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UCLA再生医療研究所教授・西村一郎先生からのインタビュー~「変換期を迎える医療界・医療経済の立場から]

 
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サイエンスの贈り物:③

変換期を迎える医療界・医療経済の立場から

Guest: 岡部 陽二  Okabe Yoji

Interviewer: 西村 一郎  Nishimura Ichiro


■はじめに

西村 今月お話を伺うのは,長らくヨーロッパでバンカーとしてお仕事をされ,帰国後は銀行,証券分野でご活躍後,経済に強いところを頼られて広島国際大学の医療経営学科で教えておられた岡部先生です。現在のご専門は医療経済でよろしいのでしょうか?

岡部 はい。大学は2005年に定年で退職しまして,現在は医療経営学の教授をしておりましたご縁で,財団法人医療経済研究機構という公的研究機関の専務理事を勤めております。

西村 イギリスには何年おられたのですか?

岡部 国際金融の中心はニューヨークではなくロンドンということで,結局13年半もおりました。

西村 当時のメモラブルなエピソードを......。

岡部 そうですね.チャールズ皇太子とお付き合いがありました。彼は社会貢献活動の啓蒙に熱心で,その活動の柱は三つあったのですが,その一つが私も参加していたビジネス・イン・ザ・コミュニティーです。
 企業は地域社会に溶け込んで地域のために尽くすべきであるということを,主として大企業のトップに働きかける運動でした.企業は雇用の創出にとどまらず,地域住民と一緒になって地域活性化の計画案と資金を出して文化的で創造的な活動をしなさいというわけです。
 皇室がこうした活動を積極的に行うのは非常にユニークであり,立派だと思いました。

■信頼は形から

西村 長い間民間企業でご活躍の後,大学で教鞭をとられた先生ですが,移られてカルチャーショックのようなものはありませんでしたか?

岡部 大学で教え始めたころに,私の担当学科の一年生百数十人に行儀作法の勉強をさせるために,一流デパートやホテルにお願いして,ホスピタリティを学ぶというプロジェクトが計画され,その責任者にされてしまったことがあります。
 大学生はいまどきの若者ですから,茶髪だったり唇にピアスだったりします.これをきちんとした格好にさせるのも大変,また遅刻やら喫煙やらで受け入れ先からクレームがさかんにくるといった具合で手間がかかりました.しかし,中でも最も苦労したのは,グループごとに責任者として任命した教員への対応でした。
  「学生が粗相をしたら,もう二度と引き受けるのはごめんだと言われないよう,ちゃんと謝りに行って,納得するまでお詫びをしてくるように......」というと,「なぜ私が行かなければならないのか?」と文句が出ます。「あなたは監督者なのだから」と諄々と説明して,そこまではすぐに分ってもらえました.ところが,その次に「どう謝るのですか?」と聞かれたのです。
 この「どう」は,WhyではなくてHow To.大学を卒業してから先生しかしていない若い先生方は,頭を下げた経験が全くないというのです。 私の銀行での経験は40年間営業職で,毎日の仕事は頼みに行くか謝りに行くかで,頭を下げることだけと言ってもよいようなものでした。日常茶飯事というか,毎日頭を下げ続けてきたわけですが,大学の先生というのはそれができない.これは「先生」と呼ばれる職業に共通で,医師や歯科医師も同じでしょうね。

西村 そういえば,先生にお辞儀の仕方が悪いと徹底的に矯正していただいたことがありました(笑)。

岡部 最近は日本でも,患者さんに目の高さを合わせてしゃべりなさいといった教育を医療分野でもしているようですが,目線が違うと,もうそこで対等ではなくなる.話は目線の高さを揃えてしなくてはいけないというのは,私の鉄則でした。
 時に,形から入るという教育も大事です.ある医大で,学位授与式にネクタイも締めず背広も着ないだらしない格好で出てきた学生を戒めたという話を,その大学の教授から伺いましたが,最近は大学の授業でも私語が多いというのが常識になってきたのは困ったことです。
 これらの例を見聞きして,学生ももちろん悪いけれど,それを見過ごしている教師の方がもっと悪いと私は思います。なぜ,そのような学生に「すぐ出て行け」と言わないのかと......。

西村 大学に長くいる者としては,耳が痛い話です.僕はカジュアル派というかジーパンで研究室に行くことが多いのですが,チェアマンは快く思っていないようで,見つかると罰則で彼のひどい趣味のネクタイをさせられる......(笑)。
 やはり,信頼は形から,「評判」という評価も大事だということを,改めて教えていただきました。

■医療経済の視点

西村 話は変わりますが,僕たちは医療の現場にいるわけですが,歯科というのは多くの場合小さな診療所が主体で,自院の経営までが精一杯,医療をグローバルに経済的視点でとらえることがまずできない。医療経済について教えていただけますか?

