話し手:健康保険組合連合会 専務理事 対馬忠明 氏
聞き手:医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二
昨年三月に閣議決定されました医療保険改革についての基本方針に盛り込また主な内容は、①保険者の統合および再編を含む医療保険制度のあり方②新しい高齢者医療制度の創設③診療報酬体系の見直しの三点です。これらの方針の具体化に向けて社会保障審議会に医療保険部会を設置されており、2006年春に医療保険制度改革の法案提出が予定されております。来年にはこれらの議論の山場を迎えることとなります。
そこで今回は、健康保健組合連合会専務理事 対馬忠明 氏をお迎えして、「健康保険組合の果たすべき役割と医療制度改革について」お話しをお伺いしました。
〇 老人保健制度への健保組合からの拠出金について
岡部 拠出金制度に関する点についてお伺いします。老人保健制度のうち約7兆円は拠出金に支えられています。うち健康保険組合(以下、健保)については、約2兆円弱の負担があります。健保連はこの拠出金は廃止すべきという主張をされています。拠出金制度に無理があることは理解できますが、これをなくすとなれば、7兆円を新たに税金で賄うこととなり、結局は、健保組合員を含む国民(特に若者)の負担という視点からみると同じことのように思いますが。
対馬 健保連は単純に拠出金を税金に置き換えるということを主張しているのではありません。仮に、この部分が税金に置き換われば、保険料は下がり、保険運営という面から言えば、メリットがあるでしょう。ただ、健保連は、老人保健制度に関して、社会連帯や相互扶助等をしないと言っているのではなく、今の拠出金制度についてあまりにも不合理な点が多いのではないかという点を主張しているのです。たとえば、老人保健制度には保険の運営責任者が実質的には存在しておらず、保険としての予算・実績の管理者機能が果たされていないという点です。まるで、幹事のいない宴会のようなものです。要するに、現行の老人保健制度はかかった費用を後から皆で分担しましょうという制度なのです。
岡部 あらかじめ、予算として決められた枠組みもなく、交渉の主体などもないということですね。
対馬 さらに、誰が管理しているか明確ではありませんので、拠出金の額は際限なく増えていきます。老健拠出金については、二年ごとに精算が行われていますが、予算内で収まらず、追加で精算金を拠出しなければなりません。その結果が、保険料の約四割が拠出金という現状です。我々は、健保組合の経営を行なっています。保険料の四割を拠出金として持っていかれたのでは、経営におけるダメージが大きすぎるのです。
岡部 保険料の四割の中には、退職者医療保険の部分も一部含まれていますね。
対馬 退職者医療制度に関しても、無責任体制で運営されているのが現状です。退職者は通常は国民健康保険(以下、国保)に加入していますが、この制度により退職者によって使われた医療費は健保に請求されます。ところが、健保への請求対象でないケースでも請求されてくる場合が多々あります。たとえば、退職者が交通事故に遭ったとします。交通事故については、生保、損保会社から治療費の請求が可能で、それにより医療費を充当することができます。しかし、国保を運営している市町村は生保、損保会社との交渉に熱心でなく、医療費の請求を安易に健保へ回す傾向があります。このように、両制度とも全体として責任を持った経営が行われていないように思われます。
岡部 そうすると、老人保健制度や退職者医療制度については、責任体制、管理体制を確立することが必須で、金額的にも健保組合に対する経営ダメージを抑えた妥当な額であれば、支援していくというお考えですね。
対馬 その通りです。
〇 新しい高齢者医療制度について
岡部 健保連は老人保健制度で使われている高齢者の医療費が多すぎるという点を指摘され、高齢者にも適切な負担をしてもらうような方向での制度改定を提案されていますね。
対馬 老人医療費が多すぎるという点について指摘しているのは、先ず、日本の高齢者の一人当たり医療費は、若年層の約五倍と米国の四倍、欧州諸国の三倍と比べて非常に高い水準にあることです。高水準の理由の一つには、老人保健制度の保険者が存在していないことが考えられます。二つ目の理由は、高齢者であるというだけで、一律一割負担であるという点です。経済力がある高齢者については、二割、三割の負担を求めてもいいのではと考えております。ただし、経済的に困っている人については、相応の仕組みが必要ですし、医療費が非常に高額になるときには、高額医療費制度のような仕組みも必要となってくると思います。しかしながら、高齢者であるという理由だけで、つい最近まで医療費が一律一割負担で、高所得であっても二割負担までというのは違和感があります。
ヨーロッパ諸国においては、高齢者医療保険制度という特別の老人優遇制度は存在しません。若者と高齢者は同じ保険制度に入っています。若い時には保険料に対して、医療費があまりかからず、高齢者になると保険料に対して、医療費がかかるのは当たり前のことです。その代わり、高齢者に対しては、収入によって応分の負担をしてもらうのが筋です。
