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一橋大学大学院経済学研究科教授鴇田忠彦氏とのIHEP巻頭インタビュー ~わが国の医療提供体制が抱える課題


話し手:一橋大学大学院経済学研究科教授 鴇田 忠彦 氏
聞き手:医療経済研究機構 専務理事 岡部 陽二                 

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 今回は、医療経済学ご専攻の一橋大学大学院経済学研究科教授 鴇田忠彦 先生をお招きし、わが国の医療提供体制が抱える課題を中心に、国民皆保険の評価、公的病院の役割、混合診療、高齢者医療保険のあり方など様々な視点からお考えをお伺いしました。 

〇 国民皆保険の評価について

岡部  わが国の医療保険制度は昭和36年に完成した国民皆保険で運営されております。しかし、発足当時と比べ高齢化が進み、疾病構造も変化し、さらに経済環境も変化した結果、国民皆保険制度自体が曲がり角に来ていると思われます。この点についてどのようにお考えでしょうか。

鴇田すべての医療を公的な医療保険でカバーしようとする国民皆保険制度は、限界に来ています。われわれの推計によりますと、国民医療費は2025年まで年2.8%くらいの割合で増加します。このうち高齢化による増加分は約0.8%で、この増加率は他の国と比較すると非常に高い状況です。残余の2%が医療技術の進歩などの寄与分です。
 現在、公的医療保険に一般財源から約10兆円が拠出されており、これ以上の税金を医療保険に投入するのは困難であると考えられます。しかも、老人保健制度では若年者層から高齢者層への大幅な所得移転が行われています。
 そもそも、すべての医療を公的保険でカバーしようとしていることにより、財政の問題などを惹起し、制度の維持自体が限界に来ています。やはり一部の医療は民間保険でカバーできるシステムがよいと考えています。

岡部  医療費の財源について見ますと、一人当たり医療費への税金投入額は、アメリカでは日本の投入額以上となっています。したがって、日本においても公費を医療にもっと投入すべきであるという論議もあります。この点についてはどうお考えでしょうか。

鴇田 アメリカは日本と財源の規模が違います。いまの中央政府の税収は50兆円もない状況です。このように少ない税収から医療に対して10兆円近く支出しており、また、今後、特に年金については、公費の投入をどんどん増やさなければならない状況が予想されています。
 したがって、これ以上の医療保険への公費投入は現実的ではありません。しかも、公費投入は、1回限りではなく、継続して行わなければなりません。国民との間で、消費税を10%に引上げ、そのうちの何%かは、医療に投入してもよいというような合意形成ができれば別ですが、現状ではこのような合意は困難と予想されます。
 医療費は二面性があります。一方では公的保険ゆえに、財政問題とか所得移転の問題にぶち当たりますが、他方では、国民の健康に対する関心は高まっており、医療サービスへの潜在的な需要が強い状況でもあります。したがって、この強い需要を満たすための仕組みを作る必要性があると考えています。健康志向が強く、健康についてはお金を惜しまないという人々が自由に使えるような医療インフラを構築する必要性を痛感します。
 このような理由から、公費投入ではなく、民間保険の充実でカバーしていくシステムがよいと考えています。しかしながら、問題点もあります。いまレセプトを収集し解析しておりますが、驚くことに、入院日数が連続的に変化するのではなく、5日や20日が特に多く、たとえば20日を過ぎると極端に入院患者が減る傾向が分かりました。保険会社の医療保険で入院給付金に関係があると考えられますが、20日を過ぎると入院給付の対象になり、その後患者が極端に減ってしまう傾向があります。

岡部 アメニティ部分などを民間保険に任せればいいというのは、たしかに合理的と思われます。しかし、おっしゃるように非常に弊害があるのも事実です。生命保険会社は入院給付金だけで、現在、年間7,000億円ほど支払っています。しかも、この入院給付金は入院費用として支払った実額とは関係なく、複数の保険に加入すれば、実費の何倍でも支払われます。このような現状は、問題であると思うのですが。

