話し手:日本医薬品卸業連合会会長 松谷 高顕 氏
聞き手:医療経済研究機構 専務理事 岡部 陽二
今回は、日本医薬品卸業連合会会長の松谷高顕氏に、医薬品流通のあるべき姿の実現へ向けての取組みについてお伺いしました。医薬品流通取引全体の適正化に向けて、昨年9月に厚労省医政局長の私的懇談会である「医療用医薬品流通改善懇談会」が「緊急提言」を取りまとめています。その内容は、①メーカー・卸売業者間での仕入れ価格の設定方法の確立と水準の適正化、②卸と医療機関・薬局との価格交渉での卸の主体性確立、③3ヶ月以内に価格交渉を妥結させることなどとなっています。 そこで、最近になってこの問題が業界最大の課題になってきた背景、また、そもそも取引慣行のどこに問題があるのか、また、今後どのように改善していくのかについて、ズバリお聞きしました。松谷会長はこの変革期こそ、医薬品流通の改善に真摯に取り組むべき時であり、医薬品卸が流通の川上・川下を結ぶ要であるためには、卸としての機能を高めていくことが不可欠である。卸は製薬企業、医療機関・調剤薬局からのニーズに対する適応力を備えなければ、生き残っていけないと強調され、流通改善の最後のチャンスに、不退転の決意、覚悟を持って取り組みたいと表明しておられます。 松谷高顕会長は、1964年に上智大学法学部卒、同年東邦薬品㈱入社、1974年取締役、1993年副社長、1999年社長、2005年会長就任、現在に至っておられます。社団法人・日本医薬品卸業連合会では、流通委員会委員長などを多年務められたのち、2001年に会長に選任され、昨年三選されておられます。
〇(社)日本医薬品卸業連合会の役割と使命
岡部 (社)日本医薬品卸業連合会は、昭和16年に創立された「全国地方卸薬業連合会」から出発し、医薬品の適正な供給を責務とする医薬品卸企業により組織された都道府県単位の卸協同組合などの団体を会員とする全国的組織と承知しておりますが、連合会の目的と事業内容についてお聞かせ下さい。
松谷 この連合会は、おっしゃるように、昭和16年に設立されたのですが、その動機は、わが国が統制経済になり、薬が非常に大事な戦略物資になったので、統制をして、全国にきちんと行き渡るようにということで作られたものです。この組織は都道府県別に作られたので、その全国組織がこの連合会です。ですから、いまでも私どもの正会員というのは、それぞれの県の医薬品卸組合ということになっています。
岡部 それで連合会というわけですか。県別に組合や協会があるわけですね。
松谷 そうです。基本的には会員の投票権は県が一票となっています。それぞれの県でその地域の卸企業が、支店も含め加入しているわけです。たとえば、東京なら東京に本社のあるところ以外に、東京に支店のあるところはほとんどが東京都の卸組合に入っています。
岡部 もともとは行政が主導でできた組織であったのですね。
松谷 ええ。行政が、医療行政および医薬品流通について、ある程度組合を通じながら公平に種々の指導などをやれるように考えられたものでした。
岡部 医師会などももともとはそのような組織でしたが、戦後、任意加入の組織に改組されましたが、医薬品卸の連合会は、戦前のままできたわけでしょうか。
松谷 今は違いますが、当初はメーカーと卸と両方が強制加入になっていました。私は11代目の連合会会長ですが、2代目、3代目、4代目までは製薬メーカーの代表が会長でした。その頃は、メーカーが元卸業もやっており、いまの形の卸売形態ではなかったのです。
岡部 そうですか。当時は卸もメーカー系列別だったのですね。
松谷 当時からメーカー系列が大勢ということではありませんでしたが、メーカーと卸が完全に分かれて、純粋な形の卸業連合会になったのは、昭和28年ぐらいではなかったでしょうか。塩野義製薬の塩野義三郎会長から、「もうそろそろ自分たちはメーカー業に専念していくから、卸業は卸業でやりなさい」というような決断をされたのがそのころです。その後は、徐々に卸専業主体となり、企業数も平成元年には418社ありましたが、近年、急速に再編が進んで、現在の会員数は、企業別では114社になっています。
岡部 連合会にはすべての医薬品卸企業が加入しているのでしょうか。
