ゲスト; 広島国際大学医療福祉学部医療経営学科教授、
財団法人医療経済研究機構専務理事 岡部陽二先生
聞ぎ手; 埼玉医科大学消化器・一般外科(Ⅰ)教授 小山勇先生
〇 日本の医療費、対GDP比7%は高いといえるか?
小山 小泉内閣になって医療改革が大きな政治課題になってきています。患者、保険者、医療機関の「三方一両損」といったことが言われ、診療報酬の引き下げ、サラリーマンの医療費、自己負担分を2割から3割にするといったことが実施されることが決まりました。
私たち外科医は、これまで医療のコストについてはあまり関心を払ってきませんでした。近年になって、私の場合は、大学病院、特定機能病院で急性期治療にかかわっているわけですが、病院経営面でもっと医療コストに配慮しなければならない立場に立たされています。
そこで、自ずと医療経済などに関心をもつようになったわけです。今度の医療改革も医療保険財政の逼迫からでてきた問題と言えるわけですね。高齢者医療の年々の高率増加、医療保険の赤字、そうしたことが原因になっていると思います。そこで、まずお聞きしたいのは、日本の医療費は欧米と比べて抑制しなければならないほど多すぎるのかという疑問があるのですが、そのあたりからお話をうかがえますか。
岡部 確かにそうした疑問は掘下げて検討する必要があると思います。GDP(国内総生産)に医療費が占める割合をみたかぎりでは、EU諸国やアメリカ、日本など先進国が加盟しておりますOECD(経済協力開発機構)30ヵ国の中では、次の表にありますように日本は6.7%のイギリスと並んで最も低いのです。
日本は1998年実績で7.6%ですが、アメリカはほぼ倍の13.6%,ドイツ、フランスでもそれぞれ10.6%,9.6%となっています。経済大国になった日本の医療費の水準がこんなに低いのはなぜか、これは考えなければならないことですね。
日英両国が格段に低いのですが、日本の医療はイギリスに比べると効率よく運営されているといえます。いまイギリスでは慢性疾患の手術は18ヵ月待ちと言われており、社会問題になっています。この解決策としてブレア政権は向こう3年間で医療費の対GDP比を現在の7%弱から9%にまで上げると宣言しています。
小山 政府は医療費を抑制しなければ医療保険制度が維持できないと、危機を煽っているところがあります。この危機は政府管掌保険財政の赤字などによると思いますが、一方で組合管掌などでは黒字のところもあるはずで、そうなるとむしろ医療保険制度の保険者側の問題なのではないかと思えるのですが。
岡部 そうした医療保険システムの不合理な面、無駄もありますが、それは大きな問題ではないと考えます。基本的な問題は医療財源に振り向ける国民の負担が少ないこと、ことに公費の投入が少ないことだと思います。日本は医療保険制度を採っていますから、医療費の財源は3割が国費(税金)、2割が診療を受ける国民の自己負担、残る5割が保険です。
アメリカの場合は、自由診療が基本で、無保険者もたくさんいて問題があると言われている国ですが、医療費支出の対GDP比は日本の二倍あって、その財源の45%は税金を投入して賄っているわけです。医療目的税まであり、メディケア、メディケイドで65歳以上の高齢者と低所得者層に関しては国が医療費をみています。
医療保険の合理化だけではなく、高齢者の医療・介護へのこの公的資金投入をどう考えるかが、今後、日本でも議論されなければならないと思います。
小山 すると国費をもう少し多くして、GDP比を数パーセントでも上げれば国民の自己負担は上げなくて済むということですか。
岡部 国費も税金ですから国民の負担には違いないわけです。そこで問題となるのは国民の税金を何に使うかという問題、財政支出の配分の問題になるわけですね。
欧米では国家予算の6割が年金などを含む社会保障支出です。日本はまだその割合が低く4割程度です。経済学者の中にはもっと国費を投入すべきだと言っている人が多数います。一部の学者や厚生労働省には、それには財政の壁があるし、財政資金を投入すれば医療の質が良くなるわけではなく、現状でもっと効率よく使うことを考えるべきだという意見が多いようです。
これまでは、国費投入派と抑制派が対立していたわけですが、最近になってもっとラディカルなアメリカ流の市場原理主義、「日本版マネージド・ケア」で行こうといったこれまでの論議をぶち壊すような改革案が、平成1999年2月の経済戦略会議の答申(日本経済再生への戦略)以来出てきました。