鴇田 ご指摘のように自己負担分を民間保険で賄おうとすると、社会的には厚生損失が生じる可能性があります。要するに人々は限界費用以下のところまで、少しでも多く受診しようという行動に出る可能性があるからです。したがって、民間保険の設定をうまくしないと、社会的な資源のロスを生じさせてしまいます。

岡部 むしろ民間保険に期待するとすれば、いまの公的保険が充分に機能していない重病人に対する高度先進医療についての医療費自己負担をカバーするといった、需要に合致した医療保険を保険会社に開発してもらう必要があるということですね。

〇 公的病院のあり方について

岡部 次に、公的病院の役割についてお伺いします。国立大学病院や自治体病院のような公的病院と民間病院の役割分担が、いままで明確でありませんでした。

鴇田 民間病院の医療の質が一概に低いかといえば、必ずしもそうは言えません。また、公立病院の質は高いかというと、そうでもありません。民間病院と公的病院の役割は、本来であれば補完的でなければならないと考えています。
 ところが、東京都のように多くの大病院がひしめいている地域において、そもそも都立病院が補完的に存在する必要性があるのかという議論もあります。都立病院は年間トータルで500億円から600億円ぐらいの赤字を出しています。石原都知事はこの赤字を何とかしなければならないということで、「都立病院改革会議」を設け、都立病院の経営改善を図ろうとしました。私自身も2年間、この会議の委員として関ってきました。ちなみに、赤字の根本的な原因は、過大な人件費です。特に看護師の高人件費が病院経営を圧迫している状況です。年功序列的な公務員給与に問題があるのです。
 都立病院を民間と差別化をするために、たとえば伝染病、救命救急、小児など比較的、民間では対応が難しい分野に限って存続させる方針で改革を進めたのですが、民営化された病院は結局1病院だけでした。一見すると、改組や合併などが多かったこともあって、マスコミからは「大幅な改革」というような評価を得たようですが、私は非常に不満足な結果だったと評価しています。

岡部 やはり先生のお考えでは、公的病院の役割は民間ではできない分野に限定して、他の病院は民営化を進めるしかないとお考えでしょうか?

鴇田 一般の公立病院の場合は、民営化するのが一番よいと考えています。

岡部 確かに約9,000ある病院のうち、病院数でいえば2割が公的病院ですが、病床数ですと3割を占め、医業収入でみれば公的病院のシェアーは4割にもなります。郵貯や住宅金融公庫などの金融機関が今、問題になっていますが、そのシェアーはせいぜい3割程度です。総収入の4割も公的部門が占めている業界に対して、公的病院が多すぎるという議論があまり表に出てこないのは不思議です。

鴇田 たとえば、僻地などにある公的な医療機関を民営化するのは困難だと思いますし、また国立大学の付属病院や、あるいは、がんセンターなどのような、地域の基幹病院も独立行政法人にはしても民営化は現実的ではありません。ただ、その中間に多くの自治体病院などが存在しており、そこで発生している無駄を取り除く必要があります。多くの自治体病院で発生している無駄による赤字は、それぞれの自治体の住民に重い負担になっています。

岡部 さきほど、赤字の原因が人件費だというお話がありましたが、公的病院の医師や看護師などの専門職が公務員でなければいけない必然性があるのでしょうか。

鴇田 必然性はないと思います。しかも、都立病院の副院長以上になると、東京都に人事権はありますが、一般の医師についての人事権は都立病院にはありません。ほとんどの人事が大学の医局の指示により決まっています。医師は、公務員でありながら、公的病院側には人事権がないという矛盾についても、メスを入れていく必要性があります。

岡部 公的病院を民営化の方向に持っていくための環境整備としては、何が必要でしょうか。市場の働きで、赤字で立ち行かなくなる公的病院の民営化を図るといった政策はどうでしょうか。たとえば、病床規制を全廃していくらでも病院を作ってもよいという政策への転換です。つまり、市場の働きによって、民間病院との競争に敗れた公的病院は淘汰されるような状況を作り出す政策は有効でしょうか。

