話し手:京都大学大学院経済学研究科教授 西村周三 先生
聞き手:医療経済研究機構専務理事 岡部陽二
今回は、京都大学大学院経済学研究科教授 西村周三先生をお招きして、「わが国の医療保険制度改革をめぐる諸課題」に絞って、医療費の負担方式に関する考え方、保険者の再編・統合、高齢者医療保険制度・医療保険制度の制度デザイン等多岐にわたる話題についてお聞きしました。西村先生のご専門分野は医療経済学で、著書に「医療と福祉の経済システム」(ちくま新書)など多数あります。
〇 医療費の負担割合と方式に関する問題
岡部 わが国の総医療費支出は、対GDP比で約8%です。これに対して、一人あたりGDPの額ではわが国とは大差のない米国の対GDP比総医療費支出は14%、独・仏は9-10%です。米国の14%が過大なのか、日本の8%が過小なのか、この点に関してどのように考えればよいのでしょうか。
西村 日本の総医療費支出の対GDP比が他の国より低い理由として考えられるのは、90年代初までの高度経済成長期に医療費が毎年4%増えたとしても、経済が5~6%伸びていたからだと思います。現在の経済状況を考えると、いずれは欧州並みにならざるを得ないと予想されます。また、こういう国際比較を行うときに抜けている議論があると思われる点があります。推測ですが、それは日本人全体としては米国人より比較的健康ではないかという点です。米国の方が疾病罹患率高いだろうという推測は様々なデータからほぼ確実だと思います。したがって、米国の水準のように14%という水準までには届かないだろうと予測しています。そうすると、日本は10%か、11%ぐらいまで上昇してもおかしくないと予測するのが自然だと思います。
岡部 一人当りのGDPがわが国よりも低いヨーロッパ諸国より高くても不思議ではないということですね。確かに、米国人の肥満は疾病を増やしており、同一人口当りの手術件数でも、米国はわが国の約3倍と多い点などから、ご指摘の疾病罹患率の差は頷けます。
西村 問題は、どのような形でそのような水準へ持っていくかということです。私の考えは、もう少し公的負担も増やし、同時に個人あるいは民間による負担も増やすというような方向を目指すべきであろうと考えています。さらに、どの分野に重点を置いて増やしていくかということをもう少し精査する必要があると思っています。私が十年近く主張しているのは、ヘルス・プロモーション、つまり、保健予防分野をもっと混合診療、特定療養費等で認めていくことで拡大していく必要があるという点です。
また、最近では社会保障全般について、今後は自己責任原則が強まってくるであろうといわれていますが、もう少しその中身を精査する必要があると思います。いまのわが国の制度においては、本来自己責任でやっていける人達を自己責任でやらせないようにしているという問題点があると思います。一方で、自己責任を果たすことができない人達に自己責任を強いることも問題だと思っております。
岡部 最近、米国の議会を通過しました「高齢者の外来処方箋薬代を公的保険であるメディケアで負担する法律」は高齢者医療保障の充実という点では画期的で、財政負担も大きく膨らみますが、給付内容を見ますと患者負担にも非常に厳しいところがあります。250ドル以下の薬剤費は全額自己負担で、251ドル以上2,250ドルは25%が自己負担というように、かなり厳しい内容になっています。日進月歩の新薬や医療技術の費用を誰がどう負担するのがよいのかは難しい問題ですね。
西村 新薬の開発に関する技術は非常に進んできております。遺伝子技術など新しい技術を用いたコストの高い薬が今後さらに増えてきて、公的保険の負担能力がなくなるのではという背景があると私は理解しています。日本においても同様な技術革新が起きていますので、この点に関しても見直す必要があるでしょう。
個人的には、様々な形で起きる技術進歩というものは、それを全額自己負担とするのではなく、どちらかというとかなり低い負担で国民が広く享受できるようにした方がいいと考えています。
〇 医療保険者の再編・統合に関する問題
岡部 つぎに保険者の再編・統合の問題に関してお伺いします。米国のように自由に保険団体を作れるところでも、せいぜいHMOの数は600ぐらいで、ドイツの公的保険団体も400くらいしかありません。それに対して、わが国には保険者団体が5,200もあり、それを統合して集約化するというのは非常に理にかなっていますが、国保や政管健保の場合、その主体は、どこが担うべきであるとお考えでしょうか。
西村 地方分権のこれからの姿がまだはっきり決まっていないので、はっきりとはいいづらいですが、可能な選択肢はやはり都道府県でしょう。可能であれば道州レベルが望ましいかも知れませんが、道州制はまだ見えていません。
先日、社会保障審議会の医療保険部会で、ある委員の方が都道府県に委譲するという点は理解できなくはないが、医療保険だけではなく、医療全般についてコントロールをする権限が地方には与えられていない現状を改めることが先決ではないか。いわゆる保険者機能の発揮をしたいと思っても、たとえば、医師数のコントロールなどいろいろ縛られている現状では非常に難しいという反論をしておられました。
確かに、米国の保険者というのは多くの医師を雇用しています。保険者自身がかなり詳しい専門知識を持って、様々なコントロールをしなければなりません。また、医師同士のいわゆる広い意味のピア・レビューというのが起きていますから、日本においても同様なシステムが必要でしょう。しかしながら、個人的には、少々の混乱があるとしても、医療行政はすべて都道府県に委譲すべきであるというのが私の考え方です。
岡部 地方分権という点では、介護保険においては市町村にまかせて、むしろ予想以上にうまくいっていると思いますが。
西村 確かに介護保険については、市町村単位でうまくいっていると思います。しかし、医療保険に関して言えば、巨大な知的専門家集団である医師が関係してきます。市町村レベルでは、うまく医師の能力を生かし、かつ問題を解決していくには無理があります。医療については、少々の無理があっても、やはり都道府県レベルに思い切って分権化すべきだと思います。
