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千葉県健康福祉部理事医学博士山本尚子氏とのIHEP有識者インタビュー
「地域医療行政のあり方」

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話し手: 千葉県健康福祉部理事 医学博士 山本尚子氏
聞き手: 医療経済研究機構 専務理事      岡部 陽二

 今回は、千葉県健康福祉部理事の山本尚子氏に、都道府県が医療行政の中核的機能を担う方向で改革が進んでいる地域医療政策の課題について、住民の医療・介護ニーズに合わせた地域における体系的な提供体制の整備策を中心に、現場の実情をお伺いしました。
 山本尚子氏は、1985年札幌医科大卒、厚生省入省、佐世保市保健福祉部長、厚生省臓器移植対策室を歴任、2000年より千葉県浦安市助役、2004年から3年間にわたり外務省参事官として、ニューヨークの日本政府国連代表部で経済開発分野および保健・衛生・環境分野を担当、国連人口開発委員会などでリーダーシップを発揮されました。
 2007年4月に帰国後、千葉県医療福祉部理事として、主に県の医療・介護行政に携わっておられます。

〇地域医療における都道府県の役割

岡部 地域医療の担い手は、これまで市町村や医療圏の単位が中心となっていましたが、2006年の医療制度改革で、地域医療体制整備にあたっての都道府県の役割や責任を強化・拡大する方向が明確に示されたものと理解しています。これに対する自治体側の反応はまちまちのようですが、千葉県としては、どのような方針で対応しておられるのでしょうか。

山本 まさに、今ご指摘いただいたように、これまでは大きな制度設計、とくに医療関係の制度、医療、保健は、国がやっていて、介護、福祉は市町村主体でということで、都道府県の役割は明確には見えて来ませんでした。ところが、今回の制度改革の中で、都道府県が総合調整機能を発揮して、様々な計画を作り、主体的にやっていくべしとの方針が打ち出され、とくに医療計画については役割が明確となりました。また、医療保険も、都道府県単位で再編されていく方向がはっきりと打ち出されています。当面は高齢者医療制度の保険料設定などですが、いずれは政管健保などの医療保険でも都道府県の役割が増えるものと予想されます。

岡部 そうですね。政管健保も都道府県単位になるし、来年度から動き出す高齢者医療制度についても広域で都道府県が統括するという仕組みが導入されましたね。

山本 そこのところは明確です。この制度改革の発端というのは、これからの高齢化進展に向けて、地域の実情を反映させるにはどうすればよいかということです。たとえば、医療の現場での機能が未分化である点、高齢者の住まい方の問題、医療ではないところを医療がカバーしているのではないかといった点などさまざまな議論がありましたが、それらの課題を解決するのに、現状では都道府県という単位が最適であろうという結論に達したものと承知しています。このような問題解決は都道府県主体でやっていくということについては、千葉県は非常に前向きに捉えています。

岡部 千葉県は模範的ですが、前向きに捉えてない、嫌がって逃げようとしている消極姿勢の都道府県も多いものと聞いています。

山本 そうですね。医療制度の変革について、最初のデザインのところから都道府県が関わってきたのではなくて、さまざまな国のレベルでの五月雨式の議論の中で、突如として今回出てきたという経緯が大きく影響しています。

岡部 都道府県に国の説明不足に対する反撥や戸惑いがあるのはよく分かりますが、方向としては正しいわけですね

山本 正しいと思います。日常業務の処理に追われていると、新しい仕事で事務量が増えることへの抵抗感はあります。でも、これからの高齢化社会への対応がこのままでよいと思っている人はいないので、千葉県としてもそれを変えていくのに必要なことを積極的にやりたいという気概を持っています。