昨今はこの市場原理派との議論が中心になっているわけですが、もとに戻って考えれば、私は国費の投入はもっと増やすべきではないかと考えています。ただ、医療・介護には強い需要があるので、自己負担も増えざるを得ません。
〇 介護保険の導入は成功したか
小山 今後ますます高齢者医療費は増えていくわけですね。介護に関しては別の保険ができ、医療保険と介護保険の二本立てになったわけです。まだ介護保険は導入して日が浅いですが、今後どうなっていくと考えられますか。
岡部 これまで高齢者介護に関しては、本当は大きな社会的なニーズがあったにもかかわらず、一握りの本当に困っている人たちを収容する特別養護老人施設などでしか対応してこなかったわけです。要介護老人を抱えていた家族のニーズは放置され、家族介護に任せてきました。これは間違っていたわけです。
これを正すために介護保険を導入したことは良かったと言えます。導入後の一年間の成績を見るとマスコミなどでは批判的に書き立てていますが、総じて見れば成功していると思います。医療保険の問題点を踏まえて、その二の舞にならないように、厚生労働省の英知を絞ってこの介護保険をつくったわけです。
介護保険制度の基本的な考え方は、ベイシックな部分は保険でみますが、プラスαのところは自己負担でやってくださいということです。支払い方式も原則は包括払いで出来高払いはとっていません。見過ごされがちですが、医療保険は所帯単位で、介護保険は個人単位になっています。
医療保険も将来は個人単位にして行く必要があると思いますね。介護保険は良くできた制度だと思いますが、医療と介護が対立したかたちで存在すると、高齢者のニーズは一つですから、それに応えられなくなり、問題が出てきますね。
最終的には高齢者医療・介護保険として一緒になるにしても、当面の施策としては、医療機関を機能別に分けて、病院は急性期に特化し、慢性疾患で安定したものは長期療養型にして介護分野で見ていく。そのつなぎにリハビリテーション施設を入れてスムーズに移行させていくといったことが大事だと思います。
小山 確かにそうした機能分化が進めば無駄を省くことはできますね。
岡部 アメリカと医療費の比較をする場合、共通の尺度がないと比較が難しいので、医療経済研究機構ではTDHE(Total Domestic Health Expenditure、国内総医療支出)という概念をつくりました。日本の国民医療費は医療保険でカバーする部分だけですから、それでカバーできない医療支出などが4兆円くらいあり、これを含めると総額で34兆円くらいになります。それをTDHEとしています。
アメリカではもともと介護分野もHealth Careの中に入れています。今度、日本でも介護保険ができましたので、この分も加えますと約37兆円になります。介護支出だけを比較してみても、アメリカの方が日本より多く支出しています。
小山 アメリカでは医療費の使いすぎだといった認識は政府や国民から出ていますか。
岡部 最近薬剤費が高騰していて、その不満はありますが、対GDP比13%は高いので抑制しようといった動きは政府、国民からはないですね。企業は音をあげています。日本の健康保険は雇用者と従業員で原則は折半で負担していますが、アメリカは雇用者側が8~9割を負担しています。これは税制上の問題からそうなっているわけですが、企業としては大変なわけです。
それを抑えるためにマネージド・ケアといった考え方が出てきたわけです。この出し渋り医療は患者の受けも悪く、医療機関も対応が大変で失敗していると思います。そうした面はありますが、国策として何が何でも医療費を抑えなければといった考えは日本よりは薄いようです。
〇 アメリカの医療を支えているNPO病院
小山 先生は日米の医療制度に関する比較研究をされていますが、日本とアメリカの根本的な違いはどこにありますか。
岡部 医療に対する理念などはそれほど違わないと思います。アメリカが優れているのは、道徳性、倫理性を担保するシステムやインフラが整備されている点ではないかと感じています。
日本では医療機関経営に株式会社が参入するとなると、医療で金儲けするのはけしからんと言われますね。しかし、民間病院なら赤字にならないように効率的な経営をしなければならないわけです。経営と倫理性を両立させなくてはならないわけですが、その点ではアメリカの制度は非常によくできていると思います。
現に、アメリカには医療に参入している株式会社が確かにありますが、ひところに比べて減ってきています。それは、NPO(Not for Profit Orgniation)の経営する病院に比べて競争力がないことが原因です。アメリカの病院は2割が公的病院で、残りの8割のうち8割は利益を追求しないNPOの病院なのです。
