話し手:ささえあい医療人権センターCOML理事長 辻本好子氏
聞き手:医療経済研究機構専務理事 岡部陽二
NPO法人ささえあい医療人権センターCOML(Consumer Organization for Medicine & Law、以下COML)は、1990年に設立以来、「賢い患者になりましょう」を合言葉に、消費者の主体的な医療への参加を呼びかけ、医療を消費者の目でとらえた患者中心の開かれた医療の実現を目指し、活動されています。
今回は、COML 理事長 辻本好子 氏に、昨今活発化している医療制度改革に関するご意見や患者の立場から見た医療サービス提供のあり方などについてのお考えをお伺いしました。
〇 ささえあい医療人権センターCOMLの設立のきっかけについて
岡部 COMLを設立されたのは13年前になりますが、当時は、患者を医療消費者と捉えるという意識はほとんどなかったのではと思います。そうした中で、COMLを設立されたきっかけをお聞かせください。
辻本 当時は、「賢い患者になりましょう」などというフレーズは当然全くありませんでした。「コンシューマー~医療消費者」というキーワードそのものが、まだ受け入れられませんでした。私も、患者を体験したわけでもなく、家族にも病人はいませんでした。
COMLを設立する以前は、親しい弁護士が主宰している市民活動にボランティアとして8年間ほど参加していました。そのグループは、医療訴訟の原告側の代理人という、正義を旨とする個性派の弁護士たちの集まりで、そこで育ててもらいました。患者の権利を護る原点である医療過誤訴訟を素人ながら脇から見ていて、訴訟で医療がよくなると思えませんでした。ではどうすればよいのだろうということを考えたときに、バイオエシックスという学問に出会って、いろいろな本を読ませていただいたのです。
お恥ずかしい話ですが、30代半ばにして、「私が人生の主人公じゃないの。いのちの主人公じゃないか」という、すごく当たり前のことに気がついたのがきっかけです。
岡部 私は、COML(Consumer Organization for Medicine & Law)というネーミングが先進的で非常によくできていると感心しています。10年以上も前に、「ペイシェント」ではなく「コンシューマー」という言葉を使い、最後に「Law」がついています。わが国では、医療過誤補償は必ずしも裁判では決着しないにしろ、やはり、当事者間の契約関係を律する規範、原理原則としての法の概念が必要であると痛感しています。
辻本 でも、13年前のスタートした当時には、お顔はわからないけど、電話で匿名のお医者さんという立場の方からお叱りの言葉をたくさんいただきました。「我々が日夜粉骨砕身して、患者のために一生懸命医療を提供しているのに、『消費者(コンシューマー)』というようなキーワードを振りかざして権利を主張するのは生意気だ」というものでした。
「コンシューマー」とは、いわば、患者が医療をサービスとして自覚するためのキーワードであり、このネーミングは自己責任を果たすという目的で、自分たちのために使っていますという説明をしましたら、「う~ん、そういう時代になったのか」とそれ以上のお言葉はなかったですが(笑)。
〇 COMLの活動について
岡部 COMLのご活動内容について、まず、「病院探検隊」の活動についてお聞かせください。この病院探検隊は、探検先である病院から事前の了解をとらないで、突然訪問するのですか。
辻本 いいえ、私の病院を見てほしいという依頼に基づいて伺います。事前に方法や病院側の要望を伺うなど、やり取りします。調査の方法としては、病院内を職員に案内いただくグループ、病院を自由に見学するグループ、そして、実際の症状や持病を利用して受診し受付などの対応を見るグループが、それぞれ3~4人で病院を1日見せていただきます。
受付、外来のナースの対応、ドクターの診察、そして検査が必要となったときの流れがわかりやすかったか、あるいは検査技師の対応はどうであったかなどを最後にとりまとめます。すべての体験を通じて「この点をもっと工夫いただければ、私たちは安心できるのですが」というフィードバックをします。私どもが感じたままの生の提言をして、それをサービス改善のヒントにしていただければありがたいという気持ちで進めてまいりました。
岡部 まさに公正な第三者評価であり、病院にとっても大変役立ちますね。消費者としての観点から病院に一番欠けているところは、どのような点でしょうか。
辻本 患者というのはひと括りで語れる存在ではなく、いろんな感じ方をする多様な存在であると、あえて申し上げています。
そして、私たちも病院探検隊の活動をさせていただくなかで、メディカル・コンシューマーとしてどうあるべきかという学習の場にもなっています。
岡部 電話相談については、1回の平均が40分と非常に長いことに驚きを感じます。
辻本 はい。長時間を要する一つ目の理由としては、相談者には、ようやく自分の話を親身になって聞いてくれる相談員にたどり着いたという感慨があります。まず、胸にたまっている思いを吐き出すという作業から始めますから、時間がかかるのです。二つ目の理由としては、日本人は自分の気持ちを言葉に置き換えて相手に上手に伝えるという訓練や教育をほとんど受けておらず、電話相談でも話が、あっちへ飛んだりこっちへ飛んだりします。根気よくお聞きすることが必要ですが、忙しい医療現場ではそれができていないと思います。
岡部 これはCOMLの直接の活動ではありませんが、リソースセンター(医療情報資料室)、医療図書館については、辻本さんが著書でその必要性をご提言されておられます。
私も病院に患者のための図書館がないことこそが、わが国の病院に最も欠けているところではないかと常々思っておりますが、いかかでしょうか。米国では、どの病院にも司書や医療アドバイザーを置いた立派な図書館や資料センターがあります。わが国でも、司書付きの図書室を備えた病院が静岡に初めて誕生したようですが。
