話し手:(財)医療情報システム開発センター理事長
国際医療福祉大学 副学長開原成允氏
聞き手:医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二
今回は、東京大学名誉教授で、(財)医療情報システム開発センター理事長 開原成允氏に、医療制度改革議論や医療情報システム開発センター(MEDIS-DC)の果たす役割についてのお考え、そして特に医療の情報開示に関するお話を詳しくお伺いしました。
〇 医療制度改革議論について
岡部 昨年度より継続されている医療制度改革議論についてお考えをお聞かせ下さい。
開原 医療制度改革にはさまざまな側面がありますが、患者や国民にとって最も大きな関心事は、お金に絡むという点からも医療保険制度改革かと思います。したがって、医療保険制度改革について私なりの感想をお話します。
保険はそもそもリスク分散が基本的な考え方ですが、その方法としては二つしかないと思っています。一つは、強制的に全ての人を同一の保険に加入させ、全員がそのリスクを公平に分担する方法です。もう一つは、強制的に加入させるのではなく、色々なメニューの保険を並列させた上でそこから加入者が自由に選択できる方法です。この場合はモラルハザードを防ぐための一定のルール作りが前提となります。
岡部 公的保険でも、バラエティを付けることができるとお考えですね。
開原 その通りです。ただ、公か民かは別な議論であり、保険の基本的な仕組みとしてはこの二つしか考えられません。ところが、現在のわが国の保険制度はそのどちらでもない、非常に変則的な形になっています。強制加入であるにもかかわらず保険者が非常に沢山あり、リスクが公平に分担されていません。多くの保険者があるにもかかわらず、ある会社に就職すれば自動的にそこの健康保険組合に加入することとなり、自由な選択もできません。
こうした変則的な形ゆえに、年齢や地域などの間で財源の調整をしなければならなくなり、さらにはどう調整するかという技術的な議論をしなければならなくなります。多大な時間と精力を消費しながら、調整の議論が延々と続いているのは、もったいない気がします。
私個人は、全国民が共通にリスクを分担する強制加入の保険一つと、その上に自由に選択できる給付の違いを持った任意加入の保険が乗っている、二階建ての制度であるべきだと思っており、その点については各方面からの異論も少ないと思います。
そうしたあるべき姿を定めた上での目標到達のための議論であれば、問題の整理もできると思いますが、目標が定まらないまま調整の議論だけが続いている現状は非常に不幸だと思っています。
岡部 先生がご提案の二階建ての医療保険制度になれば、保険者機能も生かされてくる訳ですね。
開原 そうです。保険者機能の強化は総合規制改革会議などでも議論され、大きく期待されるところとなっていますが、現状のままでは保険者機能の強化は不可能だと私は思っています。それは保険者間に競争がないからです。保険者はただ待っているだけでお金が入るシステムですから、強化を考えるインセンティブがありません。
そうした意味からも、強制的な一つの保険と競争や選択のある保険の二階建ての制度がよいのではないかという考えを持っています。ただ理屈では簡単ですが、それを作る過程を想像すると、気の遠くなるような大変な話ではあります。
岡部 現在は個人の選択の自由も奪われています。こうした保険制度に不満を持っている人は多いのではないでしょうか。
開原 不満はあると思いますが、保険料が高すぎるとか、よい医療が受けられないといった不満に止まっている気がします。最低の保険料で最高の医療が受けたいのは当然ですが、そんなことはできません。人間は、選択する立場になって初めて考え始めます。そういう意味では、今は選択の余地がありませんから考える必要もなく、本当の意味での不満は生まれていないのではないかと思います。
私は米国に在住していた時、自分が加入する医療保険について一生懸命に調べた記憶があります。どの保険が一番よいか、この保険はどうして駄目かなどを本当に真剣になって考えました。その結果、本当の意味での不満を持つことができたと思います。
患者や国民がいろいろ考えた上で不満を持つことができれば、改革議論もさらに広く高まりのあるものになると考えています。