松谷 いや、医療用医薬品の売上高ベースで97%ぐらいです。連合会に入っていないのは、ジェネリック専業メーカーの販社です。後発医薬品販社については、「日本ジェネリック医薬品販社協会」という団体があります。ジェネリックの直販会社以外は、OTCの卸も処方薬専門のところも、両方やっているところもすべて入っています。ただ、厚労省の医療用医薬品の薬価調査に協力している卸は、その中の約70社で、磁気テープで情報を提供しています。
岡部 そのようなきっちりした組織があれば、行政の意思伝達ツールとしても貴重ですね。
松谷 だから、しょっちゅう使われています。公的保険の運用には積極的に協力しますが、取引そのものはまったく自由であるという原則は堅持しなければなりません。
岡部 それが、建前ですね。
松谷 建前どころではなくて、下手なことをやったら、すぐに公取に摘発されます。
岡部 それで、厚労省も「こうしなさい」とは言えないわけですね。「望ましい」とかいうことになるわけですね。
松谷 ですから、今回の流改懇の緊急提言でも、「何々することが望ましい」とか、「こういうふうに考えたらどうか」とかいう表現になっています。
〇医薬品卸の価格決定機能と医療安全への貢献
岡部 行政指導に強制力がないとすると、一円でも安く買いたい病院とか薬局と高く売りたいメーカーの中に挟まって、卸は大変ですね。完全に自由価格であれば、自由競争ですから、価格設定は卸の自由ですが、薬価の場合は、償還価格が公定価格ですからね。
松谷 公定価格より高くは売れませんが、その公定価格をもとにして、どう売るかというのは、メーカーの販売戦略です。「卸が勝手に売っても、あとの面倒見ないよ」ということも、メーカーは売れる商品については言えますから。
岡部 そうなると、リスクも増えますが、市場での価格形成の緩衝材としての卸の機能は大きいわけですね。
松谷 平成4年からの新しいメーカー仕切り価制になってからは、そういう意味では、価格に対するアブソーバー的な役割を卸が果たしています。製薬メーカーが直接価格競争を展開すると、法外に大きな値引きが出たり、いろいろな弊害も出たりもします。そこで、価格形成機能が卸に移ってきたのですが、やはり厚労省も考え方の根底には、メーカー同士でけんかをやっていたら、いつまで経っても日本のメーカーは強くならないという老婆心もあったのではなかろうかと思います。
岡部 クッションである卸に、そういう価格形成機能を持たせたほうがよいという考えですね。
松谷 価格決定は卸の役割だということで、メーカーは国内販売とか価格に関わる余分な経費は使わないで、その分は外国へ出て行って大いに伸ばしなさいということです。ここ15~16年の間に、日本のメーカーはどんどん外国へ出て行きましたが、平成4年以前のような販売姿勢をずっととっていたら、外国へ出て行く余裕はなかったのではないでしょうか。
岡部 そうすると、医薬品卸の機能は、この十数年の間に非常に強化されて、質の高いものになり、価格決定権がメーカーから卸に移ったものと理解してよろしいのでしょうか。
松谷 いや、そう簡単ではなく、手放しで喜んでもおれません。その結果として、400社以上あった卸企業が、1/3以下に減りました。さらに、それでも単独ではやっていけないので、卸同士のグループ化や資本提携が進んでいます。それから、メーカーがインターナショナルである以上は、卸機能としては、やはりナショナル・ワイドに対応できる機能を持つ必要があります。ユーザーのほうが国立病院機構のように一括購入だとか、それから調剤薬局のグループも、全国チェーンを小売として持ったりするようになりましたので、卸も全国規模で対応できる機能を持っていないとならなくなってきました。
岡部 メーカー系列がなくなれば、ますますそうなりますね。
松谷 業界再編成が起きたということは、名前が消えていったところは、相当の覚悟で自己決定をしたわけです。そのことによって、やっと卸の規模が大きくなって、対応できる力がつき、ボリュームをこなせるようになってきたというのが、現実だと思います。
岡部 そうしますと、全体としては、よい方向に向かっているわけですね。