岡部 昨年,私たちがお手伝いして,「医療経済学会」を立ち上げました.莫大な医療費が大きな社会問題になっているにもかかわらず,医療経済については研究者の数も少ないというのが日本の現状です。
 医療経済といっても何も格別のものがあるわけではなく,要するに医療というサービス産業の経済的側面を分析し,いかにお金を効率よく使うかを考えるということです。
 世界は資本主義で動いていますが,日本の医療の価格は,原則的にすべて厚生労働省が決めていて,いわば配給経済の段階にあり,ソビエト時代の社会主義社会と基本的には枠組は一緒なのです。ですから,エコノミクス&ポリシーで,どういう医療費支払システムにする政策がよいのかということを研究するのが主眼になるわけです。

西村 政府の関与は必ずなければならない?

岡部 いいえ,それは国民がどう考えるかなのですね.政府がすべてに関与して,医療サービスも警察や消防などと同じように配給制のみにしておくのがよいとは思わないでしょう?
 医療の世界では,いままでは経済性,要するに効率ということをあまり考えませんでした。唯一,公平に分配しなくてはならないという視点のみで,対応してきたわけです。

西村 効率的というのは,どういう意味ですか?

岡部 たとえば,がんの患者さん1,000人を一つの専門病院で集中的に診れば一番効率的で,しかも医療の質も高まりますよね.ところが,実際はその1,000人を20も30もの病院が奪い合っています。

現在,小児科医,産科医,救急医などが足りないと問題になっていますが,心臓外科医は必要数の五倍もいて,年間に20~30例しかバイパス手術をしないというような病院もたくさんあるのです。そもそも病院の数は,日本の9,000に対し,人口が二倍以上で国土の広いアメリカには5,000しかないのです。

西村 よく,即座に具体的な数字が出せますね。

岡部 実は,大学では国際経営論を教えろと言われました。ところが,医療ほど純ドメスティックな分野はありません.外資も入ってきませんし,日本の病院が外国に進出することもないわけで,そんな状況で国際経営論もないだろうとは思いましたが,カリキュラムにあるので仕方がありません。
 そこで,外国の制度と日本の制度を比較し,外国から何を学ぶかを教えようということで,諸外国の医療制度を調べました.その時調べたことが、役に立っているのでしょう。

■ヘルツリンガー教授の著書の翻訳

岡部 そして,その一環として,日本の医療を改革するにあたって,学ぶべきアメリカの病院経営ないしは医療経済について系統的に説明したものを探していた時,在ニューヨークの友人がハーバード・ビジネススクールのレジナ・ヘルツリンガー教授が書いた『Market‐Driven Health Care』を紹介してくれました。
 この本は八年前に発行された本ですが,専門書のベストセラーとなり,10万部以上が売れたそうです。

西村 内容の一部をご紹介いただけますか?

岡部 不調だったアメリカの製造業が不死鳥のように甦ったのは,フォーカスト・ファクトリーという専門分化によってでしたが,医療は総合病院が主体で専門化が行われていません。
 そこで,たとえば,がんセンターを作り,手術などの治療のみならず,病気による心の悩みとか生活上の不便や他の合併症にも対応できるよう,関連した医療職を一極集中すれば,効率的で質の高い医療が実現するといったような提案がなされています。
 一方で,支払方式についても論じています.メディケアという高齢者保険が,医療費を少しでも抑制するための手段としてDRG(医療の標準化)を使い出しました。
 それにPPS(Prospective Payment System)を取り入れて,医療費抑制のためにいろいろな制限をするようになりました.HMOなどの民間会社もこれにならって,予め保険会社の了承を得ていない医療行為への支払いをしないなど,非常に厳しい診療制限が加えられました.その結果,米国の患者さんは診察サービスが受けにくくなっていきます。
 その結果,患者の不満が大きくなっているのに,医療費抑制は実現しないという現状になっているのですが,彼女はそれを1990年代初めにすでに予測していたのです。

西村 いわゆる管理型の医療の弊害ということですよね.ヘルツリンガー教授は「患者さんが消費者として主体的に医療に関わっていくべき」と主張していますね。

岡部 2003年発行の『Consumer-Driven  Health Care』はその本の続編です。民間保険中心のアメリカの医療保険論なので,公的保険中心の日本の参考にはなりにくいのですが,要は患者の視点で考えなくてはいけないという主張です。

