東京証券取引所(東証)は、今年2月に設置した「現物市場の取引時間拡大に向けた研究会」の場で、夜間取引を含めた取引時間の拡大についての論点の整理を進めてきた。
東証の「取引時間拡大」提案は、①21時~23時を中心とする「夜間市場」の創設、②15時に一旦市場を閉じた後、30分後に15時半~17時中心の「夕方市場」、③現在の後場市場を「16時まで1時間延長」の3案で、「現状通り」は入っていない。東証の狙いは、明かに①の夜間市場創設の実現である。
6月11日が最終回となった5回にわたるこの研究会での議論の概要が東証のHPで公開されている。これは東証が賛同意見を中心に据えて恣意的にとり纏めたものであり、発言者ごとの主張は分からず、反対発言の内容は短縮されている。それでも、下段囲みに列記したような反対意見が多数出ている。
研究会の19委員の構成も、斉藤正勝カブドットコム社長、松井道夫松井証券社長、松本大マネックス社長とネット証券の大物を揃えている一方、大手証券3社は執行役員クラスが出ている。東証が重視すべきである機関投資家や個人投資家の代表は一人も参加させていない。
この研究会で論点整理は進んだものの、参加した証券会社の間でも意見が鋭く対立し、研究会としての明確な結論は出なかった。それでも、東証は2000年来3回目の取組みとなる今回こそはと、取引時間の拡大に執着している。明確に反対を表明している大和証券など大手の反対を抑え込み、ネット証券を巻き込んで、あくまでも「夜間取引」の実現を目指すのであろうか。
個人投資家としては、この取引時間拡大問題をどう受け止めるべきか。以下に、3論点に絞って考察を試みた。
1、国際比較の観点~取引時間の拡大がグローバル化には繋がらない
東証は東京市場の取引時間が短い点で他の主要市場に立ち遅れていると主張、その論拠として図1を提示している。
図1最下段のニューヨーク証取の取引時間が16時間となっているが、立会い時間は9:30から16:00の6時間半である。図の薄色の部分はユーロネキストと組んだ「NYSEアーカ」呼ばれる無人の電子取引市場である。米国には西海岸との間に3時間の時差があるので、6時間半は必要であろう。ロンドン証取の8時間半は欧州大陸とNYSEを睨んで、戦略的に長い取引時間を設定しているものである。
一方、夜9時以降に取引セッションを設けて現物取引を行なっている市場は世界中どこにも存在しない。また、ドイツ証取などいくつかの市場が取引時間の延長を実施したが、失敗して元へ戻したケースも見られる。要するに、株式の現物取引は寄付きと大引けに集中し、取引時間と取引量の間に相関関係は見られないということである。
2、コスト意識の欠如~ネット証券との共闘は問題含み
東証は取引時間を拡大して取引量が増加することによる増収と拡大に要する費用増の予測を一切提示していない。証券会社側も、自社の収支予想を出していない。掛けたコストに見合うだけの取引量の増加が見込めるのであれば、誰も反対するはずがない。ネット証券は、東証全会員のコスト負担で「夜間取引」が実現すれば、十分ペイするものと期待しているのであろうが、そのコストは最終的には全投資家に転嫁されるので、ネットに馴染まない個人投資家にとっても負担増となる。
ネット証券が夜間取引を行ないたいのであれば、1998年に解禁された私設取引システム(Proprietary Trading System, PTS)を活用すれば足りる。PTSは解禁後に4社設立されたが、3社は蹉跌して閉鎖、現在稼働しているのはSBIジャパンネクスト証券が運営する「ジャパンネクストPTS」1社だけである。私設では成り立たない事業を東証の軒下を借りて行なおうという構想には問題が多い。
3、決算発表などの情報開示のタイミング~取引時間と絡めるべき問題ではない
そもそも東証が取引時間拡大に改めて乗り出した動機は、昨年7月のキャノン株の急落にある。キャノンはデジカメがスマホに押されて13年12月期の収益予想を大幅に下方修正、市場にとっては思わぬサープライズであった。問題はこの開示情報を受けて株価が急落した市場が、東証ではなく、キャノンがADRを上場しているニューヨーク証取であったという点にあった。海外の投資家はADRを機動的に取引できるのに、国内の投資家は翌朝まで取引き出来ないことに対するフラストレーションである。
これは、決算情報などを東証の大引け後に開示するという上場会社の慣行に問題がある。本来は、取締役会で決定次第、取引時間中に開示すべきである。ADR上場企業が取引時間帯をどうしても避けたいのであれば、全市場が閉まっている朝6時~9時の時間帯を選べばよい。要は、ADRを発行している僅か17社に限られた問題である。
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(日本個人投資家協会副理事長 岡部陽二)
(2014年7月10日、日本個人投資家協会発行月刊機関紙「きらめき」2014年7月号所収)