松谷 それと同時に、メーカー主導の時代には、値引きの幅が大き過ぎたり、薬価差が非常に大きかったり、サンプルがたくさん出回っていたり、要するに販売に対する自主規制がなかったので、現金問屋のような存在もたくさんあったのです。そうすると、医療用医薬品であっても、販売ルートがメチャクチャというか、単純ではなかったので、いろいろなものがそこに混ざり込んできました。
岡部 今の医薬品流通市場は、10年前に比べるとはるかによくなったということですね。
松谷 私は、今や世界の医薬品流通市場の中で日本ほど素晴らしい仕組みはないと思っています。世界に冠たるものです。
岡部 そう思いますね。先日、カナダの医療事情を視察に行ったのですが、アメリカからカナダへの処方薬の買出しがすごいのですね。処方薬であるにもかかわらず、処方箋なんかどうにでもなるというのですね。
松谷 インターネットで処方箋を送ったら、それでもよいのですから。
岡部 カナダ政府は取締まり強化に躍起ですが、流通経路がトレースできないところに問題があるようです。メキシコにも行っているようで、そこに偽薬が入るような危険性も高いと聞きました。
松谷 その意味でいえば、アメリカよりももっと流通が乱れているのは、EUです。EUは自由貿易で、医療制度が全部の国で違いますから。
岡部 ギリシャに行けばどんな薬でも半値で買えるとか。
松谷 メーカーは、自社製品をその国で売ろうと思っても、その国の外で売れている実態は、大きな悩みです。先々週、世界卸の大会がダブリンでありましたが、そこでも、そういうパラレル・トレードとカウンターフィットの問題が、最重要な議題になっていました。この大会に参加している国の中でそういう悩みがないのは日本だけでした。この問題は、中国にも韓国にもあります。その意味では、わが国は役所もしっかりしており、医療機関や薬局も、医療用医薬品は卸連に加入している卸からしか買いません。
岡部 それは卸の各社がしっかりしているというのはもちろん前提でしょうけれども、やっぱり連合会のような組織があって、そういうルール破りができないというのが大事なところですね。
松谷 そうですね。ルール破りしても罰則があるわけではありませんが、そういう倫理観と、このまさしくethical drugを扱うethicalな気持ちを会員各社の皆さんが持っているというふうに思っています。
岡部 そのような基本的な倫理が守られているのは、やはり素晴らしいことですね。
松谷 それと同時に、卸企業の規模がある程度大きくそれぞれがなったということで、実質的に配送センターの機械化だとかIT化だとか、それからトレーサビリティーに耐えられるようなシステム構築、こういうものが各社とも進んできています。私はサプライチェーンのインテグリティーは、世界の中でもわが国が非常に進んでいると思います。 それと、わが国のいちばんの特徴は、メーカーから仕入れたものに対して、メーカーに対して全部JDネットで、リアルタイムで、どこにどういう商品が行ったかという情報をフィードバックしていることです。
岡部 トレーサビリティーがしっかりしているということですね。
松谷 たとえば、子会社に売ったものも、子会社がそれをユーザー、病院や薬局に売ったものも、全部メーカーに報告されています。基本的には納入価格まで全部報告していますから、公取委がときどき、それはやりすぎだと言ってきます。
岡部 流通経路だけではなく、価格まで透明になっているわけですね。 松谷 はい。最終の価格は複雑ですから、完全に透明とはいえませんが。それと、透明であること自体がよいことか悪いことかという議論もあります。
〇医薬品流通取引全体の適正化(一)~総価取引の廃止へ向けて
岡部 昨年9月に厚労省医政局長の私的懇談会である「医療用医薬品流通改善懇談会」が「緊急提言」をとりまとめています。その内容は、①メーカー・卸売業者間では、仕入れ価格の設定方法の確立と水準の適正化、②卸と医療機関・薬局との価格交渉では、卸の主体性確立、③3ヶ月以内に価格交渉を妥結させることなどとなっています。 そこで、最近になってこの問題が業界最大の課題になった背景、また、そもそも取引慣行のどこに問題があるのか、また、今後どのように改善していくのかお聞かせください。最初に、総価取引の問題からお願いします。
