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"Nikkei Healthcare"インタピュー ~日本でも医療フォーカスト・ファクトリーを

 
<米国で10万部のベストセラー>
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~本書を監訳された経緯からお話し下さい。

岡部 銀行の国際金融畑で36年、証券会社で4年と医療とは全く無関係の世界で働いてきて、1998年に縁あって医療関連職の養成を主に行う広島国際大学の教授になりました。
 国際経営論の担当になったのですが、医療経営を専攻する学生に日本企業の海外進出の方法や世界戦略を教えてもしょうがない。そこで、医療システム、医療制度の国際比較をテーマにしようと考え、わかりやすく解説した教科書を探したのですが、適当な本が和書洋書ともなく困っていました。
 そんな時にニューヨークで証券会社を経営している友人が、「書店で平積みになり売れている」とヘルツリンガー氏のこの本を送ってくれました。読んでみると、読みやすく面白いし、国を問わず医療サービスに携わる人間にはとても参考になる内容になっている。そこで、これを教科書にしようと考え、翻訳を思いたったわけです。
 しかし、医療専門書は売れないらしく、日経BP社さんも含め幾つかの出版社に持ち込んだのですが、なかなかゴーサインが出ませんでした。最終的に大学で同級だったシュプリンガー・フェアラーク東京の社長に頼んでリスクを私もある程度負うということで、出版にこぎ着けたわけです。

~これまでに何部ほど出ていますか。

岡部 昨年4月に初版を3,000部刷りまして、その後1,000部ずつ増刷し、9月で7,000部までいきました。ただ、まだ本書の存在を知らない人も多く、本格的に医擦関係者に読んでいただくのはこれからだと思っています。
 一方、米国では1997年に出版されて2年問で7万部出たそうです。ぺ一パーバック化もされましたので10万部は超えるでしょう。

<改草に向けての三つの処方せんを検証>

~日本の医療関係者からはどんな反響がありましたか。

岡部 「医療サービスや医療機関経営が抱える問題点は、米国も日本も本質的に変わりなく、共通する部分が多いということがわかった」、と共感する声が大半でした。
 医療機関は「脂肪を筋肉質に変えるダイエット」を実行して、専門分野を絞り込んだ医療サービスを提供する。消費者・患者は医療費の支払いやチェックをマネジドケアなどの第三者に任せきりにせず、白分にふさわしい保険プランを自らが選択し、そのプランが提供する医療内容にも目を光らせる。そうすることで、市場原理が機能し医療の質と価格との均衡が図れる、という著者の持論にも、制度の相違があるにもかかわらず肯定的な意見が多かったです。

~病医院の経営雑誌の記者の立場からは、第2部、第3部を特に興味深く読みました。医療サービスに携わるものが、どうすればコストを抑え、効率を高め、消費者が満足するサービスを提供できるようになるかについて、三つの処方せんを提示しその是非を検討しているパートです。
 マネジドケアに代表される、医療費を闇雲に削り、ダウンサイジングしようというやり方も、企業合併で病院組織を大きくする水平統合や、あるいは医療機関とマネジドケアが合体する垂直統合といったアップサイジングも、最終的には有効な方策ではないと結論づけ、診療科目を絞った、医療フォーカスト・ファクトリーに転換するリサイジングを提案している点が特に印象に残りました。

岡部 医療フォーカスト・ファクトリー(focused factory)の考え方は、本書の核と言えます。
 フォーカスト・ファクトリーは70年代に製造業の分野で使われ出した概念で、多品種の製品・部品を一つの大工場で作るのではなく、限られた範囲の製品や部品に絞り込んで小工場で一貫して生産する専門工場のことです。
 ヘルツリンガー氏はこの考え方を医療サービスの世界にも導入すべきだと説いています。具体的には、対象疾患を絞り込み、件数を多く扱うことで、経営の効率性のみならず、質の向上も実現できるとして、ヘルニア専門病院や、ガンの治療を診断治療から心理面のサポート、疼痛管理までをトータルに行なうチェーン医療機関を紹介しています。

~米国でもその形態の医療機関はまだ少数なのですね。

岡部 "総合病院"指向は米国でも依然強いようです。ただ、日本と米国を単純に比較しますと、日本の国民一人当たりの病院数は米国の約3倍、MRIやX線CTなとの高額医療機器も数倍と、その非効率性は米国の比ではありません。
 その意味では日本の方がフォーカスト・ファクトリー化は医療システム全体にとっての急務と言えるかもしれません。

