話し手: 国健康保険協会理事長 小林剛 氏
聞き手:医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二
今回は、全国健康保険協会 (通称:協会けんぽ) 理事長の小林剛氏から協会けんぽの現状と事業運営への取組み方針についてお伺いしました。
小林理事長は、1968年東京大学経済学部卒業、同年富士銀行入行、1995年取締役新橋支店長、1996年同人事部長を経て、1997年常務取締役就任。1999年に同行退職の後、㈱共同債権買収機構取締役社長、帝国繊維㈱副社長、芙蓉オートリース㈱監査役を歴任。2008年10月に、請われて、旧社会保険庁から政府管掌健康保険の業務を引き継いで運営するために新たに設立された全国健康保険協会の理事長に就任されました。
協会けんぽの職員は民間職員、理事長と47都道府県の支部長はすべて民間出身者で、民間企業のノウハウを積極的に取り入れて、サービスの向上や業務の効率化を図っておられます。協会けんぽは、中小企業のサラリーマンを中心に3,471万人(平成20年度末)の加入者を有しております。
〇協会けんぽの事業運営の基本方針
岡部 協会けんぽは一昨年10月に非公務員型の法人として新設され、社会保険庁から引き継いだ中小企業などで働く従業員やその家族が加入している健康保険業務の運営に当ってこられました。理事長や各都道府県の支部長にはすべて民間人が登用され、民間の運営ノウハウが採入れられたと伺っておりますが、設立後1年9ヶ月を経て具体的にはどのような変化が見られたのでしょうか。
小林 早いものであっという間の1年9ヶ月でした。この間にようやく協会の組織基盤は整備されてきましたが、財政基盤が脆弱なものですから、設立早々に保険料率の大幅な引上げという大問題に取り組まざるを得なくなりました。4月には、衆議院と参議院の厚生労働委員会に呼ばれて参考人として意見陳述を行うという機会もありましたし、また、厚生労働省内事業仕分けの対象にもなりまして、慌ただしい日々を過ごしました。
岡部 協会けんぽに衣替えして、実態も相当変わっているわけですね。ホームページを拝見しても、いろいろことをやっておられるのに驚きました。
小林 相当に変わったと思っています。しかしながら、世間一般だけではなく、加入者や事業主にもなかなかご理解いただくことが難しいので、あらゆる機会を通じて協会けんぽをご理解いただくことができるような広報を重視していきたいと考えています。
岡部 協会けんぽは非公務員型の法人ということですが、職員2,100名あまりの大多数は旧社会保険庁からの採用で、民間からは300人ぐらい採用されたと伺っています。このような大組織の公的機関を民間流にマネージしていくというのは大変なお仕事ではないかと思うのですが、運営はほぼ軌道に乗ったのでしょうか。
小林 一昨年の10月に発足いたしまして、それまでの政管健保を引き継いだのですが、協会けんぽが設立された趣旨を職員に徹底し、職員の意識を変えることが重要と考えました。設立の趣旨の一つは、都道府県毎に、地域の実情を踏まえた自主自律の運営により保険者機能を発揮すること、もう一つは民間組織として業務を改革するとともにサービスを向上し、加入者の皆さんの利益の実現を図ることです。
〇地域密着と保険者機能の強化
岡部 これからの高齢社会に対応するためには、地域ごとのQOL向上に向けての保健、医療と介護を包含した幅広い地域連携のビジョンの確立が必要ですが、これをデータに基づいて医療提供者などに発信できるのは、まさにおっしゃるように、地域に密着した保険者ではないかと思います。この機能を都道府県別に発揮するのは、まさに協会けんぽの役割というご認識ですね。
小林 本部には事業主と被保険者、それに有識者で構成された運営委員会がありますが、各支部にもこれと同じ構成の支部評議会があります。この支部評議会で支部の保険料率や、事業・予算についてご意見を聴くなど、地域に密着した運営をするという意味からすると、相当定着してきたと思っています。
岡部 地域密着型という当初の狙いは、かなりうまく行っているということですね。
小林 ジェネリック医薬品の使用促進や、医療費分析、レセプト点検の強化や、不正受給防止のための現金給付の審査の強化など医療費の適正化のため、いろいろ事業を行っています。そういう意味では、保険者機能がかなり発揮できる体制になってきたものと考えております。
岡部 都道府県支部のトップに地元有力企業の民間人を迎えたというのは大変なことですね。
小林 もちろん発足時には大変苦労しましたが、全支部で支部ごとに、民間流の独自のマネジメントができたというのが、成功の鍵でした。