岡部 健保連のホームページにも掲載されていましたが、若者と高齢者の平均可処分所得の水準を比べてもあまり変わらない実態があります(図1)。さらに、資産水準を比べると高齢者一世帯あたり平均2,000万円の金融資産を持っています。つまり、若者より豊かな高齢者が増えているという現状を考慮する必要がありそうですね。
新しい高齢者医療制度については、政府案によると前期高齢者(65歳以上74歳以下)は国保または、被用者保険に加入させて、医療費の不均衡を調整する財政調整を行い、後期高齢者(75歳以上)は独立型の医療保険制度として、高齢者が自ら支払う保険料と公費で賄うとしております(図2)。政府案が出された今でも、健保連としては、突き抜け方式[1][1]を主張されているのでしょうか。
対馬 現在、高齢者医療制度についての考えを改めて議論している最中です。確かに健保連はこれまで突き抜け方式を主張してきました。当時は、連合、日本経団連、支払い側が足並み揃って、突き抜け方式という主張をしてまいりました。突き抜け方式が理にかなっていると思うところは、若い時から高齢者になるまで、一貫して健保が責任を持つことができます。若い時の健康増進活動を反映した高齢者を対象とできるといった点です。ただ、平均寿命がこれだけ延び、退職後の人生のほうが長くなってしまうと突き抜け方式が逆に企業の負担になるのではないかいう点も指摘されています。
岡部 労働人口の流動化という問題もありますね。
対馬 その通りです。ただ、健保連の主張として、高齢者医療保険を別立てとする場合には「65歳以上の高齢者」を一括して対象とすべきであるという点については、はっきり決まっています。
岡部 厚生労働省の説明によると65歳から74歳よりも、むしろ75歳以上の医療費の増加が深刻であり、この年齢階層を別立てとすることに意味があると理解しております。なぜ、65歳以上とお考えなのでしょうか。
対馬 まず、国際的には高齢者は65歳と定義されています。さらに、日本の社会制度や職業生活での引退が65歳です。たとえば、年金や介護保険制度、定年制度を考えると理解できます。厚生労働省の資料を見ていつも思うのですが、75歳からの伸びが大きいというエビデンスは薄いのではないでしょうか。65歳からの伸びを見ても医療費の伸びは深刻で、68歳で切っても73歳で切っても同じような結果になると思います。
〇 医療費の合理化・適正化について
岡部 医療制度改革の柱として、健保連は医療費の合理化・適正化に関してのご主張をされています。この点についての具体的な進め方についてのご意見をお聞かせください。
対馬 レセプトに関して、医療機関からの不正請求などをチェックすることはもちろんなのですが、基本的には、「包括払い中心の支払い方式」に改めることを主張しています。出来高払いですと、医師の裁量による診療行為がそのまま反映され、過剰投薬、過剰検査の問題が生じてきます。出来高払い方式は、効率化という概念がなかなか浸透しづらい支払い方式なのかもしれません。包括払いとともに、「診療ガイドライン」や「クリニカルパス」などを導入することで、「医療の標準化」を推進していくことが必要であると考えています。そうすれば、医療の質を落とさずに、できる限りムダや余分を省くことは、可能なはずです。さらに、単純に包括払いを導入すればよいのかというと、必ずしもそうではなく、支払い側である保険者によって、ある程度チェックを行いながら、運用していかなければならないと考えております。
岡部 入院日数の短縮による医療費の適正化についてはいかがでしょうか。
対馬 現在、特定機能病院82病院、民間病院等で62病院がDPCの試行的導入を行っております。DPC導入により平均在院日数が22日から19日に短縮しました。やはり、平均在院日数を短縮には、DPCの導入にかなり効果があるように思われますので、DPCを中心に適正化を図っていきたいと考えております。
〇 患者中心の医療を実現するためには
岡部 さらに、健保連は患者中心の医療を実現するという点を主張されていますが、この点についてはいかがでしょうか。
対馬 患者が自由に医療機関を選ぶことができるフリーアクセスがわが国の医療制度の基本だと考えています。その上で、医療機関の機能分化とその連携が重要な視点と考えています。
岡部 フリーアクセスよりも、むしろ、家庭医制度を充実させていく方が医師と患者の信頼関係を構築していくうえで大切であり、長期にわたって個人の健康を管理してもらえる家庭医制度がユニバーサル・スタンダードではないかとも思われますが。
対馬 わが国の場合、「家庭医」がそもそも存在しているのかといったこともあり、なかなか難しい問題です。私は、昨年から始まった新医師臨床研修制度に期待しています。これまでとは違い、二年間で様々な領域の臨床医療を学ぶことができるからです。
