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医療法人社団慶友会 青梅慶友病院理事長 大塚宣夫氏とのIHEP有識者インタビュー  ~これからの高齢者医療・介護について考える

              
 
話し手:医療法人社団慶友会 青梅慶友病院 理事長 大塚宣夫 氏
聞き手:医療経済研究機構専務理事 岡部陽二

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 今回は、医療法人社団慶友会青梅慶友病院に理事長 大塚宣夫 氏をお訪ねし、「これからの高齢者医療・介護について」のお考えを伺いました。大塚先生は、「自分の親を亡くなるまで安心して預けられる施設をつくりたい」とのお考えのもと、ユニークな経営で、評価の高い高齢者専門の療養型病院の先駆者として知られております。青梅慶友病院は老人性痴呆疾患・特殊疾患270床を含め798床すべてが療養病床で、うち600床が介護保険適用型、残余が医療保険適用型となっています。著書として「老後・昨日、明日」(主婦の友社)などがあります。

〇  高齢者医療・介護における生活の場の必要性

岡部 大塚先生は、1980年に青梅慶友病院を開設以来、一貫して、療養型の病床における診療報酬方式として「出来高払い」はそぐわないとのご主張をなされており、あくまでも余分な診療行為は行わない方針を貫いてこられたと聞いております。先生の診療報酬方式改訂ご主張が中医協でも理解されて、1990年には療養病棟入院基本料が一日当りの包括払い制に移行したものと理解しております。常識的には病院に不利な包括払いを提唱された経緯についてお聞かせいただけますでしょうか。

大塚 私が病院を始めた当時、行き場のないお年寄りを病院に入院させて、そこで医療の名の下に過剰診療、濃厚診療を行うことによって、医業収入を上げる医療機関あるといったことが問題となっておりました。実際に自分で老人病院を始めてみますと、お年寄りを医療の力だけで元気にすることはできないことに、まず始めに気がつきました。ましてや、不適切な医療が行われると、お年寄りの健康状態はそれによってどんどん悪くなり、衰弱し、死期を早めてしまいます。そこで、「出来高払い」に伴う過剰医療、濃厚医療というものを排除するには、まず、診療報酬の「包括払い」しかないのではないかというように思うようになりました。
 われわれが老人病院についてもう一つ主張したことは、医療の力だけではお年寄りを元気にすることができないという点です。高齢者については、医療としての効果を発揮させるにしても、また適切な医療を行おうとしても、医療行為だけではどうにもなりません。お年寄りにとって不可欠な介護力の強化と、もう一つは長期入院ということになれば、生活の場としての快適な環境の整備が絶対必要であるということをセットで主張しました。
 1990年に「包括払い」方式が導入されたわけですが、この改訂により付き添い婦制度がなくなり、その代わりに、自前の職員による「介護の機能」が病院に付与されるようになりました。その後、療養環境等のハードの部分もずいぶん改善されてきました。ところが、医療については過剰医療、濃厚医療は確かに影を潜めた一方で、できるだけ医療面で手間のかからない人を入院させようという現象が起きてしまいました。包括払い方式への移行で適切な医療が行われるようになったかというと、必ずしもそうはなっておりません。

岡部 包括払い方式に対応するために、よいとこどりのいわゆる「クリーム・スキミング」が起こったわけですね。

大塚 さらに悪いことには、出来高スライドで支払われなくなった結果、必要な医療もきちんと行わない施設が数多く出てしまいました。包括払い方式を導入し、付き添いをやめて、介護力の内部化を行い、ハード面での整備もきちんと進めれば、ある程度、理想的な老人病院ができると思っていました。ところが、「包括払い」がスタートして十四年経ちましたが、平均的な医療・介護の質という点から見れば、必ずしも期待したような結果にはならなかったというのが、偽らざる感想ですね。
 医療を経営収支の観点から考えてみると、国が定めた診療報酬なり介護報酬受取りの範囲内で、いかに少ないコスト支払いでクリアするか、これが唯一の経営努力です。高齢者医療の市場では、常に供給が需要を下回っている状況ですので、競争原理が働かない環境下にあります。したがって、老人病院は医療の質の向上、つまり、サービスを向上しようという方向にはなかなか向いていきません。そのような努力はしなくても、十分採算は合いますから、保険外の自己負担金を徴収してまで、質の向上を図ろうというインセンティブはほとんど働かないのです。例えば、看護師を一人雇うにしても、診療報酬や介護報酬上においてはどんな質の看護師を揃えるかということについては問われていません。唯一問われているのは、基準となる人数を配置しているかどうかという点だけです。したがって、できるだけ安い給料で雇える看護師をいかに探すかということが経営努力なのです。