西村 患者が自分の必要とする医療に対して,医療費も含めて医者と交渉していけというような印象を受けるのですけれども......。

岡部 そうですね。その関連では,「ベスト・ドクター」というシステムが紹介されています。
 ピュリッツァー賞を受けた非常に有名なジャーナリストが余命六カ月と宣告されました.すると,同じジャーナリストの友人が一緒に全米を駆けずり回ってその病気を治してくれる医者を探し,その結果,適切な医療を受けることができ,命が助かったのです。
 しかし,これは取材や調査に優れた手腕のある人だからこそできたことで,一般の人々が同じようにはできません。それで,彼らのした名医探しを多くの人に代わってしようということで,「ベスト・ドクターシステム」というシステムを立ち上げました. 費用は結構高いようですけれど,日本にも支部ができています。

西村 日本でもアメリカでも,どこの病院,どこの医者にかかっても多分同じような医療を受けられるというふうな感覚があるのですが,実際は違う?

岡部 免許取得早々の医師と,30年間も心臓手術一筋という経験豊かな医師の手術結果が同じはずはありません.お医者さんの世界は,そういう意味では勤務評定も何もない社会です。
 そこでは,より必要度の高い患者に高度な手術をすべきといった意味での効率性の配慮もありません。そのような非効率性こそ改めるべきであるのに,医療費抑制一辺倒でアメリカ流にDRG/PPSを押し付けられては,患者は大迷惑というのが,ヘルツリンガー教授の主張です。

■ニーズを満たす歯科医院が見つからない

岡部 検診目的で近所の歯医者さんに行ったところ,若い女医さんでしたが,歯周病の治療に力を入れていてレーザー照射で見違えるように歯肉がよくなることを経験しました。それで,横浜の友人のために,レーザーを使った治療をしてくれる医院をネットで探したところ,東京で二院しか見つかりませんでした。

西村 患者さんの側から見ると,病院が均一というか特色が見えないし,自分の求めている治療が果たしてそこで受けられるのかどうかわからない......。

岡部 まさにそうです.宣伝も禁止されていたわけですから.ただ,アメリカでも20年くらい前までは,医師や弁護士の広告は禁止されていました。

西村 さきほどDRGは否定的な話題になりましたが,ある程度の標準化があってはじめて評価のアピールができるような気もするのですが?

岡部 それはそうです。評価の一つとして,手術件数などは大きなファクターだと思います.実はベスト・ドクターシステムというのは,仲間評価なのです.お医者さんに「あなたがもしガンになったとしたら,誰に診てもらいたいですか?」と聞いて,情報を蓄積していくわけです。これは,日本でもきわめて有効と思います.そういう評価システムを学会などで作るべきだと思います。

西村 その評価を作るためには,後手に回った調整よりも先手に回って評価をするというところで,データを集めていくとことが重要なのでしょうか。

岡部 そうです.技術については,それこそ評判しかないでしょう.もう一つは,倫理観でしょうね。プラス面だけでなく,「あのお医者さん,歯医者さんにかかったらひどい目にあった」という場合も含めて,医療の質の管理が最大のポイントですね。

西村 先生はそうした評価などについて,医療経済という視点で考えていこうとされているのだと思いますが,自由経済というのは平等ではないですよね。

■金融ビッグバンと医療構造改革

西村 話は変わりますが,先生が銀行でご活躍のときにおそらく日本の銀行は政府支配型であったと思うのですが,またたく間に変革されていった......。

岡部 はい。以前は金利も手数料もみな一番効率の悪い銀行に合わせて決められ,預金量が多ければそれで自動的に儲かるというシステムでありながら,銀行間では熾烈な競争が展開されていました。要するに,同じパイをめぐって価格外要因での競争をしていたわけで,無駄なことをしていたものだと思います。
 医療の世界では,いまでも診療報酬は厚生労働省が決め,同じ条件下で患者さんのとり合いをしています.かつての護送船団時代の金融サービスの競争と一緒なので,私としては比較的学生に教えやすく,楽だったわけですが......(笑)。

西村 ビッグバンといわれた変革に際して,経営者の方々は非常に怖かったのではないでしょうか?

岡部 それはそうです。いま談合がさかんに問題になっていますが,銀行間では談合などいわば当たり前であったわけです.大蔵省の人と銀行の代表が会って,そこですべて決めていたわけですからね。それを180度転換させたわけですから。

西村 そういった波が医療にも押し寄せてくるかもしれない.相当な覚悟が必要なのでしょうか?

