話し手: 稲城市福祉部高齢福祉課長 石田光広氏
聞き手: 医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二
今回は、介護保険法制定以前から地方自治体の介護行政に深く関わられ、とりわけ、介護予防については昨年の同法改正前から積極的に注力して成果を挙げられています、稲城市の石田光広課長から地域介護行政の現場の声をお伺いしました。
稲城市は、昨年来、高齢者が介護保険施設や地域支援事業などのボランティア活動に一定回数以上参加した場合には、介護保険料を年間5,000円控除する「介護支援ボランティア特区」を提案するなど、介護保険料の設定を弾力化し、地域ぐるみで介護レベル向上を目指すユニークな試みを展開しておられます。
石田課長ご自身のご経歴もユニークで多彩です。1979年に工学院大学工学部電気工学科を卒業、直ちに稲城市入庁、情報技術を生かして多くの部門で活躍の後、1995年からは福祉介護部門に専念。その手腕を買われて、2001年から二年間、厚生労働省老健局に「老人保健福祉計画官」として出向、介護保険の円滑な導入に尽力されました。
さらに、仕事の合間を縫って、1995年には多摩大学で経営情報学修士課程を修了、2006年には高千穂大学で経営学の博士号を取得されている大変な勉強家です。また、「介護保険なんでも質問室(2006年、ぎょうせい)」「Q&A介護保険と周辺制度をめぐる実務(2001年、新日本法規)」「介護保険課(2001年、ぎょうせい)」など多数の介護関連実務指導書を執筆しておられます。
〇 介護保険サービスへの稲城市の取組みと住民からの評価
岡部 稲城市は、介護保険導入当初から住民へのユニバーサル・サービス提供を強力に進められ、ほかの市町村に先駆けて「介護予防」にも取り組んでこられた介護先進自治体の一つと伺っています。その成果として、高齢者介護施策に対する住民の充足感は高く、要望とか不満というのは極めて少ないのでしょうか。
石田 有料老人ホームなどの施設の数は稲城市の高齢者人口から見た必要数を大幅に上回っており、他市からの流入が問題になっています。住民からの不満といったものは、要求度に対する到達度の問題ですから、行政側はある程度達成されたと思っていても、住民の満足度が100%ということにはなかなかなりません。これは、サービス業の宿命です。ですから、市としては、不断にサービスの水準を高めつつ、常に住民からの要望を吸い上げて活性化していくことが重要であると考えています。
岡部 わが国の医療に対する国民の評価にも、共通するところがありますね。国際的に比較すれば、医療のレベルはけっこう高いのに国民の満足度は低いという、ここのミスマッチは大きいと思うのですが。
石田 その原因の一つには、役所は説明が下手ということもあります。あまりにも正確に伝えようとすると、逆に大事なところがぼやけてしまうようなことが、どうしても起こりますね。
岡部 ところで、稲城市のような介護サービスの模範都市ということになれば、ほかの市町村からも注目されているわけですね。介護サービスの充足度を比較する尺度には、どのようなものがあるのでしょうか。
石田 充足度については、介護サービスそのものと、介護に至る以前の介護予防とに分けて考える必要があります。この双方を車の両輪のように手がけています。要介護状態になってから手を打つのではなくて、もっと手前の段階から、予防段階でのサービスが住民の中に普通に採り入れて貰えて広く行き渡るような施策に力を入れてきました。介護予防の考え方が浸透することに力を入れてきたということですね。
介護保険が始まる以前の措置の時代から、介護福祉サービスはあったわけですが、かつてのサービスは、措置であったという問題もあるものの、サービスが必要な人が発生してから、それに手当をするというような、どちらかというと後追いが基本であったわけです。それが、介護保険の発足で、大きなインパクトを与えられました。単なる福祉制度の変革であれば、これほど自治体が汗かくことはなかったのですが、介護保険が市町村の責任で実施されることになって、われわれは危機感を持ちました。それは、住民から保険料を頂戴する以上は、その保険料を効率的に使いながら住民の満足度を高めなければ、住民の支持が得られないということです。これは地方自治の根幹にかかわる問題です。