岡部 常に供給が不足しているという需給が不均衡な状況では、質の向上というインセンティブはなかなか働かないですね。もっとも、最近は、その状況が急速に変わりつつあるとお伺いしておりますがいかがでしょうか。

大塚 本当に手間のかかる高齢者が施設に入ろうと思えば、いまもって難渋するでしょう。その理由は、いまのような自己負担部分があまりにも少ない状況下では、経済的な理由だけで施設に入ろうとする高齢者が多くなります。また、受け入れる側もできるだけ手間のかからない老人を受け入れる傾向になってしまうからです。その結果、真に手間のかかる介護を必要としている重度の患者様の行き場がないのが現状です。
 しかも問題は、東京のような大都会や需要が特に強い地域で高齢者医療・介護施設を創るのには、非常にコストがかかるという点です。需給の地域偏在の問題と言い換えることもできるでしょう。

岡部 地域によっては、地価などが安いので東京の六~七割ぐらいのコストで同様のサービスが提供できるところもあると聞きますが。

大塚 地価はもちろんですが、大雑把にいえば総コストの50%は人件費です。その人件費の地域間格差も大きいことが分かっております。しかしながら、診療報酬、介護報酬には地域間の差はほとんどありません。そうすると、高齢者施設の収支構造を考えると圧倒的に地方が有利で、都会は厳しい状況にあります。

〇 終の棲家はどこか

岡部 青梅慶友病院では、生活支援重視の観点から介護・医療費とは別に、日常生活費という形で、当初一日2000円の自己負担を求められて、それを5000円まで引上げてこられたわけですね。その過程で引上げに対する患者さんからの抵抗はなかったのでしょうか。

大塚 日常生活費は毎日着ている衣服の費用などまで含んだ日常生活に必要な費用すべてをまかなうための費用であり、生活支援サービスの強化を伴った引上げに対する抵抗感はありませんでした。

岡部 日常の生活費は自宅にいても掛かるものですから、この病院のような素晴らしい環境で衣食住プラス介護・医療のサービスがすべて受けられるのであれば、患者さんからの評価も高いことはよく分かります。それよりも、行政や患者支援団体に寄せられる患者さんからのクレームには、病気が治らなくても三カ月で病院を退院させられてしまうという内容のものが多いと聞いております。青梅慶友病院では、患者さん本人が希望されない限り、退院を迫るようなことはなく、逆に原則として亡くなられるまで入院継続を保証しておられますね。生活の場を提供するという基本方針から出てくる当然の対応としても、そのような姿勢は高く評価されてしかるべきだと思いますが。

大塚  しかしながら、介護保険の基本的な姿勢としては、医療系の施設は、終の棲家ではなく、在宅に帰すべきだとしており、現実と建前の狭間にあって悩ましいところもあります。
 ただ、人間は基本的には知らないところへは行きたがらず、歳をとるとこの傾向はますます強まりますので、家族に看て貰うよりももっと快適な場所を確保することが絶対に必要です。そういう意味でも、今の日本で一番の問題はお年寄りが人生の晩年にお金を掛けようとしない風潮だと思います。

岡部 まったく同感です。在宅重視といっても、在宅と施設の差異はいまやほとんどなくなりつつあるのではないでしょうか。たとえば、痴呆性高齢者のケアを行うグループホームは介護保険では在宅サービスとして位置づけられております。建て前は「在宅」ですが、実質的には「施設」です。また、青梅慶友病院では、病院の近くに賃貸マンションを建てて、希望者はそちらへ移される計画が進んでいると伺っております。そちらへ移った患者さんは形式的には「在宅」となりますが、実体的には「入院」とほとんど差異がありません。加えて、国民の八割が病院で亡くなっているという欧米では考えられない現状もあり、まだまだ、議論しなければならない課題ですね。

大塚 結局、日本人が抱いている「医療」というものに対する信仰が、欧州の人に比べれば、格段に厚いのでしょう。たとえば、欧州では、臨終に際して出てくるのは牧師さんであって、医師が出てくるわけではありません。日本では必ず医師を呼びます。病院で亡くなるか、自宅で亡くなるかという点でも、最終的に医師を呼ぶ以上、何の変わりもないことだと思います。よく「医者にも診させないで死なせたのか」と言うことを耳にしますが、家族や看病する人達は、自分たちの責任を回避するために、最期が近づくと病院へ入院させてしまうことが多いのだと思います。

〇 高齢者医療・介護において生活の質を向上させるには

岡部 青梅慶友病院では、高齢者にとっての医療は必要な場合にだけ提供する従のサービスと位置づけ、介護を中心とする生活の質を高めるためのサービスを徹底して向上してこられました。その中心を担っているのは、基本的には看護師・介護士などの質の高さに集約されます。そのようなシステムをどのようにして構築されたのでしょうか。

