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タスマニア紀行

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 今から20年ほど前に資源開発プロジェクトを追っかけてオーストラリア大陸を縦横に駆け巡ったが、タスマニアだけは訪れる機会がなかった。幸い日本医業コンサルタント協会の研修団がこの地の高齢者医療・介護の実態調査に派遣されることとなったので、この機を逸すまいと喜び勇んで参加した。 
 タスマニアはオーストラリア大陸の南東端に、バス海峡を隔ててメルボルンから約300キロのタスマン海に浮かぶ北海道より一割ほど小さい島で、独立した州となっている。島の形はちょうど逆三角形でオーストラリア大陸から滴り落ちた涙のように見える。首都のホバートは島の南端近くに位置し、北部の海岸線沿いも開けているが、島の大部分が原生林で全島が緑に覆われている。赤道からの距離も北海道と変わらないが、海洋性気候のため温暖で、冬でも平地に雪が積もることは稀である。
 オランダ東インド会社で船長を勤めていたオランダ人タスマンがこの島を発見したのは、1642年のことで、オーストラリア大陸よりも早かった。本格的なイギリス人の入植が始まったのは1804年で、今年「入植二百年祭」を盛大に祝っている。
 ウエリントン山脈に抱きかえられ、ダーウエント川の両岸に開けたホバートは風光明媚な港町である。南極捕鯨の基地として栄えた植民地時代のジョージアン・スタイルのビルも残っており、公園も多い。海岸線を埋め立てたサラマンカ・プレイスにはギャラリーや骨董店が集まっている。毎週土曜日には、常設店に加えてこの広場に約千個の出店テントが600メートルにわたって立ち並ぶ。食べ物から手工芸品、高級輸入品まで何でも売っているこの国際色豊かな青空フリー・マーケットは壮観である。この青空市で売るためだけの工芸品を製作して生計を立てている人もいると聞いた。人口わずか19万人の町のサラマンカ・マーケットがロンドンのポートベロ・マーケット以上に賑わっていたのは驚きであった。

 タスマニア州の人口は50万人弱であるが、この州の経済を支えているのは鉱物、木材、水産品、果樹類などの輸出産業である。昨年度の総輸出25億豪ドル(約2,000億円)のうち相手国別では日本向けが24%で首位であり、天産品の輸出では、その60%が日本向けである。タスマニアで養殖されているアトランチック・サモンやアバロニ、酪農品、牛肉、フジという銘柄の林檎などが主な対日輸出産品である。
 ホバートから郊外へドライブすると、静寂で豊かな佇まいの田園風景で、まさに古きよき時代の英国ケント州あたりの風景を彷彿とさせられた。訪れた10月は、ちょうどタスマニアの春先で、石楠花が咲き誇っていた。ラベンダ、雛菊、芥子などの畑や果樹園も散在している。かつては「林檎の島」と呼ばれていたほどで、タスマニアから膨大な量の林檎が英国をはじめ欧州諸国へ輸出されていた。ところが、英連邦の特恵関税が無くなり、生産コストも上昇した結果、輸出競争力を失って20年くらい前に林檎園は一旦壊滅した。これが復活したのは、日本から技術を導入して、日本向けの高級品種の栽培に照準を絞った成果である。  
 ちょうど季節が日本と逆である地の利が幸いして、日本の業界からの協力も得ることができた。現在、山形県の協力でサクランボの生産を始めており、来年には山形産と同じサクランボが、日本の秋に食べられるようになる。今回、超多忙の日程を縫って我々に会って頂けたデヴィッド・リューウエリン副首相兼厚生大臣は貿易交渉で過去に何十回も来日し、息子さんは日本娘と結婚したという大変な親日家であった。

 滞在中にホバートから4人乗りの小型セスナ機で「サウスウエスト国立公園」への遊覧飛行ツアーに参加した。世界でも珍しい温帯性原生林がそのまま保護されている世界自然遺産を低空飛行の機上から観察するという趣向である。往復四時間の行程で、運よく天候に恵まれたので、かつて錫鉱山があったメラレウカというところに着陸して原野を散策できた。
 ホバートの南80キロほどのところにバスで行ける世界遺産指定の「ハーズマウンテン国立公園」があり、その公園の入口にある滝も訪れた。この国立公園に隣接する「タフネ森林保護区」には、森を空中から観察できる「エアーウオーク」という二年ほど前にできたユニークな人気観光施設がある。600メートルに亙って吊り橋のような歩道橋が地面から高さ20メートルのところに架けられており、樹木の上半部をつぶさに観ることができる。樹齢は百年を超えており、樹齢数千年を経ている古木も沢山あるとの説明であった。
 この森林資源を巡って、目下タスマニアでは熱い論争が闘わされている。この島の40%は国立公園などに指定されて、そのかなりの部分が「タスマニア原生地域」として1982年に世界遺産に登録されている。ところが、保護されているのは山岳地帯で標高が高く、気温が低い地域であり、その周辺地域に多様性に富んだ登録外の森林が存在するのは事実である。グリーンピースなどの自然環境保護団体はこの森林の伐採も一切禁止して自然を守るべきと主張、地元の木材業者は死活問題として規制に反対している。伐採された木材の大半はチップに加工されて日本へ輸出されているが、新たな植樹も続けられており、このような循環型の林業を自然破壊とみるのかどうかは難しい問題である。
 もう一つのタスマニアの自然の不思議は赤い色の川や海である。昨年、NHKの教育番組で「潜行、神秘の赤い海-タスマニア島に謎を追う」というドキュメンタリーが放映され、「赤い海」が日本にも紹介された。このロケは船を一隻チャーターしてホバートに近いバサースト湾という入江で行なわれたが、今回の旅行では断崖の上から「赤い川」の眺望をたっぷりと楽しんだ。さきに紹介した「エアーウオーク」の行程でこの湾に注ぐヒューオン川に突き出した高さ40メートルの見晴のよい展望橋の上から、夕日に映えて真っ赤に輝いている渓流をカラー写真に収めることができたのである。赤い海といえば、プランクトンによる赤潮や、両岸の土が赤いだけの紅海を連想するが、タスマニアの水は初めから水自体が真紅に染まっている。源流からの水自体が赤い理由は、川の上流に広がる湿原に繁茂群生している「ボタングラス」という穂先がボタンの形をしたイネ科の植物にある。このボタングラスが枯れて、根っ子に含まれていたタンニンが溶け出して水を赤く染めるというわけである。タンニンは紅茶に多く含まれており、まさに紅茶が川を流れている観であった。

(個人会員、広島国際大学教授、医療経済研究機構専務理事)

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 (平成17年1月9日発行日本証券経済倶楽部機関誌「しょうけんくらぶ」第77号p22~23所収)

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