岡部 まさに患者が強く賢くならなければ改革は進まない、というお話に繋がるかと思いますが、そのための方策として先生のご専門である情報化、IT化が大いに役立つのではないでしょうか。
〇 医療の情報開示に関する現状と課題について
岡部 ITは単に供給サイドの合理化に資するだけではなく、患者が医療情報を充分に活用できるシステムを早く作ることが非常に大事だと思います。現状では、インターネットが普及したものの、患者は自分の情報を持っておらず、自分の情報とインターネットの情報とを比べる術さえ持ち合わせていません。
開原 医療の情報化がさまざまな場面で期待されていますが、なぜ期待されているのかをいろいろな報告書から調べてみました。その結果、一つは効率化への期待、二つ目は医療の質の向上への期待、三つ目は情報開示に対する期待があることが分かりました。
確かに上手く使えば、効率化と医療の質の向上に情報化は役に立つでしょう。しかし、本当に日本の医療を変えるには、三番目の情報化によって医療全般にわたる情報開示を進めることが最も重要だと思います。
では、何を情報開示するかというと、私はいつも三つを挙げています。一つは医療提供者の情報です。つまり、どこの病院がよいか、どこに行けよい医者がいるのかといった情報であり、病気になる前の段階で欲しい情報です。二つ目は、病気になった後で欲しい情報、すなわち自分のカルテの情報です。そして三つ目は治療段階で、自分はどんな病気なのだろうか、これは何の薬なのだろう、本当に手術が必要なのかなどの不安や疑問に対応できる医学知識です。この三つの情報を患者は求めていると思います。
私の反省でもあるのですが、従来の医療情報システムはそうしたことを全く考慮せず、医療機関における医者または看護師のための情報システムでした。
しかし、最近は社会全体が情報化したことによって、先ほどの三つの情報開示が大きく進んできていると思います。その結果、医療機関側の情報システムも、変えざるを得なくなっているということだと思います。
岡部 それでは、三つの段階での情報開示に関する現状や課題を順番にお伺いします。
まず、医療提供者の情報については改善されつつあるものの、現状ではまだ乏しいと感じます。今年4月1日に厚生労働大臣の告示によって医療広告規制の大幅な緩和がなされましたが、それは「広告してよろしい」というmayであり、mustではありません。
開原 医療の世界では今年3月まで医療法によって広告が厳しく規制されており、情報開示ができなかったのです。
ただ、私も岡部さんの意見はよく分かり、強制的にやるかどうかは別として、単なる広告という概念ではなく、情報公開をさらに促進させる仕組みが必要だと考えています。
現在、仕組みとして期待されている一つに、第三者機関が医療機関の情報を集め、それらのデータを横並びにしたデータベースを作りインターネット上で公開する試みがあります。しかし、誰がこれをやればよいのかは、いまだ未知数です。
岡部 情報提供をしない医療機関には罰則を与えるような制度はどうでしょうか。
開原 制度として医療機関に押し付けるのではなく、国民や患者が自然に判断できる環境づくりが大切だと思います。事務的な情報しか公開してない医療機関と、たくさんの有益な情報を公開している医療機関が一般市民の目で比較され、どちらがよい医療機関か自然に判断できるような環境づくりです。
岡部 確かに米国でもディスクローズについては、法律による強制は少ないですね。
開原 ここでもやはり患者や国民が賢くならなければならず、そのためには横並びのデータベースなどを作り、世の中に公開をすることが大切だと思います。多少遠回りのようですが、そうするしかないと思っています。
医療制度改革議論においてもそうですが、わが国には大きな視点が一つ欠けている気がします。それはコンシューマーである国民または患者が、正式な形で意見を表明できるシステムがないことです。
これは医療に限った問題ではなく、日本社会全体にその欠陥があります。消費者と提供者の間のせめぎ合いがあり、そこで初めてよいシステムができ上がるのですが、海外に比べてわが国はコンシューマー側の力が育っていないため、情報公開のための環境づくりも遠回りせざるを得ません。