<消費者主導のシステムは実現するか>

~著者は「消費者も変われ」と強調しています。

岡部 本書のもう一つのポイントが、医療サービス提供者が消費者の利便性向上に努力するだけでは不十分で、患者・消費者の側ももっと勉強して、よりよい医療サービスを白ら選択できる目を養え、と力説している点です。
 医療経済の専門書を繙きますと、必ず「情報の非対称性」という言葉が出てきます。医師に比べ、消費者は医学・医療についての情報をほとんど持っていないので、対等の取引関係は成立し難く、消費者の自由な選択になじまない。ゆえに、政府の介入や規制によって消費者を保護しなければならない一という論調です。
 しかし、著者の立場は全く逆で、だからこそ消費者は賢くなり、医療サービスを白らが選択できるようにならなければならない、と主張しています。

~「消費者が主動的な役割を果たす医療や保険制度の実現」が著者の最終目標とするところですが、日本の場合、国民皆保険の存在や、医療サービス事業への参入規制など、米国以上に消費者が主導権を持つことが困難な状況ですね。

岡部 その通りです。日本は、医療に限らずあらゆる分野が生産者主導で、官による統制が徹底していて、消費者無視のシステムができあがっています。まず、こういった日本の常識を打破するところから始める必要があります。
 病床規制などの需給調整を廃止し、医療事業への参入規制も緩和して、市場に任せるようにする。一方で官は、情報開示の徹底や、医療の質の評価制度の確立、医療過誤の監視機関の設立など、チェック機能を整備する、そうすれば消費者が主導権を持つようになるのではないでしょうか。

~しかし、情報開示や医療施設の機能評価などの面では、日本はかなり遅れています。

岡部 情報開示の遅れは、明らかに行政の責任です。消費者が情報を得て、医療機関を選別しようといくら思っても、病医院の医療の質や医師の実績など、必要な情報が十分に得られる状況になっていない。
 著者は米国でも情報開示の面で医療産業は他産業に比べ非常に劣っていると言っていますが、日本は米国に30年くらい遅れている感じです。

<日本の医療をサービス産業に近づけるには>

~先生は金融界から一転、医療界に身を置くことになった訳ですが、どのようなギャップを感じられていますか。

岡部 米国、日本、そして仕事で長く住んでいた英国の医療を比較してみたのですが、米国はやはり優れていると思いました。無駄な部分は著者が言うように多々あるでしょうが、医療費の総量が一人当たり倍近くあり、1997年実績でGDP対比も米国は14.01%で日本は7.32%です。
 一方、英国は6.69%で先進24カ国中最下位でして、NHS (National Health System)は、長期入院待ちに代表されるように国民の評判が圧倒的に悪く、反面教師として以外あまり参考になりません。ブレアー政権は、医療にお金を使っていないからだという結論に達し、GDP比を9%にまで高め,NHSを充実するという施策を実行に移しつつあるようです。
 さて、日本を見てみますと、英国ですらGDP比を引き上げる方向性を打ちだしているのに、その気配は微塵もない。相も変わらず医療費削減を叫んでいます。そもそも、国民総医療費が少ない方がよいなんて、どうして言えるのでしょうか。私は考え方が根本から問違っていると思います。

~根本から、と言いますと。

岡部 景気が低迷して消費が伸びないと言われていますが、医療・福祉関連の消費を増やせばよいのです。潜在需要は十分にあるし、中心顧客になる高齢者の個人貯蓄は実に数百兆円もあるのです。
 どうしてそういう発想が出てこないかというと、日本では官も民も医療をサービス産業と捉えてこなかったからです。医療費は単に国が背負うコストとしかみていない。この本の副題にAmerica's Largest Service Industryという言葉が使われていますが、日本の場合、サービス産業であるという認識すらまだない。

~どうすればサービス産業に近づくとお考えですか。

岡部 基本は国民一人一人が意識を変えることです。そして、「混合診療」を認めることがその起爆剤になるかもしれません。保険財政に隈界があるのですから、混合診療を全面的に認め、消費者がポケットマネーから支払う医療の枠組みを広げるのです。そうすれば自然と、価格と質の競争が生まれ、市場原理が働くようになるでしょう。もちろん、その場合、先ほど話しました、情報開示の徹底や、医療の質の評価機関、医療過誤の監視機関などの整備は必須です。

(聞き手は「日経ヘルスケア」編集長、千田敏之氏)

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(2001年2月8日、日経BP社発行「日経ヘルスケア」2月号p30~32所収)

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