岡部 さまざまな問題を地域に密着して調整する機能を発揮できるのは都道府県しかないということですね。

山本 そうです。保健、医療、福祉を総合的に見られるのは都道府県であるということと、もう一点は、今後の医療制度改革にあたって、県民とか市民参加、国民参加という議論があるときに、国から国民へのメッセージとはまた違ったかたちで、県が住民に訴えられるよさもあります。とくに首長は直接選挙で選ばれますから、その強みもあります。千葉県としては、これをチャンスと捉えて前向きに取り組みたいと思っています。ただ、高齢化率の高まりに向けて、必ずしも保健医療福祉分野のインフラの整備は十分ではないので、これからそれを構築していく責任も都道府県に来たということですから、その責任には大きなものがあります。

〇千葉県民の健康度、高齢化率

岡部 ところで、千葉県民600万人の死亡率、平均自立期間、平均在院日数、一人当たり医療費など、千葉県はどの指標も全国平均を大きく上回る良好な水準にあります。有訴者率や受療率も全国で最低に近い模範的な水準です。65歳以上の高齢者比率が16.8%(平成16年10月)と全国平均の19.5%より2.7%低い点はプラス要因ですが、それだけではこの高い健康度は説明できないのではないかと思われます。県ではその理由をどう分析しておられるのでしょうか。

山本 千葉県民の健康度について、高い評価をいただいているのはありがたいですが、平均在院日数、医師数、病院数などの医療的な指標で見る限り、千葉県は全国でも最低に近い水準です。医師の数も圧倒的に少ない。病院の数も少ない。軒並み、全国45位、46位というような状態ですね。

岡部 それでも、県民の不満度がそんなに高いわけではないですね。

山本 そうですね。でも、それだけ医療資源が限られている分、在院日数が低くなるインセンティブにはなっています。どっちが卵か鶏かは難しいですが、医療機関が重症度の高い方を優先して受け入れざるを得ないということではないかと思われます。県民や医療機関の意識が高いからということよりも、医療資源が限られている中で、人口が急増したことが結果的にこのような数字に現れているのではないでしょうか。
 もう一つ、平均自立期間については、介護保険導入前の平成7年の国民生活基礎調査では長かったのですが、平成13年の推計では全国平均比で必ずしも長くはないという数字が出ています。また、もうすこし医療に関わる指標として、たとえば乳幼児死亡率とか、妊産婦死亡率なども見ていますが、これらも決して全国に比べてよいわけではありません。

岡部 高齢化や少子化の進展で急速に変わってきているのですね。

山本 以前に比べて自立期間が短くなったのは、潜在化していた介護ニーズが介護保険導入時に顕在化した結果とも受け取れます。必ずしも千葉県民の健康指標は高くはないという認識で、急速な高齢化進展のなかで、どういう医療制度なりシステムを作っていくか、介護施設を作っていくかというのが、当面の大きな課題です。

岡部 医療資源の制約があって、病院が急性期に特化しているという体制が、完璧ではないにしても、他の都道府県よりも進んでいるというのは強みですね。

山本 たしかに、資源が重複している中で再編していくのではなくて、限られた資源を大切にして、量的にも付け加え、質の高さを高めていく必要があります。そのためには、相互連携が不可欠ですから、医療機関間、医療と介護間の連携のシステムを作り上げていくチャンスがあるということになります。ただ、高齢化のスピードが速いので、スピード感を持ってやっていかないとニーズの拡大に追いつきません。

〇療養病床の廃止・介護施設等への転換促進策

岡部 千葉県はもともと療養病床数が少ないにもかかわらず、高齢化は急速に進んでおり、2012年までに達成しなければならない介護療養型医療施設の廃止を中心とする療養病床の削減・転換には、他県以上に困難が伴うのではと懸念されます。県としては、どのような現状分析と介護施設などへの転換促進策を計画しておられるのでしょうか。

山本 細かい数字は別にして、65歳以上人口1,000人当り、千葉県では療養病床9.1床。全国平均では13.8床です。最も多い高知では36.3床。千葉県とは4倍の開きがあります。療養病床は千葉県のみならず、東京、埼玉、神奈川の首都圏ではどこも非常に少ないのです。それでは、療養病床だけ少ないのかというと、そうではなくて、老健施設も少ない、特養も少ない。すべて全国最下位に近いレベルにあります。これは、ある意味で、高齢化が遅れて進んだ地域では、これまでは需要がなかったからで、これからの問題とも言えます。