また、民間のノウハウという意味からすると、今まで分かりにくかった申請書類などを見やすくするとか、「正確・迅速・丁寧」という事務処理の鉄則を徹底しました。正確という観点からは、一度行なった処理を再点検したり、迅速という観点からは、サービス・スタンダードの指標を入れ、スタート時には15営業日を目標としていた現金給付の申請の受付けから支払いまでの所要日数を、21年度から10営業日に短縮いたしました。その結果、現在は、現金給付の94%くらいが、受付けから10日以内に実行されています。この3月には、平均所要日数は8.4日となっています。
岡部 支払業務が非常に迅速化したわけですね。
小林 はい。これは一例ですが、ブロックごとに「業務改革会議」を開いて、それぞれの支部が有する現場のノウハウをそれぞれのブロックの会議の中で議論しながら独自の施策に繋いでいくことにしています。
岡部 保険料率については、移行以前には47の都道府県間で最高と最低で1%ほどの格差を設けるという案が報道されていました。結果的には0.11%ぐらいのわずかな格差で、本年4月に0.16%ほどに拡大されました。この程度の差でも、インセンティブとして働くものでしょうか。
小林 支部ごとに、自分たちの保険料率が努力次第で相対的に引下げることができるようになったので、特に保険料率が高いところでは医療費の適正化の進め方についての議論が行われています。また、医療費が多いと保険料は高くなり、そうでなければ保険料は低くなるという仕組みについて、もっと加入者に理解してもらいたいと思っています。
岡部 それでも、たとえば、北海道はどうしても高くならざるを得ないといった地方は地方の事情がありますから一筋縄では行かないでしょうね。
小林 自分たちの支部の医療費がどうなっているかを分析しながら、いろいろな対策を考えていくように変わってきた点は、大いに意味があります。
岡部 格差をつけるのが目的ではないわけですから、実際にあまり差をつけなくても、そういった地域ごとでの自主的な動きが出てきたのは進歩ですね。
小林 医療費の低い長野県などからは、医療費の地域間格差を保険料水準にもっと早く反映させてほしいといった意見がありますが、ある程度時間を掛けて激変緩和措置を講じながら進めていく方向です。
岡部 そうですね。よくわかりました。
次に保険者機能の発揮という点ですが、もちろん保険者機能は大事ながら、これもまた働きすぎると問題が出るのではないでしょうか。アメリカのマネジドケアを見ていますと、医療の内容にまで保険者が口を挟むのは、どう考えても行き過ぎではなかろうかと思うのですが。健診率の向上やジェネリックの使用率引上げなどの活動は当然でしょうが、その辺の手加減というのは難しい問題ではございませんでしょうか。
小林 政管健保では保険者機能はあまり発揮できていなかったと思いますが、これまでに先駆的に取組んでこられた組合健保さんの施策を視野に入れながら、私どもとしても保険者機能を強化していかなければいけないと思っています。運営委員会にも諮って、「保険者機能強化アクションプラン」を策定し、先ほどお話しのあったジェネリック医薬品の使用促進、医療費分析、保健事業、調査研究の推進といったところから取組んでいます。
〇協会けんぽの財政危機対応
岡部 世界金融危機による不況の影響で、中小企業がことさらに大きな打撃を受けて、医療費は減らないのに、保険料算定の基礎となる被保険者の所得が激減したのは、痛烈でしたね。
小林 21年度も20年度末の時点では、黒字の見通しであったのが、結局リーマン・ショックの影響で保険料収入が激減したのは予想外の出来事でした。
この緊急事態への対応として、国庫からの補助率を13%から16.4%へ引き上げていただき、また、後期高齢者支援金の分担方法を支援金額の3分の1について加入者割から総報酬割に変更していただくこと等で平均保険料率は、9.34%に決まりました。
これでも、被保険者の皆さんにとっては、大変大きな負担増ですが、関係方面のご理解がなければ、さらに0.6%程度引き上がってしまうところでした。
岡部 これまでの加入者割方式よりも全額総報酬割にするのが、公平という観点からは筋ではなかろうかと思いますが。
小林 厚生労働省の方で各方面への調整をいただき、結局3分の1に落ち着いたと伺っています。
岡部 そうですか。標準報酬の大幅な落ち込みが主因で21年度末には準備金残高が大幅な赤字となりましたが、保険料率の引上げなどで、向う3年間の財政収支は均衡するのでしょうか。
小林 そのように考えていますが、21年度末に残った赤字を3年間で返済するのは大変です。経済情勢次第では、まだまだ厳しいものがあります。私ども自らが努力しなければならない部分はたくさんあります。業務経費の削減などを徹底してやっていきます。
〇協会けんぽの「保険者機能強化アクションプラン」
