個人が外貨建て資産の購入を拡大している。個人投資家による外貨建て投資対象の主体は外国国債投資を主体とする毎月決算型のグローバル・ソブリン・オープンなどの投資信託残高35兆円(2007年6月末)である。これに外債の購入、外貨預金、外為証拠金取引などを加えた外貨資産残高は、2003年9月に20兆円を超え、2006年末には倍増して初めて40兆円を突破、本年末には50兆円に達する見込みである。この残高は、外債を大量に保有してきた生命保険会社の外貨資産41.2兆円(2007年7月末)をも上回っている。これは、国内の超低金利で預金や債券の魅力が薄らぐ一方、成長格差から日本と海外の金利差が開き、外貨建て金融商品の魅力が一段と高まってきた結果である。
それでも、個人金融資産総残高に占める外貨建て資産の比率は下図のとおりせいぜい3%程度に留まっている。このような現状では、個人資産投資の国際分散は、リスク回避の観点からも重要であり、この比率が20%くらいに高まっても決して行き過ぎとは言えない。
問題は、個人の外貨資産投資が外貨買いを増幅させてきた結果、円安が定着したかに見え、外貨投資が新たな円安要因ともなっている現状下で、当面の高い運用利回りに目が眩んで、為替リスクを無視した短期投機的な投資に走る愚である。本稿では、金利差益と為替差損・手数料負担の関係を明らかにして、個人の外貨建て投資は10年程度の長期投資に限定すべきであることを強調したい。
1、国際分散投資の高い投資収益率
過去20年間の外国証券への投資収益率を自国証券と対比して見ると次表のとおり、株式については一貫して外国株の収益率が高い。債券については、95年までは日本が高かったが、最近10年間では国内債は米国債の1/3、英国債の1/4程度の低利回りである。オーストラリア・ドルなどの高利回り債と比較すると利回り差はさらに拡大する。将来の経済成長力予測値からしても、日本経済に過度の期待をするのはリスクが大きく、欧米・アジアなどの外国証券への分散投資は不可欠である。
2、為替リスクの怖さ~短距離競争では、金利差益は為替差損に勝てない
今後日本の長期金利は上昇するとしても、当面の間は外国債に投資すれば、3%程度の国内債比高利回り運用が期待できることは、表1から判断してまず間違いない。ところが、一方で、外国債投資には為替リスクと手数料などのコストが伴う。まず為替リスクについて、表3は金利差3%の外債購入時のレートが1ドル120円として、半年から10年後の運用終了時に円に戻した場合、稼いだ金利差が相殺されてパーとなる為替レートの水準を試算したものである。具体例で示すと、1ドル120円で利率5%(価格103.6)の残存期間4年の米国債に投資した場合、償還時に10円の円高であれば、国内債比若干のプラスとなるが、それ以上に円高が進んで、たとえば1ドル105円になっておれば、国内債に投資した方が得であったということになる。
要するに、5~10年以上の長期で外貨建て運用を行うのであれば、金利差がものを言うが、それより短期の運用では為替リスクが極めて大きく、必ずしも高利回りのメリットを享受できないということである。
したがって、投機目的ではない投資の場合には、円貨を一旦外貨に転換した以上は、最短でも5年程度、できれば10年間以上円転することなく、外貨のまま持ち続けることが必須である。
因みに、外為証拠金取引は100%投機であって、投資とは関係のないゼロサム・ゲームであるが、短期投機家は資金を借入れで調達しており、金利と為替のアービトレージが働く。外貨建て投資の場合も同様に、短期では金利と為替益の裁定取引の結果、トータルでの投資収益は期待できない理屈である。
また、外貨建て運用の対象は米ドルだけではない。ここ数年、日本円は最も弱い通貨であったが、米ドルも決して強くはない。強いのは、ユーロ、英ポンド・中国元などである。
円対外国通貨平均の強弱を判断するのには、日銀が公表している下図の名目実効為替レートと実質実効為替レートが最適である。
前者は、全外国通貨の対円相場を貿易決済に使われている比率に応じて加重平均した指数で、後者はこれに日本と海外の物価上昇率の差を加味したものである。1973年3月を100として、実質実効円レートは円高のピーク時1994年7月には152まで上昇したが、最近は100弱に下落、1982年当時とほぼ同水準の円安に落ち込んでいる。もっとも、本年7月の92.7が8月は97.6,9月には98.6と急上昇しており、7月が円安のボトムとなってリバウンドに転じた感はある。ただし、これで円高傾向が定着したと見るのは早計かも知れない。
3、為替相場スプレッドと投信管理手数料の高コストと税金
外貨建て証券売買や外貨預金に当たって適用される為替レートのスプレッド(市場相場中値との差)は、米ドルについては銀行では片道1.00円、証券会社では0.50円と異常に高い。大企業との取引に適用されるスプレッドの通常0.01円、個人対象の外為証拠金取引の0.03~0.05円と対比しても法外である。銀行を利用して1年内に外債を購入・売却した場合には、為替差損益が0であったとしても、金利差による収益は売買スプレッドで食われてしまう。
さらに、米ドル以外の外貨については、銀行の場合、ユーロのスプレッド片道1.5円、英ポンドは4.00円と大きく、話にならない。ただし、シティーバンクは米ドル、ユーロ、英ポンドとも片道1.00円、野村證券は1,000万円以上の取引については、米ドル0.25円、ユーロ0.375円、英ポンド0.50円としている。ネット取引については、所定スプレッドの1/2としているところもあるので、外貨取引に当たっては、取引銀行・証券の料率を事前に十分吟味し、為替コストをも加えた総合採算を検討することが肝要である。
目に見えないコストという点では、グローバル・ソブリン・オープンなどの投信も同様である。投信の運用会社によってまちまちであるが、通常設定時の初期手数料として2~3%、年間の管理手数料(信託報酬)として0.5~1%程度が差引かれる。高利回りを追及するヘッジ・ファンドやインドなど個人では直接投資ができない対象国については、高手数料の投信購入もやむを得ないが、AAA格の一流国債に限って投資をする投信に高い手数料を支払う要はない。米国債、豪ドル国債、世銀などの高格付けユーロ債などを自ら選んで購入するのが最善である。外債購入時の手数料は通常債券売買のスプレッドに含まれており、売買差益として1%もとられることはない。満期日まで保有すれば、売却時のコストは掛からない。
外貨建て証券の配当・利息にかかる源泉課税や譲渡益課税は、原則として国内証券と変わらないが、金利が支払われないゼロ・クーポン債やディープ・ディスカウント債、ストリップ債(利付き債から利札部分を切り離した元本のみの債券)を満期前に売却した場合には、譲渡益は譲渡所得として扱われる。この場合50万円の特別控除はあって、現行税制下では譲渡益50万円以内なら無税となるメリットがある。
(日本個人投資家協会理事 岡部陽二)
(日本個人投資価家協会月報「きらめき」2007年11月号所収)