鴇田 病床規制の問題は、大規模小売店舗法(以下、大店法)とよく似かよっています。大店法は何を利したかというと、既存の大規模小売店が持っていた権益保護の役割を果たしました。同様なことが、現行の病床規制にもいえます。既存の病院で非常に非能率なところも、この規制に護られて新たなライバルが入ってこない状況があります。医療需要はどんどん増えていますので、これを民間保険のルートでカバーする道を開けば、病床規制の撤廃はまったく問題ないと思います。

〇 混合診療について

岡部 民間保険の分野を広げる方策として、公的保険の自己負担率をさらに引上げることには大きな抵抗があるとすれば、混合診療の解禁を早く進めるということでしょうか。

鴇田 混合診療の問題はかなり大きな問題であると認識しています。厚生労働省は現行の特定療養費制度を弾力的に運用していくことで、対応可能であるとの見解を出していますが、現場の医師には非常に不満が多いと聞いております。たとえば、わが国の保険診療で使われている抗がん剤は、国際的標準の半分くらいだったりします。したがって、「この部分は混合診療を認めます」というような包括的な形で混合診療の診療領域を広げていくことが重要と考えています。
 また、混合診療を解禁すると、お金持ちでないと医療サービスにアクセスできない、お金持ち以外は治療してもらえないというような議論もありますが、むしろ逆ではないかと考えています。たとえば、サリドマイド剤ですが、国内においては、生産、流通ともに禁止されていて、医療保険も適用されておりません。
 ところが、サリドマイド剤は、骨髄腫に著しい顕著な治療効果があるので、信州大学の医学部では、骨髄腫の患者に対して投薬適用を学内の倫理委員会にかけて認めました。しかしながら、サリドマイド剤は、海外から買ってくれば、非常に安価ですから、混合診療として薬代だけを自己負担とすれば、患者にとっては低安い医療費自己負担で済みます。ところが、現状では、混合診療禁止ですので、毎月の検査や診断など本来保険診療で行われている診療行為まで、サリドマイド剤を投薬することにより自由診療になってしまい、月間約7~8万円くらい自己負担しなければならなくなってしまいます。

岡部 混合診療の禁止はむしろお金のない人に不利益になっているということですね。

鴇田 そうです。混合診療を解禁すると金持ちばかり得をすると言われていますが、混合診療を認めることによって、わずか数錠のサリドマイド剤の自己負担だけで済んでしまうということです。このような例は、ほかにもかなりあるはずと考えています。そういった意味では、今回の医療特区において、混合診療についてもっと実験的なことをやれる機会を作ればよかったと思います。日本の医療水準、医療技術をかなり高めるチャンスを逃したのではないかと危惧しています。

岡部 やはり特区を自由診療に限るのでは、ほとんど無意味とのお考え理ですね。

鴇田 医療特区において混合診療をやってみるのは極めて有意義でしょう。混合診療を認めれば本当にどうなるのかというエビデンスを取るためにもよいと思います。
 また、日本の国民医療費30兆円の大きさ自体にも、議論はあるところですが、その配分の仕方に大きな歪みがあります。混合診療が幅広く認められていないがために、最先端の医療技術で患者の生命を預かっているような医師がそれほど経済的に恵まれていないという現状があります。つまり、国民医療費の配分が偏っている、具体的言うと、どちらかと言えば大病院に薄く、中小病院、開業医に厚いという歪みがあります。

岡部 そういった意味では、おそらくは、大学病院や大病院の医師を対象にアンケートをとってみると、混合診療に賛成の医師が多いのでないかと思いますが。

〇 高齢者医療制度について

岡部 次に高齢者の医療費負担のあり方についてはどう考えておられますか。

鴇田  高齢者の医療費というのは、ある程度やはり現行の賦課方式、つまり、若い世代が高齢者世代を支え負担するという仕組みは、ある程度やむを得ないと思います。ただ、若い世代に負担が掛かり過ぎているという問題があります。この負担をもっと薄めてやる必要はあると考えています。