松谷 総価取引を廃止するのが、流通改善の柱であると、私は執念のように言っています。それは、薬そのものの価値と価格は、個々に決まるべきものだからです。今は競合品がなくても、2~3年経つと競合品が出てきたら、特許があっても、価格が下がっていくのは当たり前です。逆に、古い薬でもよい薬は、ちゃんと使われるように、採算が合うぐらいの薬価にまで引上げることも必要です。
岡部 単品単価が大事なのは、単に価格だけの問題ではなく、それぞれの薬の個性を大事にする価値観の問題ですね。
松谷 中医協の薬価専門部会だとか流通改善懇談会だとかでも問題提起をし、総価取引は好ましくないという結論に達しましたが、それを強制はできないのが問題です。「単品単価が望ましい」という表現になってしまうのです。その「望ましい」が、もう少し強いトーンになったのが、今度の流通改善の緊急提言で、そこに初めて政府の役割が入ってきたわけです。
岡部 それは、一歩前進ですね。
松谷 ただ、流通改善というのは卸だけの問題ではありません。いまの薬価制度では、新薬がいったん市場に出たら、薬価調査をして、調査をした薬価に対して、それの加重平均値から償還価格を一定のルールで決めるということになっているわけです。けれども、現在は、薬価調査の時点では、まだ価格の決まっていない医療機関や薬局が非常に多いということが問題です。
岡部 決まっていなければ、薬価調査が意味をなさないわけですね。
松谷 それからもう一つは、薬価は銘柄別に決まっているにもかかわらず、総価で取引をして、それが薬価調査の対象になっている点が大問題です。
岡部 薬価調査は単品の単価について行うのであれば、総価取引分はそもそも対象にならないのでは。
松谷 いや、現実は、それが対象になっているのです。総価で14%引きであれば、全品の単価が14%引きの価格で売ったものとして報告が行くわけです。
岡部 そういう仮定で、認定して、総価取引を単価取引に分解するわけね。
松谷 そうです。そうしなければ、データが足りません。それも、本当にきちんと分解しているならよいのですが、決まっているのは総価だけですから、競合品のない商品でも、品薄品でも、採算割れに近いような補液だとか局方品でも、全部総価に入っています。単品それぞれの価格は、まったく無視されているのです。
岡部 そのような薬価調査を前提にすれば、なにも好んで総価取引をする必要はないのではないでしょうか。
松谷 そうです。われわれとしては、総価取引はしたくはないのです。一方、医療機関や薬局の多くは、購入方法として総価方式がいちばん簡単で、値引き交渉でも卸に対して要求しやすいということから総価を主張します。それから、過去はメーカーと個別に価格を決めていたけれども、今は全部卸が決めるのだから、ブランド名にかかわらず一括して何%引きと決めたほうがわかりやすいというわけです。
岡部 それであれば、ますます不公平を助長しますね。実際には、たとえばA・B両社の製品が同額あって、A社の製品の値引き率は0で、B社のものは30%引きであっても、総価取引では両者の製品ともに平均の15%引きの価格と認定されるというのは、如何にも不条理ですね。薬価調査で一律の値引き率が適用されるのであれば、単品別の償還価格の決定にも悪影響を及ぼしますね。
松谷 そうです。薬価調査では、ほんとうにメーカーが望んでいる自社製品の仕切り価格政策とは違う価格が出てくるのです。ところが、医療機関や薬局は、総価方式が値引き交渉に都合がよいことを、平成4年の新しい制度になってから、だんだん学習してきたわけです。しかも、平成4年当時は、卸全体の売上の5%程度であった薬局が、今は医薬分業でほぼ50%近くになっています。薬局には処方権はなく、自分で商品を変えることはできないので、ボリュームだけで総価取引をするのが、いちばん買いやすいのです。その結果、本来の薬価制度の趣旨から相当逸脱した取引になってしまったのです。
岡部 それであれば、関係者の間で、単品単価でしか取引をしないという取り決めができないのでしょうか。
松谷 薬を価値に見合った価格で売買しようというのが今回の流通改善の目的です。要するに、一つひとつの薬に価値があるわけだから、やはり私は単品取引があるべき姿であると確信しています。要するに、薬そのものの性格、その薬の効能とかをよくわかる人が単品で買うのがいちばんよく、それが患者に対する安全性にもつながるのです。