岡部 はい。いままでは,厚労省とか厚生族といわれる人々によって物事が決まっていたのです.ところが,最近では規制改革委員会だとか経済諮問会議だとかが口を出すようになり,税金と保険料と自己負担金でまかなわれている医療費のうち,税金部分はこれ以上投入しないという主張が強まっています。
 日本の医療保険は社会保険でありながら、妙なことに,医療費総額約30兆円のうちの1/3は税金が投入されており,話が複雑になっているのです。

■ニーズにあわせた医療の提供により個人負担分の増加を図る

岡部 保険と税金を加えた公的医療費えみると,不思議なことに世界の先進国どこでもGDPのだいたい6~7%です.ところが,アメリカの医療費は日本の倍の14%で,そのうち8%は民間の保険料プラス自己負担分なのです。アメリカの民間保険は8~9割が企業負担で個人負担は1~2割程度です。
 日本では労使半々の負担ですが,大企業は負担増に反対していて保険部分も増やせない.そうなると,あとは個人が民間保険を利用するか自己負担金を増やすか,混合診療の拡大をせざるをえない状況になりつつあります。
 歯医者さんは実態的に自由診療と保険診療の併用 が認められていますが,それでも全国規模でみれば,歯科医療費の85%ぐらいは保険収入であり,現状では自由診療部分というのは少ないですね。

西村 それは,いわゆる患者さんからのニーズがないということでしょうか?

岡部 そこはまた難しいところですが,レーザーの例のように,ニーズに合うような供給システムができていないことも一因ではないかと思います。介護施設の高齢者が歯痛で苦しんでいたとして,訪問歯科の制度があっても,どこでも誰でも利用できるシステムが整備されるには至っていません。

西村 一般に,隠れたニーズを一所懸命捜して,そこへサービスを提供することで業種,企業の発展というのがあるような気がするのですが......。

岡部 介護保険のシステム設計が非常によくできているのは,まさにその点なのです.以前はお金があっても制度が存在しなかったから,使えなかったのです。
 歯医者さんの技術料も他の収益で補われている面はあると思いますが、医科でもいままで技術料が低い部分を薬価差益で補っていたわけで,それは本末転倒です.堂々と技術に対価を支払えと主張すべきです。

西村 これまでは医療側も社会側も,自己負担分を上げたらよいではないかというのは禁句だったように思いますが,今後は経済的な視点を十分に意識して最適なシステムを作っていくというのは,世界的な課題なのですね。今後とも,歯科界にも有益な助言をお願いいたします。

  

●アフターワーズ

ロザリンド・フランクリンという研究者について.大学院ゼミで何度か取り上げたことがある。ワトソンとクリックがDNAの構造を発見するときに,基礎になるX線解析データを研究室に籠って,こつこつと築いていた研究者である。
 1953年のネイチャー誌にワトソンとクリック,ウィルキンスらとともに,DNAの構造を報告した三番目の論文の著者がフランクリンだ。彼女はロンドン市内リージェント・パーク東側のチェスターテラスで,代々銀行家という非常に裕福な家庭に生まれた。経済力があり,競争力がある人たちが社会貢献ということを真剣に考えているような印象を彼女の伝記から受けた。
フランクリンの生い立ちや,研究への姿勢を調べていたとき,岡部先生のロンドンの住所が偶然にもチェスターテラスであったと聞き驚いたことがある。
 その街並や雰囲気を伺いながら,自由な姿勢と,経済力の両方がそろうことで社会的な貢献をすることができるのかと考えた。1962年,DNAの構造を発見したことで,ノーベル賞がワトソン,クリックとウィルキンスに授与された。フランクリンはその4年前に,37年の短い生涯を終えていた。

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岡部 陽二(おかべ ようじ)

財団法人 医療経済研究・社会保険福祉協会 医療経済研究機構 専務理事
〒105-0003

東京都港区西新宿1-5-11 第11
東洋海事ビル2F
Tel: 03-3506-8529 Fax:03-3506-8528

昭和9年8月16日 東京に生る
昭和32年3月  京都大学 法学部(法律学科)卒業
昭和32年4月  株)住友銀行(現三井住友銀行)入行昭和59年1月  同行 取締役 ロンドン支店長
昭和63年4月  同行 専務取締役 (国際部門担当)
平成5年4月   同行退職、明光証券(株)(現SMBCフレンド証券(株)代表取締役会長に就任
平成10年4月  広島国際大学 医療福祉学部 医療経営学科教授に就任、平成17年3月末、定年退職
平成13年4月 財団法人 医療経済研究・社会保険福祉協会 医療経済研究機構専務理事に就任、現在に至る

主な著書;
「岡部陽二著作集~一国際金融人の軌跡」(1999年3月31日、帆風出版発行)
「医療サービス市場の勝者」(監訳、2000年4月19日、シュプリンガー・フェアラーク東京㈱発行)
「消費者が動かす医療サービス市場」(監訳、2003年11月24日、シュプリンガー・フェアラーク東京㈱発行)

(2007年5月15日医歯薬出版㈱発行「補綴臨床」Vol40/No.3、p251~255所収)

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