岡部 「保険者機能強化アクションプラン」を改定して医療費の適正化を中心に諸施策を進められる計画ですが、保険者によるレセプトの再点検、ジェネリック医薬品の使用促進について、どのような具体的施策を考えておられるのでしょうか。
小林 各支部において、金額が大きなレセプトは原則として全部再点検しています。21年度は、内容点検と外傷点検を合わせて230億円の過剰請求や請求誤りを見つけました。点検システムを改修して点検しやすくする工夫をして、22年度は270億円の効果を目指しています。
さらに、支払基金によるレセプトのコンピューター審査機能の拡充等に対応して、協会としても審査方法を見直すこととしています。これで、これまで重複して二度手間となっていた審査を合理化できます。
岡部 支払基金とのシステム連携はよいアイディアですね。支払基金の話ですが、二つの県の点検担当官を入れ替えるだけで、審査基準が相当違っていたことがあぶり出されたという報道がありました。公平の見地からも審査基準はできるだけ揃えるべきでしょうね。
小林 協会けんぽの支部ごとに差があるのと同様に、支払基金にも審査に係る地域格差があるようですから、検証が行われています。
岡部 ジェネリック薬の使用促進については、組合健保や国保よりも進んでいるものと伺っていますが。
小林 これは極めて大事なことであるとの認識で、中医協の場でも、私どものアンケート調査結果を説明して議論をお願いしました。たとえば、後発医薬品調剤体制加算については、今まで処方箋の枚数ベースで算定されていましたが、数量ベースで算定することになりました。また、20%、25%、30%とジェネリックの使用割合によって加算が段階的に増えることになったことや、療担規則の改正で医師が患者さんにジェネリックを選択しやすいよう対応してもらうことになった等、今回の診療報酬のなかでパッケージとして整備していただきました。このような環境整備が重要です。
岡部 きわめて実証的な試みですね。
小林 去年の7月に、パイロット事業として広島支部で、継続して同じ医薬品を使っている方4万7,000人を対象として、ジェネリック薬に切替えれば、自己負担額が一ヶ月200円以上安くなるというケースについて、「あなたはこれぐらい安くなります」という具体的な数値を通知するサービスを実施いたしました。その結果、翌月の8月のレセプトを確認したら、通知対象者の20%以上がジェネリックに切替わっていました。
岡部 それは効果的な促進策ですね。
小林 この効果を踏まえて、今年の6月まで全支部で同様の通知サービスを行ないました。この結果、年間で50億円ぐらい薬剤費を削減できるのでないかと予想しています。
〇協会けんぽの特定健診受診率向上へ向けての取組み
岡部 協会けんぽの平成20年度特定健診実施率は29.2%と目標の55%対比でも組合健保実績との対比でも低いことが省内事業仕訳で指摘されています。目標未達はどこにネックがあるのでしょうか。
小林 病気の予防のため特定健診・特定保健指導、いわゆるメタボ健診が始まりました。この健診の受診率を引上げることによって、健康増進に寄与し、中長期的に医療費も適正化します。協会けんぽも平成24年度の特定健診受診率を70%に引上げる目標で、21年度、22年度とも高い目標を掲げました。ただ、協会けんぽの加入者は一事業所の従業員数5人以下のところが6割ありますので、大企業中心の組合健保とは、条件がまったく異なります。
岡部 160万もあるバラバラの事業所に周知徹底するのは大変なことですね。
小林 規模10人以下の事業所が3分の2くらいあり、さらに中小企業の事業所は地理的に方々に点在しています。ですから、なかなか難しい面がありますが、都道府県ごとに地元との関係が深い有力企業の役員だった方に支部長になっていただいておりますので、そういったつながりを活用して、支部長が事業所を直接往訪して受診勧奨するなどしています。
岡部 こればかりは企業が協力してくれないことには、保険者の努力だけではどうにもならないですね。
小林 もう一つは、労働安全衛生法の事業主健診の制度もありますので、私どもにそのデータをもらって、重複しないように管理していきたいと考えています。
被扶養者の方については、従来は、申請された人に受診券を渡していたのですが、これを申請がなくても私どもから受診券をお渡しするという方式に切り替えました。
また、受診機関の数を増やすことも重要です。一般健診だけではなく、がん検診なども同時に一緒にできるような医療機関を増やすなど、地元の健診機関と協議しながら、健診機関数を拡大したいと思っています。