また、保険者機能の強化という点にも関係するのですが、患者中心の医療を考えるうえで、重要なポイントとして、健保組合からの積極的な医療情報提供を考えています。健保連として、まず取り組んでいることは、医療機関情報の提供です。現在、二千数百病院の医療情報についてインターネットを通じて提供しています。たとえば、セカンドオピニオンを取り入れている病院やインフォームドコンセントに積極的に取り組んでいるかなど、健保連らしい、医療機関紹介情報を提供しています。
医療情報に関しては、よく「情報の非対称性」の問題があるといわれ、患者が専門家並みの知識を身に付けるのは難しいかもしれませんが、意欲があって、自分の体のことについて、是非勉強したいという患者さんには、健保連としては、その手助けを行いたいと考えております。
岡部 「情報の非対称性」を克服するには、患者が自ら学習することで、より強くより賢くなって、少なくとも自分が罹った病気の治療法については、医師と対等な立場で話し合えるようになるということが重要ですね。
〇 保険者機能の強化- 保健事業について
岡部 健保組合の保健事業についてお伺いします。今後、予防医療という面で、健保は重要な役割を担っていくと思われます。しかしながら、現状では、各健保がばらばらに保健事業を進めており、サービスの提供が非効率ではなおかと思われます。しかも、たとえば常備薬の配布など本当に適切な保健事業かどうか疑わしい事業もあります。この点に関していかがでしょうか。
対馬 保健事業で予防分野に力を入れることにより、結果的にそれが医療費抑制につなげるというのは極めて論理的で、また、望ましい姿だと思います。しかし、現実はご指摘のとおり理想通りにいっていません。しかも、5~10年前までの保健事業といえば、どちらかというと、行事的に行う事業であったり、保養所をつくったり、従業員のリフレッシュを促すような事業が多かったのも現実です。しかしながら、ここ数年やっと、医療費削減につながる保健事業についてのいくつかのエビデンスが蓄積されてまいりました。また、現在、健保連で行っていることは、各健保の保健事業で成功した事例を集めています。理想を言えば、健保連全体でエビデンスを確立することができればよいのですが、まだそこまではいっていません。
岡部 健保連の意識としては、予防分野が医療保険の対象であろうがなかろうが、結果的に、社員の健康につながり、医療費の削減につながるといったことであれば、医療保険とは別個にそれを推進するといったことが使命であるとのお考えなのですね。
対馬 保健事業の中では、予防分野は、健診(人間ドックも含む)と並んで大きな柱となると思います。また、健診についても、満遍なく行うというのではなく、様々な疾病の発見率が高まる45歳から50歳くらいから行うことが望ましいと思っております。疾病の予防、疾病の早期発見・早期治療というのは、やはり医療費削減といった観点からだけでなく、健保や企業がなぜ存在するかといったミッションに関わってくる問題であると思います。予防分野への医療保険適用に関しては、エビデンスがはっきりしているものでなければ、なかなか認められないと思いますが、保険適用とは関係なく進めていく方針です。
〇 健保組合のレセプト直接審査、医療機関との個別契約
岡部 規制緩和の一環として、昨年から社会保険診療報酬支払基金(以下、支払基金)への委託を止めて、健保が審査・支払い業務を直接行うか、他の事業者に委託することが認められるようになりました。また、健保と医療機関との直接契約も認められるようになりました。しかしながら、レセプト審査については、委託は一件も行われていないとお伺いしておりますが。
対馬 これらは政府の総合規制改革会議から出された一連の規制緩和によるものです。
まず、レセプト審査・支払い業務に関してですが、規制緩和された理由は、おそらく、審査・支払い業務のビジネス・チャンスを拡大させたかったのだと思っています。現状は、直接審査や委託による事務的なコスト増大が考えられ、自ら審査する健保や委託する健保は現れていないようです。しかしながら、間接的には、競争の可能性が出てきた結果、支払基金の合理化にはつながっているように思います。
医療機関との直接契約については、健保直営の医療機関や事業主立の医療機関合わせますと全国で100件弱くらいあります。そのような医療機関では、通常1点10円のところを1点9.5円と割り引いて行なっています。しかしながら、一般の病院と健保との直接契約となるとなかなか割引に応じてらえる医療機関が少ないというのが現状です。
考えられるのは、地域に被保険者が相当数集中している企業城下町的な地域に可能性がありますが、そのような地域では、すでに健保直営の医療機関があったり、事業主立の医療機関が既にあったりするケースが多く見られます。いずれにしても、相互にメリットがないと直接契約はできないわけで、健保にメリットがあっても医療機関にメリットがなければ、応じてくれないでしょう。
〇 保険者の統合・再編問題について