岡部 介護保険料の徴収には、医療保険にはなかった年金天引き制度が導入されましたが、やはり徴収事務は大変でしょうか。
石田 そうです。やはり新たな負担を住民に求めるということには、非常に大きな抵抗感があります。まして介護の場合には、多くの元気な高齢者は、自分は介護を受けないというつもりで生活されていますから、その方から高齢者全体の介護のための莫大な費用を平準化して、一定割合の保険料を徴収するということは、なかなか大変な仕事の一つです。
岡部 保険料の徴収対象となっている約一万人の高齢者の中で、自動的に年金から引落しができず、直接住民と折衝して納めて貰わなければならない人の割合は、どれぐらいあるのでしょうか。
石田 人口比では二割ぐらいです。徴収額の割合では、かなり小さいのですが、やはり新たな負担を制度として求めることには、多大の努力を要します。まず、最初は対象者に納付書をお送りし、払われないところへは個別訪問もしております。
岡部 免除制度があっても、制度上なかなか全免はできないですから大変ですね。
石田 そうです。でも、見方を変えると、保険料徴収の困難性が、ある意味では自治体を駆り立てるよい刺激になりました。保険料に見合った満足度の高い介護サービスを用意しなければならないとか、仕組みをいかに公平に、かつ保険の抱えるリスクを減らすために、元気な高齢者を増やして、できるだけ介護の対象者にならないような施策を考えるといったことです。保険のメリットには、特定の人に多くの給付が行われるという、そもそもの原理がありますから、給付と負担をどこで調和させるかという点も重要です。さらに、自治体の施策の色合いも残っているので、福祉政策との兼ね合いも考えなければなりません。
岡部 そうすると、その介護保険制定前には、保険者を国にすべきか、都道府県にすべきか、市町村に任せるべきかという議論が闘わされましたが、結果として市町村になったことは、非常によかったと見ておられるのでしょうか。
石田 そうです。私は市町村が保険者になったのはよかったと思っています。
岡部 一方、国保や政管健保の医療保険分割論議では、都道府県が保険者として最適ではないかという方向で議論が進んでいますが、介護保険とはどう違うのでしょうか。
石田 介護は治療が中心の医療とは根本的に違うのです。介護保険の場合には、地域における生活そのものが対象です。生活を補完するという意味合いが非常に強いのです。医療の場合には、慢性期もありますが、急性期が中心で、そもそも病院で暮らすという発想はないわけです。
岡部 なるほど。暮らしに密着した介護サービスと、病院での治療とは本質的に違うということですね。確かに、ガン治療専門の中核病院は一都道府県にいくつかあれば十分で、市町村全部にある必要性はないですね。
石田 そうです。市町村が、町づくりなり地域づくりの中心です。人が地域で暮らすという視点で介護を受け止めると、それなりに生活を支えるサービス全体との調和が必要になります。自治体としても地域で暮らし遂げるということに、どう関与するかが重要です。なかなか十分なサービスを用意できていない地域では、保険料は徴収されるけれども、十分な介護サービスがないという事態に陥ります。そういった事態に追い込まれないように、地域づくりと一緒に介護の体制作りにも頑張らなければなりません。
〇 介護予防への取組み
岡部 「介護予防」は介護保険施行後5年目の改革で非常に重視されたコンセプトですが、この介護保険法改正を待たずして、稲城市では、介護保険の発足当初から予防にも力を入れてこられたというのは、どういう動機からでしょうか。
石田 それには、介護給付費と介護の対象者数が介護保険発足後に急速に増えてきたという背景があります。介護保険対象者の出現率は、ある程度までいくと止まるであろうと予測していましたが、実際には増え続けたのです。
岡部 介護対象者の出現率が急速に増えたのは、潜在的なニーズが顕在化しただけではなかったわけですね。