岡部 それでは、現場の感覚としては、首都圏では療養病床を介護施設に転換するのにも、あまり無理はないということでしょうか。

山本 いや、そうではありません。今回の廃止・転換の政策には、療養病床をなくしてよいのかという現場からの反発には非常に大きなものがあります。逆に、これからの10年後、15年後を展望して、減らすどころか増やすべきではないかといった議論も出ました。議論を聞いて、国が一律の算定式で減らす、増やすというのは、必ずしも妥当ではないと思いました。ある程度の所得水準がある高齢者からの需要を反映して急増している有料老人ホームの動向なども考慮に入れる必要があります。
 いろいろな事情が絡んできますので、療養病床や介護施設はどのくらいあれば足りるのかという需要予測は困難です。ご家族ではなくて、高齢者ご自身に聞くと、なるべく自分の家に住み続けたい、あるいは、住み慣れた地域で過ごしたいという意向は明確です。療養病床の再編についても、県はこれからの在宅ケアはどうあるべきかというそもそも論に立ち戻って議論を深めながら、施設必要数の計算については慌てなくてもよいのではないかと思っています。
 在宅ケアをどうするかという議論を深めつつ、来年度にかけて、方向を見極める段階です。まだ診療報酬点数も出てこないので、療養病床を経営している側にも経営見通しがつかないという問題もあります。

岡部 転換をスムーズに進めるために、診療報酬・介護報酬でもって介護施設にインセンティブを与え、転換に誘導することが有効ではありませんか。

山本 それも必要ですが、一方で質の議論もあります。理想を言えば、必要最小限の療養病床があって、そこが地域の在宅ケアやリハビリの拠点にもなってもらうことが必要です。施設が終の棲家というよりは、入居者をつねに地域に戻していける場所にならないといけません。療養病床を経営している側にもそういった意識を求めていく必要があると思います。

岡部 在宅といっても、一戸建てばかりではなく、施設に準じた在宅もありますが、要は皆が在宅中心で施策を考えるという意識転換が必要ですね。

山本 そうですが、施設と在宅のサービスが、面としてうまく繋がらない悩みがあります。施設には、とりあえず生活も含めて保証するという意味での強みもあります。ですから、方向としては、まずどうすれば施設が在宅を支える拠点にもなり得るかという点の議論から始めています。
 また、都市近郊と山間部ではまったく事情が異なります。千葉県は、県域が広くて、東京に近い西部と銚子や房総半島の南部と東北の山間部とでは、かなり状況が違います。よく日本の縮図と言われますが、高齢化率も千葉県域平均では18%ですが、浦安市のように10%くらいのところがあるかと思えば、35%を超えている地域ありますから、市町村によって問題の深刻さが違います。

岡部 そうですね。千葉県にも勝浦市のように東京から一時間で行けるところに、人口減少が続いて、人口22,000人で、高齢化率30%という市があるのは、知りませんでした。勝浦は風光明媚で、大きな病院もありますが。人口が減れば、住宅や学校なども余って来るはずですから、行政が主導してそれを高齢者介護の拠点に転用することも必要でしょうね。

山本 理屈はそうでしょうが、学校の建物を介護福祉施設に転用するのは、大変です。何をするにも、お金が掛かります。

〇三位一体改革と財源問題

岡部 その財源ですが、地方分権の一つの柱となった国と地方の三位一体税制改革では、地方は国から3兆円の税源委譲と引換えに地方交付税が年間4.7兆円削減され、それが地方自治体の活動を停滞させていると聞きますが。

山本 まさにおっしゃるように三位一体というのは、差引きマイナス1.7兆円だけ自治体の側に廻るお金が減ったということです。そのときの議論は、それでも1.7兆円だし、地方の裁量余地が高まるものと期待していたようですが、実際には、教育とか医療福祉とかの自由度がない義務的経費の仕事だけが自治体に来てしまったというのが現実です。もちろん、地方交付金といった形の補助金システムには無駄が多く、よくないのはそのとおりですが。