岡部 設立基準に満たない小規模の健保(従業員700人以下の健保)や従業員1万人以上の大規模な健保が混在しているのが現状で、とくに小規模で財政が困窮している健保の再編が課題となっています。保険者の統合・再編問題についてどうお考えでしょうか。
対馬 健保連としては、小規模というだけで強引に統合・再編をするのではなく、保険者の自主的な判断によって、行なっていくべきだと考えております。つまり、保険者機能が発揮できるのかどうか、被保険者のためになるのかどうかを判断基準とするということです。
行政に対しては、主に環境の整備をお願いしております。たとえば、健保の統合が起ると、旧健保に保険料率の高低差があるので、新たに一本の保険料を設定する必要があります。この調整を一挙に行なうのではなく、時間をかけてスムーズに行うことができる仕組みの導入をお願いしています。
岡部 厚生労働省が提案している都道府県単位の地域型健保を新設し、そこに中小の健保組合を統合するという構想に関してはいかがでしょうか。
対馬 健保連としては今のところ賛成も反対もしておりませんが、現実問題として考えると非常に難しいと思います。非常に小規模で解散せざる得ない健保、または、赤字で解散せざる得ない健保組合を都道府県別で集めても、健全な健保組合として本当に自立できるかどうか疑問です。企業経営と同じで、うまく運営されている健保と合併した方が自立できるはずです。
岡部 保険者の単位についてお伺いします。必ずしも、個別の企業単位である必要はなく、業種別などの単位でも機能するのではないかと思うのですがいかがでしょうか。
対馬 確かにそう思います。これに関しては、二つの考え方があると思います。一つは、健保組合は企業が足場となっているので、自主性、自立、コスト、競争力という発想ができるという考え方があります。この点が、政管健保や国保と大きく違う点です。もう一つは、健保組合は企業から独立した存在であるべきで、もっと独自性を持つべきであるという考え方です。つまり、保健運営には、それなりの技術が必要で企業運営とは切り離したほうがよいという考え方です。ドイツには、両方の健保が存在していますが、一概にどちらがよいというとは、言えないようです。
〇 介護保険制度の見直しについて
岡部 2000年に介護保険が導入されてから、健保組合が保険料の徴収の代行業務を請け負う形となっています。現在、介護保険制度の見直しが行われておりますが、健保連としてのご意見は。
対馬 もともと、介護保険が導入された当初は、介護保険により高齢者の社会的入院が減るということが期待されておりました。医療保険の療養型病床のうち19万床が介護保険適用型に移行する見込みでしたが、導入当初は11万5,000床くらいで、現在でも13万床ほどしか介護保険適用型に移行していません。つまり、医療保険から介護保険への移行が思うように進まず、一方で、介護保険がうまくいっているかといえば、軽介護需要の掘り起こし的なサービスが増えているのが現状なのです。
健保連としては、介護保険制度見直しにあたって、「費用負担者の意向が反映される介護保険制度の実現」を要請しております。ところが、現在、健保はこの介護保険制度の運営に関して、全く関与できません。介護保険給付費が年々増加していく中で、適正な給付が行われているかどうかといえば、必ずしもそうではないようです。このようなことを協議する場にわれわれも参画できるよう働きかけていきます。
岡部 介護保険についても、中医協のような場が必要であるというお考えなのですね。
対馬 さらに、われわれとしては介護保険給付費の伸びに歯止めをかけたいと考えております。一人当たりの保険料は3,300円ですが、給付がこれ以上伸びると、保険料の値上げや徴収対象の年齢の拡大など、被保険者に負担をかけることになります。われわれには、組合会などへの説明責任があります。ですから、保険料をなぜ引上げなければならないのかなどを経営者や従業員に説明する義務があるのです。これらの背景から、「費用負担者の意向が反映される介護保険制度の実現」を目指しているのです。
〇 混合診療原則禁止の規制緩和について
岡部 混合診療禁止規制の解禁の是非に関しては、健保連としてはどのようなお考えでしょうか。
対馬 健保連としては、いわゆる混合診療については、概念整理が重要と考えています。特定療養費制度についても、様々なジャンル、カテゴリーに分かれていますが、現状は、その整理が明確に行われていないため、議論が噛み合っていません。健保連としては、混合診療について、是か非かという建前論的な議論の立て方ではなく、診療内容の各カテゴリー別、つまり、高度先進医療についてはどうか、アメニティーについてはどうか、新しい抗がん剤の使用についてはどうかなど、一つ一つ検討して、当面は特定療養費の拡大で対処してはどうかと考えております。
岡部 お忙しいところありがとうございました。今後のご活躍を期待しております。
【2004年11月26日】(取材/編集 山下)
(2004年12月/2005年1月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.127 p2~8 所収)