話し手: パリ政治学院教授 ブルーノ・パリエ 氏
聞き手: 医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二
今回は、昨年9月30日に東京ビッグサイトにて開催されました「第37回国際福祉機器展H.C.R.2010」国際シンポジウムでの公開講演のため来日、当機構の医療経済研究会でも「医療制度をめぐる相互に矛盾する4つの目的」と題して講演頂きましたフランスのパリ政治学院教授でヨーロッパ社会保障制度改革メンバーのブルーノ・パリエ氏から、フランスの医療システムについて、わが国との対比を踏まえて、お伺いしました。
ブルーノ・パリエ氏は、現在フランス国立科学研究センター研究ディレクターで、パリ政治学院欧州研究センターに所属、社会科学を専門とし、ヨーロッパの福祉制度改革を研究しておられます。パリエ氏は、政治学博士号を取得後、ストックホルム大学客員教授(2009年春と2010年)、ノースウェスタン大学(2007年春期)とハーバード大学欧州研究センター(2001年)の客員研究員なども務められました。
1994年から1998年にかけては、フランス社会問題省の委託により、「欧州における福祉制度比較研究」プログラムを組織。また、1999年から2005年にかけては、欧州科学技術協カプログラム「欧州における杜会保障制度改革」(COSTA14)を立ち上げ、その運営に参画。現在、ヨーロッパ19カ国から190人の研究者が参加している欧州研究者ネットワーク「仕事と福祉の両立」の学術調整員。パリ政治学院では、ノースウェスタン大学との共同研究プログラム「欧州における保健政策」のディレクターのほか、米国政治学会(APSA)欧州政治社会分科会運営委員会のメンバーなども務めておられます。
多数の著作の中で、邦訳されたものには「医療制度改革-先進国の実情とその課題」(近藤純五郎監修、林昌宏訳、白水社、2010年、原著名"La Réforme des systèmes de santé"(Collection QUE Sais-JE? No.3710)、パリエ氏解説の「アンデルセン、福祉を語る」(G・エスピン・アンデルセン著、林昌宏訳、NTT出版、2008年)があります。
〇医療システムの日仏比較
岡部 WHO(世界医療保健機構)が2000年に出しました年次報告書で「フランスの医療システムは世界一優れている」との折り紙付きの評価をしました。この評価では、日本は10位でした。フランスの医療サービスは国民からの評価も同様に高いのでしょうか。一方で、表1に示しましたように、フランスの総医療費は対GDP比で11.0%と米国を別にすれば、世界一高い水準にあり、国民には大きな負担感があろうかと思いますが、負担額の高さや負担方式の不平等感などは大きな問題とはなっていないのでしょうか。
パリエ フランスの医療システムがベストだとWHOが宣言した後に、私はWHOへ行ってこのレポートを書いた人に会いましたが、ランク付けはしたくないと言っていました。というのは、誤解が生じるからです。視点を変えることによって、フランスの制度もスウェーデンも日本もそれぞれよいところを持っています。WHOがフランスを高くランク付けした理由のひとつは、医療費抑制の見地からの施策にWHOは批判的であったからです。
当時、WHOはOECDと論戦を展開していました。OECDは医療システムの評価についても口を出したがっていましたが、WHOとしては、それは自分がやることであるとして、費用的側面からの分析を攻撃し、医療の質と尊厳の部分に焦点を当てました。医療の質というのは待ち時間などを含めたサービス全体の質です。当時、多くの人が医療費ではなく待ち時間を問題にしていたという背景があります。費用対効果の効率の点から見ると、フランスの医療システムは費用が掛り過ぎてあまりよくありません。
岡部 でも、アメリカのように大きな医療費ではありませんね。
パリエ アメリカよりはフランスのほうが結果はベターです。WHOの高評価に対する私の答えは、WHOは間違っていたという判断です。尊厳とか利便性などの点ももちろん大切な観点ですが、財政の健全性を犠牲にすべきではありません。費用が掛り過ぎて払えないというエコノミック・ダメージについても考慮しなければなりません。
