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医療法人近森会常務理事管理部長川添曻氏とのIHEP巻頭インタビュー  ~地域医療・地域リハビリテーションの実践理念


話し手:医療法人近森会常務理事管理部長  川添曻氏
聞き手:医療経済研究機構 専務理事   岡部陽二 020901withMrKawazoe.jpg

 

 

 

 

  高知県高知市にある医療法人近森会は1946年に近森外科として産声を上げ、現在では「急性期医療からリハビリテーション・在宅医療まで」のスローガンの下、急性期入院加算病院、回復期リハビリテーション病院、老人保健施設、精神科専門病院、在宅総合ケアセンター等、結核、感染症を除く医療のフルライン機能を揃え、地域医療、地域リハビリテーションを実践されています。 
  今回は、医療法人近森会常務理事管理部長 川添 曻氏に、同法人の事業概要や基本理念等についてお伺いしました。

〇 2002年度の診療報酬改定について

岡部 近森会に来られる前は海運会社に勤務されておられたとお聞きしましたが。

川添 約30年前ですが、私は海運業界に身を置いていました。しかし、当時ドル安やオイルショックの影響で、経営基盤の脆弱な海運会社は次々と倒産し、私の勤務していた会社もそのうちの一つとなってしまいました。
 戦後、日本の海運業界は目覚しい発展を遂げました。しかしその姿は、長銀や興銀などの政府系金融機関により手厚い利子補給付き融資を受けた、まさに護送船団でした。そして政府による保護が無くなった時、経営基盤の脆弱な会社は潰れていきました。
 やむなく故郷である高知に帰って、転職先として医療業界に身を投じた訳ですが、この業界も規制によって保護されることの多い、護送船団方式であったことは不思議な縁を感じています。

岡部 その規制にも改革のメスが、非常に早いスピードで入ろうとしています。今回の診療報酬改定については、どのような印象をお持ちですか。

川添 多くの反対意見もありますが、私自身は非常にリーズナブルな改定だと受け止めています。従来の医療の量や仕組みに対する評価から、医療の質そのものに対する評価へと大きく転換しており、基本的な方向性は間違っていないと思っています。

岡部  質に対する配慮がかなりの部分でなされている点については、確かに評価できると思います。ただ、良い医療に加算をするのではなく、質の低いものに対して減算するという色彩が濃くなっている点についてはどうお考えですか。

川添  減算というとマイナスのイメージを持ってしまいがちですが、入院基本料を取得している医療機関であれば、褥瘡対策や医療安全管理体制などは当然実施すべきことと理解しています。
 また、手術に係る施設基準の見直しによって、手術料が既定点数の7割にまで減算された施設もあります。これについても、地域性や地域における医療機関数などもう少しきめ細かい配慮は必要かと思いますが、それを克服していくことで医療の質の向上に繋がるという前向きな捉えが大切だと考えています。平均在院日数についても、これほどドラスティックな短縮になるとは思っていませんでしたが、捉え方は同様です。
 高知市は全国平均の2倍もの数の病院、病床があり、市内の急性期病院のベッドは随分空いています。今回の診療報酬改定は平均2.7%の減額となっていますが、提供するサービスによっては10%以上の減収を余儀なくされている医療機関もあります。まさに死活問題であり、不満が出るのは当然かもしれません。しかし、質が高ければ患者さんは集まります。このような当り前のことが、やっと評価されてきたとも言えるのではないでしょうか。

〇 近森会の歴史と基本理念について

岡部  従来は出来高払い制のもとで、多くの病院が増床等の拡大方針を推し進めてきましたが、近森会では早くから「医療は量ではなく質である」と発想を転換されていました。その動機はどこにありましたか。

川添  1985年に第1次医療法改正で地域医療計画ができ、病床規制が始まりました。そうした時期に近森会では前理事長が亡くなり、現理事長が跡を継ぎました。現理事長は量の時代から質の時代に変化していくことを早くから予測し、1980年代当時としては確たる増収の保証のない、質的投資である外来や中央診療棟の改築に着手しました。レベルの高い施設を作り、優秀なスタッフを集めて質を高めることは、今では当り前ですが、当時としては随分勇気が必要な経営的転換だったと思います。
  その後ほどなくしてリハビリテーション科の石川誠先生が赴任され、改革の大きな原点となって頂きました。当時リハビリは赤字というイメージがありましたが、先代の院長も大変先進的で、既にPT、OT、STまで揃えてリハビリに注力されていました。ただ、指令塔として的確な指示を出せる医師がおらず、セラピストを中心とした体制になっていました。
 石川先生が近森会でなされたことを2つばかりご紹介致します。
  一つは、急性期から在宅への間にリハビリテーションの必要性を認識させ、この一連の流れの中で病院の質的向上と改革を行ったことです。巨額の設備投資は必要でしたが、急性期の患者さんを早く確実に在宅まで送り届けようという理念の中に、リハビリという概念が入ってきたことは我々にとって医療の流れのなかでの必然でした。1989年に石川先生や当時のスタッフの努力で近森リハビリテーション病院を立ち上げ、その後回復期リハビリテーション病棟という、日本の医療を変えるシステムのスタートに至りました。
 リハビリ患者の供給源である急性期病院が、自前の医療グループ内にあったこともリハビリが大きく機能した理由の一つですが、今ではわれわれの医療グループで完結するのではなく、それぞれの機能を地域の病院・診療所の医師や患者さんに利用して頂く方向に進んでいます。これも医療の必然性だと思っています。
 二つめは、特にリハビリの場合、患者さんに効果的なサービスを提供するためには、PT、OT、ST、SWなどが一つのチームとして機能するスムーズな組織体制が不可欠です。しかし、当時リハビリには急性期病院の後始末的なイメージ、二軍的なイメージがあり、そうしたマイナスイメージを払拭しなければなりませんでした。全スタッフが専門領域を担当しながらチームでアプローチしているという意識を持たせ、モチベーションをどんどんアップさせる必要がありました。その手法は、各スタッフの平等な立場からのディスカッションによって一つの方向性を決めるものでした。楽しいだけでなく、大変厳しいトレーニングでもありました。
 われわれは積極的にPT、OTの実習の受け入れをしており、その学生達から卒業時に就職したいと言って頂くことは従来からありましたが、リハビリテーション病院ができた頃からはそういった方々が加速度的に増えました。われわれスタッフのモチベーションの高さを感じ取ってのものだと思います。お蔭様で、我々がPTやOTの不足に悩むことは少なくなりました。

