TPP(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement、環太平洋戦略的経済連携協定)はブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポールの4カ国が参加して2006年5月に発足した自由貿易協定であり、この協定はAPEC加盟国に開放されているため、当初参加国に加え、米国、豪州、ペルー、ベトナム、マレーシアの5カ国が新規参加を表明し、本年6月15日に交渉を開始、11月までの妥結を目指している。TPPは関税については例外品目なく100%自由化を実現した質の高いFTAである。
FTA(Free Trade Agreement)は2国間ないしは地域包括的な多国間の関税相互撤廃協定である。現在、世界で170を超えるFTAが結ばれている。
菅政権はTPP参加を「平成の開国」とぶちあげて前向きの取り組みを表明したが、党内外の反発に逢い、大震災後はTPP参加先送りを表明している。わが国はすでにアセアン諸国とは2国間協定を締結しているので、米国と豪州との新規協定に大きな意味がある。2国間のFTAでは表1で3番目に大きな貿易相手国であるEUが最重要国である。
日本は従来、WTOでの多数国の枠組みを重視し、2国間での関税同盟には否定的であったため、他国に比べても大きく出遅れている。しかしながら、FTAはWTOのマルチ交渉に比べ合意形成が容易なことやWTOの農業協定と比べると格段に自由度が高いことから、WTO交渉が停滞気味である一方、先進国や中韓は表1に見られるように合意の容易なFTA締結に傾斜する方向に急速に進んでいる。
FTA交渉においては、今月1日にEUとの契約が発効した韓国が日本に2廻りほど先行している。韓国は最近2年ほどでFTA網の拡充を着々と進め、今年の貿易額は、昨年比1割以上増えて、1兆ドル(約80兆円)の大台に乗る見込みである。中でもFTAを締結した国・地域との貿易額は、FTA締結前より7割増加した。
わが国は2002年1月にシンガポールと結んだFTAが第1号であるが、シンガポールは農業セクターがほとんどないことから、農業産品についての実質的な関税撤廃を伴うFTAとしては、2005年4月に発効したメキシコが第1号となった。次いでアセアン7ヵ国と、チリ、スイスとFTAを締結済みながら、FTAの貿易カバー率は表1にあるとおり16%と、米、EU、韓国に比して極端に低い。
政治家の多数も、財界の一部を除いて世論も、TPPやFTAに消極的であるのは、わが国は輸出入貿易をこれ以上増やす必要はないという内向き志向の強まりと農業など規制で保護されてきた既得権益死守のキャンペーンが奏功してきた結果である。
菅総理の「第三の開国」論に対しても、時代錯誤ではないかといった批判的なコメントが目立ったが、菅総理の焦燥感は決してそう大袈裟ではない。筆者としては、貿易を増やさなければ、わが国はますます世界から取り残されて孤立した「ガラパゴス化」に向かうしかないという危機意識の喚起を促したい。
わが国の輸出額は着実に伸長し、対GDPの輸出比率も1990年代には一時10%を割り込んだものの、その後回復して近年は12~14%台で推移している。しかしながら、世界全体の輸出依存度は1990年までは18~20%で推移してきたところ、表2に示したとおり、2000年代初には25%を超え、2007~2008年には30%に近づいている。輸出入の絶対額の伸びが世界全体の平均では6%程度に対し、日本の伸びは精々3%程度であるため、全世界と日本の貿易(輸出)依存度の格差は2000年までは年々開く一方であった。その後、この格差は若干縮小したが、日本の名目GDPがほとんど増えないので、世界貿易に占める日本のシェアは減少の一途を辿っている。
この結果、マクロデータで見る限り、最近の日本は世界の中でもっとも貿易に依存する比率の低い内需型国家となり、国際的には非貿易立国の国と見られている。国連統計「名目財貨・サービス輸出の対GDP比」によれば、2009年の日本の輸出依存度は12.5%(表2の13.8%は会計年度)で、219の国・地域の中で195位である。下から数えて26位であるが、この中に入っている大国はブラジル(11.3%、202位)、米国(11.1%、203位)だけである。韓国は49.9%、中国は39.2%と対GDP比では日本の3~4倍の輸出をしている。経済制裁を受け続けてきたキューバでも19.9%と高い。
ところが、6月18日付けの日経「こどもニュース」での「日本は資源が少ないから、海外から原料を輸入して、その原料で作った輸出する加工貿易が得意で、1960年代半ば以降はずっと輸出が盛んであった」との解説記事に、わが目を疑った。
日本はすでに世界の中で貿易依存最低の国であるという厳然たる事実を無視して、マスコミまでが「日本は貿易立国である」と誤った認識を持っているようでは、TPPやFTAの推進派は多勢に無勢で苦戦を免れない。
日本からの輸出が世界平均に比して伸びない理由には、種々の事情があるものの、その中では輸出相手国が課している関税障壁が大きい。EUは家電製品の輸入に対し14%、乗用車には10%の関税を課している。FTAを締結してこれを撤回して貰うには、コンニャクイモ1,706%、コメ778%、小豆403%、バター360%といった法外に高いわが国の農産品に対する輸入関税を縮減・撤廃するしかない。TPPに参加すれば、農業生産額8.5兆円のうち、4.1兆円を失うと農水省は予測しているが、これが事実とすれば、国民一人当り3万円の補助金を現に農家に差し上げていると言うことである。
(日本個人投資家協会理事 岡部陽二)
(2011年7月15日、日本個人投資家協会発行「きらめき」2011年7月号所収)