石田 そうです。イージーにサービスを使いやすいというところが、多少あるということです。それから、介護サービスには、要介護状態に対応した医療的あるいは身体介護的なサービス中心のものと、ホームヘルプサービスのような生活支援型のものがありますが、後者のお手伝いさん代わりに使われるようなサービスへのデマンドが急増しました。
また、今回の改正でもいろいろ議論されたところですが、ベッドで食事をとるようになると、なかなか歩かなくなり、それが歩けなくなることにつながったりします。過剰なサービスはむしろ状態の悪化を早めるということが、われわれにも感覚的に分ってきましたので、介護保険の対象者にならないようにするにはどうしたらよいかという観点で考えた次第です。これまでは「介護予防」という鮮明な概念はなかったと思いますが、稲城市では、介護保険発足当初から保健師を中心に介護保険の対象者にならないようにするにはどうしたらよいかという対策を地域づくりの核として取り組んできました。
岡部 一部には、介護予防というのは、もうそもそも運動する気がないような高齢者を探し出して無理やりに運動をさせるのではないかといった批判もありますが、そうではなくて、病気や要介護状態にならないうちから健康作りに励んでもらおうという考え方ですね。
石田 そうです。たとえば、稲城市では多摩川の土手を歩くとか、地域の公園を歩くといったことです。それから、友達とお茶を飲みに行くとか、お互いに声を掛けあって体を動かすといったコミュニティ活動そのものが、実は介護予防につながります。自治体の役割は、そのような活動を後押しするとか、あるいはちょっと自力では歩けなくなった方に対して、場の提供をするといったことが主体になります。これを当初は、介護保険の一環としてではなく、一般事業として行なっていました。
岡部 一般財源を使った資源投入をしても、それが保険給付の節約につながっているということは、実証できているのでしょうか。
石田 そうですね。厳密な実証はなかなか難しいでしょうが、要介護状態になってからサービスを使うよりも、予防に力を入れた方が高齢者のQOLも高まります。介護給付費についても、平均して2週間要介護状態になるのを遅らすことができただけでも、全体では相当効果があります。数値目標として、こういったものを掲げるということが非常に重要であると気がついたわけです。
稲城市には、現在約1,500人の要介護者に毎月の給付費として2億円ほど使っています。介護保険が始まった当初の毎月1億円から倍増しました。しかし、高齢者が要介護状態になるのを平均して2週間遅らせることができれば、この2億円の半分が節約でき、この1億円を使えば、いろいろな地域施策ができます。そういったお金の効果的な使い方も含め、介護予防は自治体・住民の双方にメリットがあるものと考えています。
岡部 要介護になることはみんな一日でも遅らせたいでしょうから、その目的に向かって介護予防は有効に働くということですね。
石田 寝たきりになる期間をいかに短くするかということは、住民にとってもプラスであって幸せなことであるし、目的でもあるわけですから、そういった目標を目に見えるような施策としてPRしていくことによって、介護予防を浸透させることができると思うのです。
特定の人に筋力向上トレーニングとか介護予防教室を開いても、その対象者だけにしか効果はありません。けれども、自分でできる介護予防も含め幅広くPRし、地域で少しでも多くの方に理解してもらえれば、その取り組みが介護予防につながるのです。
岡部 そうすると、地域活動としてやってこられた介護予防の事業はそのまま残しておいて、それにプラスアルファの形で、新しい介護保険による介護予防の事業がなされているのでしょうか。
石田 原則としては、そうなっています。これまでの介護支援の実績があったからこそ、今回の予防給付への転換もスムーズに行われ、しっかりとした事業ができるようになりましたし、またボリュームも増えました。また、それに関わる職員の体制も充実してきたということです。
岡部 そうすると、地域のグループ活動などへの支援の費用は減らないわけですね。