岡部 でも、財源がないとどうにもならないですね。

山本 千葉県は経済的にも成長しており、企業誘致も進んでいて、人口もまだ増えているので、平成13年から19年の6年間で、県の税収は年間6,300億円から6,800億円強に500億円あまり増えています。ところが、一方で交付税が3,000億円から2,000億円に1,000億円削減されています。その結果、経済を一生懸命活性化させても、県全体としての収入は、年間約500億円減となっているのです。この話をすると、東北地方や山陰地方の知事さんたちからは、「うちなんか、もっとひどい」と言われるのですが。
 一方で、人件費は警察でも消防でも採用した時期が重なっていて現在50歳代の人たちの給料が上がるので、大変です。せっかく、地方分権が進んで、権限や結果的には責任が増えてきて、やりたいことがやれる時代になったのに、肝心の財源がないというのが、地方の苦しいところです。

岡部 交付税を減らすだけではなく、大企業の法人税を工場のある自治体に配分するとかいった自治体間の税源調整も必要ですね。

山本 それもあります。税収が豊かな東京都や大阪府、千葉県でも浦安市などは交付税不交付団体なので、三位一体改革の影響がまったくありません。都道府県間の格差是正だけではなく、今後は県内の税源格差の是正が大きなテーマとなります。もともと税収源に乏しく格差を受けている貧しい地帯を応援してボトムアップをしていくことが大きな課題です。

岡部 そうですね。米国の低所得者向け医療保障のメディケイドは連邦ベースで運営されており、財源は連邦と州で折半が原則ですが、所得水準の低い州については70%くらいまで連邦政府が負担するといった仕組みになっています。これには、批判もありますが、なんらかの形で地域格差を是正する政策は今後ますます重要になってきますね。
 地方分権を進めるには、都道府県で自由に使えるような福祉目的税といったものもあってもよいのではないでしょうか。

山本 あるいは、医療目的の税金も考えられます。医療は市町村単位では難しいですから、格差を是正するための調整機能はやはり県が担うしかありません。たとえば、不採算の救急医療センターについては、これまでは不採算だからといって診療報酬を上げるのではなく、交付税から補助金を出して応援していたのです。ところが、交付税がなくなり、一般財源化されると、一般財源は全市町村で均等に割られてしまうので、過疎地域の救急体制はどうにもならなくなるわけです。

〇後期高齢者医療制度への対応

岡部 75歳以上の高齢者全員が加入する高齢者医療制度が2008年度から新たな独立型の健康保険としてスタートします。保険料は原則として加入者全員から個人単位で徴収、保険料徴収は市町村が行い、財政運営は全市町村が加入する都道府県ごとの広域連合が担当する仕組みです。保険料も都道府県ごとに決定され、制度発足時には全国平均で月額6,200円程度になる見通しのようです。
 ここでも保険料率の決定など都道府県の役割が新たに加わります。この新制度への県としての対応についてご説明ください。

山本 制度としては、健保組合も国保連も関係なく、また全国一律でもなく、県単位で高齢者医療保険を運営することになったのは、よいことです。ただ、これは過渡的な制度であって、将来はすべての年齢層に拡大するのが望ましいと思っています。

岡部 それはそうですね。先進諸国でも、高齢者だけを別扱いしているのは、国民皆保険ではない米国だけですから。

山本 組合健保や公務員共済には抵抗もあると思いますが、いろいろな医療保険が分立しているのではなく一本化して、現状では都道府県単位で運営するのが理想です。
 今のところは、高齢者医療制度の準備に大童ですが、県が保険者になったところで、単にレセプトをチェックして支払を代行する支払マシンの機能を果たすだけでは、まったく意味がありません。レセプトの単なる点検チェックというのではなくて、県が保険運営を通じて、医療動向とか医療の質とか高齢者の生活のクオリティとかの実態をしっかりと把握して、そこから政策提言をする能力を持たないといけないということです。全国の都道府県がそれぞれに独自の分析をして、お互いに比較検討して議論を戦わせるというところがないと、県単位の制度も生きてこないと思います。