岡部 二つ目のカルテ情報について、「カルテに書かれている内容は個人情報であり、患者のものである」という考えが一般的とはなってきましたが、一部ではいまだに紙はもとより内容も「医師のもの」という考えも残っている気がします。
開原 いや、それは違います。患者情報は誰のものか、という議論は完全になくなったと言ってもよいくらいです。まだ国会で審議中ですが、個人情報保護法の基礎になった考え方もかなり定着しました。
それは、個人情報を自分でコントロールするのは、根源的な権利であるという考え方です。したがって、患者の診療情報をコントロールする権利があるのは患者自身です。そのことは、日本医師会も診療情報開示のガイドラインに明記しています。
岡部 個人情報保護法のお話がありましたが、今国会で審議中の個人情報保護法でカルテ情報についても、プライバシーが充分保護されていると解してよろしいでしょうか。
開原 個人情報保護法は、一般的な法律で医療のことを特に扱っているわけではありません。その点は私のフラストレーションの原因でもあります。
医療情報を扱う法律の考え方には、二つの大きな流れがあります。米国は医療情報専用の法律を作るという流れであり、すべての州法にMedical Privacy Lawがあります。ところが、欧州の流れは一般的な個人情報保護法を作った上で、医療もその中の一つに位置づけるという考え方です。日本は欧州の流れに乗ってしまいましたから、General Lawである個人情報保護法が成立した後、医療に関しては医療界で考えるという課題が残されています。
医療情報保護に関しては、今国会で審議中の個人情報保護法では対応できない非常に大事な問題がいくつもあります。たとえば、死んだ人のカルテ情報の保護もその一つです。今の個人情報保護法は生きている人の情報しか規定していませんので、死んだ人のカルテは個人情報保護法の対象外になってしまいます。
岡部 カルテ管理についてはどうお考えでしょうか。米国などでは専門家である診療情報管理士が行っていますが、わが国においてこの分野の充実は非常に遅れています。
開原 そこは制度の問題だと思います。現在、わが国の病院は診療情報管理部門を必須の部門と位置づけていません。また、医療法にも病歴を扱う部門を書き込んでいません。検査技師や放射線技師などは国家試験があり、資格を付与していますが、診療情報管理士は日本病院会の認定があるだけです。
要するに、政府も医療界も診療情報管理の重要性を認識していなかったため、それを病院の組識や運営面で位置づけてこなかったのです。
岡部 今後は制度として確立させることが必要ですね。しかし、なぜ今まで重視されなかったのでしょうか。
開原 わが国では、診療情報管理をいくら重視しても、何の変化も起こらないからだと思います。たとえば、米国では診療情報管理士によるカルテ管理から得た正確な統計を提出しないと、その病院の第三者評価機関による認定に支障が生じ、メディケアなどの申請もできないなどの実害が発生します。
わが国においても、そうした統計が実質的に使われる仕組みを作ればよいと思います。たとえば、ケースミックスが違えば医療機関の予算が変わる、ケースミックスの違いで医療機関の評価が変わるなど、正確な統計とお金が密接に連動する仕組みができて、初めて診療情報管理士の重要性が認識されるようになります。
この問題は、わが国に診療情報管理士の数が少ないことに起因するのではなく、診療情報管理士の仕事の成果を利用しなかったことにあり、さらに辿れば診療録を軽視してきたことに繋がります。
岡部 医療の情報開示やカルテ管理の充実を促進させる意味でも、電子カルテを普及させることは重要ですね。
開原 最近は、医療機関においても情報システムが非常に発達しています。全病室にコンピュータの端末を設置し、パネルをタッチすれば患者自身がカルテを見ることができたり、それが自宅でも可能になったり、さまざまな工夫をしながら医療関係者の意識も変わってきています。
電子カルテ普及に大切なことは、電子カルテを導入したらお金を補助しますではなく、電子カルテを導入したら自然に病院の利益に結びつく環境を作ることです。そうすれば自然に普及していきます。
岡部 三つ目の医学知識の情報化についてお伺いします。