もちろん、経営的に成り立たなければなりませんが、その場合、単に収益を上げればよいというのではなく、病院に寄せられる寄付金があってそれは慈善的な医療に使わなくてはならないのです。
アメリカの病院の損益計算書を見て驚くのは、Gross Revenueの下に,Net Revenueという項目があります。Grossは病院が患者さんから貰うべき医療費総額で、Netは実際に入った医療費です。その差は病院の出費になります。その出費は無保険者に無料で医療を提供している部分です。NPOの病院はそれをやる義務がありますし、その出費は寄付金で賄われているわけです。
小山 日本の病院でも保険外の治療などは病院持ちでせざるをえないところがあります。民間病院では病院負担でやっていますが、公的病院だと行政からの補助金があってそれで賄っていますね。
岡部 確かに公的病院、自治体病院には多額の補助金があり、民間病院にはそれはなく、経営努力をして利益を出せば税金を取られるわけで、矛盾した面があります。本来の医療はアメリカのようなNPOの病院が主流になるべきで、それが日本では育っていないのです,これが大きな問題だと思います。
小山 日本の場合、公的病院を見ると、今どこも赤字経営になっています。赤字でも税金から補填されるため経営努力をしてこなかった、それが問題ですね。
岡部 公的病院は赤字でも潰れないというのは問題ですね。公的病院は数では2割程度ですが、病床数では3割、医業収入でみれば4割を占めています。病床数で公的病院が全体の4割を超えている県が18県もあります。これを見ると公的病院の存在が大きすぎると思います。民営化プログラムをつくって公立病院の民営化を進めるべきだと思いますね。
〇 マネジメントとコメディカルスタッフが充実しているアメリカの病院
小山 アメリカと日本の病院を比較して、いろいろ違いがあると思いますが、特に日本の病院に欠けているところはどこだと思われますか。
岡部 最近、アメリカの州立大学のUCLA付属病院を見学してきました。この病院の管理者でもっとも重要なポジションの方に話を聞きたいと申し入れましたところ、マーケティング部門の責任者が出てきました。
そして、いかにリピーターを増やすことに努力しているかなど、いろいろ説明してくれました。驚いたことにマーケティングの結果、収益性の高い食堂部門の自営に力を入れているというのですね。
日本ではアウトソーシングしているところです。これほどマネジメントに対する感覚が違っています。アメリカでは公立、民間を問わずに医療マネジメントの専門職がいて、企業経営と同じ感覚で病院のマネジメントを行っているわけです。
小山 そのほかに情報公開とか、Peer Reviewといっていますが、医師同士で評価しあうとか、ランク付けとか違いはありますね。
岡部 情報公開や相互評価、さらには第三者評価が必要ですが、日本の場合それ以前に比較検討するベースとなる基準がそれぞれバラバラです。手術手技にしても疾患名にしても標準化されてないのです。これでは相互の比較ができないわけです。たとえば、術後生存率でA病院は30%、B病院は8O%といっても、患者の重症度が違っていれば比較しても意味がないわけです。
言葉にしても冠状動脈であったり、冠動脈といったり、人によって言葉が違う。MRIも以前は核磁気共鳴画像装置といっていましたが、今は核を外した用例が増えています。コンピュータで処理する時代にこうした状態では、きちっとした比較などできないわけです。医療行為、医療経営を比較評価する場合の標準化に向けてのインフラ整備ができていないことが、わが国の大きな問題だと思います。
小山 医師同士では不都合は感じてないのですが、確かにそうしたことが必要になってきているとは感じますね。これまでは医療法の広告規制などで情報公開ができなかった面がありますが、それも緩和されてきています。大学病院は特定機能病院になっており、データの公開も求められているわけで、私のところではホームページで症例数など出すようにしています。情報公開が進めば、今言われたインフラ整備も良い方向に進むと思います。
岡部 アメリカと日本の病院の違いをもう一つあげますと、私の訳した『医療サービス市場の勝者』の最初にMasteryとConvenienceという言葉が出てきます。Convenienceは、病院は患者に利便性を提供しなければならないということです。もう一つのMasteryは訳語に困ってしまったのですが、辞書には熟練とあります。
