ジョン・C・ウォーカー氏
聞き手: 医療経済研究機構 専務理事
岡部陽二
ジョン・C・ウォーカー氏は1982年に米国のベイラー大学で医療管理学修士号(MHA)を取得、ドイツのミュンスター大学で教鞭をとられた後、1991年から亀田総合病院に在籍、現在は管理部門担当の特命副院長を務めておられます。
著書に「ニッポンの病院」(2000年、日経BP社刊)があります。
亀田総合病院は千葉県鴨川市で江戸時代より医療を営んできた亀田家の医療法人鉄蕉会経営の病院で、病床数862(一般802・精神60)、外来患者数一日平均約2,700名、この地域の中核病院として幅広い医療サービスを提供しています。
〇 亀田総合病院の新病棟「K-Tower」の設計コンセプトについて
岡部 亀田総合病院が本年四月にオープンされた全室太平洋岸に面する364床の新病棟「K-Tower」は、医療レベル、設備、アメニティなどあらゆる面で最高のものを目指して計画されたものと伺っております。この新病棟建設に当って特に留意されました点を具体的にお聞かせください。
ウォーカー 私は日本に来て15年近くになりますが、以前から、日本の病院は画一的過ぎると感じていました。患者さまに優しくなく、暗くて人を怖気づかせるような雰囲気があります。病気の患者さまにとって、アメニティが低くプライバシーがほとんど保護されないなど、居心地の悪いところとなっています。
そこで、この病院ではもっと患者さまに優しい仕組みを取り入れ、もっと優れた癒しの環境を作ることに努力してきました。これには様々な方法があって、色や音などもそうですし、プライバシーの確保や情報のコントロールなども癒しの環境作りに役立ちます。「K-Tower」を建設するに当っては、こういったアイディアすべてを検討しました。
岡部 病院にふさわしい色はどんな色ですか。どのような種類の色に癒しの効果があるのでしょうか。
ウォーカー 基本的には自然のアース・カラーがよいと思います。女性には軽い色、視力が低下している高齢者には、明るい色や大きな文字が効果的でしょう。
部屋が白いと、汚れが目に入りやすくなります。どの部屋も白いと楽しくありません。もちろん、そこにいるのは病気の方で、病気になるのは楽しいことではありませんが、少しでも気分を良くしてあげたいですね。ホテルの部屋が病院の部屋のようだったら、誰もホテルには泊まりません。ですから、私たちは病院をホテルのように快適な場所にしたいと思っています。
岡部 「K-Tower」の廊下はすべてカーペット(ラッグ)張りですね。
ウォーカー そうです。廊下の部分にはカーペットを使っています。それにはいくつか理由があります。一つは、足音などを消して静かになるという点です。また、柔らかいのでお年寄りには歩き心地がよくなります。滑って転ぶというリスクもあまりありません。
岡部 それは理に適っていると思いますが、わが国の病院はどうしてカーペットにしないのでしょうか。
ウォーカー 二つの理由があるように思います。その一つは、日本の病院の多くはまだ古い考えに縛られているということです。病院の床は白くて硬いタイルの床でなければならないといった固定観念です。もう一つは、カーペットは院内感染の原因になると考えられていることです。でも、その根拠はありません。院内感染防止という点では、カーペットの方が優れていると言えます。カーペットは雑菌をよく吸収するし、クリーニングもできますが、みな、「カーペットだとバクテリアが繁殖する」と思っているようです。
岡部 アメリカの病院はほとんどがカーペット張りですね。
ウォーカー そうです。日本では色々なことが遅れてやってきます。カーペットは高価と思われていますが、私どもの病院では比較的安価な米国製のものを輸入して使っています。質のよいカーペットなら20年は使えます。外来棟のカーペットは10年前のものですが、まだかなり新しく見えます。
岡部 ハードウェアの他の面では、アメリカとわが国の病院を比較して何か大きな違いはありますか。
ウォーカー そうですね、室内を見ると、デザインに独創性があまりないような気がします。全部が一面に白くて、縁取りがされてなくて、どの部屋もほとんど同じに見えます。「K-Tower」では、各フロアで違うカラーを採用しています。また、癒しの雰囲気を作るために絵や彫刻などを飾っています。
女性専用フロアでは、ピンクやベージュを多く使い、女性に優しい環境を作りました。ベッドカバーやシーツなども、色のついているものと白いもので値段は変わりません。白いマスクや白衣など、すべてが白である必要は全然ありません。
〇 亀田総合病院の経営方針について