岡部 いま総価取引は、全体の何割ぐらいあるのでしょうか。
松谷 中小病院や単独の薬局では少ないものの、200床以上の病院では売上高の61.5%、20以上の店舗を有する調剤薬局チェーンでは93.5%に達しています。
岡部 そんなに多いのですか。今回は、目標を定めて引下げる方向で努力されるということでしょうか。
松谷 私ども連合会としては、総価取引を全廃して、すべて全品単価にするのが目標です。私どもは、それはできると言っているのですが、ユーザーである買手の抵抗が強いのが現実です。薬には血液製剤であるとか、麻薬であるとか、新薬でも競合品のないものであるとか、生物由来であるとかいったカテゴリーがあるので、そういったカテゴリー別に分けて値決めをしないとおかしいのです。これが、改善の手掛かりになります。まずは、総価取引の中でも、そういった商品については個別に単品単価方式にしようというのが今回の提言です。 ところがもう一つの新しい問題は、最近製薬協が新しい薬価制度の提案をし、いま中医協の薬価専門部会でも議論されている薬価決定の新方式です。この新方式では、それこそ単品取引をしないと、新薬の新しい薬価設定はできないのではないかと思います。
岡部 総価方式では、提案されている新薬価制度の運用は無理ですね。新制度案は、イノベーションの成果の適切な評価と研究開発投資の促進による新薬創出が狙いと聞いています。具体的には、特許切れ後は、それまで引き下げなかった分を引き下げる一方で、優れた新薬は「エグゼンプト・ドラッグ」として薬価を引き下げない仕組みを導入するというものですね。これを実行するには、単品ごとの市場実勢価格の把握が必須でしょうね。
松谷 そうです。ですから、少なくとも今度提案された薬価制度を導入するには、特許のあるものは全部単品取引をしなさい、という条件が一緒に付帯としてつかないと、新しい制度は成り立ちません。
岡部 なるほど、わかりました。長期収載品以外は、単品取引にしなさいということですね。
松谷 総価の問題は、新薬価制度にも連動するのですが、なかなかそこまでは、関係者の皆さんも考えておられないようです。新薬価制度はまだ議論の段階に入っていないですから。
岡部 でも、その方向に行かざるを得ないですね。
松谷 ええ、そう思っているのですが、まだ中医協での議論も煮詰まっていません。メーカーも、自分たちから新薬価制度を提案する以上は、その制度の根幹となる単品単価の薬価調査ができるような仕組みを同時に作らなければなりません。
岡部 中医協で決めたら、病院も薬局も従うのではないでしょうか。
松谷 それは、わかりませんね。中医協に権限はあるけれども、警察権はないし、法律で決めているわけではないですから。
岡部 そうですね。わかりました。
〇医薬品流通取引全体の適正化(二)~割戻し、アローアンスの問題
岡部 薬価には、メーカー・卸間の割戻し・アローアンス(販売報奨金)といった複雑な取引慣行が絡んで、価格形成過程が不透明となっていることに問題の根源があるとの指摘があり、今回の緊急提言では、この点を改善するよう求めています。この点については、仕切り値一本にしていくといった改善の方向は打ち出されないのでしょうか。
松谷 いや、それは無理です。改善策も要らないと思います。なぜかといえば、薬の市場はいま調剤市場と病院市場が半々で、病院のほうだけを見ても、大病院と、それから開業医さんと中小病院さんと、それぞれの経済ベースから見て、仕入れ価格が違って当然なのです。それを全部同じ仕切り価格一本で対応すると、そういう施設別の価格差が出しにくくなります。
岡部 その差別化は仕切り価格で出せばよいのでは。百個売るのと一万個売るのとでは、値段が違うのは当たり前だということではないでしょうか。
松谷 いや、薬の場合、それは間違っています。要するに、薬は、たくさん買ったから安くなるのではなくて、たくさん処方箋が出たら安くなる、という仕組みならわかるのです。その処方を書けるのは、医師だけですから、それをただ受けるだけの薬局に金額が多いからという理由で安い値段を出すことに対しては、抵抗があるのです。この点は、一般の商品とはまったく違うのです。
