話し手: 社団法人日本薬剤師会 常務理事 漆畑稔氏
聞き手: 医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二
今回は日本薬剤師会常務理事 漆畑稔氏に、医療制度改革に対するお考えや今後の薬剤師のあり方等についてお伺いしました。
〇 医療制度改革議論について
岡部 昨年度より継続して医療制度改革議論が行われています。まずは、改革議論全般に対するお考えや印象をお聞かせ下さい。
漆畑 医療制度改革そのものは進めるべきですが、改革を進める現在のスピードは遅いと感じています。また、抜本改革と言われていますが、「抜本」ではなく現行の制度のリニューアルで止まっているような気がしています。
岡部 そうですね。しかし、現実はそうするしかないのではないでしょうか。
漆畑 おっしゃる通り、現行の制度はよく出来ており、これを大きく変えることは現実的ではありません。しかし、現行制度を軸に物事を考えるのではなく、患者さんや国民も加わって、医療だけでなく社会保障制度全般について現行制度から離れて議論をし、そこから明確な目標、あるべき姿を導き出すべきだと思います。
そうした上で、現行制度をどう目標に到達させるかという議論をした方がよいという気がします。現状では、現行制度の問題点を一つ一つ羅列し、それらをどう解決するかという議論になっています。したがって、現行制度の欠点の議論に多くの時間を費やしてしまっています。
しかも、制度そのものに欠陥があるのか、運用上あるいは人的な要素が欠点として現れているのか、上手く整理されないままに議論が進められています。たとえば、205円ルールの問題でも、省力化策としての205円ルール是非論と205円ルール悪用の議論が混同していたと思います。
それから、その議論の場となる幾つかの審議会について、従来のメンバーに拘りすぎのような気がします。過去からの経緯をよくご存知の方も必要ですが、もう少し斬新な提案のできる新しい人に参加して頂きたいと思います。
そのうえで、その人が発言力を持つ背景を作ってあげないと、従来のメンバーばかりが発言するようなスタイルになってしまっています。結果的に得るものが少ない議論となり、役所が用意した方向に進むしかなくなってしまっています。
私が言える立場でもないのですが、抜本的に改革をするのであれば、議論の方法やメンバー構成も抜本的に見直してはどうかと思います。
岡部 なるほど、改革の進め方に問題がある点はおっしゃるとおりだと思います。では、次に薬価制度に関するご意見はいかがですか。
漆畑 外国価格との調整など細かい問題は残っていますが、現状の薬価制度はほとんど出来上がった制度だと私は思っています。ただ、この制度で対応しにくい薬は、従来とは全く別の仕組みを作るべきだと思います。
薬は医療手段です。この医療手段を継続的に、または必要な時に使うことができる状況を常に作っておくためには、製造者にとっては仮にそれが一時的に使われなくても製造し続けることのできる保証が必要です。
そういう観点から、希少疾病薬などは加算を多くするといった制度のリニューアルで対応するのではなく、従来とは全く別の仕組みの中で製造・開発できる、即ち医療手段としていつも担保される仕組みを作るべきだと思います。
岡部 今後たくさんのゲノム薬が世に出てくるでしょうが、それらについても現状の薬価制度とは全く違った制度が必要になるとお考えですね。
漆畑 はい、そう思います。
それから、一部の国会議員の方々がおっしゃっていますが、価格ではなく償還の問題についても議論の必要があると思います。従来と同じように一律の償還率でよいのか、医薬品の区分で償還率を変えるのがよいのか、他にもっとよい方法はないかなど、医療保険制度改革の議論であれば、償還についても議論すべきかと思います。
また、現状のいわゆる後発品がむやみに多く上市される仕組みは、無駄や非効率的な部分が多い気がします。商売としては否定されるものではありませんが、もう少し統制的なところがあってもよいのかと思います。薬は医療手段と申し上げましたが、同一成分の薬が、たとえば30種類以上もあるのは医療としてどんな意味があるのかと疑問を感じます。