岡部 この病院のある鴨川市は自然環境には恵まれていますが、千葉県では小規模な町です。したがって、鴨川市以外の千葉県内や県外からも患者を集める必要があろうかと思いますが、患者集客力強化のためにどのような方策をとっておられるのでしょうか。
ウォーカー 鴨川市の人口は今回の合併で38千人ほどになりましたが、隣接の茂原市と館山市の間に総合病院はありません。館山に医師会病院があるだけで、外房の海岸線南北40キロメートル圏内に総合病院がないのです。ですから、患者さまはかなり遠方からも来て頂けます。また、鴨川は京葉線の終点なので、患者さまにとって来院は便利です。駅から近いのでタクシー代もそんなにかかりません。路線によってはバス停がクリニック玄関前にあるので、患者さまは降りて二メートルも歩けば入口です。
さらに重要な点は、診療科がすべて揃っているという点です。この科はこの曜日に来て、こっちは別の曜日に来なければならないというのではなく、一日にいくつもの科を受診できるので、患者さまは時間を節約できます。
岡部 40キロというと、来るのに一時間ほど掛かりますね。時間を掛けて外来へ来るだけの誘因はどのようなものなのでしょうか。この病院で受診したいという気にさせる何か特別なことがあるのでしょうか。
ウォーカー まず言えるのは、受付から薬を受け取るまでの待ち時間が短いという点だと思います。例として、たまたま昨日薬局の待ち時間を調べたのですが、薬をオーダーしてから準備ができるまでの時間はわずか11分でした。東京の病院では、薬が調剤されるまで一時間くらい待つことはよくあります。あと、鴨川では楽しいことを組み合わせることができます。実際、午前中に受診して、午後はシーワールドへ行くという患者さまもおられます。
岡部 待ち時間をそんなに短くするには、どのような方法で医師のスケジュールをコントロールしているのですか。
ウォーカー 医師一人ひとりについてプロファイリング〔診療時間の解析〕を行なって、各科の待ち時間を把握しています。診察時間も長くとるようにして、患者一人につき10分から15分掛けています。新患の場合はもっと時間を掛けます。予約をするのは患者さまの40%ほどで、残りは予約なしで来られます。日本の患者さまには、予約をするという習慣がまだ確立していないようですが、必ず予約をして欲しいですね。
〇 亀田総合病院の地域連携戦略と徹底したIT化について
岡部 地理的に広い範囲から患者さんに来てもらうには、他の病院や診療所とよい関係を保たなければならないと思いますが、どのような対策をとっておられるのでしょうか。
ウォーカー 第一に、紹介されて来た患者さまは、必ず紹介元へ戻すようにしています。さらに、ローカル・プロバイダーに委託して電子カルテをオンライン化しています。ですから、他の病院から紹介されて来た患者さまがここで治療を受け、また元の病院へ戻った際には、ここで受けた治療の内容すべてがすぐに分かるようになっています。また、地域の医師のためのセミナーを開いて生涯教育に協力しています。
岡部 どのくらいの数の病院とそういった関係をお持ちですか。
ウォーカー 現在、21の病院と関係を持っていて、さらに拡大しようと取り組んでいます。私たちはこれを、コミュニティ・ネットワーキングと呼んでいます。難しいケースは私たちのところへ紹介してもらって、一通り治療が終わったら、必ず紹介元の病院へ戻すようにしています。患者さまを「横取り」するようなことはしたくないですし、コミュニティ関係という点からもよいことではありませんから。
カルテがオープンになっているというのも、患者さまが亀田総合病院に来られる理由だと思います。日本の病院ではカルテは秘密で見ることのできないものだ、」と思っている人が多いと思いますが、診療情報はすべて開示しています。コピーをとっても構わないし、入院患者は24時間いつでも見ることができます。他の病院ではそういうことはできないので、患者さまには好評です。オンライン・バンキングが普及しているように、オンライン・カルテも浸透していくのではないでしょうか。
岡部 IT化の最大の問題は高いコストだと思いますが、その点はいかがでしょうか。
ウォーカー もちろん費用はかかりますが、投資と考えれば充分採算はとれます。電子カルテを整備することで医療ミスが防げれば、優れたリスク管理のツールにもなります。他の病院にカルテのソフトを売って利益を上げることもできます。ですから、私たちにとってIT化は利益を生み出すベンチャーとなっています。
岡部 もう一つの問題として、IT化に対する医師や看護師からの反発のようなものはなかったでしょうか。
ウォーカー 当初は反発もありましたが、入力内容は事前に設定されており、タイプでの入力作業というのはほとんどありません。若い世代の医師たちは、あっという間にITに慣れますね。ひとつひとつ手で書かなくても、ボタンをクリックするだけで、患者さまに必要な薬をすべてオーダーできます。