私も米国の病院をいくつか訪問しましたが、どこでも立派なライブラリーがあります。そして数名のライブラリアンが患者に対して、本だけでなくビデオ、インターネット検索などの指導をし、患者が病気について充分に勉強できる環境になっています。わが国でも図書館を置いている病院はいくつかありますが、有資格のライブラリアンを置いている病院は一施設しかないと聞いています。
開原 「病院はライブラリーを置くべきだ」と、上から強制しても意味がありません。ライブラリーが自然にできていく社会の仕組みを作ることが大切です。わが国でそうした動きが遅い原因は、さきほど申し上げたコンシューマーの力が弱い点に帰着すると思います。米国でそうしたライブラリーを運営しているのは、多くはボランティアです。また、ライブラリーの本を買うお金は、その地域の団体からの寄付であったりします。病院を地域が支えていくという発想がわが国には欠けています。
ボランティアについては、少しずつですが病院に入り始めています。そして、これは非常によい効果があります。なぜなら、病院の中にボランティアという外の目が入るからです。病院はどちらかと言えば閉鎖的ですから、自分達の論理で動きがちです。
そこに外の目が入ると、初めて違った価値観を知ることができます。たとえば、ライブラリーについても患者の目から見ると非常に大事ですが、医者の目から見るとそれほど大事ではない訳です。コンシューマーの価値観と医療提供者の価値観がぶつかり合って、そこから一つのものができ上がる仕組みを作るべきだと思います。
岡部 立派なライブラリーがわが国の病院にできたとして、それを患者がうまく利用できるかというと、そこにも疑問を感じます。
開原 全国民のほとんどはライブラリーを利用しないばかりでなく、ライブラリーができたことすら意識しないかもしれません。しかし、それが自分自身の問題になった時、つまり自分や家族が病気になった時には必死に勉強します。当事者になった時に、勉強できる環境がないことは非常に不幸ですから、こうした環境を作っておくことは大事です。
〇 (財)医療情報システム開発センター(MEDIS-DC)の役割について
岡部 医療のおける情報化、IT化を推進させる上で、MEDIS-DCは非常に重要な役割を担っておられますが、今後の運営方針をお聞かせ下さい。
開原 MEDIS-DCの役割について三つコメントを申し上げます。
一つは、日本の医療情報が健全に発展するための基盤づくりです。基盤というのは、セキュリティと標準化だと思っています。例えば標準化については、先日「ICD10対応電子カルテ用 標準病名集」(写真)を完成させ、発行しました。
ここに記載された病名を診療の場で使って頂くことで、標準化の第一歩が踏み出せると考えています。今後は病名だけでなく検査や薬についても標準化を図り、電子化された形にすれば、エビデンスの蓄積はもちろん、個々にプログラムを作る必要がなくなりますからシステムの値段も下がるでしょう。値段が下がれば普及もしやすくなります。そうした基盤づくりが我々の役割だと思っています。
二つ目は、MEDIS-DCのポジショニングの問題です。過去には、MEDIS-DCは産業界のために先端的医療情報機器を開発するところと考えられていた向きがありました。しかし、MEDIS-DCは主として医療機関の方向を向いて医療情報システムが健全に普及するための仕事をすべきだと、私は思っています。
情報技術によって医療の質が高まるような仕事をしなかったら我々の存在意義はなくなると考え、大きく方向転換させたつもりです。そのためには、もちろん産業界の協力も得なくてはなりません。ある意味では、医療界、産業界、それから学会を繋ぐ役割をMEDIS-DC は担っていると思います。
もう一つは、興味を持っているにも関わらず実現には至っていませんが、MEDIS-DCの向かう対象として国民や患者があってもよいと思い続けています。どこから手を付けてよいのか迷っている段階ですが、MEDIS-DCの本当の役割は行政と医療界と産業界と学会と、そして国民や患者を繋ぐことではないかと考えています。
(取材/編集:広森)
(2002年12/2003年1月号・医療経済研究機発行"Monthly IHEP"No.105、p3-10所収)