〇 2002年度の診療報酬改定について
岡部 2002年度の診療報酬改定において調剤の場合、重点的にいくつかの評価項目はありますが、調剤技術料や指導管理料は総じて見直し、適正化の対象となり、マイナス改定となりました。これらの影響をどう見ておられますか。
漆畑 今回の診療報酬改定では、マイナス改定を避けて通れない状況でした。しかも、医科、歯科、調剤が1対1対1という同率の引き下げは、大変不公平だと考えています。従来までは薬剤と技術料の比率を按分して引き上げを行ってきましたが、引き下げ時だけ同率というのは、これは不公平でしかありません。今回の改定の大きな感想です。
われわれは医療制度改革全体を見据え、調剤報酬も全面的に見直すべきとの姿勢で2000年度改定から臨んでいます。マイナスだから、プラスだからではなく、今後の薬剤師と患者さんのあるべき姿を見据えながら、その姿勢は変えていません。そうした観点から個別の問題を申し上げると、指導管理料については今回の改定でほとんど目標に近いものができたと思っています。
岡部 いくつかの新設された加算などについて適用例が少ないのが、むしろ問題であって、方向としては評価しておられる訳ですね。
漆畑 これはマイナス改定だからできた部分があります。プラス改定の時には財源は頂くことはできますが、その財源に「注文」がつくことになります。そのため使い途の自由度が制限されてしまいます。今回も全体としては中医協の議論に沿っていますが、マイナス改定ですから「自腹」を切った財源でプラス部分を補っている訳です。その結果「自腹」を切った分だけ自由度が高くなりました。
われわれは2000年度、2002年度、2004年度の3回改定で、調剤報酬の仕組みを抜本的に見直そうと思っています。そのためには今回のマイナス改定が大きなチャンスでした。結果を評価するにはまだ時間が必要ですが、患者さんのために多くの汗を流せばより高い評価を得られるメリハリの効いた仕組み作りにおいて、特に指導管理料は大きな進歩だと思っています。あとは、現場がそれをどう活かすかだと思います。
岡部 調剤技術料についてはいかがですか。歴史的経緯があるのでしょうが、理屈として調剤料が投薬期間に比例して増えるのは不思議な印象を持ちます。
漆畑 おっしゃる通りです。2004年度には調剤料と調剤基本料を見直して、全体を完成に近づけたいと考えています。調剤料には手間賃の部分と日数倍数制というマージンが混同しており、オープンな議論、見直しをしたいと考えています。
岡部 指導管理料については、薬剤師会として大変評価されているというお話でしたが、たとえば欧米などで行われているように、ジェネリック薬に切り換えることの提案を薬剤師が行うなど、さらに高度な指導管理があるように思います。その点はどのようにお考えですか。
漆畑 代替調剤は、アメリカはもちろんヨーロッパでも行われていますが、それは保険給付の仕組みから発生しています。たとえば、コントラクトによって「あなたには一番安い薬しか保険で給付できませんよ」と枠が決められている場合は、医師が一般名で処方を書き、あとは薬局が保険の契約ルールに従って薬を出すことになります。患者さんが高い薬を望めば、その差額は患者さんの負担です。こうした場合、関与している最も大きな要素は、薬剤師ではなく保険の仕組みです。
岡部 日本でそうした高度な管理が必要になるのは、むしろ医療の出来高払いが包括払いに大幅にシフトしてから後のテーマになるのでしょうね。
今回の改定で、薬剤投与期間の規制が原則廃止となりました。これもドラスティックな改定だと思いますが、どのように評価されていますか。
漆畑 型通りのお答えかもしれませんが、医師が患者さんの病態や薬の特性に応じて処方期間を決めることができるという意味では、当たり前のことだと思います。
問題点があるとすれば、とくに慢性疾患の患者さんの場合に多く見られますが、処方が長期化されることへの希望が非常に強い現状があり、患者さんの希望が取り入れられることは決して悪いことではありませんが、医療上の理由ではなく長期投与がなされる場合があります。仕組みができることは、われわれも希望したことであり評価していますが、運用面ではもう少し様子を見たいと思っています。
