政府は「日本再興戦略」の改定(いわゆる成長戦略)の金融分野における柱として、①上場企業に対しコーポレート・ガバナンス・コードの制定を求め、②機関投資家に対して東証が定めるスチュワードシップ・コードの順守を求めている。
政府主導のこのような動きが、「日本の稼ぐ力をとり戻す」成長戦略となり得るのか。上場企業や東証は表面的には協力の姿勢を示しているものの、本心は絶対反対であり、抵抗策を強化している。また、ガバナンスといった抽象的な組織論が企業の業績にどう結びつくのか。疑問点は多いものの、これまでには見られない画期的な試みであるだけに、投資家として注目を怠ってはならない。
コーポレート・ガバナンス・コード
これまで、企業のガバナンスは従業員の法令順守などコンプライアンスに近い防衛的な概念と理解されてきたが、再興戦略では、枠内下掲の通り「企業が株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、企業価値の最大化へ向けての透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行なうための仕組みである」と捉えている。
コードは企業が持続的な企業価値向上のために自律的な対応を対外的に闡明する「行動指針」である。企業にコード策定を促すことを通じて、企業・投資家ひいては経済全体にも寄与するいわば企業社会のインフラが構築できるという発想である。
コーポレート・ガバナンス・コードに関連した会社法の改正(6月27に公布済み) |
このような視点で捉えると、たとえば多額の余裕資金を抱えることはガバナンスの観点からも不適切であり、社外取締役にはそのような事態をチェックする義務がある。これまでは実証研究では「ガバナンスの優れている会社はROEといった業績指標もよい」といった相関は、必ずしも存在しないとされてきたが、余裕資金の有効活用にまでガバナンスの範囲を拡大すれば、相関が見えてくるのではなかろうか。
ガバナンス強化の柱である社外取締役については、東証上場規則で「独立社外取締役を一人以上確保する努力義務」が定められたのは大きな前進である。しかしながら、取締役の総数が10名を超えるような上場会社の場合には、1~2名の社外取締役では十分に機能しない。一気に過半数を要求するのには無理があるとしても、せめて1/3以上といった比率で縛る方向での対応を求めていきたい。
スチュワードシップ・コードの導入とコーポレート・ガバナンス・コードとの関わり
スチュワードシップ・コードは、本来企業がそれぞれ定めたコーポレート・ガバンス・コードが妥当であるか、定めたコードに合致した行動をしているか、を投資家がチェックするための行動基準である。ところが、わが国では、枠内下掲の通り、金融庁が作ったスチュワードシップ・コードが先に発表され、それに合わせる形でコーポレート・ガバナンス・コードが作られるという異例の展開となっている。
東証は来年の株主総会シーズンまでに上場企業がコーポレート・ガバナンス・コードを策定するように支援し、新コードについては、東証の上場規則により、"Comply orExplain"(遵守するか、できない場合の説明)を求める。
新コードの中では、①持合い株の議決権行使の在り方についても検討し、政策保有株式については保有目的の説明を求める、②上場銀行、上場銀行持株会社、100%出資子会社に複数の社外取締役導入を促す、③女性の役員や上級管理職への登用状況を有価証券報告書などで開示を義務付ける、といった点の具体化も進められている。
このコードを受け容れた機関投資家は、投資先上場会社との取引関係などに引きずられることなく、コードに合致した行動をとらなければならない。具体的には、株主総会に提出された議案につき、たとえば、社外取締役が独立性を欠く場合、過剰な企業防衛策などには、コードに照らして客観的な是非の判断を行なう要がある。
スチュワードシップ・コードは機関投資が遵守すべき規範であるが、個人投資家としても、投資先企業についての機関投資家の判断情報を収集して、適切な議決権行使に努めるべきである。
スチュワードシップ・コードとコーポレート・ガバナンス・コードの関わり 本年2月26日に金融庁の有識者検討会がまとめた日本版スチュワードシップ・コード(「責任ある機関投資家」諸原則)が発表された。機関投資家が投資先企業の持続的成長に向けて適切に責任を果たすために、当該企業の状況を的確に把握することやそれを踏まえて当該企業と建設的な目的を持った対話(エンゲージメント)を行う活動がスチュワードシップ活動と呼ばれる。その活動を行う上で果たすべき責任に係る基本方針をスチュワードシップ・コードと言う。 |
(日本個人投資家協会副理事長 岡部陽二)
(2014年8月10日、日本個人投資家協会月刊誌「きらめき」2014年8月号所収)