岡部 フランスの医療システムは費用が掛り過ぎというご批判はよく分かりましたが、高コストにもかかわらず、フランス国民はシステム全体としては高く評価しているのでしょうか。
パリエ はい、満足していますね。というよりも、今の制度を変えたくないという気持ちが強いようです。診て欲しい医師にかかることができるという可能性や病院を自由に変えることができるという利便性を保持し続けたいのです。今の医療システムはよくできていると信頼しています。
岡部 昨日のご講演で、フランス人の間の医療格差は大きいとおっしゃっていましたが。
パリエ それは、一口にフランス人と言っても、どの階層を指すのかということです。一番発言力が強いのはいわゆる中産階級です。
岡部 なるほど、中産階級の評価であって、さらに下のほうの階層の意見ではないということですね。
パリエ その通りです。社会の中心から押しのけられた人々は声を上げません。医療政策に反映されているのは、少なくとも共済保険に加入している階層の意向です。十分な保険があって、よい治療を受けることのできる人はそれをキープしたいわけです。フランスでは医療格差が大きく、制度の歪みがその理由のひとつであるという話を私が外国でするたびに、「おやそうなのですか、知らなかった」という反応が返ってきます。
岡部 アメリカなどと比べると、フランスには極端に貧しい人は少ないのではありませんか。
パリエ 極貧層は少ないですが、制度的にはより多くの人が排除されるメカニズムになっています。生活保護を受けるほどには貧しくない人の多くが、医療サービスを受けるのを先送りにしているのが実態です。
岡部 日本との対比では如何でしょうか。
パリエ 日仏両国の医療システムには共通点が多く見られ、医療保険制度も職業によって所属する健康保険が異なるなど極めて似通ったものとなっています。医療提供体制面でも、公立病院と民間病院が混在している点は同じです。やや異なるのは、日本では民間病院が多く、フランスでは公立のほうが多いといったくらいの違いです。
もうひとつ共通しているのが、フランスでも日本でも医師の自由開業が認められ、患者のフリー・アクセスが保障されているという点です。フランスも日本も全国民をカバーする皆保険制度でありながら、患者・医師双方の自由が保たれているのは、先進国の中でも稀有です。
岡部 日本のシステムは、フランスよりも平等・公平性を重視しているようにも思われますが。
パリエ はい、私もそう思います。フランスでは、完璧な平等主義には抵抗感があります。ある程度の差別化は容認されています。フランスの公的医療保険では、外来診療費の全部はカバーされていません。カバーされない自己負担分は別途の民間保険でカバーされますが、この民間保険は保険料の支払額によってベネフィットがそれぞれ異なります。保険料が高ければ、それだけカバーされる医療サービスの範囲が広くなり、差別が生じるのです。
〇フランスの医療保険システムにおける「共済組合(Mutual benefit funds)」の役割
岡部 フランスの総医療費に占める公的財源の比率は表1のとおり78.3%と先進国の中では低い水準にあります。しかしながら、表2に示したようにフランス特有の共済組合(Mutual benefit funds)負担の7.9%分は実質的には公的な性格のものと解され、その結果、実質的な個人負担は逆に7.1%(表2では8.6%)と低くなっているものと理解しております。このような理解でよいのでしょうか。
パリエ いいえ、そのご理解は正しくありません。フランスの医療システムは二つに分かれていて、病院部門と外来セクターがあり、病院部門が医療支出の半分強を占めています。ところが、フランスの公的医療保険で十分にカバーされているのは、病院への支払部分だけです。入院中であれば、長期的な慢性病にかかった人についても、治療費は100%カバーされています。病院にとって重病人は歓迎されるわけです。でも、この制度は入院を要さない中程度の病気の患者を犠牲にしています。
岡部 入院を必要とするフランス人の患者は、医療保険の点では日本よりも恵まれていると見てよいのでしょうか。