岡部 2004年度改定に残された課題は何ですか。
漆畑 先程申し上げた調剤料の見直しと、もう一つは調剤基本料です。現行の調剤基本料は薬局の処方せん取扱枚数と特定の保険医療機関からの集中率に応じて4区分に分かれています。
しかしながら、これは患者さんにとって受けるサービスと全く関係ない点数の区分です。一回の調剤で最大49点から最小21点までの4区分ですが、49点の薬局と21点の薬局との間のサービスに違いがある訳ではありません。一本化するか、サービス内容を違えるなど患者さんにも分かる仕組みへ現行から改めたいと考えています。
〇 薬剤師の養成と資質向上について
岡部 アメリカでは弁護士と医師と薬剤師のうち、最も信用される職業は薬剤師だと聞いたことがあります。
漆畑 私も親戚がアメリカに住んでいますが、その話は時々話題になっていましたし、実際に薬剤師はかなり高い評価を受けています。
ただ、私がアメリカで話を聞いて気づいたことは、 薬剤師は患者さんの医療の薬について一番安いコストで、質は担保しながら提供してくれるという、コスト部分の評価が高いのです。アメリカではコスト意識が医療においても非常にドライであり、日本人の医療に対する感覚とは少し違います。
岡部 薬剤師の資質向上策の一つとして薬学部を6年制にするといった議論もありますが、薬剤師の教育問題に関するお考えをお聞かせ下さい。
漆畑 薬学部を6年制にすることは、日本薬剤師会としては約30年議論していながら、実現できてはいません。今改めて議論をすることではなく、実現あるのみと思っています。
また、薬剤師が免許証を取得し、その後のスキルアップをどうするかという点にも課題があると考えています。薬剤師が薬局を開業すると、自分がその気にならなければ、勉強しないで済んでしまいます。薬学6年制はもちろん重要ですが、免許を取得した薬剤師が大学など教育の場に関わりを持って、業務をしながら技術を磨く仕組みを作りたいと私は考えています。
日本薬剤師研修センターが研修の認定を行っていますが、時間や物理的な受講の保証だけでなく、さらに内容が担保される仕組みが欲しい。たとえば、私の地元にも静岡大学薬学部がありますが、そうした場所でお金を払っても良いから定期的に研修を受けることのできる仕組みです。
岡部 卒後教育のプログラムをさらに充実させることをお考えですね。大学院への進学率は上がっていますが、医学部同様研究だけに特化されているような気がします。法科大学院のように薬局薬剤師あるいは病棟薬剤師としてのプロの技術を磨く、いわゆる専門職になるために一段と磨きをかける専門大学院を作り、そうした高学歴の卒業者が高い給料の仕事に就けるようにとすると良いと思います。
漆畑 私もそう思います。
もう一つの私の希望は、研究者、現場の仕事と形式上は分かれますが、現場の仕事をしながら研究をする人間が育成される仕組みはないかと思っています。週3日働いて3日研究するのがよいのか、半日働いて半日研究するのがよいのかは分かりませんが、研究者が現場感覚を持ちながら研究をすることは非常に大事なことだと思います。また、研究が即実践で生かされることにも繋がります。そういう人の生活が成り立つような仕組みができないかと思っています。
私の薬局で働いている薬剤師の中にも、調剤業務に興味があるし生活するためにも必要なので現場で働いていますが、研究もしたいと希望する者がいます。現在は皆どちらかを諦めざるを得ない状況ですが、仕事も研究もという夢を叶えてあげたいと考えています。そうした仕組みが出来ることによって、よい研究者と良い薬剤師が生まれる。そんな気持ちがしています。
大変難しいこととは思いますが、私は日本薬剤師会の仕事をする中でそうした仕組みを実現する希望も持っていますし、それが薬剤師の社会的認知度の高まりにも繋がると考えています。
(取材/編集: 広森)
(2002年10月、医療経済研究機発行 "Monthly IHEP" No.103、p2-7所収)