使われている意味は、医療消費者である患者が賢く強くならなければならないということです。いまはインターネットなどで医療情報へのアクセスは簡単になってきましたが、正確な最新情報を知ろうとすると実際は大変です。アメリカの病院はどこへいっても患者用の図書館が充実していて、専門の医療図書の司書がB霧8蔓を得ようとする患者をサポートしています。
小山 アメリカの病院は日本に比べて医者や看護師などの医療スタッフを支えるコメディカルスタッフが非常に多いですね。私たちもぞうしたくても、今の診療報酬の範囲ではできないのです。ではボランティアで、と言っても日本ではまだ非常に少数です。
岡部 アメリカで病床数500床の病院でしたら最低500人のボランティアがいます。病院見学などはボランティアが案内してくれます。医師の数も臨床医に限れば日本の方が多いし、看護婦は病床比では少ないですが、人口比では決して少なくありません。しかし、医師、看護婦以外の医療従事者数では、日本はアメリカの3分の1以下です。この部分を多少お金がかかっても充実していかなければ、全体としての医療の質はよくならないと思います。
小山 アメリカはDRG/PPSを導入して医療の標準化が進み、マネージド・ケアにつながったわけですが、日本でもDRGPPSを導入する動きがありますね。日本は10年、20年遅れでアメリカを追いかけているようにも見えます。日本はマネージド・ケアに見られるようなアメリカの轍を踏まないで医療改革を進めるとすれば、どんな方向がありますか。
岡部 アメリカ流のDRGPPSの導入は止めたほうが良いと思います。日本の医療改革誌面議を見ていても、経済戦略会議の答申では入っていましたが、今年に入って出た経済財政諮問会議の答申「構造改革と経済財政の中期展望について」では、入っていません。DRG(Dignosis Related Group)は標準化ですからこれは進めたほうよいわけですが、これを医療費抑制の目的で使おうとしてPPS(Prospective Payment System)と一緒にしたのが間違いです。
小山 いま厚生労働省はPPSを特定機能病院から少しずつ導入していこうといった動きがあるようです。前年度の業績に応じてそれぞれの病院が請求する、ですから病院によって同じ手術でも金額が違ってくることになりますが、実施の方向ではないかと思っていますが。
岡部 確かに試行は行っていますが、これまでの国立病院での試行は失敗しています。そのわけは国立病院では非常に金額が高く出てしまうのです。これを民間病院に当てはめたら民間病院は儲かるでしょう。医療費抑制に役立たないわけです。
小山 病院により金額の格差が出たので、むしろいっそのこと、金額を決めないで各病院の前年度実績をもとに値段を設定するという方向にしていると思います。それは、各病院で金額の違いがでれば、患者に情報公開されますから、こんどは病院間の競争が起こり、自然に低い金額のほうに調整される。そのあたりを狙っているように思えますが。私自身は、現在の出来高払いのみではなく、疾患や病態によってはPPSを導入しても良いと思っていますが。
岡部 それはお仕着せでなく、医療側から生活習慣病などについてのPPSが提案されるのは歓迎です。医療側と患者、保険者間の折り合いがつけば、包括払い自体は合理的な方法だと思います。
小山 マネージド・ケア以外で日本のより良い医療システムを目指すとしたらどんなことが考えられますか。
岡部 私は医療には抜本改革というのは馴染まないと考えています。現在の医療保険では保険者が多すぎるので、これを集約していくことはよいでしょう。高齢者については介護保険と医療保険を将来的には一本化していくのは必要だと思っています。
診療報酬についてはどこが双方の納得するところか、これは綱引きになるところです。このことはやむをえませんが、今は保険診療と自由診療を併用する混合医療は原則として禁止され、特定療養費制度ということで制限的に行われています。混合医療を一般化するのは問題がありますが、疾病の種類によって特定療養費の範囲を拡大していくのは一つの方向ではないかと考えています。
患者にとっては、選択の自由があれば保険対象外の自由診療をと望む人たちもおり、最新技術の医療が受けられないという不満も大きいのではないでしょうか。
インフォームド・コンセントが徹底して、セカンドオピニオン、サードオピニオンも容易に得られるようになり、患者に自らで判断する情報が与えられれば、医療は変わっていくのではないかと考えています。
(2002年5月ジョンソン・アンド・ジョンソン社発行"Harmonic Club" 2002 Vol.9 p2~7所収)