ご存知のように、医師の中には非常に読みにくい字を書く人がいますが、IT化で読めないという問題がなくなります。入力は患者さま目の前でするので、患者さまも読むことができます。患者さんと医師の間に信頼関係を作るのにも役立ちます。
岡部 なるほど。今ではネガティブな反発のようなものはなくなりましたか。
ウォーカー ごくたまにありますが、医師の99%は電子カルテが気に入っています。最初のうちは懸念がありましたし、年配の医師の中には心配する人もいました。また、初期の頃の電子カルテは完璧ではなく、バグなども多いものでしたが、導入してからもう10年になり、完全に馴染んでいます。
岡部 アメリカの病院では、自分で入力するのを嫌がるドクターが多いと聞いています。秘書にやらせているそうですが、この病院の医師には秘書はついているのですか。
ウォーカー いいえ、秘書はいません。医師が治療の現場で入力します。後で入力しようと思っていると、忘れてしまうこともあります。ですから、すぐにその場で患者さまの面前で入力するのがベストです。
カリフォルニアのシーダー・サイナイ病院では、3,400万ドルを投入して電子カルテを導入しましたが、ドクターが反発して使うのをボイコットしたという経緯があります。でも、私たちのシステムは医師が自分たちのために自分たちで開発したものです。エビデンスに基づく医療をサポートするものであり、透明性や誠実さを担保しています。医師や看護師たちが開発に関わったからこそ、よいものができたと思います。
〇 平均在院日数の短縮と外来専門クリニックについて
岡部 平均在院日数を短縮して、同時に病床利用率は落ちないようにするには、具体的にはどのような対策を立てておられるのでしょうか。
ウォーカー はい、急性期専門の「K-Tower」では現在ちょうど10日間です。今年末までに平均在院日数は10日間以下に引下げ、病床利用率は95%というのが私の予測です。
岡部 病床利用率95%というのは高いですね。どうすれば平均在院日数を短縮しながら、そういった高い利用率を達成できるのでしょうか。
ウォーカー 全体では862床ありますが、急性期用の「K-Tower」には364床しかありませんので、患者さまの数自体が不足するということはまったくありません。評判を聞いてここへ来られる患者さまは増え続けています。差額ベッドなどの費用が安いという理由でこちらへ来られる患者さまもあります。
岡部 ところで、診察室が100もあるという外来専門クリニックは非常にユニークですね。
ウォーカー 今は100以上あります。医師の数は現在304人で、かなりの数です。外来の規模が大きいので、医師数対病床数の比率は、日本のどの病院と比べても高いのではないでしょうか。
岡部 多数の外来診察室を一箇所にまとめて構えるのは理にかなっていると思いますが、わが国では珍しいですね。どうして他の病院もそうしないのでしょうか。アメリカのメイヨ・クリニックには、診察室が1,000以上ありますね。
ウォーカー そう、メイヨ・クリニックはお手本ですが、東京では土地が狭く、建築コストを考えたら難しいでしょうね。ここでは、そういった点で有利です。私たちは患者さまのプライバシーを大切にしています。カーテンで仕切られているだけという病院もいまだにたくさんあって、隣にいる患者の声が聞こえてしまいます。昔はそれでよかったのかも知れませんが、患者さまにはプライバシーの確保が必要です。
岡部 なるほど。ここのクリニックには、小児科や精神科を含めて様々な専門科がありますが、採算が悪いという理由で小児科や救急救命から撤退する病院も増えています。そのあたりに関しては、どのようにお考えですか。
ウォーカー それは間違っていると思います。小児科は非常に大切です。医師のトレーニングにとっても重要ですし、必修カリキュラムになっています。近くに小児科病院がないという小さい子どもをお持ちの方もたくさんいます。たとえ赤字であっても、小児科を維持していくのは地域社会に対する私たちの責務だと思っています。
岡部 こちらでは、病院運営の全体としては利益が上がっていると聞いていますが、小児科はどうなのでしょうか。
ウォーカー 小児科はどこの病院でも利益が出ない分野の典型です。小児科を敬遠する医師も増えています。でも、私たちは小児科にICUも入れて充実させています。そうするのが正しいことだと思っていますから。