岡部 どこの企業や医療機関にも紙に書いた「理念」はありますが、その理念を経営に生かすには、川添さんがおっしゃるように、職員一人一人に常日頃から理念に則って行動させる動機付けを徹底することが基本だと思います。その点、急性期の患者さんを早く確実に在宅まで送り届けようという理念のもとで、職員全員にその考えを浸透させ、モチベーションを維持・向上させながら実践されている理事長はじめ管理者のご苦労には頭が下がる思いです。
  アメリカではCustomer Satisfactionの考え方が非常に進んでいますが、そのCustomerの中に職員も入っています。日本ではCustomerに職員を入れるという発想はあまりありませんが、今のお話でそのことを思い出しました。

〇 地域医療連携の推進について

川添 2000年9月末に「医療の質を求めて」というアメリカへの研修旅行に参加させて頂きました。その際、シアトルの病院でのレクチャーで「三つの満足」が取り上げられました。患者・家族・地域の人々の満足、先程言われた病院職員の満足、そして医師の満足です。医師とは病院を利用する地域の医師のことでした。患者さんに選ばれると同時に地域の先生方に選ばれる病院作り、これは今後地域医療連携を進める上で非常に大事であり、近森会の目指す方向だと実感しました。

岡部  そうした海外での研修旅行などから得られた発想かと思いますが、近森会では患者さんにかかりつけ医を積極的に紹介するための冊子を作成し、配布されています。非常に立派な冊子ですが、その効果はいかがですか。

川添 理事長のアイデアで作成しました。コストも掛かっていますが、非常に好評で既に1万部ほど出ています。大幅という訳ではありませんが、紹介率も順調に伸びています。
 この他地域医療連携を進めるために、われわれは早くから逆紹介を積極的に実施しています。1ヵ月に400~500件の紹介状を地域の先生方に出して患者さんを診てもらっており、特に救急の患者さんについては、当面の縫合処置などを施した後、すぐに紹介状を書いて地域の先生にお任せするようにしています。
 病院が紹介を受けるだけではなく、こちらから積極的に紹介させて頂くことで、お互いに敷居の高くない、よい関係の中で地域連携できる環境作りを目指しています。また、そのためには24時間いつでも患者が診られる、不測の事態が発生しても地域の先生方から安心してお任せ頂ける体制作りも大切だと考えています。

岡部 わが国医療制度の特色の一つであるフリーアクセスの弊害かもしれませんが、風邪をひいただけで大学病院や大病院で受診するような、大病院指向の患者さんが一向に減少していません。地域医療連携、機能分化を推進されているお立場として、病診連携についてのお考えをお聞かせ下さい。

川添 重篤でシビアな局面の患者さんを診るのが、病院の本来の役割です。地域医療連携の推進には、厚生労働省を始めとする行政や医療機関による患者さんへの教育も必要かと思っています。

〇 今後の課題と目標

岡部 最後に貴法人の今後の課題・目標についてお聞かせ下さい。

川添 われわれ医療業界に従事する者にとって、大事なことは「医療の質」の追及だと思います。医療とは元来パブリックなものですから、情報の開示を確実にできる病院が求められます。そしてそのためには、情報開示に耐えうる医療の質の追及が重要です。今回の診療報酬改定や、医療法の改正に伴う広告規制の緩和からもそのことを痛感致しました。 
 近森会も、そうした方向に今まで以上に進んでいかなければならないと思っています。私的病院ですから、経営面において確実に利益を確保し、その確保した利益で医療の質の向上のための投資を続けていきます。それは物だけでなく、当然人に対する投資も必要です。病院の経営は利益を目指すものではなく、医療の質を上げるためのものです。しかしながら、利益を確保することは、医療の質をさらに向上させることに繋がると考えています。 

                                                    (取材/編集: 広森)

(2002年9月、医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.102 p2~6所収)

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