〇財テク損失隠ぺい事件の概要
光学機器大手「オリンパス」の財テク失敗による損失補填工作に使われた複数のM&A取引は、不正に関与したとみられる菊川剛前会長ら3人が主導していた。
同社は1980年代から日本株を中心とした財テクによる利益計上を続けてきたが、日経平均が1989年末につけた38,915円をピークに暴落に転じて以来、巨額の含み損を抱えるに至った。1990年代には、財テク投資残高を簿価(投資時の価格)評価で保有してきたものの、2001年3月期決算から、この種の投資金融商品は時価で計上するよう会計制度が変更され、含み損を一括計上する必要に迫られた。
同社は、損失を一括計上すれば「会社の決算や株価に影響を与える」と判断し、時価会計導入前の2000年3月期に金融資産整理損として約170億円を計上しただけで、大半を証券会社などからの入れ知恵により「飛ばし」として処理し、1,250億円に上る損失計上を先送りした。飛ばしの手法としては、含み損を抱えた不良資産をタックへヴンに設立した複数のファンド会社に簿価で売却、これらのファンドに対する出資金として計上するほか、銀行などを介在させたユーロ預金や外債の形で本社のB/Sに計上して時価評価を免れてきた。
この飛ばし不良債権を処理すべく、同社は英医療機器メーカー「ジャイラス」の買収を2008年2月に実施した際に、2006年6月にファイナンシャル・アドバイザー契約を締結した米投資助言会社アクシーズなどに約660億円もの過大な報酬を支払った。契約締結は、当時経営企画本部長の森久志前副社長と担当役員の山田秀雄常務(現監査役)の2人が審議し、菊川社長に報告して決定していたとされる。
また、2006~08年に買収した環境リサイクルのアルティスなど売上合計が54億円程度の国内での中小企業3社の買収に734億円が投じられた。ほかにもITX社への投資など同様の取引がなされた疑惑も残っている。これらのM&A取引に投入した資金の過半も巧妙に迂回させて1990年代に発生した有価証券投資などの損失約1,350億円の穴埋めに流用されていたことが判明している。
今回の不正経理問題のポイントは、①1990年代から続けられてきた有価証券投資(財テク)で出した損失計上の先送り(飛ばし)、②2008年の英医療機器メーカー「ジャイラス」買収で投資助言会社側に支払った巨額報酬などM&A関連で捻出した資金で巨額の含み損を極秘裡に穴埋めした経理操作の2点である。
損失計上を意図的に先送りし、業績を良好に見せかけていたとすれば、違法な粉飾決算に当たる可能性がある。投資助言会社への巨額報酬などは、簿外で隠し続けてきた損失を表面に出さずに水面下で処理した偽装工作で、虚偽開示との見方が強い。
この事件を一般のメディアが報じたのは、同社の2度にわたる社長交代のあと、高山新社長が10月27日に記者会見で情報の一部開示に踏み切った時点からである。ところが、7月20日に発行された阿部重夫氏が主宰する会員制総合情報誌"FACTA"8月号は「オリンパス無謀M&A~巨額損失の怪、菊川体制の仮面を剥ぐ」と題して本件疑惑を詳細に分析、6月29日に開かれた株主総会に先立って同社に公開質問状を送りつけていた。10月14日に解任されたウッドフォード社長もこの記事の英訳を読んだとされており、本件の表面化にFACTA誌の告発が果たした役割には大きなものがある。
〇オリンパスの企業ガバナンス
オリンパスの経営陣構成で異常なのは、一握りの財務マンが経営の中枢を占め、会長・社長・副社長などのポジションを独占してきた体制である。高山新社長の発言どおりとすれば、一般の社員だけではなく取締役会メンバーでもごく一部の関係者を除いて本件隠蔽の事実を知らなかったわけである。
これは事件が発覚した場合に少数の個人に責任をとらせて「会社ぐるみ」ではなかったと主張するには都合のよい体制である。しかしながら、上場会社において、このように内部者までも容易に欺くことができる組織体制が許されてはならない。
当社の役員構成を見ると、取締役15名のうち社外取締役3名、監査役4名中社外2名と形の上では外部からの牽制機能も働くようになっている。また、外国人を社長にまで登用するといった国際化も進んでいる。
問題は社外役員人選のあり方にある。社外取締役3名のうち、一人は医師、一人はジャーナリスト出身で、もう一人は野村證券出身の林純一氏である。同氏は社外取締役就任前からオリンパスが子会社化したITX社の監査役も兼任しており、損失隠しの手法について種々助言をしてきたとも言われている。
2005年には、同年にノーベル経済学賞を受賞したロバート・マンデル氏を最初の社外取締役として迎え入れたが、同氏は上述の助言会社アクシーズのアドバイザーも務めており、その関係から紹介されたものと見られている。
オリンパスにおいて社外取締役による経営監視がまったく機能しなかったのは、社外取締役も社長のお友達などの身内で固められているためである。社外監査役は一流会社の社長など経験者であるが、株式の持合い同様、監査役自ら経営内容のチェックをできる体制にはなっていない。
〇企業ガバナンス強化へ向けての提言
今回の事件で、海外からも日本市場の透明性について疑念が寄せられているので、再発防止の観点から、最低限次のような法改正や東証規則の強化を求めたい。民主党の大久保議員が提唱している「公開会社法」の制定も一案である。
1、社外取締役については、人数を増やすことも必要ではあるが、「独立性」の担保が何にもまして重要である。
上場会社については欧米並みに過半数を社外とするのが理想であるが、過渡的には社外取締役の選任を義務化し、最低でも取締役5名に1人は社外独立(Independent)とすることが望ましい。
独立性については、上場会社の役員は除外するなど具体的な選定規準を設けて、事前に東証などに設置する審査委員会での承認を条件とすべきである。選定基準としては、利害関係者、とりわけ取引関係のあった銀行・証券の関係者は徹底排除するものでなければならない。
2、監査役設置の公開会社においては、3名以上の監査役のうち半数以上を社外監査役とするように定められている。監査役についても取締役同様に独立性についての選定基準を強化すべきである。
具体的には、①最低1名の監査役は公認会計士の資格保持者であることを必須要件とする、②同一会社での財務担当の取締役経験者は不適格とするといった基準を導入すべきである。また、現在は取締役会の承認事項となっている会計監査法人選任の権限を監査役会に移すべきと考える。
(日本個人投資家協会理事 岡部陽二)
(2011年11月14日、日本個人投資家協会発行「きらめき」2011年11月号所収)