パリエ いいえ、そうではありません。フランスでも患者の95%は重病人ではありません。インフルエンザにかかったり腹痛が起こったりしたときには開業医へ行きます。この外来診療は公的医療保険では一部しかカバーされていません。カバー率はせいぜい60%です。外来診療の医師への支払でカバーされるのは60%、薬剤費については、薬の効能に応じて65%とか55%しかカバーされません。残余は自己負担となりますが、その部分をカバーするためには、補完的な民間保険に任意に加入して保険料を支払わなければなりません。
補完的な医療保険には、公的保険の保険料に追加しての余分の保険料支払が必要です。その一部を雇用主が負担する場合もあれば、全額個人負担となる場合もあります。フランス人の85%は共済組合などの補完的な医療保険に加入していますが、強制ではありません。この民間保険料は収入の3%から4%程度になります。
共済組合保険は非営利法人が運営していますが、保険料の支払額にしたがって給付ベネフィットの範囲を差別化しており、やはり民間医療保険市場での保険商品の一種です。
岡部 在仏の米国大使館が作成した解説書にも、共済組合は公的保険と民間保険の中間に位するグレー・エリアであると述べられていますが、共済組合はあくまで公的保険を補完する民間保険であって、公的な性格は有しないという理解でよいわけですね。
パリエ はい、そのとおりです。共済保険にはフランス人の85%が加入していますが、任意加入であって強制ではありません。残りの15%の貧しい人たちは加入していません。そこで、政府は最貧困層向けに保険料の補助をすることとし、最貧困層のうちの7%は政府が保険料を支払う無料の補完的医療保険に入っています。この部分は公的です。
岡部 非常に貧しい人たちは、アメリカのメディケイドのような公的保険でカバーされていると理解してよいわけですね。
パリエ 外来診療に関しては6割程度しかカバーしない公的保険以外にはどの民間保険にも入っていないフランス人が最終的には8%は存在します。この人たちは、完全な無保険者ではありませんが、病気になっても重篤化するまで医師にかかりません。歯医者などにもなかなか行きません。そこに格差が生じます。
ですから、家計の自己負担は8~9%だけという数字は誤解を招くおそれがあります。なぜなら、この比率は全体の平均値であって、民間保険に加入できない階層は医療費の自己負担分を支払う能力もないのです。また、フランスではすべての補完的保険がフルにベネフィットを提供しているかのように言われていますが、これも誤解です。保険の種類によって、カバーされる範囲はまちまちです。要するに、公的な医療費負担は、表2の上2段だけで、残りは共済組合も含めすべてプライベートな医療費負担ということです。
岡部 日本だけではなく英文の解説でも、フランスの共済組合の運営は民間であっても、実質的には公的な性格がかなり強いものであると書かれていますが。
パリエ いいえ、それは違います。共済組合は非営利法人ですが、あくまでも民間企業です。また、加入は強制されていません。大多数の国民が加入しているのは事実ですが、任意の加入です。
岡部 でも、フランスの共済組合保険には100年以上の歴史があって、85%近くの国民が加入しているというのはすごいことですね。
パリエ それはそうですが、だからと言って民間の私的保険が公的な性格に変わることはあり得ません。たとえば、日本でもほとんどのドライバーが、自賠責保険のほかに民間の自動車保険に入っていますが、これは公的保険ではないのと同様です。
確かに共済組合には、19世紀からの長い歴史があります。ただし、最初から働く人たちが考え出した互助組織であって、国の施策とは関係のない別個のものでした。
岡部 法律で加入が強制されていなくても、共済保険に加入しないと居心地が悪いといった社会的な圧力のようなものはないのでしょうか。
パリエ 被雇用者の場合には、労働契約の内容によります。大企業では、保険料を全額雇用主が負担しているケースもあります。安い保険料の共済保険しか提供しない企業に勤めておれば、受診を控えざるを得ないケースもあります。このように、共済組合加入を促進している労使慣行が、かえって格差拡大に繋がっている面もあります。
