価主義が認められず、スワップハウスやへッジ・ファンドを経営出来ない不合理さ、④有価証券報告書などの英文での提出を認めない後進性、などは全面的に見直し、国際的にも通用する市場に体質を改善しなければならない。
3.商品開発力の強化
わが国では、金融商品の開発を巡って許認可手続きが煩雑かつ禁止的で、市場参加者の新商品開発意欲を削ぐ結果になっている。このため新商品の開発・導入は欧米に比べて大幅に遅れ、たとえば欧米では1970年代初期から一般化している変動利付債の発行が実現したのも、20年後の今年になってからである。今後は、発行体のさまざまなニーズに応じた新商品を提供できる自由度を飛躍的に高める環境作りを急がなければならない。
この3つの施策に官民挙げて取り組んでも、市場の利用者が真に東京市場の魅力を評価するまでには相当の時日を要しよう。要は東京市場の対外開放に向けての実践あるのみである。
(明光証券株式会社 代表取締役会長 岡部陽二)
(1994年10月発行「明光レポート」第73号所収)