石田 減らないです。介護予防のグループ活動をやってきた人たちは、一年に一度公民館のホールで発表会を開催して、舞台でこの一年間やってきた介護予防体操なり踊りなりを発表しています。それが別のグループ活動のインセンティブにもつながるので、こういった繰り返しの結果、介護予防の地域活動の裾野はむしろ広がってきています。
岡部 なるほど。稲城市では、地域のグループ活動が非常にうまく回転しているわけですね。
石田 そうです。また、実際の活動をDVDに記録して見直すことによって、自分たちの活動をまた自分たちで見つめ直して、活性化につなげるといったことも期待できます。
岡部 その介護予防をやっておられる対象者は何人ぐらいいらっしゃるのでしょうか。
石田 現在、300人以上はいますね。。
岡部 介護保険の給付対象者約1,500人と対比しても、結構多くの方が参加しておられるのですね。
石田 地域支援事業の中での公式の定員は150名となっていますが、グループ活動ですから、定員に数えられない人たちが結構多く参加しておられ、もう少し裾野の広がりはあるかもしれません。
○ヘルパー・サービスの抑制とケアマネジメントのあり方
岡部 介護予防の導入を機に、今回の介護保険法改正では要支援のⅠとかⅡとかの要介護度でのホームヘルプサービスの給付が抑えられましたが、その効果は十分出ているのでしょうか。
石田 これは、まだよく分析して見ないと分りません。一方で、たしかに不必要なサービスは、要介護状態になることを促進するといわれています。また、電動車椅子とか電動ベッドが無秩序に使われることによって状態の悪化を促進するともいわれて、稲城市でもそれを是正してきたところです。いずれにせよ、個人的には、生活支援型のサービスにどれだけ公費を投入して、介護保険で賄えるのか、なかなか水準を決めるのは難しいと思っています。保険の規定が生活水準を決める懸念もありますので、慎重に対応しなければなりません。
例えとしてはよくないかも知れませんが、かつては市の公用車にオートマチックはほとんどなく、またパワーウィンドウなんていうのは、ほんと付いていなかったし、エアコン付きも、非常に贅沢な車だったわけですが、いまやそれが当たり前になってきています。これと同様に、介護サービスの水準、生活支援の水準も、求められている水準のレベルが高くなって来ているのは事実です。ですから、給付の水準をどこで切ればよいのかというのは、私にはまだよく分りません。ただ、保険給付としてのコンセンサスが得られる範囲での給付に抑制するということは、いま多くの方の合意を得られているわけですから、その範囲内で工夫をしてできるだけ不満感が残らないように行うということになると思います。
岡部 よく説明さえすれば、生活補助的なサービスの抑制には、それほど大きな抵抗感はないわけですね。
石田 そうです。それほどの大きな抵抗感はなかったと思われます。これは、ケアマネジメントの能力が問われるところです。稲城市ではこのケアマネジャーに対するチェックを厳格に行い、たとえばケアプランの内容を普段からよくチェックをして、不必要なサービスが入らないような体制をとっていましたから、今回の見直し改正でも大きな混乱はなかったと言えます。
岡部 それは理想的ですね。ところで、そのケアマネジメントの体制でよくいわれるのは、ケアマネジャーというコンセプトが先進的過ぎて、うまく機能していないのではないかという批判が聞かれますが、実態は如何でしょうか。ドイツの介護保険ではケアマネジャーは使っていないですね。とりわけ、これだけ多くの民間の業者が出てきますと、施設とかプロバイダー寄りの人がケアマネジャーになっていて、真に利用者の側に立った判断ができないとか、公正中立性が欠けるといった弊害は見られないでしょうか。
石田 これも医療と対比して見るとよく分るのですが、医師と患者という関係ではなくて、ケアマネジャーの立場は発注者と工務店の中間に位する設計事務所というような関係にあります。三者がそれぞれの役割を厳格に自覚する必要がありますから、ケアマネジャーに公正中立な立場で頑張ってもらいたいという思いはあります。