岡部 わかりました。サービスの質を反映させるためには、割戻しやアローアンスによる調整が不可欠であるということですね。
松谷 私はそう思いますね。このままでよいとも思ってはいませんが。本当の意味で、もう少し透明性を高めるためには、アローアンスというのは、基本的には、販促報奨金として会計処理をするものを指します。すなわち、アローアンスは、卸の機能の一つの販売促進活動に対するフィーだという考えで、売買差益としてユーザーに差し上げるものではないということです。
岡部 でも、そういうことで透明性が薄れるのは致し方ないことですね。厚労省にしてみれば、まだ償還価格と仕入れ値の乖離幅が大きくて、隠れた薬価差があるのではないかと見るのではないでしょうか。
松谷 いや、隠れた薬価差などはありません。薬価調査では、実際に卸からもユーザーからも調べるのですから。
岡部 薬価調査に割戻しとかアローアンスがカッチリと反映されるのは、技術的に非常に難しいのではありませんか。
松谷 いや、そんなことはありません。卸にとってみれば、仕切り価格と割戻しとアローアンスも入れて、自社の仕入原価であれば、これぐらいで売れるという値段を出すだけの話です。かつては10%以上あった売上総利益率も最近では8%前後まで落ちています。この売上総利益の中に売買差益だけではなく、割戻しもアローアンスも全部含まれているわけです。
岡部 それはそうですね。薬価調査にも反映されているのであれば、透明性にも問題はありませんね。
松谷 当然反映されています。ですから、よく卸とメーカーとの間の取引が不透明だからユーザーと卸の取引も不透明だと言われますが、透明なのです。ただ、メーカーが本来販促報奨で出しているアローアンスを、仕切り価格保証のような形で使っているケースもあるので、不透明と言われるのです。それをキチンと処理し、実質が割戻しであれば、はっきり割戻しにそれを入れれば済むことです。
岡部 わかりました。そうであれば、そういう取引ルールを統一したり標準化したりすることは、やはり必要ではないでしょうか。価格を談合するのは論外ですが、取引ルールを統一したり標準化したりするのは、なんら独禁法に反さないと考えられますので、公取委の目が光っているので独禁法違反にならないようにと配慮しなければならない理由がよくわからないのですが。
松谷 いや、それが平成12年に卸二社が談合の疑いで審判にかけられ、結局課徴金を課された事件がありました。今までR幅といっていたものが問題視され、値引き率の談合と認定されてしまったのです。
岡部 それは、R幅にしても価格に絡んだ話だから談合と疑われたのであって、取引ルールの取り決めはとは別の話ではないでしょうか。
松谷 いやいや、そう単純なことではなく、価格がまったく絡まない取引ルールというものはありません。この事件は、今後、基本的にはこういう取引の形になりますということを勉強会で討議したりしたことが、その値段で売るということで談合したというようにとられてしまったのです。
岡部 それは値段が入ってくるから、違法とされたのでは。
松谷 いやいや、値段なんか入っていなかったのです。要するに2%で計算したら、税込でいったら6.6%の薬価差というのが一つの基準になるというそれだけの話でした。
岡部 値段はともかく、数字が入ってくるからよくないのであって、取引ルールの申し合せまで公取が問題にするのはおかしいと思いますが。
松谷 薬価に関しては、数字が入らなかったら、取引ルールにはならないじゃないですか。
岡部 なるほど、そうかも知れませんね。
松谷 この事件で、われわれについてくれた弁護士も言っておられるのですが、要するに公的医療保険制度の下での取引ルールは、完全に自由な市場でのルールとは違うということです。
岡部 一般の自由競争下での談合摘発とは、薬価が公定されている流通市場での公取委の役割も違うのではないかということですね。
松谷 ところが、卸にとっては仕入れ値も売値も自由ですから、そうはいかないのです。争っても無駄です。結局は、新聞に出て社会的制裁を受けるだけに終わります。
岡部 公取委の判断は理不尽ですね。
