相続税の課税強化(最高税率55%への引上げと基礎控除額の一人5千万円から3千万円への引下げ)、所得税率の引上げ(地方税を含め最高税率55%の新設)、譲渡益・配当課税の20%への引上げなど相次ぐ増税で、富裕層の間では、生前贈与や資産の国外移転などの動きが活発化している。
これに対して、国税庁や金融庁は本年5月24日に成立した「社会保障・税共通番号法(通称、マイナンバー法)」(2016年1月1日から運用が開始)と2014年2月の納税申告から強制される5千万円以上の海外財産申告制度の新設で資産逃避封じ込め策を強化している。
この2制度は、必ずしも大金持ち層だけではなく、年金以外の収入源が金融所得に限られる高齢者層にも影響するところが大きいので、庶民にとっても他人事ではない。
マイナンバー法はすべての個人と法人に固有の共通番号を割り振って、国と地方公共団体が年金、医療、介護保険、福祉、労働保険、税務の6分野の情報を共有することによって一元的に管理し、行政サービスの効率化を図るものである。これは、表向きの趣旨であって、最大の狙いは徴税強化にあることは明らかである。
この共通番号の原型は1980年に「グリーンカード」として構想されたものの、政治家の根強い抵抗に逢ってなかなか日の目を見ず、「消えた年金問題」を契機にようやく30余年を経て実現した。表1に見られるとおり、今や先進諸国で納税者番号制度を持っていないのは日本のみであり、導入が遅きに失した憾みは拭えない。
税務署だけではなく市役所などにとっては、マイナンバー制の導入により、個々人の給与所得などの非金融所得と金利・配当などの金融所得とを一元的に管理し、さらには預金高・証券保有高などの金融資産残高を把握できるメリットは大きい。
預金残高と利子、国内の送金情報は当面はマイナンバー制の対象外であるが、3年後の見直し時には、米国同様にこれらの情報も対象に含まれるようになろう。株式などの証券保有残高や損益については、すでにほとんどが特定口座で管理されているので、これにナンバーを付すだけで、当局による個人金融資産の一元管理が完成する。
特養への入居に際しての介護費用の軽減や生活保護の認定などの基準として、現状では非金融所得についてのみの「低所得者」の定義が用いられている。マイナンバー制の導入により、金融所得や金融残高を基準に加えて、資産のある高齢者への補助をやめることが可能となり、高齢者を一律に弱者とみなす政策から脱却できる。
個人が保有する海外資産については、これまでは国税庁が金融機関から収集した1件1百万円超の海外送金情報を活用する程度で、ほとんど野放しであった。しかるところ、今回、毎年12月末現在の海外財産の合計額が5千万円を超える居住者に対し、財産の種類・数量および価格などの事項を記載した調書を確定申告時に税務署へ提出する義務が新たに課せられた。
これは、富裕層の資産逃避対策だけではなく、急速に増えている海外長期滞在者についても帰国後に厳しく課税するための措置と考えられる。海外財産調書の提出を担保するために、不提出や虚偽記載には1年以下の懲役または50万円以下の罰金が課せられ、申告漏れには5%の加算税がペナルティーとして徴収される。
海外財産への課税は米国の方が一段と厳しく、国内法を非居住者にも適用し、国籍を放棄しても放棄後10年間の納税義務を規定している。
海外への金融資産隠し追求は国際的にも大きな関心事となっている。本年6月15日に米国の非営利報道機関「国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)」がインターネット上に公開したケイマン諸島などタックス・ヘブンにある企業や個人の銀行口座情報"ICIJOffshore Leaks Database"は世界に衝撃を与えた。このデータには下掲図1のとおり、日本の10法人、25事業体と個人の住所424件が含まれている。
これに先立ち、5月16・17日にモスクワで45カ国の代表が参加して開かれたOECD税務長官会議(FTA、Forum on Tax Administration)でも、金融資産情報入手での各国の協調が論議され、ICIJの情報も提示された模様である。同時に、国税庁はタックス・ヘブンに関する情報をオーストラリア政府から入手して分析中と公表しており、ICIJデータベースも含まれていたものと推測される。税務当局にとっては、海外資産への課税強化がこれからの大きな課題となることは間違いない。
(日本個人投資家協会理事 岡部陽二)