岡部 米国の高齢者医療保険メディケアは連邦が全国一律で運営していますが、州ごとに地域係数があって、診療報酬が違う仕組みになっています。

山本 高齢者医療については、すでに部分的には導入されていますが、出来高払いではなく、包括払いを基本にすべきと思います。そのときの包括払いというのは、DPCと同様に、データを揃えてきっちり分析をしなければなりません。そうすれば、高齢者医療の標準化とかクオリティの確保を含めた包括払いが可能になります。

岡部 それは高齢者だけではなく、政管健保の都道府県単位での運営にあたっても同様ですね。

山本 同じです。でも、残念ながら、当面はやはり支払いマシンの部分が強く、この新しい高齢者医療保険のマシンをきちんと動かすだけで精一杯というところです。

〇新しい医療計画の立案

岡部 医療提供体制における都道府県の役割は、これまでの自治体立病院の設置を通じての直接医療サービスを提供する機能から医療サービスにかかるルールを調整する機能、医療サービスの安全性や医療サービスへのアクセスの公平性を監視する役割などへ転換することが求められています。
 このような観点から、これまでの病床規制中心の「医療計画」は、2008年度から内容が大きく変わります。千葉県では、県民のニーズに合わせた地域における体系的な医療提供体制の整備に向けてどのような具体的な施策を「新医療計画」のなかでお考えでしょうか。

山本 日本の医療には、医療機関の機能分担が明確でないとか、医療機関が自己完結型でなかなか連携が進まないといった問題が指摘されており、医療サービスを受ける患者にも、どの医療機関がどういう機能を果たしているのかよく分からないといった状況があります。こういった欠陥を改めるためには、今回打ち出された医療圏ごとに4疾患(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)5事業(救急、災害、へき地、周産期、小児医療)に絞った実施計画の策定の方向性はおおいに歓迎されます。 

岡部 新医療計画では、4疾患に加え、5事業について、どの医療機関がどのような機能を担って地域で切れ目のない医療を提供するか、その連携体制を原則として、個別の医療機関名入りで盛り込むということですね。

山本 そうです。連携体制を確立するには、連携パスとかクリティカルパスとかを活用すべきという議論があります。そのよさは、患者さんにとって自分の医療はどうなっていくのかということが、入院時のオリエンテーションで明確にされ、それをきっかけとして各医療機関の機能分担が明確になることにあると思います。
 機能分担が明確になる過程で他者の目が入りますから、医療の質についても信頼できるかどうかというクオリティ・コントロールにもなります。クオリティが上がると、医療資源の効率的な利用にも繋がります。
 これまでも、局地的にはこのような連携が行われていますが、今回はこのプラットフォームを全県的に作り上げようとする意欲的な試みです。それぞれの地域にある医療資源を自己申告して貰って、実績についてもデータを集積し、それを関係者で議論してもらうフォーラムを作っていくということです。

岡部 機能分担を関係者で議論し、医療の質を評価できるシステムができるというのは、大変な進歩ですね。

山本 それと、もう一つ大事なのは、医療制度改革の一つの柱である医療情報提供システムの構築です。情報の中味は、当初は玉石混淆かもしれませんが、利用者の需要行動がその情報によってキチッと正しい方向に向かっているのかどうかを検証していくことが大事です。たとえば、「24時間診療」という在宅支援診療所の看板は結構ですが、本当に24時間対応しているのか、常にチェックして、正確な情報を流す必要があります。あとは、時間との戦いです。お役所仕事はどうしても時間が掛かるので、スピードアップがポイントです。