辻本 その通りです。この関係では、国立大阪病院とCOMLが協働で患者情報室をつくるプロジェクトが現在進行中です。きっかけは、COMLの理事でもあった朝日新聞社の井上さんという方が、昨年がんで亡くなられたのですが、彼が偶然、国立大阪病院に入院していて、亡くなられる少し前に、「辻本さん、患者情報室だよ、患者情報室が必要なのだよ」と熱く語られていました。
お亡くなりになった後に、井上さんがあちこちで語ったり書いたりしたものを、奥様が整理されていくなかで、患者情報室への熱い思いを改めてお感じになって、寄付のお申し出がありました。そうした経緯で国立大阪病院から「このスペースを使ってください」と、かなり広いスペースをご提供いただきました。
この国立大阪病院の患者情報室は、理想に近いものを努力してつくり、「こういうものを患者の私たちは欲しいと思っているのです」と見える形で具体的に提示しようと考えています。
岡部 COMLの活動には、本来であれば国や地方公共団体が担うべき活動も多く含まれていますが、国や地方公共団体がそうした患者啓発の役割を実現するためには、どうすればよいでしょうか。
辻本 医療関係者への影響力という点では、 設立してまだ13年目であり、小さい成果ですが、継続の力が現れてきています。例えばCOMLが提示するものには、耳を傾けたり、注目していただいたりしている、地域の病院院長を含めた小さなネットワークもできつつあります。逆にいえばアドバルーンを揚げ続けなければならないという、多少のしんどさが私たちにはありますが、継続することで同じ思いの仲間を増やしていきたいと考えています。
〇 医療提供体制の改革について~特に医療費の明細開示について
岡部 医療費にかかわるインフォームド・コンセントについても医療消費者の関心が高まっていますが、特に医療費の明細開示ついてのご自身のお考えと、患者さんからの声をお聞かせください。
辻本 差額ベッド料は院内に掲示しなければならない、丁寧に説明しなければならない、同意書を求めなければならないと、状況が変わってきました。したがって、入院時の室料の概算を事前に知ることは、患者にとっても可能となりました。ところが、出来高払い制の中では、肝心の医療費見込み額を事前に説明することは病院側にとっても困難です。1997年から顕著に増えてきました。明細の記載のない領収書を片手に、「なんでこんな医療費をとられるのですか」といった内容が多く見られます。
岡部 しかし、何年か前に保険請求のためのレセプトについても、患者が請求すれば渡さなければいけないという法律もできていますが。
辻本 やはり申請型というハードルの高さと、それから、レセプトを読みこなせる患者が少ないのが現状です。レセプト開示のときも申し上げていたのですが、患者さんが病院の支払い窓口で領収書の内容に疑問を感じたときに、それを確かめて帰れるサービス・コーナーを設置してもらうことが必要です。医事課の職員の努力でぜひやっていただきたいということを、あちこちの病院でお願いしています。
1997年ぐらいから、お金を払って自分の病気の情報を得ることができるようになってきました。自分の飲む薬の情報その他さまざまな情報に、情報料や指導料の形で対価を支払うようになっています。また、最近、インフォームド・コンセント料が形を変えて診療報酬に反映されてきています。
そうした点に患者さんが疑問を感じはじめて、いわゆるインフォームド・コンセントという部分に、患者さんがお金を払っているということに突き当たるわけです。そうすると、「ああ、だったらもっと質問していいのですね」と気づきます。そこで、病院内にサービス・コーナーがあれば、その場で疑問は解消され、なければ疑問が解消されないままに不信感だけが残ってしまうわけです。
〇 今後の方向性について
岡部 最後にCOMLの相談窓口から見た医療制度改革の進め方についてご意見をお聞かせください。
辻本 医療制度改革が進むなかで、COMLに寄せられる相談にも急性期病床の削減計画に関するものが増えています。慢性病や動けないターミナル期における患者、あるいは家族からの「なぜ、こんな状態で病院から追い出されなければならないのですか」とか、「見放されてしまいます」という相談です。
ところが、急性期入院加算を取ろうとする病院は、とにかく一日も早く出てもらわないと、在院日数の短縮が図れない。退院させようと働きかけはしているものの、退院後の受け皿についての仕組みの説明が十分になされていません。
さらには、病病連携も含めた地域連携システムの整備も進んでいません。そうした中で、急性期の在院日数短縮だけがどんどん進んでいます。この問題については、患者さんからの相談に、私たちもなんとお答えしてよいのかもわからないのが実情です。
岡部 それは難しい問題ですね。現在120万床ある急性期病床数が60万床になったら、60万床以上なくなってしまうように思えますが、それは違います。介護施設や療養病床をも含めたすべての病床数は、コンスタントに増えています。したがって、病床の名称が変わるだけのことで、その間の移動がスムーズに運ぶようにすれば、問題は解決します。急性期だけをとってみても、わが国の平均在院日数は欧米に比してまだまだ長すぎるのが、実情です。
辻本 すべての病院がそうした説明能力を高め、説明責任を果たしてくれることが必要と考えています。
岡部 急性期病床と療養型病床の機能を区分するだけではなく、退院計画などを明確に患者に示す説明責任が、病院側にあるということですね。
辻本 そうです。病院もクリティカルパスなどを取り入れるようになったことで、患者さんにも退院の目標が見えるようになり、いままでよりは安心して入院できるようになったと思います。
ただ、「クリティカルパスを導入すればよいのでしょう」という「形だけ」の傾向になりつつあるのは問題です。クリティカルパスは患者の理解を助けるためのペーパーというだけではなく、それを使っていかに分かりやすく説明できるかという点が重要になると思います。
COMLは、様々な面でNPOとして新たな役割を担う部分が増え、まだまだ頑張らなくてはという気持ちになっております。
岡部 ますますのご活躍を期待しております。
(取材/編集:山下)
(2003年5月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.109 p2~7 所収)