岡部 表2を見ますと、85%の国民が加入している共済組合に加えて、営利の民間保険会社の医療保険が3%強をカバーしています。共済と民間の両方の保険に入っている人もあるのでしょうが、共済保険のほうが圧倒的に多いのは、共済は非営利法人なので保険料率が公的保険並みに低いということなのでしょうね。
パリエ それは、そうです。共済組合の保険では、支払う保険料は加入者のリスクに応じて差別化されるということはありません。共済はリスクによって保険料を差別化しないという点に重点をおいています。一方で、共済は加入者の財産に応じて保険料を差別化しています。現在、裕福な高齢者は若い人より3倍くらい高い保険料を支払っています。
岡部 なるほど。この共済組合の存在は、外来診療についての保障範囲が狭い公的医療保険の補完に有効に機能しているのですね。
〇公的医療保険の財源の多角化
岡部 フランスの医療保険の公的財源は、以前は雇用者と給与所得者が支払う保険料で賄われていましたが、1990年代以降徐々に一般福祉税(CSG、 (Contribution sociale généralisée)代わってきています。CSGは勤労所得だけではなく、資産運用からの所得や年金などの間接収入にも所得の種類に応じて6.2%から9.5%の税率で課されるもので、このうちの疾病充当分が総医療費のおよそ38%を賄っているということです。このような財源の多角化は有効な手段とお考えでしょうか。最終的には、フランスの勤労者は、保険料と税金を合算すると給与の20%以上を医療保険の費用として納めているわけですが、過重な負担という抵抗感は持っていないのでしょうか。
パリエ 公的医療保険は年金プログラムなどと並ぶフランスの社会保険システムの一部で、医療保険の原資を保険料だけではなく社会保障負担金(Social contribution)という目的税の形で徴収する仕組み自体は1945年にできた制度です。1991年に導入されたCSGという新しい税金は給与所得だけにではなく、賭博益に対してまですべての収入に課されるようになった点が大きな変革でした。CSGは年金生活者にも支払義務があります。宝くじを当てた場合や株でもうけた場合も支払わなければなりません。これは税金ですから国税庁が徴税し、医療保険充当分については全国被用者医療保険金庫(CNAMTS)に支払われ、各医療保険金庫に配分されます。
岡部 社会保険コストも税務局が所得税や法人税と一緒に徴収するのですか。
パリエ 社会保険料は独自の機関が徴収します。CSGのような目的税は国税庁が集めて、社会保険に渡してくれます。国民から集める機関は、どこからお金が来るかによります。保険料は給料から天引きされますが、年金や有価証券で得た譲渡益への課税分は税務署が徴収して社会保険の組織へ渡すのです。
岡部 なるほど。社会保険庁と国税庁が密接な協力関係にあるわけですね。
パリエ そうです。CSGとして集めた税金の大部分は医療保険へ渡りますが、ファミリー・ベネフィットや高齢者と貧困層を対象とした特定の基金へも配分されます。CSGは医療保険のほかに2つの基金へも配分されるので、仕組みは複雑です。当初はフランスでも医療保険は保険料だけで賄われていましたが、CSGの比率が高まって、医療保険の財源には制度としての一貫性がなくなりました。医療サービスは労働者に対してだけではなく、全国民に提供されるので、その財源も全国民が税金の形で負担すべきだということになってきたものです。
岡部 それにしても、医療費の財源を非常に幅広い財源から集める複雑な制度が導入されたものですね。
パリエ それは、さまざま納税者がいるからです。給与所得者だけではなく、年金生活者もいれば無職の人もいます。また、株や賭博で稼ぐ人もいますから、賦課方式も多様にならざるを得ません。
岡部 日本でも、消費税の一部やたばこ税などを医療保険の財源として目的税化すべきであるという議論はありますが、そのように特定目的の税金というのは、今のところ採用されておりません。
パリエ 私はフランスの制度にはかなり批判的ですが、このCSGはよい仕組みであると思っています。給与所得者だけではなく、年金生活者も証券投資家もすべての国民が医療を支えるのは当然です。また、この制度は効率的であり、低い税率で結構多額の資金が集まります。CSGの税率は、労働所得に対しては7.5%ですが、投資や資産所得には8.2%、代替所得には6.2%など、課税対象が広いので、所得税より多くの資金が集まります。