松谷 われわれを応援してくれている弁護士さんも、そう言ってくれているのですが。
〇医薬品流通取引全体の適正化(三)~長期未妥結の解消
岡部 卸とユーザー間の取引価格が、長期間未妥結の状態が続いている問題については、どういうふうにお考えでしょうか。
松谷 未妥結6カ月以上というのは、無くそうという方針で臨んでいます。
岡部 これはかなり進んで、この9月末までで、70%は達成した模様とお伺いしていますが。今一歩というところでしょうか。
松谷 うーん、これは卸にとっては痛し痒しです。妥結というのは、卸がユーザーに折れて安値で決着させた結果ですから。
岡部 それはそうでしょうね。ただ、今年から導入された上場会社についての四半期決算との関係では、6ヵ月ではなく、遅くとも3ヵ月以内に値決めをしないと、決算の訂正が必要となり、投資家を欺く懸念が出てくるのではないかと思いますが。
松谷 確かに、それを踏まえて、緊急提言にも「3ヵ月」と書いてはありますが、とりあえず、6ヵ月以内での妥結を達成することに注力しています。決算は、暫定の値引き値を入れて行いますので、大きく決算数値が変わるということはありません。
岡部 とりあえずは、今回の緊急提言で、6ヵ月以内に7割以上決まったとすれば、大きな進歩であるという評価ですね。
〇ジェネリック薬の使用促進への取組み
岡部 厚労省は、ジェネリックの使用量を2012年に数量ベースで30%にまで引上げる目標を掲げています。2007年の新医薬品産業ビジョンでは「特化型」として、ジェネリックなど特定の製品分野を想定した、卸の機能分化が予測されています。ジェネリックの使用促進に向けて、連合会としてはどのような推進策を考えておられるのでしょうか。
松谷 ジェネリックの使用促進は、国の方針であり、医療機関がそれを要求するのであれば、対応できる体制を卸も整えています。ただ、ジェネリックメーカーがたくさんあって、同じ成分でありながら薬価が異なっているので、対応は大変です。それぞれの卸が自分でそれなりに集中するジェネリックメーカーを3~4社に絞って、そのメーカーのものは全部在庫を揃えておくが、あとは注文があったら仕入れるとかいった対応をしています。
岡部 それで十分ではないですか。すべてのメーカーのジェネリックを揃える義務はないですよね。
松谷 でも、なるべくたくさん揃えてほしいという要請が、厚労省からはあります。
岡部 品種は全部揃える必要があるでしょうが、同じ成分のものであれば、何もメーカーをたくさん揃える必要はないと思いますが。
松谷 ところが、現状は先発に一つの薬価がついていて、ジェネリックにもう一つの薬価が付いているというのではなく、同一成分のジェネリックの中だけでメーカー別に10以上もの薬価があるケースがあり、これは困るのです。
岡部 そもそも、成分名で表示されるジェネリックにメーカー別に薬価がつくというのが、どこかおかしいですね。
松谷 昭和53年までは統一限定薬価で、すべて同じ成分だと、先発も後発も同じ薬価であったのです。それで薬価差商売が多くなったので、銘柄別薬価にしたわけです。
岡部 ブランド品についてはわかりますが、ジェネリックには、本来はブランドがないはずのところを、括弧してメーカー名が書いてあるだけですね。
松谷 多くはそうなりましたが、いまでもブランド名が残っているジェネリックもたくさんあります。
岡部 これからは、同一成分のジェネリックの価格は統一して、品質については、信用できるものしか売らないというふうにされたらよろしいのでは。
松谷 それはしてもらえれば、卸は助かりますが、価格で競争ができなくなると、ジェネリックメーカーは非常に困ります。制度としては、ジェネリックもちゃんと薬価調査をしていますから、最初は、先発品の70%というふうにして決まっていた価格が、次の薬価改定時には、メーカー別に売っている実売価格が違うので、銘柄別で価格が分かれて行くのです。そんなに多くの薬価の種類をつくられるのは困るのですが。
岡部 常識的に考えても、そう思いますね。本来個性のない同一成分のジェネリックに何十も違った薬価がつくというのは、どこかおかしいですね。
〇医薬品流通の効率化のためのIT化推進とトレーサビリティーの徹底