岡部 医療経済研究機構で手掛けていますレセプトの診療データと健診データとを突き合わせて早期発見による医療費節減効果などを測るパイロット・プロジェクトに協会けんぽにも参加していただいています。平成20年度の協会けんぽの健診データと医療費データを突合したパイロット事業での分析結果では、たとえば男性のメタボ・リスクなしの方の一人当り入院費28,318円に対し、リスク有りでは36,021円と有意な差が実証されています。
生涯医療費との対比には長期間を要し、長生きすれば高くつくのは当然かとも思いますが、短期的には、早期発見でQOLを上げ、医療費の適正化にも繋がるのではないでしょうか。このような実証研究には意味がありますね。
小林 健診強化を通じて受診が促進されることによって、たとえば糖尿病の人が重症化して透析を要する状態になることを防止するといったパイロット事業も進めています。これが、保険財政にどう関係するのかという医療費との関連分析を進めています。
岡部 予防に注力すれば、少なくとも働いている期間の65歳ぐらいまでの健康状態は間違いなくよくなりますね。老後も大事ですが、働いている間のQOLを高めるのが、非常に重要なことではないでしょうか。
小林 協会けんぽの使命は、そこにあります。私どもには、およそ3,500万人の加入者があり、その健診データがこれからできてまいりますので、それを分析しながら、いろいろな施策を考えていけるものと期待しています。
〇協会けんぽのIT化進展状況
岡部 IT化などの施策により今後2~3年で大幅な合理化や経費削減が見込まれるのでしょうか。
小林 診療レセプトデータと健診データを突合・連結して、医療費・健診データのレーダーチャートを作成するといった作業はIT化しないとできません。健診を行い、本来であれば受診しなければならない人が、レセプト情報から見ると全然受診していないということもIT化をすればわかってきます。
岡部 IT化は本部で進めて、各支部の情報も本部で集中管理しておられるのでしょうか。
小林 基本的には本部の仕事ですが、先ほど申し上げた広島支部での重症化対策のパイロット事業など、各支部の創意でITを活用し、それがうまく行けば全国に拡大していくといった試みもしています。
岡部 先般の省内業務仕分けでは「8兆円の保険給付費に比して経費削減が数十億円に留まっているのは不十分」との指摘も出ていましたが。
小林 この数字はちょっと誤解があります。協会けんぽの支払規模の総額は8.1兆円(平成22年度予算ベース)ですが、そのうちの医療保険による現物給付は4.0兆円(49%)です。この医療給付に対して、さきほどのレセプト点検による270億円の節減なり、ジェネリック薬への切替えによる50億円の節約なりの、私どもとしてできるだけの適正化努力をしているわけです。
協会けんぽの事務経費は、じつは488億円で、総支出の0.6%です。もちろん、この部分も徹底して効率化に努めてまいりますが、私どもとしては、保険者機能を充実させて、この医療給付のところの無駄を排除しようと努力しています。
岡部 IT化の費用も、この0.6%の経費のなかに入っているのですか。そうすると、IT化の経費はむしろ少な過ぎるのでは。
小林 じつは政管健保からの移行にあたって、一からシステムを構築するのではなく、組合健保や独立行政法人向けのパッケージソフトをベースに開発したほか、既存のソフトウェアをできるだけ利活用することにより、システム関係のコスト削減を図っています。
岡部 支払基金も紙ベースから全面IT化を指向しており、業務分析までしっかりやれるようなシステムにするには、これからのIT化が大変ですね。
小林 ハードウェアは劣化しますし、保守費もかさみますが、今年度には業務システムの刷新のための調査をスタートします。その中で業務プロセスを見直して、システムもそれに合わせたものにしていこうと考えております。
業務プロセスの見直しの必要な分野に現金給付業務があります。これは総支出の6.3%のシェアとなっておりますが、この業務の集中化が必要であると考えております。膨大な紙ベースで行われている業務を電子化し、定型的な業務を集中できないか、システム刷新調査の中で検討し、抜本的に効率化したいと考えています。
岡部 傷病手当金は健康保険から支給されるものの、純粋の医療給付ではなく、病気やケガのため仕事ができなくなったときの生活保障ですから、その審査も大変でしょうね。
小林 はい。しかしながら、今申し上げましたように業務のフローだとかプロセスを見直して、支部で行なっていたものを集中処理するといった合理化はできると思っています。
この傷病手当金の制度は不正利用されるケースも多いので、不正防止対策としての制度の見直しも社会保障審議会医療保険部会に提言しています。たとえば、会社を設立した翌月に傷病手当金の申請があり、標準報酬月額の上限である121万円の3分の2であるおよそ80万円の請求が来るといったケースがあります。こういったケースは必ずしも不正ではないケースもあるので、もう少し支給額の上限を抑えるといった制度の見直しを要望しています。一方で、傷病手当金の申請のなかには、病院に行かずに診断書を偽造したりする不正のケースもあります。
