話し手:聖路加看護大学 教授 井部俊子 先生
聞き手:医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二
今回は、聖路加看護大学教授井部俊子先生(前聖路加国際病院副院長、看護部長)をお招きして、看護をめぐる現下のさまざまな課題について、病院組織のマネジメント、人材育成、看護師不足問題、准看護師問題等、多岐にわたるお話をお伺いしました。井部俊子先生には「マネジメントの魅力」、「看護という仕事」(いずれも日本看護協会出版会刊)などの著書があります。
〇 病院の組織マネジメントに関して
岡部 最近まで、先生は聖路加病院の副院長と看護部長をなされておられました。はじめに、病院の組織マネジメントに関して、そのご体験を踏まえての現場組織のあり方についてお話をお伺いしたいと思います。看護師の副院長起用が病院経営改革の一つのポイントであるとの指摘があります。聖路加国際病院では、かなり以前からそれが実現しており、病院組織のマネジメントもうまくいっていると思うのですが、いかがでしょうか。
井部 いろいろと不十分な点があります。やはり副院長の権限には限界があり、病院長のリーダーシップというものが、重要であると実感しています。病院長は、マネジメントの専門家でなければなりません。その意味で、マネジメントができる人に病院長なっていただくことが必要です。
岡部 米国においても、医師が理事長や院長を務めているケースはありますが、ほとんどの人が、MBA(経営学修士)やMHA(病院管理学修士)の資格を取得しています。
井部 医師の権威が、もう少し平坦化されなければいけないと思っています。医師は個々人が職人の力を十分に発揮してもらうためのマネジメントが、極めて重要だと思います。
岡部 医師と患者の関係においても、井部先生は、「患者が強く、かつ賢くなり、対等に医師と交渉しなければならない」と主張されています。医師と看護師についても同様なことが言えるのではないでしょうか。
井部 患者が強くなるということは、つまり看護師が強くなるということに置き換えることができると考えています。この点を実行しなければならないと感じています。これからは、看護を考える時に、必ず患者にとって、それがどのような意味を持つことなのかを考えて、発言をしたり、仕組みを変えたりしていこうと思っています。
岡部 聖路加国際病院の看護師はレベルが高く、看護の質も高いと聞いております。調査機関による調査でも、そのような結果が出ているようですが。
井部 その点は自負していいのかなと思っております。聖路加国際病院看護部の特性は、ほかの医療機関と比べて、教育水準が高い人たちが多いということです。他の職種では、大卒はもう当たり前になっているにもかかわらず、看護分野では4年制の大学卒業生が何%いるかということが、まだ話題になる程遅れています。現在、聖路加では7割近くの看護師が大卒です。医師と議論をする際にきちんと発言することができるためには、教育レベルが高いということが、大変重要な点になります。いま実際やっていることがどういうことなのかということを概念化して、他人に説明する能力が必要です。
医師にくらべ、看護師は、患者の気持ちや患者が何をしたいかということをよく聞かなければならない立場にいるので、それをうまく主張していくには、やはり一定の教育レベルが必要です。大学教育は、医師に対して「服従的であれ」というようなメッセージはありませんので、その点も強みだと思っています。
岡部 聖路加国際病院の看護部長兼副院長として、組織運営の面で特に心掛けてこられたことはどういう点でしょうか。
井部 組織のフラット化です。逆ピラミッド型で、どうやって現場の人たちの考えていることを実現できるようにマネジメントが後押しするかということを心掛けて来ました。そのためには、最前線で仕事をしている人たちの意見をきちんと聞くことが重要です。それには、手挙げ方式で意欲のある人に、プロジェクトに参加してもらい、組織の意思決定に参画し、仕組みづくりに反映させていくということを心掛けてきました。
岡部 一般の病院はそうはなっていないのでしょうか。
井部 トップダウンの組織も多いようです。看護部長は雲の上のような人であってはいけないと戒めてきました。
〇 ホスピタリティー、マナーの教育など人材育成に関して
岡部 私が教えている大学(広島国際大学医療福祉学部)では、医療機関の事務職を養成しているのですが、ホスピタリティー、マナーを勉強させなければならないということで、1年次の学生を百貨店やホテルに一週間研修をお願いしております。その際の事前オリエンテーションの教科書として、実は、聖路加国際病院のマナーのバイブルである「プロの原点としてのマナー」を参考にさせて頂いています。三越の教育部長から、聖路加国際病院のサービスは三越のサービスより遥かに優れているとお聞きしたことがきっかけでした。
井部「プロの原点としてのマナー」は、もともと看護部の有志でマナーのリーフレットを作ったのが始まりです。これを病院内に広めていきました。また、マナーリーダーを作って、マナーを良くしようということに全病院をあげて取り組んできました。
岡部 「プロの原点としてのマナー」にも書いてありますが、「引き継ぎの時は患者さんに必ず名前を告げる」、「目線の高さを必ず同じにして、たとえば子供やお年寄りには身をかがめて話をする」などといった細部にわたっての行動規範が全従業員に徹底され、それが実践されているという点は非常に高く評価されます。
それにしても、看護師に意欲をもって働いてもらい、マグネット・ホスピタル(磁石のように人を惹きつけて放さない、離職率の低い病院)を実現するには、どのようにすればよいのでしょうか。