岡部 徐々に是正はされる方向にありますが、もっと根本的に若年層の負担を減らす方策が採られるべきということですね。

鴇田 今年の3月末に閣議決定された高齢者医療制度の内容を見ますと、75歳で区切られています。75歳までは、現役時代に入っていた保険でカバーすることになりました。75歳を超えたら独立した保険にするというものです。医師会案と厚労省案の折衷案のような制度になっていますが、この両案は、まったくプリンシプルが違う制度です。
 今日では、労働市場が流動化し始めており、また、フリーターの増加の問題もあります。このような環境で75歳まで現役世代に所属していた保険を使っていくといわれても、非常に無理があるように思われます。

岡部  結局、組合健保から外れた高齢者は国民健康保険にいくしかないと思いますが。

鴇田 本当に、75歳以上の人達だけで独立した医療保険制度ができるのかという問題もがあります。日本医師会は、要するに保険にして高齢者も保険料を負担すれば、権利意識が生まれると主張しています。医療費を恩恵的に安くしてもらうのではなく、権利意識によって受診できるというようなことで保険にこだわりました。
 しかしながら、せいぜい10%の保険料を納めるとしても、75歳以上の高齢者人の総トータルの医療費にから比べれば、保険料というのは微々たるものです。それでも、おそらく、たとえば75歳以上の独居老人にとっては、非常に苛酷な保険制度になることが予想されます。このように、かなり非現実的な制度をなぜこの時期につくるのかと疑問を感じています。
 私も高齢者については、やはり独立した高齢者医療保険制度を作らざるを得ないだろうと思いますが、その場合には、介護保険のように、かなり被保険者数を多くした方が運用もし易くなります。
 そのためには、75歳以上に限定せず、65歳以上ぐらいから制度に組み入れる、ただし自己負担については、最初は3割から始まり、徐々に2割、1割といった具合に負担を軽減していくようにすべきです。要するに、高齢者医療制度とは、長生きしたことに対するリスクを補償していく制度だと思っていますので、もっと弾力的に、カバレッジを広くし、なおかつ保険制度としてもある程度は機能させなければならないと思います。

岡部 高齢者も負担はするが、同時にセイフティネットもきちんとあるということがポイントですね。

 政策提言について

岡部 最後に医療経済学の成果を政策提言に生かすには、どのような姿勢で臨むべきか、といった点についてお考えをお聞かせください。

鴇田 ファクト・ファインディングを積み重ねることが重要であると考えています。フィールド・ワークのような研究を通じて、地道に基礎データを構築していくことが重要です。この点が、これいままでの研究には足りなかったのではないでしょうか。

岡部 これいままでの政策論議は、あまりにもエビデンス・ベースでない議論が多過ぎましたということですね。

鴇田 エビデンスとなるデータを構築していくうえで、レセプト・データは重要なソースとなります。レセプト病名と現実の病名との間にギャップがよく指摘されていますが、わが国で今得られる医療本体のデータとしては、非常に貴重なものです。そのデータがいま、なかなか入手できない状況にあります。
 アメリカでは、メディケアとメディケイドのレセプトについては、研究者であれば、申請をすれば誰でも入手可能です。しかしながら、わが国においては、個人情報保護法の関係もあり、レセプト・データの入手がますます困難になってきています。
 健保組合に関していえば、いま保険者機能の強化ということが盛んに言われております。そのためには、被保険者のレセプト解析から入ることが有効です。ところが、レセプト・データの提供をお願いすると、総論は賛同してもらえますが、いざ、わが社のデータ提供こととなると二の足を踏むところが多いですね。

岡部 日本の医療政策を左右する貴重なデータですから、早急にこの問題を何とか解決する手段を考えなければなりませんね。本日はありがとうございました。

                           (取材/編集 山下)

(2003年7月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.111 p2~8 所収)

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