岡部 住民にとって重要な4疾患に機能特化する施設を作るのは望ましい方向には違いありませんが、特化できない病院からの抵抗は非常に大きいのではありませんか。むしろ、そんなにはっきりと色付けされては困るという反発です。がんの拠点病院指定でもいろいろな論議がありましたが、心臓と脳と糖尿病といった生活習慣由来のメタボリックとなるとすべての医療機関が関係しますから。

山本 いまの段階では、病院名を全部伏せて医療計画を作っていますので、病院側も非常に協力的です。ただ、これから個別に本当の質の評価が始まって、治療成績の評価云々とかなると、評価にどのような指標を使うのか一つにしてもいろいろな疑義が出てきて、大変なことになるかも知れません。ただ、私たち行政側も、不必要な差別化とかランキング本を作る気は毛頭なく、限られた医療資源を限られた財源内で有効に使うにはどうすればよいかという提携主体の議論ですから、志は共有しています。
 がんの拠点病院については、原則は2次医療圏に1施設ですが、千葉県ではもっと多く選定する方針で臨んでいます。その代わり、指定病院に集約して、治療レベルの均てん化を進めてもらう、ということです。拠点病院には、治療だけではなく、患者からの相談とか、カウンセリングやってもらう方針で臨んでいます。それでも、自薦・他薦で大変です。

岡部 それは大変でしょうね。

山本 もう一つ大事な視点は、どうしてもこういう議論は、医療関係者だけの議論というか業界の議論になりがちなので、難しいことですが、県民に開かれた利用者側の要望をどこまで持ち込めるかということです。医療者側についても、医師だけではなく、たとえば地域連携室の人とか、ソーシャルワーカーの方に聞くと、同じがん拠点病院からでも違う見方が出てきます。ただ、今の時代、情報の公開性が非常に進んできたのは追い風です。

岡部 5事業はすべて重要ですが、へき地にしろ、小児や周産期にしても、すべてに関連するのは救急ですね。千葉県では、すでに救急ヘリの配備もされていますが、消防署の救急体制と医療側の受け入れがどうも噛みあっていないように思うのですが。
 先日も、地元の消防署見学で、救急士さんから搬送先病院を探すご苦労を聞いて驚きました。そもそもそのような仕事は、119番通報で救急車が発進すると同時に、別のセンターで調整して、救急車が現場に到着したときには搬送先が決っているようにすべきではないかと思ったのですが。

山本 今のお話は千葉県でも如実に出ています。周産期医療の問題で、奈良県の妊婦さん問題とほぼ同時に千葉県の事例も随分新聞で報道されました。千葉県では、産院に47回電話をするのに6時間かかったと報道されたのです。これも地域によって大差があります。千葉県でも、たとえば亀田総合病院の近くは、すべての救急をこの病院が受け入れてくれるので、迷うことがありません。

岡部 患者の側にも、臨月まで一回も病院へ行ったことがないとか、いろいろ問題はあるようですが、これは地域の問題として解決するしかありませんね。

山本 それはそうです。千葉県の周産期については、奈良県にはない総合周産期センターがさいわい二ヶ所あるので、開業医の先生、消防はまず主治医に連絡をして、主治医から来た場合には総合周産期センターが、自分が受けるか、受けられない場合にもかならず受け手を探すという制度にしました。ただ、これは暫定措置で、救急全般についてのセンターを作る方向で議論を詰めている段階です。

〇生活習慣病を中心とした千葉県の健康・医療ビジョン

岡部 医療費適正化の柱として、在院日数の短縮に加えて、生活習慣病検診が大きな目玉として入り、その責任の一端も都道府県が担うこととなりましたが、この対策はどうされていますか。

山本 国保の部分は市町村の責任になりますから、市町村は国保の保険対象者について特定健診、特定保健指導を行う責任が生じました。政管健保については、今後の課題です。保険者が、病気になってからの対応だけではなく、健康作りにも責任を持つという基本を明確にしたことはよいことだと思います。ただ、それが医療費の削減に繋がるかどうかは分かりません。