岡部 公的保険の保険料事業主負担は13.1%と高く、被用者負担は0.75%と低くして、その分はCSGで徴収するというフランスの方式は、給与所得者には負担感が少ないでしょうね。でも、退職した高齢者にとっては、支払額が増えるのではないでしょうか。
パリエ 退職後は年金分を支払う必要がなくなるので、負担額は少なくなりますが、高齢者にも公的医療保険料やCSGの負担はあり、共済組合の保険料も払わなければなりません。高齢者の負担感は、視点によると思います。高齢者は総じてお金持ちが多いのに、納税額は少ないので、医療の負担だけをとりあげて、高負担と主張するのは間違っています。一概にそうとも言えません。
〇保険者間の競争原理活用
岡部 ドイツ・オランダなど多くの欧州諸国とは対照的に、フランスでは医療保険の保険者間に競争原理を採り入れるという政策はまったくとられていません。これは、競争原理が働き過ぎると、消費者の医療機関や医師選択の自由が失われるという懸念に由来するのではなかろうかと思いますが、この点についてはどうお考えでしょうか。
パリエ そのような深い理由はありません。実際問題として、フランスでは導入できないだけです。フランスの公的医療保険はgeneral schemeといってフランス人の86%が入っている「全国被用者疾病保険金庫」が一つあって、あとは7%を占める「自営業者保険金庫」とか国有鉄道の疾病金庫など小さな金庫が17あるだけで、これではそもそも競争は不可能です。一方は非常に巨大で、もう一方はあまりにも小規模だからです。
岡部 ドイツなどとは状況が異なるわけですね。
パリエ もうひとつは、すでに民間保険分野では共済組合(Mutual funds)同士や営利の保険会社との競争がますます激化しています。第一に、非営利の共済組合と株式会社の民間保険との間に基本的な差はありません。第二に、共済も規模の利益を追及して、統合や買収が進み、大型化してきました。共済組合は非常に競争の激しい市場です。また、病院間の競争も増えています。
岡部 病院間の競争原理の活用も政策的には導入されていませんね。
パリエ それでも、競争はあります。フランスでは、患者が病院を自由に選ぶことができるので、病院間の顧客獲得競争は強まっています。
岡部 イギリスでは患者が病院を選ぶことはできませんが、病院間の競争を政策として導入していますが。
パリエ フランスでは患者が病院を選べるので、医師同士、病院同士での競争があります。さらに、病院間の競争を管理するツールも増えていて、フランスの病院は、得意分野に特化した効率的な経営を指向するようになってきています。
〇公的医療保険の持続可能性と改革の方向
岡部 フランスには、さきほどお話がありました国民の86%をカバーする被用者向けの"General Fund" と17の職域疾病金庫があり、単一支払者制度に近いものとなっています。フランスの公的医療保険は、このように基本的には職域に根差し、年齢区分もなく、生涯にわたってカバーするいわゆる「突き抜け方式」と理解していますが、高齢化が進んでも、このシステムで十分対応していけるものとお考えでしょうか。
パリエ フランスでは、現役の人と年金生活者も同じ保険で生涯カバーし、現役と退職者間に差は付けていません。年金生活者には現役のときと同じ条件の保険給付が保障されています。ただ、退職後に、農業をするといった職業の変更時には、疾病金庫を変える必要があります。
岡部 高齢者にはそのようなシステムが理想的とお考えでしょうか。
パリエ いいえ、やはり全国民一律の単一システムがベストです。これには、疑問の余地はありません。私の意見としては、単一システムが携行性の面でベストだと思います。仕事を変えても、保険を変える必要はない。職業変更の自由と平等性の促進という意味で、単一システムが理想です。
岡部 現実には、そのような理想型にならないのはどうしてでしょうか。
