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グリーンランド紀行     

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 今から15年ほど前に訪れた極北の島、グリーンランドの首都ヌークでお会いしたクロイツマン市長の風貌はいまだに脳裏に残っている。顔つきは日本人そっくりで、額が幅広くちょっといかつい感じながら、終始柔和な表情で愛想がよく、一瞬日本に舞い戻ったような錯覚に陥ってしまった。この人に限らず、町で出会った人々のほとんどが顔容は日本人と寸分変らない。もっとも町の佇まいは人影も少なく静寂そのもので、日本の喧騒とは天と地ほどの違いがあったが。

 グリーンランドは世界最大の島で、総面積は日本の6倍半と大きい。一方、総人口は6万人弱(1999年)で、人口密度は世界一低い。住民の9割近くがカナダからの移住してきたイヌイット人で、残りはデンマーク人である。1985年にはグリーランド南端の国際空港があるナルサスワックで、アラスカ、カナダ、グリーンランドに住むイヌイット民族が集まって、彼らの権利と利益保護を求める第二回目のイヌイット民族北極周辺会議が開かれた。

 その会議の冒頭、ローシング総裁が「我々イヌイットの祖先は昔遠く中央アジアを出て蒙古、シベリア、ベーリング海峡を経て、さらにアラスカ、カナダに入り、最後にグリーンランドにやってきたのである」と誇らしげに語っている。言語学者の研究によるとグリーンランド語はハンガリー語、トルコ語、日本語などと文法的に親近性のあるウラル・アルタイ語族系に属している。

 世界地図を眺めながら数千年の昔に遡る民族大移動に思いを巡らしていると興も尽きない。それにしても、イヌイット人は地球の半分も廻って植物もほとんど生育しない酷寒の地に住み着く気にどうしてなったのか、民族の運命には考えさせられるものがある。

 グリーンランドは地質学者や地球物理学者にとっては、研究の宝庫である。その一つは、地球上で最古の岩盤が島の南端から450キロほど北方にある首都ヌーク周辺の山地で発見されたことである。従前は、南アフリカで発見された約30億年前の岩石が最古とされて来たが、放射線同位元素で年代を測定の結果、ヌーク周辺の岩石は地球の外殻が固まり始めた当初の38億年前に形成されたものと確認された。

 この発見によりグリーンランドが最古の陸地となり、46億年前に誕生した地球の歴史が書き改められた訳である。1971年の学会でそのお墨付きが得られ、首都ヌークは最古の岩盤上に建設された町として、専門家の間では一躍有名になった。この辺りの岩石は「ヌーク片麻岩」と命名されたが、その後の地殻変動で変質して絹糸状の結晶質となり、鉄分を含んで茶褐色を呈している。手にとって見ると極めて硬くて最古の石としての風格がしかと感ぜられた。

 それにしても、氷で覆われ、岩石が露出しているところも茶褐色で草木はほとんど存在しない極北の地をどうしてグリーンランドと呼ぶのであろうか。グリーンランドには5,000年も前からイヌイット人の祖先が住んでいたが、ヨーロッパ人が上陸したのは、928年にアイスランドから来た「赤毛のエリック」という男が最初で、その後ノールウエー人が入植するようになった。

 この時に、入植者を募るためのキャッチ・フレーズとして使われたのが、「グリーンランド」という魅力的な呼称であったという。その後ノールウエー人の入植は途絶え、1721年になってハンス・エグデというデンマークの宣教師が伝導のためヌークに渡って以来、デンマークの植民地となった。首都ヌーク発祥の地としてエグデ牧師が当時住んでいた海岸の黄色い家が唯一の歴史記念物として保存されていた。

 1979年には自治政府が発足して政治的には半独立国となったが、冷戦の終結により米軍基地が縮小されて経済的には苦しく、国家財政の過半をデンマークからの補助金で賄っている。自治領となってからは、首都の呼称もデンマーク語のゴッドホープからイヌイット語のヌークに改めるなどイヌイット化を進めているが、島名は対外的にはグリーンランドで通している。グリーンのない国の人々にとって夢のあるこの美しい地名がよほど気に入っているのであろうか。

 南北2,500キロ、東西1,000キロに及ぶグリーンランドの85%は氷冠(アイス・キャップ)に覆われた月の世界にも似た白一色の景観である。氷冠というのは、太古から降り積もった雪が上から上へと積み重なり自重によって氷化したもので、いわば平地に出来た動かない氷河の塊である。海岸線に沿った狭い地域には旧い岩盤の山脈があるが、内陸部は浅瀬のような平坦な地形で、その上に最も厚いところでは3,000米を超え、平均して2,000米に及ぶ氷冠が覆い被さっていることが、人工地震波による探査で明らかとなっている。機上からは表面しか見えないが、見渡す限りの幻想的な銀世界はまさに圧巻であった。

 近代になってヨーロッパ・アルプスやスカンジナビア半島をはじめ世界中至る所で氷河の後退現象が見られる。NASAが飛ばしている人工衛星による観測の結果、グリーンランドの氷冠も毎年目に見えて縮小している事実が確認されている。専門家の計算では、仮にグリーンランドの氷冠が全部融けて海に流れ込んだ場合には、世界中の海面水位が7米上昇するという。グリーンランド政府の公式ホームページにも、この数字が明記されている。南極にある同量以上の氷も全部融けると、海面が14米も高くなり、関東平野の殆どが水没してしまうという空恐ろしいことが現実に起こる可能性がある。

 ところが、気象観測の結果によると、過去60年間に地球上の平均気温は1度以上上昇しており、もしこのペースで温暖化が進めば600年後には10度以上も高くなる。また、気象庁の予測では、二酸化炭素の濃度が年1%ずつ増加した場合、70年後には濃度が2倍となり、冬場の平均気温は2~3度上昇するとしている。気温の変化には循環的なものもあろうが、最近問題になっている二酸化炭素などの温室効果ガスによる構造的な地球温暖化は化石燃料の使用抑制や植林などの人為的な努力なしには回避できない。

 温暖化回避に向けての国際的な取組みの歴史的な第一歩として3年前に採択された「京都議定書」の掲げる削減努力目標も米国が批准を拒否し、わが国の産業界にも消極論が根強い。人類が温暖化防止の努力を怠っている限り、グリーンランドの氷冠は間違いなく融け続ける。排気ガスの削減に反対する人は、まずグリーンランドへ行ってどれほどの量の氷が温暖化によって融けようとしているのか、自らの目で確認してほしいものである。                      

(個人会員、広島国際大学教授)

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 (平成13年7月19日日本証券経済倶楽部発行「しょうけんくらぶ」第70号6-7頁所収)





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