〇後期高齢者医療制度改定に当っての対応
岡部 医療保険制度全体の将来像との関連で、高齢者医療制度の見直しについては、どうお考えでしょうか。協会けんぽの負担増になるような制度改革は認められないとのお考えは当然ですが、将来的には高齢者の扱いをどうするのが望ましいのでしょうか。組合健保は「別立て方式」を主張しておられますが、協会けんぽは同調されないのでしょうか。
小林 目下、改革会議で4つの案が検討されており、本年末までに最終とりまとめの予定と聞いています。先般、有識者からのヒアリングなどがあって、この頃に中間とりまとめが行なわれます。
岡部 4つの案は、①年齢構成・所得構成でリスク調整を行なったうえで、都道府県で一本化する案、②一定の年齢以上の「別建て」保険方式を基本とする案、③突き抜け方式とする案、④高齢者医療と市町村国保の一体運営を図る案ですね。この間、私のところにもアンケートが来て、「4案のうちどれを支持するか」という質問がありました。現行どおりという選択肢はなかったのですが、私はこれらの4案よりも現行制度の方がよいのではないかと思っています。
小林 制度運営の財政責任が明確になっているかどうかが大事ですが、そういうところは現行制度は比較的明確で、そういうよいところは残すべきだと思います。
岡部 年齢で差別するのはよくないとして、年齢区分を廃止すると、高齢者の医療費の負担責任の所在はどうしても曖昧になってしまいますね。
小林 現行制度への批判は保険料を年金から天引きをするのはよくないとか、ネーミングがよくないといった、技術的な面での不満が多いようにも感じます。
岡部 それはありますが、組合健保が主張しておられる、「別建て方式」というのは、やはり年齢での区分が前提となっています。区分する年齢を65歳とするか、75歳とするかといった点は、これからの議論としています。そうすると、現行方式との違いは、区分する年齢をどこで線引きするかの違いだけであって、あまり違いませんね。
小林 私が高齢者医療制度改革会議の中で申し上げているのは、現行制度でもすでに現役世代に負担が過重になっており、今後高齢化がさらに進むと、現役世代にとってさらに過重な負担となるので、公費の役割の拡充が必要だということです。
岡部 公費を増やすのもやむを得ないでしょうが、私は高齢者間での共助という形の高齢者の負担増も強化すべきだと思っています。
小林 保険の部分については応能負担の原則を拡大するのは一つのポイントです。負担ができる人には、それだけの負担をして貰うということです。それから、もう一つは財政調整のあり方の問題です。組合健保や共済組合と私ども協会けんぽの加入者の平均年収には大きな格差があるのです。組合健保の加入者の平均年収は554万円、協会けんぽの加入者の平均年収は385万円です。やはり、加入者の平均年収に比例した負担方式が公平と思います。
岡部 それはそのとおりですね。支援金の負担は、加入者割ではなく、すべて、総報酬比例方式に改めるべきでしょうね。
連合が主張しておられる突き抜け方式については、どうお考えでしょうか。歳をとってもドイツの制度のように終生当初の健保に世話になるという考えかたですね。
小林 連合と経団連と健保組合連合会と私ども協会けんぽは、厚生労働大臣に高齢者医療制度改革についての要望書を出しています。そこでは、先ほど申し上げました現役世代の負担が過重にならないように、公費をできるだけ拡充してもらいたいということです。それと、地域保険と被用者保険の分立は維持してもらいたいということです。
岡部 それぞれの案についての条件設定によりけりですね。ただ、この4案との関連で見ても、実質的に都道府県別に分割された協会けんぽの方式は、非常によい形のものになってきたと言えますね。
小林 協会けんぽも、これからさらに保険者機能を発揮し、効率化も進めなければなりません。道半ばではありますが、そういう方向へ向けての基盤整備はできてきたと思っております。しかしながら、本当に持続可能な制度に作り変えるには、まだまだいろいろな改革が必要です。今こそ国民皆保険を維持するために、それぞれの立場で何ができるかを真剣に考える必要があると考えています。
岡部 その点は同感です。ますますのご健闘を期待しております。本日はお忙しいところ、貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
(2010年8月10日、医療経済研究機構発行"Monthly IHEP"No.189,p1~8所収)