パリエ フランスでも、直接の利害関係者は私と同じ意見ではありません。今あるものを維持したいからです。民間の共済組合保険との関連もあります。政府は公的保険でのカバー範囲を減らして共済組合のウエイトを高めたいと考えている事情も絡んでいます。
岡部 日本では皆保険を維持するために、民間医療保険を増やすべしといった意見はほとんど聞かれません。日本にはフランスの共済組合のような非営利の民間保険が存在しないこともありますが、非営利タイプの純粋の民間医療保険を導入することは可能でしょうか。
パリエ フランスの共済組合は、さきにもお話しましたように地域に根差した歴史の長い共助制度ですから、これを一般化することはできませんが、オバマ大統領が医療改革で導入しようとしたパブリック・オプションを使うことはできると思います。医療保険に特化した非営利制度を創設すれば、理論的には公的保険よりは安くて効率的な民間の保険サービスを提供することはできます。
〇フランスの医療改革
岡部 フランスでは昨年7月に通称「バシュロ法(Bachelot Law)」が成立、これは政治主導で実現した医療制度のかなり抜本的な改革法と伺っています。この法律には、①へき地での医師不足への対応など、都市部と地方では平均余命に5年の差があると言われている地域格差の解消のためのアクセス向上策、②病院長の権限強化など社会保障費の64%が支出されている病院の改革、③地域健康機関(ARS,Agencerégionaledesanté)の創設などが盛り込まれていますが、その立法背景と具体的な効果が知りたいところです。
この立法に反対するインターン医のストライキが起こったということですが、何が問題となったのか、よく理解できません。
パリエ バシュロ法第46条で、学位取得前の医学部学生は「病院臨床医管理センター」との間で医療公務従事契約を結ぶことにより、このセンターが教育手当を支給する代わりに、医師国家試験に合格した後には、最低2年間は過疎地域などの病院で働かなければならない、と定めました。もちろん、どこの病医へ配置されるかは、学生がリストの中から選択できるようになっているのですが、それでも自由が束縛されるとして、反対が起きて、ストライキにまで発展しました。
岡部 手当を余分に貰って、2年ほど過疎地の病院に勤めると言うのは理にかなっていると思われますが。
パリエ 常識的にはそうでしょうが、フランスの医師は自由を求めて戦っています。フランスの医師の考え方は、この職業では自分たちがリーダーだというものです。建築家や法律家と同じようにプライドが高く、働く場所も自分たちの自由意思で決めたいと主張しています。社会保障は彼らの問題ではないと思っているのです。
岡部 都市部と地方では平均余命が大きく違うほど、医療格差があるのでしょうか。
パリエ フランスでは、病院の勤務医でも病院から収入を得るほかに、一部の医師は病院内でプライベート診療をすることもできます。自分のプライベート患者を持っていて、自由診療を行なうことが認められているのです。そのほうがより多く稼ぐことができます。これは医療格差に繋がります。
このプライベート診療は公的保険診療よりずっと高いものです。フランスの典型的な公立病院で有名な医師の診療アポイントをとろうとすると、保険診療を受けたいのかプライベート診療を受けたいか聞かれます。そこで、どう違うのか聞くと、違いのひとつは、待ち時間がプライベートなら15日、保険診療だと6ヶ月かかると、言われます。では、プライベートにすると答えると、でもご注意しておきますが、保険診療は27ユーロですが、プライベートは50、60、80、100、200、400、1000ユーロと、教授の評判によっていくらかかるかわからないと言われます。このようなプライベート診療が公立病院でも行なわれています。
岡部 でも、そのようなプライベート診療を受けるのは、お金持ちに限られているのでしょうね。
パリエ いいえ。それは、料金によります。50ユーロとかであれば、多くの人が自由診療を受けることができます。
岡部 軽い外来診療であれば、誰でも受けられるということですね。
まだまだ、お伺いしたいことがありますが、この辺で。本日は、ありがとうございました。
(2011年2月10日、医療経済研究機構発行"Monthly IHEP"No.194,p1~9所収)