本年6月末の個人金融資産残高は1,590兆円(前年比4.8%増)と、1,600兆円にあと一歩のところまで増加した。しかしながら、内訳では現金・預金が860兆円と過半を占め、株式・投信はアベノミクス効果で30%ほど増えて232兆円に達したものの、構成比は14.6%に留まっている。また、この一年間に株価は60%ほど上昇しているので、この間に個人は証券資産を売越している計算になる。
銀行は個人預金を民間企業への投融資には廻さず、専ら国債の購入に充てているので、1,600兆円の個人資産は産業の成長には使われずにただ眠っているに過ぎない。この眠っている個人資産の投資を促すにはどうすればよいか、政府も「金融市場活性化会合」を開いて検討に着手した。この有識者会合が打ち出した目玉施策が米国の個人退職勘定(IRA)に倣った日本版「私的年金基金」の創設と報じられている。
将来、公的年金だけに頼る訳にはいかないので、私的年金制度を拡充強化することに異存はない。しかしながら、今議論の対象となっている個人金融資産は図1に示したように、ほぼ全額を60歳以上の高齢者世帯が保有しており、40歳代まではむしろ債務超過、50歳代でも純資産は僅かである。有識者の提言は、年金を受取っている世代に個人年金制度を導入しようと言うのであろうか。これはあり得ない話である。
図2に示したとおり、現状でも有価証券(株式・投信)の70%以上は60歳以上の高齢者が保有している。したがって、個人の証券投資を促進するには、50歳代以下は念頭に置かず、60歳以上、さらにはお金の使い道がなくて困っている70歳代以上の年齢階層にターゲットを絞った高齢者対策を打ち出す要がある。
そこで、高齢者向けの証券投資活性化策として有効と考える二方策を下記する。読者諸賢も良案を考えて頂きたい。
1、NISAに高齢者三倍枠を設定
来年1月から発足するNISA(小額投資非課税制度)で免税が認められる株式・投信への投資額は1人年間1百万円に限られている。この1百万円という額は、平均の年間給与額が5百万円に満たない若年層にとっては、使いこなすのが大変な高額である。他方、図1に見られるとおり、1世帯の純貯蓄残高が平均で2,000万円を超えている60歳以上の高齢者にとっては、あまりにも少額過ぎて、NISAには食指が動かない。
そこで、預金から証券投資へ積極誘導するには、60歳以上の高齢者に限り、年間投資枠を3百万円に引上げてはどうか。成長戦略の一つとして、政府に提言したい。
2、高齢者への金融リテラシー教育による証券投資への積極誘導
証券投資の原資は明かに高齢者に偏在しているにもかかわらず、金融庁の指導により、証券会社は高齢顧客に対する証券商品の販売自粛を行なっている。取引をしている証券会社に「米国株に投資したいので、よい銘柄を教えてほしい」と求めたところ「あなたは高齢者であるから、米国株の推奨はできない」という答えが返ってきた。
聞けば、本年9月に改めて出された金融庁の指導で、証券各社は高齢者に勧誘してもよい商品を限定し、販売方法についても役席者によるチェックや即日決済の禁止など、図3のようなガイドラインを設けて、高齢者に証券投資の勧誘をしてはいけないことになっている由。「高齢者は自らネットで取引せよ」ということであろうか。
金融庁は、顧客からの苦情処理を業界団体の紛争処理機関に対応をさせているが、1012年度の保険関係を除く苦情受付件数は3,484件で、うち全銀協が71%、日証協は28%となっている。苦情が集中しているのは、銀行が販売した投信についてのトラブルであって、証券会社でのトラブルは少ない。ネットで検索しても<実録:こうして高齢者は証券会社に騙される、野村證券による80歳近い高齢者への金商法に基づかない証券取引の実態>シリーズが目につく程度である。しかも、証券会社へ苦情を申し立ててくるのは、高齢者本人よりも家族の方が多いということである。
資金を潤沢に持っている高齢者に対しては、証券取引を抑制・禁止するのではなく、証券会社や銀行ないしは業界団体などが金融リテラシー教育をしっかりと施して、納得のいくリスクを自己責任でとれるような仕組みを構築することが肝要である。日証協には「高齢顧客への勧誘ガイドライン」を即時廃止して、「高齢顧客への金融リテラシー教育ガイドライン」を作成してほしいものである。
(日本個人投資家協会理事 岡部陽二)
(2013年12月10日、日本個人投資家協会発行「きらめき」2013年12月号所収)