○高齢者医療保険制度の制度デザインに関して
岡部 2003年3月に閣議決定された高齢者医療保険制度では、65歳以上75歳未満の前期高齢者、75歳以上の後期高齢者それぞれの特性に応じた新制度の創設が盛り込まれました。特に後期高齢者が加入することになる独立型の高齢者医療保険制度は、加入者の保険料、国保及び被用者保険からの支援、公費により賄うとされています。ただし、その負担割合や方式等については現在のところ明示されていません。
西村 最低1/2を税金で賄っていくという点では、結果的に制度として米国のような方向に持っていくことになりました。確かに高齢者から保険料を徴収し、その保険料をもう少し引き上げるということも必要だとは思いますが、金額的には大した額は期待できないと思います。
そう考えると保険者には誰もなりたがらないのは間違いなく、このような税金主体の形でやらざるを得ないでしょう。私が以前から主張しているのは、高齢者についていえば、いまの若年層からの拠出金の代わりに、高齢者にも若いときから積み立てさせていこうという積立方式です。しかしながら、様々な事情で積立方式の導入はなかなかうまくいかないのが現状です。
岡部 医療に特化した積立方式保険を免税措置等の公的なインセンティブを与えることで、運用は民間保険会社に任せるというのはいかがでしょうか。
西村 残念なことに、民間の医療保険はなし崩し的に増えている現状があります。医療に特化した積立型の医療保険よりも、むしろ生命保険への医療給付付加方式が増えているのが現状です。付加方式は、国民にとってあまりメリットのある方式ではないと私は思います。むしろ民間保険会社に積立型の医療保険制度を充実するようなインセンティブを与えるのが非常に重要だと思っております。
さらに、保険というのは、長期間制度が安定してないとあまり意味がありません。やはりこれは少し長期的な視点で考えていかなければならないでしょう。
岡部 日本型確定拠出型年金を導入した時のように制度として確立した積立型の医療保険を創設する方がよいのでしょうか。
西村 そう思います。いくつかの最低の要件というものを定め、そして認可方式で保険会社にやらせるという形にしなければならないでしょう。
岡部 医療費の増加部分を賄うのは、税金と保険料と自己負担ですが、特に今後負担が増えると考えられる自己負担部分を支える追加的な保険制度が必要となってきます。この医療保険は積立方式として民間保険が担う必要があり、かつ、法的にしっかりした仕組みを作らなければならないというご主張ですね。
〇 社会保険方式か税金投入方式か、高齢者自己負担のあり方は
岡部 医療保険制度全般につきましても社会保険方式か税金かという議論がありますが、保険原理の働く75歳未満については社会保険中心でそれを拡充していくのがベストではないかと思われます。他方、保険原理の働きようがない75歳以上の後期高齢者については、すべて税金の方が合理的ではないでしょうか。
西村 先ほども少し触れましたが、後期高齢者の医療費の半分をいかに確保するかというのが一つの争点になるでしょう。高齢者から徴収できる保険料はわずかな額にしかなりません。国保・被用者保険からの拠出金で賄うことになると、若年者の負担がものすごく大きくなります。ですから、何らかの形で税金を入れるという方向になると思います。
一番大事な点は長期的なデザインを国民に示すことだと思います。例えば、10年間に限り高齢者医療費の50%分は税金を投入し、10年以降は三分の一に減らす、最終的には全額積立方式の保険料でいきますといったルールを決めることだと思っています。長期的なデザインを出さないと、国民の間に長期的な不安感を助長するだけでしょう。
岡部 やはり高齢者医療保険についての高齢者の負担はもっと重くすべきだということでしょうか。
西村 先に現在の高齢者が苦労するような政策を単独で打出しても駄目だと思います。高齢になってからの負担が少なくて済むような社会全体の仕組みを作り、同時に若年時からの高齢者医療保険への負担を増やしていかないと無理があります。また、高齢者世帯の家計支出の中身を調査してみると、交際費が30%を占めるといった事実があります。
高齢者は、様々な形で自分の財産を若年層に贈与しています。たとえば、子供や孫の教育費などを支払っています。そこで、子供は子供で自立してやっていける仕組みを作ることが重要と思います。たとえば、大学生の奨学金制度を充実し、これを利用することで子供は自力で大学に進学し、将来返還するといった仕組みにすれば、親は子供の教育費の面倒をみなくて済みます。
このような施策と並行して高齢者の医療費負担を増やさなければ、高齢者にとっては、負担感だけが増してしまうでしょう。景気回復するために、生前贈与税をもっと減額するというような政策とは、全く逆の発想ですね。
岡部 家計支出ベースでの総医療費TDHEを日米比較した場合に、医療費に占める個人自己負担の割合は日米共にほぼ2割です。ところが、高齢者医療費の自己負担割合について比較すると、米国は3割で、わが国は1割に満たない状況です。これは大きな相違だと言えます。
西村 私の意見としては、高齢者への公的給付を減らすことは賛成ですが、その前にやはり高齢者資産依存型社会というのを変えないといけないと思います。
岡部 そうしないと高齢者も将来を安心できないでしょう。
西村 実際は豊かな高齢者資産のかなりの部分が、高齢者自身の生活には回っていないと思っています。分かりやすく言うと、自分以外のことにお金を使ったら、使った高齢者が損をする社会的な仕組みを作ることだと思います。
岡部 ありがとうございました。今後のご活躍を期待しております。
(取材/編集 山下)
(2004年2月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.117 p2~7 所収)