大塚 私が考えてきたことは、ともかく「自分の親を安心して預けられる施設をつくりたい」と思っていたことです。しかも、病院という形にはこだわっていませんでした。しかし、いろいろ考えてみると、安心して預けるためには、医療も必要で、介護もきっちりと行われていたほうが安心できます。さらに生活の場としての性格をきっちりと備えた方が、患者様にとってより安心できるのではないかと考えました。

岡部  高齢者のニーズに合わせて、それをすべて充足させるにはどうすればよいかという柔軟なお考えが根底にあることが、よく分かりました。先生は、日頃から「医療はサービス業である」とおっしゃられており、それをまさに実践されておられますが、その仕組みとして、看護師を13病棟の責任者として任命するなど独自のシステムを構築されていますね。

大塚 それは、優秀な医師を採用するのが難しかったからです。それなら、最も全体がよく見渡せて、しかも患者様のそばにいつもいられて、しかも採用しやすい人材である看護師に病棟を管理する権限と責任を与えることで、私の考えているものに近い体制が展開できるのではないかと思いました。どんな状況にあっても、絶えず自分の親をもう少し安心して預けられるような施設にするにはどうしたらいいかということを考え抜いた結果です。初めから、とんでもないことを考えていたわけではないです。
 それと、我々の施設では、ある意味では預けられる人が立場としては非常に弱い立場にあるので、従業員を選ぶ際にも、本質的に質の高い人を選ばなければならないと思っています。人の本性は最弱い人に対処をしたときに表に出るものです。そうすると、高い質のサービス水準を常に保つには、組織の構成上、下の一~二割を排除する仕組みを作ることが必要であると思いました。
 その仕組みの一つが600人の全従業員による全従業員の評価システムです。全従業員の五段階評価を接触のない人は除いて他の全従業員が匿名で行い、評価の高い人の昇給は厚くし、評価の低い人には辞めてもらいます。
 もう一つは、その結果、自発退社も含めて退職者が多く出ますので、常時必要最低限の二割ほど大目の看護師を確保しておくことです。看護師、医師などは完全に売り手市場ですから、補充の採用が大変です。配置基準も決められています。しかも、病院の考えを浸透させるには、病院の考えに反して従わない場合、それらの人材を排除するだけの体制を持っていなければなりません。ということは、その人が明日から来ないと言っても大丈夫な体制を絶えず作っておかなければならず、どうしても二割ぐらいは余計に人材を雇っておかなければならないのです。
 さらに、辞めたあとに次々と人材を補充するためには、多くの人が集まるような労働条件を提供しなければなりません。病院としては相当の人件費負担になってきます。結果として、患者様の保険外負担に頼らざるを得なかったというのが実情です。

岡部 質の高いサービスを提供するには、それだけのよい人材が必要となるのは当然のことです。それを確保するためにコストが掛かるというのは、避けられないでしょう。

大塚 サービスの質を高め、それを維持するための先行コストと言ってもよいかも知れないですね。当病院では、保険外負担の金額が、当初1日2,000円でスタートして、徐々に上がってきました。結局、総費用に占める人件費が50%を超えると、保険外負担の部分も上げてもらい人件費比率を50%に抑えるようにするという歴史でした。

岡部 そうすると、質の高い生活重視のサービス提供という点での競争相手は有料老人ホームということになりますね。

大塚 当病院で行っているような質の高いサービスを有料老人ホームで提供するとなると、月額100万円は下らないでしょう。いま当病院を利用するのであれば、月額平均67万円で済み、そのうち40万円くらいは、公的保険が利用できます。生活費を含めた自己負担額は月27万円程度です。価格競争力という点では優位性があるでしょう。

岡部 そう思います。青梅慶友病院のような質の高いサービスを提供する病院への需要は結構あり、現にこの病院にお世話になるには三年以上待たないといけないわけですが、それにしては、競争相手となる病院がなかなか出て来ないですね。

大塚 見学者は結構多いので、いずれは変わってくるでしょうが。私自身はこれ以上の規模拡大を目指そうとは思っておりませんが、基準をクリアさえしてればよいという考えの施設には、自分の親は入れたくないですね。

岡部 基本的な問題は、質の高いサービスを高齢者に総合的に提供するという理念、つまり、「自分の親を安心して預けられる施設を作りたい」と思うような人がなかなか出てこないということでしょうか。青梅慶友病院の経営だけではなく、病院・介護業界での今後のご活躍を期待しております。

(取材/編集 山下)

(2004年6月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.121 p1~5 所収)

追補;「いくつまで生きますか」;2022年11~12刊行「銀座百景」所収の大塚宜夫先生のエッセー いくつまで生きますか・大塚宜夫.pdf

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