岡部 繋がるかどうかは、やってみないとまったく分からないですね。逆に医療費増に繋がると主張する先生方もおられますから。

山本 ただ、医療費がどうであれ、健康作りに自治体も支援をしていくことで、要長期療養や要介護になる時期が先に延びるのは、住民にとってすごくよいことだと思います。健康つくりを応援する社会資源が地域の中に育っていくのは素晴らしいことです。
 ここでも問題は財源です。財源がないと動けません。メタボリックシンドローム検診の一方でがん対策基本法ができて、がんの検診も義務化されても、保険財源から検診に廻せる余裕は限られています。財源をつけないで、がんに加えてメタボもと、国保の責任だけ増やされても、現場では対応できません。

岡部 そうですね。むしろ女性にとっては、メタボよりもマモグラフィーなど乳がん検診のほうが重要ですね。

山本 そういう意味では、市町村側では、メタボ検診は保険者としてのノルマではないと受け止め、受診率の目標設定なり基準値はあるものの、これまでどおり住民の総合的な健康作りを支援していくという基本線を揺るがせないで、足りないところを徐々に埋めていくという現実的な対応にならざるを得ません。

岡部 たしかに、国保の検診事業については、地域ごとの自主的な判断が重要で、国が一元的に基準を作ってもうまく行かないかも知れませんね。

〇医師不足問題への対応

岡部 最後に、当面の緊急課題である医師不足について、県としての対応をお聞かせください。

山本 医師不足が原因で診療科を休止したり、閉鎖したり、入院は受入れないというような事態は、各所で生じています。いろんな案が、国からも出され、県でも知恵を絞っていますが、短期的にはよい方法はありません。
 千葉県でも、最初は経済的なインセンティブを考えました。私学に通っている学生にも国公立並みの授業料で済むように差額を出すとか、後期臨床研修医にお金を貸与して、その代わり、借りている期間はその自治体内で働くといったやり方です。地方の県ではそれで何人か確保できているところがあるようですが、首都圏では選択肢がたくさんあるので、結果的には借り手が一人もいませんでした。結局、このようは方法では、医師に居ついてもらうのは難しいし、よい医療にはならないであろうという結論に達したのです。

岡部 金銭的なインセティブで、自治体が医師の取り合いをするのは、あまり感心したことではありませんね。

山本 それで、千葉県で育てた医師が地域に定着して地域医療をやっていける環境を作っていくことと、病院も地域の医療機関に対して中核的な技術支援と連携をとれるようにする、その両方をやるしかないというのが、当面の結論です。
 実際にうまくいっているのは、医師研修支援ネットワークというNPO法人を作って、このネットワークに参加している大学病院、県立病院、亀田総合病院などの病院群が、若い医師のための後期研修とその後のキャリアアップになるような研修を行なっている千葉方式です。

岡部 その計画では、研修医数350名を目標にしておられますが、一県一医大では千葉県のような大きな県は大変ですね。

山本 そうです。ですから、医局とは違った千葉県全体の病院群で、それぞれの強みを発揮して研修医の段階から支援して行こうというアイディアです。もう一つは、千葉大学の中に極めて学生の人気が高い総合医を育てるコースがあるので、大学側が講座を増やせるように県もそこに財政支援をしています。そこで育った総合医が県立病院なり公的病院に出ていくには数年かかりますが、そういうやり方がベストではないかと思っています。

岡部 それはそうですね。それから、病院の集約化はやはり医師不足対策として有効ではないかと思いますが。

山本 ただ、集約化は行政が主導するのではなく、関係者間での議論が前提となります。たとえば、小児科領域は集約化の議論を小児科医会と千葉大学、それに行政が一緒になって議論をしました。そうすると、県内でどこに医師を集約化するのがよいかというコンセンサスが得られ、現実にも、その結果どおり、千葉大の小児科の医局が限られた人材をその病院に配置してくれたということがありました。

岡部 まだまだお伺いしたいことがありますが、本日はこの辺で。お忙しいところ、ありがとうございました。

 (2008年3月10日発行、医療経済研究機構レター”Monthly IHEP"No.162号p1~11所収)

 

 

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