プロバイダー寄りというのも、やはりケアマネジャーだけでなかなか事業として成り立ないという事情もありますので、これは現時点では、ある程度やむを得ないと思います。ただ、一事業者だけのサービスでは、地域全体の高齢者を支えられませんから、ケアマネジメントの業界でも、やはり複数の事業者がサービスの質を競って、よいケアマネジャーが残るようになってもらいたいものです。
岡部 稲城市の場合は、稲城市自身がケアマネジャーを持つということはなく、全面的に委託でやっておられるわけですね。
石田 そうです。稲城市役所では、ケアマネジメントの結果を見て、それを評価させていただくということはしています。稲城市役所が事業者指定を受けて、事業者としてケアマネジメントをやるということはしていません。ケアマネジメントの市場があるので、市民はそのなかで最適な業者を選定する方が合理的です。もっとも、私の個人的な考えでは、地域に資源がなければ税を投入して自前でやった方がよい場合もあると思います。
岡部 稲城市の場合には、そういうちゃんとした業者が見つかったということですね。地域包括支援センターも委託方式で運営さてれているのでしょうか。
石田 地域包括支援センターも委託にしました。地域包括支援センターは、軽度の方のケアマネジメントを行う機関で、これは厚生労働省の青写真では、できるだけ公設が望ましいという考えが示されました。稲城市では、委託にするかあるいは公設でやるかを運営協議会でメリット、デメリットを挙げて具体的に議論をしてもらいました。そこで、公設でやった場合には、中立公正が守られるとか、あるいはいろいろな公的機関の紹介ができる、サービスのメニューが多いといったプラスの面が認識されました。一方、民間事業者に委託をした場合には、サービスに近い所にあるので、専門性が高いとか、あるいは休日・夜間の対応ができるといった利点が挙げられたのです。
岡部 保育所と同様ですね。
石田 ええ、そうですね。そういったメリット、デメリットを比較して議論していただいたところ、市民の皆さんが、中立公正も大事であるけれども、サービスに近く、24時間開いていて安心というところが評価されたので、住民の意思で委託方式を選択しました。
〇 保健・医療・介護・福祉政策の一元的運営
岡部 介護予防は、いわば保健の分野であり、介護自体は介護保険法施行以前の措置制度の下では社会福祉の一環として捉えられていました。また、慢性期の高齢者医療と介護とを厳密に分離するのは、不可能です。このような状況を考えると、高齢者については、保健も医療も介護も生活福祉も、一つの窓口で一緒に扱うというのが理想ではないでしょうか。
石田 そうですね。流れは、高齢者なり高齢者世帯が必要なニーズを、同じ窓口で、ワンストップサービスを提供するという方向に動いています。それが今まさに始まりつつあるという段階です。その第一歩が地域包括ケアであり、今回の地域包括支援センターの姿と思っているのです。
介護保険が始まったときには、福祉事務所の関係者は、これはもう福祉ではないというふうに意識をしていました。また、新しい介護業務の姿も、要介護認定、ケアコード、介護報酬に対するコードなども一つのシステムとして機能するようになりました。かつての福祉事務所では、経験の長いケースワーカーが個別処遇として手当をしていたわけですが、介護保険導入後は、どこでも同じ状態の方については同じ判定が下され、サービスも標準化されたということです。
岡部 しかも、それが契約化されたわけですね。
石田 そうです。これは、ちょっとした革命でした。以前は、福祉の限られた予算のなかで、優先順位を決めて配分をするのが仕事でした。所得がない方とか、単身世帯の方とか、優先順位を決めて、サービスを提供しましたが、投入される資源の量は限られていて動かないという考え方が基本にありました。