井部 聖路加の看護師離職率は以前は高かったのですが、現在では年間で15%前後になっています。ただ、離職率がどのくらいがよいのかという点は、検討の余地があると思います。聖路加のような都会型、なおかつ教育型の病院ですと、定年までこの病院に身を捧げようという人は非常にわずかです。ですから、若い優秀な人たちは、短期間にトレーニングをして、全国的な規模で、力を発揮してもらえればよいと私は思っています。
岡部 企業の世界でも、そのようなことがありまして、例えば、シティバンクは、全世界の銀行に人材を供給しています。つまり、養成学校になっているわけですが、そのことが企業の強みともなっています。
井部 もちろん中核になるコアの人材は、なるべく長くいてほしいと思います。
〇 看護師不足の問題に関して
岡部 看護師数は、病床数との比率では絶対的に不足している状況です。事務職も欧米と比べると少なく、米国の六分の一です。しかも、米国の医師は、二人に一人ぐらいの割合で秘書が付いています。わが国の病院には、医師の秘書職は正式には存在しないので、秘書の仕事を看護師や事務職、別の医師などが行っています。このような状況が、看護師の仕事を一段と多忙なものにしているのではないでしょうか。
井部 よくこれだけの数の看護師で日本の医療を支えていると思います。最近は入院日数の短縮がかなり浸透してきましたので、二対一の人員配置基準では、急性期医療には、対応できません。
岡部 極論かもしれませんが、在院日数が30日の時代には三対一の看護基準が適正であったとすれば、在院日数が10日になれば、一対一の看護基準が妥当と思いますが。
井部 そうですね。看護師を増やすと病院が経営難に陥るとよく言われますが、仮に現在の二倍の看護師を病院が雇用すると、本当に経営危機に陥るのかどうかの検証がなされるべきだと思います。ベッド数を半分に減らして、看護師数はそのまま保つという選択もあります。
岡部 その方が現実的ですね。というのは、人口対比では決してわが国の看護師数は決して少なくないわけです。看護密度の濃い米国にも負けないぐらいの看護師が働いているわけで、英国との比較では倍ぐらいの人数の看護師がいます。
井部 ところが、一ベッド当たりの看護師の数が少なく、米国の四分の一という状況です。
〇 准看護師問題と看護教育に関して
岡部 次に、看護師と准看護師の問題についてのお考えをお伺いしたいと思います。
井部 看護師と准看護師のいちばん大きな問題は、呼称が異なるにも拘わらず、役割の違いが全くないという点だと思います。これは、保助看法という法律の問題が大きいと思います。「准看護師は、医師または看護師の指示の下に」ということがあるだけです。看護師がいなくても医師が准看護師に直接指示すれば、准看護師は看護師と同じ仕事ができるわけです。もし二層制を維持するのであれば、看護師の役割と准看護師の役割、責任と権限などの相違点を明確に規定する必要があります。
准看護師の教育は、看護師の教育とは時間数も内容も違います。看護師は国家免許、准看護師は都道府県知事の免許と、免許が違うにもかかわらず、現場では、仕事の内容も、責任と権限もまったく区別されず、同じ仕事をしています。
岡部 患者側からみても両者の区別はつきませんね。
井部 われわれも反省しなければいけないと思うのは、看護師が准看護師の存在を隠してきたことです。ユニフォームも同じですし、仕事内容まで同じです。そのことを消費者に知らしめる努力をしてこなかったということは、看護師の問題であったと思います。
また、看護の内容もますます高度化、多様化しておりますので、基本的に水準は高くしなければなりません。看護師は最低限大学教育を受けるべきであり、さらに専門分化するに当っては、それ以上の教育を受けた人たちが、これからの看護を担っていくべきだと思います。日本看護協会としては、「准看護師制度そのものを廃止したい」と長年唱えておりますが、まず養成を停止するのが第一段階であって、養成を停止することによって、制度も廃止に持っていくことができると考えています。
岡部 日本医師会は中高年者を再教育することで、看護師が不足している地域医療に役立たせるべきであると主張していますが。
井部 地域医療は、看護実践能力の高い人が行わなければなりません。一人一人の肩にかかってくる責任は、地域医療の方が医療施設よりも大きいと思っています。近年、地方の看護大学・看護学部も増加し、100校を超えました。徐々に人材が育ってくれば、地域医療を担う人材も充実していくでしょう。そのような人こそ、地域医療に貢献できます。
岡部 看護教育を充実させるには、どのような政策が有効とお考えでしょうか。
井部 戦後、GHQの命令で医専という医師養成の専門学校が新設の大学に切り替えられて、医科大学がたくさん設立されました。歴史を振り返ると、その時に、なぜ看護専門学校を看護系の大学にしなかったのかという点が、もっとも悔やまれます。その時点で、看護専門学校のままにしておかないで、医専が大学になったように、看護専門学校を大学にしておけば、准看護師のような問題も出てこなかったと思います。歴史をつくる人が、その時々にいかに決断するかということがいかに重要であるかを実感しております。
岡部 看護教育を充実させるために、最近ではどのような施策がとられてきたのでしょうか。
井部 一つは、人材確保法の制定によって看護系の学校の大学化が急速に進展してきました。自治体が看護系の大学をつくることにお金を出すようになり、看護系の大学が急速に増えました。緩和ケア、褥創対策、院内感染対策さらに外来化学療法チームなどに専門性の高い看護師が入ることによる診療報酬上の加算が受けられます。これによって認定看護師、専門看護師の需要が高まっています。リスクマネージャーとして活躍している看護師も急増しています。いずれも政策や政治か関連しており、医療の質の向上に影響を及ぼしています。
岡部 お忙しいところありがとうございました。今後のご活躍をお祈りしております。
(取材/編集:山下)
(2003年12月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.116 p3~9 所収)