私の理念としては、バランスを重視しています。MBAをとったビジネスマンが病院経営をするのが難しいのは、その点です。ビジネスマンは、利益が出ない仕事はやめてしまおうという発想ですね。でも、それは悪い判断だと思います。利益が出るのが半分、出ないのが半分であれば五分五分です。利益が出るのが85%、出ないのが15%というくらいでバランスを保つのが理想です。
岡部 なるほど。それはNPOタイプの組織には至って自然な発想ですね。
ウォーカー たとえば、内科と小児科だけという病院の場合、小児科はたぶん赤字になりますが、内科でその分を補うというのは無理でしょう。規模の経済性が必要です。亀田には利益の出ていない分野を吸収できるだけの規模があります。ですから、小児科から撤退するつもりはまったくありません。
岡部 そういうスケール・メリットを実現するには、入院患者用の病床数と外来診察室は、最低限どのくらい必要でしょうか。
ウォーカー そうですね、私たちは病院のキャパシティで考えます。クリニックは一日あたり外来患者3,300人として設計されています。それが設計コンセプトでしたが、私がここへきた当時は、一日あたりの外来患者数は平均1,700人でした。今は1日あたり2,700人ですから、まだキャパシティがあります。
こういう設定にしたのは、10年前の時点で、日本にもいずれDRGが導入されると考えたからです。今はDPCと言いますが、それによって外来患者数が爆発的に増えることが予想されました。手術前と手術後のケアが外来ベースで行なわれるようになるからです。
岡部 入院患者にDPCが導入されることにより、外来クリニックのニーズが増えるということですね。
ウォーカー その通りです。薬剤部の外来も増えるし、画像部門も増えるし、検査室も増えます。だからこのように大きなクリニックを作りました。
岡部 急性期病床のうち、DPCはどのくらいの割合になっていますか。
ウォーカー DPCのカテゴリーが全部あります。精神科などDPCになっていない専門科もいくつかありますが、それ以外は全部DPC適用です。DPCは非常に優れた発想であると評価しています。昨年DPCを適用した82の病院で、入院日数の短縮は10%という結果でしたが、もっと短縮が可能と考えます。
〇 人事制度について
岡部 医師についてはその採用段階から、学閥など関係なく実力本位で採用されていると伺っております。それが、経営効率の向上にも大きく貢献しているのでしょうか。また、遠隔地であることが医師採用の障害にはなっていないのでしょうか。
ウォーカー 東京には繁華街もたくさんあって、ショッピングも手軽にできるし、子供たちにはよい学校もありますが、東京から特急で二時間も離れた亀田にとって人材の確保は難題です。でも、医師の多くは優れた技術、高度な医療機器、有能なスタッフに恵まれたよい環境下で医療を実践したいと望んでいます。そういった点がこの病院に優秀な医師をひきつけています。
亀田が非常に成功していることの一つが、アメリカから帰ってきた医師の採用です。10年間アメリカでやってきたというような医師にとって、やりたいことができない日本の平均的な病院で働くというのはカルチャーショックなわけです。逆カルチャーショックですね。この病院はそういった医師を歓迎しています。ノウハウやテクニックを認めてくれる創造的な医療現場で働きたがっている人たちです。給料も少し高く払っています。
岡部 医師の多くは東京から通って来るのですか。
ウォーカー いいえ、中には通っている人もいますが、多くの医師はここに住んでいて、鴨川が大好きになっている人もたくさんいます。特に、子供がみな大きくなって独立した年配の医師にとっては、生活費は安いし、きれいな海はあるし、東京へも一日で楽に行って帰ってこられるし、安房鴨川はライフスタイルによってはパラダイスになる場所です。
岡部 ウォーカーさんご自身、わが国では珍しいMHA(Master of Healthcare Administration、医療管理学修士号)の資格保有者ですが、管理部門の人材はどのようにして採用し養成しておられるのでしょうか。
ウォーカー それは難題ですね。若い人たちはあまり鴨川へ来たがりません。夜は六本木にいる方がよいのでしょうね。若い人を採用するのは確かに難しいことです。今は、失業率が高いので、まだ人を選ぶことができます。もし景気がよくなって雇用が増えたら、私たちは困るでしょうね。よい人材を採用するのも大変ですが、いかにして引き止めるかがもっと難しい問題です。
亀田では医師がマネージメントにも関わっていますので、現状は安定していますが、管理部門専門の若いスタッフを採用するのは大変です。
岡部 まだまだお伺いしたいことがありますが、この辺で。ありがとうございました。
(2005年8月発行、医療経済研究機構レター”Monthly IHEP”No.134 p1~7 所収)