介護保険導入後の最大の変革は、他の自治体と比較もされ、またサービスが必要な人が増えると事業者が参入してくる。その結果、市場が大きくなります。逆に、サービスが必要な人が減ると、サービス事業者は撤退し、必要以上に大きくなりません。ですから、われわれ自治体からすると、対象者が増えると給付も増えますが、それだけのサービスをすべて公費でする必要はありません。介護保険のメリットはそういうところにあります。予算に縛られず、サービスは標準化されているので、市場が自然と大きくなる。かつての福祉事務所では、サービスを自分で作らなければならなかったのですが、そういった心配がなくなったということは、非常に大きな変化です。一方で、サービスへの需要に歯止めが利かないという問題は出てきていますが。
岡部 サービスはいくらでも提供されるけれど、お金がかかるというわけですね。
石田 そうですね。介護サービスを必要とする人が増えれば、自治体も負担をせざるを得ないというシステムなので、これはある意味ではコントロール不能という部分もあります。介護保険には、このようによい面も悪い面もあります。ただ、これから団塊の世代がいずれ高齢期を迎え、世の中が介護一色になる時代が、もう間もなくきます。そうなると、従来の公費だけの仕組みのなかでは、対応不可能にならざるを得ませんでした。介護保険で市場原理を導入したということは、非常によかったと思っています。現にサービスの提供者も二倍に増えていますし、介護の水準が短期間にこれだけ上昇したということは、非常に大きな成果であったと評価しております。
岡部 介護と医療との関係も石田課長の課で調整しておられるのでしょうか。
石田 ええ。稲城市は市立病院を持っていますので、われわれは地域の開業医さんと介護保険での連携を常に保つということが重要です。稲城市の医師会は、介護保険に対して非常に理解があります。たとえば、医師の意見書を書いていただく際に、通常は一枚一枚の意見書に支払いをするということになるわけですが、稲城市では一括して医師会に受けていただいています。
岡部 安くあがるわけですね。
石田 請求書が一本で来ますし、医師の意見書の書き方の講習会もやってくれて、全体として介護保険に対する診療所のお医者さんの理解は非常に高いです。
認定審査会の委員にも、地域のお医者さんが関わっていますので、地域の高齢者に非常に密着しています。介護と医療とは切り離せない感じがします。
〇 「介護支援ボランティア特区」の提案と調整交付金の仕組み
岡部 稲城市では、高齢者同世代の助け合いで給付抑制を目指すべきとの考えから「介護支援ボランティア特区」として、高齢者が介護保険施設や地域支援事業などのボランティア活動に一定期間以上参加した場合には介護保険料を5,000円控除するというユニークな提案をしておられます。この提案は、まさに受益者が自分でサービスをする自己完結的な、非常によいアイデアと思うのですが、どこに問題があって通らないのでしょうか。
石田 それはですね、私どもの提案は「社会保険原理の根幹を揺るがす」ということだそうです。
岡部 でも、この提案は保険料の減額を求めることがねらいではなく、地域で活躍するボランティア増やし、その結果、元気な高齢者が増え、保険給付費全体が抑制されることを目指すものですね。
石田 ええ、そうです。われわれの目的は、地域で地域のために、元気な高齢者にも介護支援ボランティアサービスを提供してもらって、高齢者を地域全体で見守ってもらおうということです。そういったボランティアの方たちのがんばりを褒めるという趣旨です。要は、なかなか制度の枠組みには馴染みにくいというようなことのようですが、まだ議論が続いています。
岡部 保険料の減額がそもそもの趣旨ではなく、要するに、高齢者のボランティアを奨励しようというインセンティブですね。
石田 そうなのです。そういった観点から、稲城市の中では評価を得て、ぜひやるべきであるという意見が非常に多かったのです。今回、この施策を打ち出した理由の背景には、昨年、保険料を3,300円から4,400円まで1,100円も引上げたことがあります。33%もアップしたわけです。しかも、この値上げは稲城市の介護費用が増えたこと以上に、他の自治体の費用増によるところが大きいのです。さらにこれからも要介護者は増え続け、そして保険料負担が増えるということに対して何の手立てもできないのでは、説明責任を果たせない。稲城市では保険料を上げないための施策をきっちりと目に見える形で打とうと考えた次第です。