岡部 連合会として取組まれている第二の柱として、「医薬品流通の効率化のためのIT化の推進」が掲げられています。これは、万一重篤な副作用が発生したり、不良品が流通したりした場合の「トレーサビリティー」確立によって投薬ミスや健康被害の拡大を防止し、医薬品の安全性を高めようとする狙いと理解しています。業務効率化のためのIT化は相当進んでいるのでしょうか。
松谷 かなり進んでおり、優れたシステムも持っているのですが、じつは厚労省がそこまでまだ踏み込んでくれないところが残っているのです。製品にはバーコードがついていますが、そのバーコードには、「ロット番号」と「有効期限」がまだ入ってないのです。この二つについては、印刷してある記載を目で見なければ確認できないので、これをぜひバーコードに全部入るようにしてほしいのです。
岡部 それは卸の一存ではできないのでしょうか。
松谷 できません。統一したコードでやっていかなければならないので、やはりメーカーと厚労省と卸と三者の合意が必要です。その方向で議論をしている段階です。生物由来と特定生物由来の製品だけは、今年の9月から必須表示とされましたが、ほかの注射薬だとか医療用医薬品の内服薬だとかにつけるのはまだ任意です。すべての医薬品について必須表示とするようにお願いはしています。
岡部 バーコードのついていない医薬品というのは、ほとんどないわけですか。
松谷 「ロット番号」と「有効期限」の入っていないバーコードは全部ついています。ただ、それは包装単位までです。ところが、医療機関から要求されるトレーサビリティーを満たすためには、アンプル一つひとつ、それから錠剤なら、10錠なり14錠なりのシートの端っこにつけることが必要になってきます。その場合には、バーコードといっても、もっと縮小した形のものとか、RSSとか、RFIDとかいった新しい方式のICチップのようなものに替えていかなければなりません。トレーサビリティーというからには、最終の得意先に行くところまでは全部電子的に追求できるようにすることが目標です。 じつは、最近メーカーが、製品を自主的に回収するケースが増えているのです。自主回収するときには、必ず「ロット番号」の何々を回収してほしいと言って来られるわけです。ですから、それがきちんと「ロット」にまで電子的にトレースできれば、あっという間にそのロットの行き先がコンピュータでわかるわけです。
岡部 トレーサビリティーが大事というのは、まさに医療安全の問題ですね。そこで、電子化もさることながら、卸のMSの役割というのは、非常に大きいのではないかと思います。安全性を最重要との認識を植え付けるMS教育といったことは何かやっておられるのでしょうか。
松谷 基本的には、卸は物流を担っていますが、医薬品卸の物流の特徴というのは、「双方向物流」であると強調しています。一方的に売るだけではないということです。それと「毛細血管型流通」とも言っています。それはモノを納めても、必ずそれに情報を入れて、また情報でバックしないと価値がつかないという考え方です。薬は回収の必要もあり、副作用の問題もあります。そういうものが静脈を通ってまた戻ってくる、こういう仕事を全国に毛細血管のごとく浸透してきちんとやっているのが日本の医薬品流通であると自負しています。
岡部 MSにも、そういう教育をしておられるのは、素晴らしいことですね。
松谷 わが国の卸が素晴らしいのは、やはり昔からの伝統で、MSがいるという点です。
岡部 そうですね。外国の卸にはいないですね。外国の卸は単なる運送代行にすぎないですからね。
松谷 それは、わが国ではあまり分業が進んでいなかったから、MSが育成されたとも言えます。かつては卸も半分は訪問販売をしていたようなものでした。開業医や中小病院を回っていたときは、卸業というよりも、小売業といってよいぐらいの細やかなサービス機能を果たしていたのです。この伝統は、今の卸にも綿々として引継がれています。
岡部 よくわかりました。卸の機能強化と医薬品流通取引全体の適正化へ向けてのますますのご活躍を期待しております。
(2008年11月10日、医療経済研究機構発行「医療経済研究機構レター(Monthly IHEP)」No.170、p1~12所収)