岡部 現行の介護保険料体系では、稲城市のような若い高齢者が多い市町村は、国からの「調整交付金」が減額され、住民の保険料負担が高くなるといった矛盾もあるようですが、この仕組みは石田課長の書かれた本にも書いてないですね。どういう仕組みなのか、住民にはなかなか理解できないのではないでしょうか。
石田 これは調整交付金の仕組みで、いわゆる国が負担する介護保険の負担は25%と言われているのですが、この25%が実際は20%部分の負担金と5%部分の交付金とに分かれているのです。20%は一律に国の負担金で、これは給付費に応じて自治体が受け取ることができるのですが、5%については弾力化されているのです。弾力化というのは、大都市のように給与所得者が多く年金をもらっている方が多い自治体や後期高齢者の少ない自治体分を減額して、所得水準が低く、高齢者が多い地方の市町村へ手厚く配分する仕組みで、それなりに合理性はあります。問題は、この5%部分を減額された自治体はこの分を高齢者が支払う保険料に転嫁しなければならない点にあります。
岡部 そうすると、極端なケースでは、国から30%受け取るとところと、20%しか受け取れないところがあるわけですね。稲城市はどうなっているのでしょうか。
石田 稲城市の5%部分は、昨年はゼロでした。自治体間でお互いに助け合うという仕組みですから、稲城市の高齢者は地方の高齢者に仕送りをしているわけです。稲城市の場合、この5%部分の負担が高齢者一人につき月900円となり、本来であれば3,500円で済む保険料が4,400円となっているのです。
岡部 そんなに大きな開きがあるとは、知りませんでした。
石田 事実そうなのです。今年、稲城市は1,100円保険料を引上げましたが、このうちかなりの金額は調整交付金の影響によるものです。稲城市は高齢化率が低い、あるいは所得水準が高いことから調整交付金が年々減ってついにゼロになったので、それが影響して保険料が高くなったのであって、要介護者が増えたことによって保険料が上がったのではないのです。
これは、住民に説明しづらいところです。地域の住民に説明をするときに、「稲城市は介護保険料が1,100円上がることになりました、なぜ上がったと思いますか。若い高齢者が増えてしまったため、保険料が上がってしまったのです。」と。
岡部 そのとおりですね。でも、それは制度の歪みには違いないけど、むしろよいことかも知れませんね。
石田 そうですね。他の自治体と比較すれば、よいことかも知れません。ただ、そもそも要介護者がその地域に多いので、地域連帯で支えるために保険料が高くなるというのは、わりと容易に理解できますが、若くて元気な高齢者が多いという理由でその地域の高齢者自身に余計に負担をしてくださいというのは、やはり不公平感があります。
岡部 でも、高齢者比率が2割とか3割と高い自治体は交付調整金が増えたところで、保険料の水準は高くなるのではないでしょうか。
石田 そこのところは、よく調べて見る必要があります。場合によると、低い保険料を、国からの調整交付金でさらに低くするようなことも起こり得るのではないでしょうか。地域特性もあって、一概に論ずることはできませんが。
岡部 そうでしょうね。医療との関係も峻別されていないところもあるでしょうから。
石田 そうです。私どもは、調整交付金は保険給付の外枠で、対策費として別枠で用意すべきではないかと考えています。そうしないと、5%分を稲城市の高齢者に転嫁することについて、われわれが説明責任をなかなか果たしにくいわけです。ただ、調整交付金問題というのは、恩恵を受けている自治体も多いので、これが全国的な課題にはならないのが、頭の痛いところです。
そこで、稲城市でできることに着目をして、やはり地域で保険料を少しでも抑制できる施策ができないだろうかという発想が、ボランティア介護保険料控除の提案です。
岡部 介護保険の実態がよく分かりました。ますますのご健闘をお祈りします。
(2007年6月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.154 p1~10所収)